アーク・ララトイア
聖都フェールビオ・アルサスを取り巻いていた不死者の大軍と連合軍の開戦は、龍王二体の広域殲滅攻撃を狼煙として始まった。
数十万にも及ぶ不死者の群れが、二体の龍王によって空爆されて面白いように吹き飛び消滅していく様は、歩兵が戦闘機に戦いを挑んでいるかのような圧倒ぶりだ。
そんな彼らの活躍を眺めながら、自分は地上部隊の間を転移魔法で移動しつつ、その場で不死の巨人が放つ“死の穢れ”の攻撃から身を守る為の【聖光の加護】を掛けて回る。
全部隊に魔法を付与し終わると、いよいよ地上部隊も本格的に進行を開始していた。
龍王らに蹴散らされたとはいえ、不死者の数はまだまだ地上部隊の人数を大きく上回るもので、敵の主力である蜘蛛人をエルフ族や刃心一族が中心となって排除はしているが、不死者兵の数だけでも人族の部隊を圧倒している。
「教皇を探す前に、少し間引きしていくとするか」
「きゅん! きゅん!」
そんな彼らを援護しようと身体を解していると、首元に襟巻のように巻き付いたポンタが周囲の戦闘の高揚に興奮したかのように鳴いて大きな尻尾を振っていた。
自分はそんなポンタを宥めつつ、前線を転移魔法で移動しながら、敵の不死者の密度が濃い場所に向かって広域射程の魔法を放ってその数を減らしにかかった。
前線から先に向けて魔法を放てば、そこから先に居るのは全て不死者という現状は、広域殲滅系の魔法を放つのに都合がいい条件だ。
味方である地上部隊の人数がもう少し少なければ、天騎士を発動させる事も視野に入れたのだろうが、あれはデルフレント王国の王都リオーネでの戦いで星源の熾天使を発動させた時の周辺への影響があまりにも大き過ぎた事を反省して、今回は封印して臨む事にした。
それに自分や龍王らだけで今回の敵を一掃してしまえば、共通の敵を前に異種族が団結して剣を取った意味が無くなると、ディラン長老からも言われているのだ。
その為、この周辺にいる不死者達は彼らの手で決着を着けて貰わなければならない。
此方は敵の首魁であるヒルク教の教皇を探す事に専念する──。
個人的にも奴とは話をする必要があると考えていた──恐らく自分と同じこの異世界へと迷い込んだ漂流者の一人として。
目の前に群がる不死者に広域殲滅魔法の【旋風招来】を撃ち込んだ後に辺りを見回してみると、既にアリアンやチヨメ、ゴエモン、ファンガス達の活躍によって連合軍の勢いが増しており、かなり優勢な戦況を作り始めていた。
そんな周囲の戦況を見て自分は、アリアン達から視線を外して聖都へと向ける。
「もうこの辺りの形勢は揺るがないか、我は一足先に街へと入るとしよう」
「きゅん!」
自分のそんな言葉に、首元に巻き付いていたポンタが同意を示すように鳴く。
「【次元歩法】」
短距離転移魔法を何度か繰り返しながら聖都へと近づき、ふと足を止めたのは聖都フェールビオ・アルサスを守護する街壁の上部──普段は見張りの衛兵などが歩哨に立つ場所だ。
龍王のフェルフィヴィスロッテらが街中へと突入する際に開けた大穴のせいで、外周を囲んでいる街壁の一部が崩壊してしまっているが、元はかなり立派な街壁のようだ。
そんな聖都の街中へと視線を向けて見れば、街壁の高さ以上の建物が少ない為に視界を遮る物は少なく、視線の先では巨大な二体の不死の巨人と龍王の壮絶な戦いが繰り広げられていた。
龍王と戦う不死の巨人が応戦の為に放つ黒い球体──“死の穢れ”の塊が街中のあちこちに着弾しては、周囲の建物を破壊、汚染しており、このまま戦闘が続けばこの聖都は見るも無残な姿になるのも時間の問題になる。
このような激しい戦闘が繰り広げられている聖都内で、はたしてあの教皇が身を潜めているだろうかと疑問に感じながらも、街中の様子を仔細に観察しつつ街壁沿いに移動していく。
やがて二体の巨人は龍王らの攻撃に対抗する為か、融合して一体の巨大な姿へと変貌した巨人は、その攻撃が苛烈さを増して、それに伴って街中への被害も拡大していった。
しかし、よくよく見れば不死の巨人が立つその後ろ付近──街中の中央部に聳え、目立つ建造物でありながら、これまでに巨人からの攻撃で一切の被害も出ていない事に気付く。
「成程、教会か……」
その目立つ建物はヒルク教の象徴を掲げ、幾つもの鐘楼を備えた巨大な教会だった。
それは単なる直感で確信を得るようなものは何も無かったが、自分は【次元歩法】を使って、街中の建物屋根を伝ってその教会へと近づいていく。
教会近くでは身の丈が既に高層ビルに匹敵する高さになった不死の巨人が龍王らとの攻防を重ねる中で足元の建物を軒並み踏み潰したようで、辺りは一面瓦礫の荒野となっていた。
一応は事前に協議した結果、龍王であるフェルフィヴィスロッテやウィリアースフィムには聖都の破壊を最小限に抑えるようディラン長老、アスパルフ国王らが話をつけていたようなのだが、どうやらそうも言っておられない状況になりつつあるようだ。
あの不死の巨人は彼女でも手加減をして勝てるような生半可な相手ではないようで、変異を始めて手数の増えた巨人に対して攻め手を欠いているように見える。
このまま戦いが膠着状態になれば彼女が本気で不死の巨人を倒しにかかる可能性がでてくるが、そうなればこの聖都は文字通り灰塵に帰す事になるだろう。
幸いな事に不死の巨人は二体の龍王を攻撃の標的にしているようで、建物の屋根の上に立っている此方の姿には微塵も反応を示していない。
今なら彼らの戦いの均衡を崩すのは容易な筈だ。
聖都の住人をまるで粘土細工のように寄り集めて造られた不死の巨人──その姿は正におぞましいの一言に尽きるが、これが自分と同じ境遇の者がこの世界で行った事だと思うと理解に苦しむ。
何故こんな非道な真似を平然とやってのける事ができたのかと……。
その理由は教皇が漏らした言葉の端々からおおよその想像は着くが、それでも本人に直接会って問わなければならない──その結果、相手と剣を交える事になっても。
──いや、ここまで来れば自分と教皇の邂逅の先に待っている未来など自ずと理解できる。
自分は決意を込めるようにありったけの力を込めて魔法の発動をさせた。
「【神聖浄化】」
伸ばした手の先に周囲から暖かくも柔らかな光が集まり、それが徐々に大きくなって目の前に光の球体を思わせる代物ができ、さらにそこに魔力を注ぎ込む。
範囲内にいる者に掛かった呪いや異常などを回復すると共に、不死者や闇属性に位置する者に多大なダメージを与える教皇職がもつこの魔法──溜めが長く射程も短い、あまり実戦向きではないが、今の巨大な的のような不死の巨人にはもってこいの魔法だ。
【次元歩法】で一気に巨人の足元へと飛んで、手にしていた膨れ上がった光の球体を巨人の足へと向けて放った。
一瞬、眩い程の光が目の前の視界を奪い、それが大きく膨れ上がって弾け飛んだ。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?』
まるで巨人の身体全体が痙攣を起こしたかのような、地鳴りにも似た亡者の言葉にならない悲鳴が辺りに木霊し、地獄の底を覗き込んだような錯覚に襲われる。
やがて目の前の光が晴れ、先程まで目の前に存在していた亡者の巨柱の如き巨人の片足が綺麗さっぱりと消滅しており、その片方の支えを失った巨人がゆっくりと姿勢を傾け倒れ始めていた。
それを確認した自分は後の対応をフェルフィヴィスロッテとウィリアースフィムに任せて、【次元歩法】を使って教会まで飛んだ。
大きな木製の正面扉を押し開けると、重々しい軋みと共に静寂に満ちた空間が開かれた。
背後から不死の巨人が倒れ伏した際の衝撃が地響きのように足元を伝わり、それに伴って大量の土埃が迫って来るのを感じて、教会の正面扉を背中越しに閉める。
外での喧騒が別世界かのような教会の内部は、見上げる程の天井高に壁面、窓問わず壮麗な宗教画で埋め尽くされ、それらを引き立てるような優美な建築装飾が教会全体に施され、何処に目を向けても絢爛な雰囲気が漂っていた。
教会の磨き抜かれた石床を踏みしめて中へと進む度に高い足音が響き木霊する度に、教会の内部に広がる人気のない空虚な空間を耳に伝えてくる。
「きゅん!」
そんな中で気配に敏感なポンタが何かを見つけて、此方に伝えるように小さく鳴く。
ポンタが見据える視線の先──真っ直ぐに伸びる回廊の奥には一段高くなった祭壇の間に、豪奢な法衣に面布を垂らし、手には大きな錫杖を握った男が待ち構えるような姿で立っていた。