決戦
聖都の南東部近郊には多くの兵士や戦士達の姿があり、その数はおよそ一万強の数に上る。
集まっている者達の顔ぶれは種族、国共に様々で、人族ではノーザン王国軍にローデン王国軍、サルマ王国からはブラニエ領軍が、エルフ族の戦士はメープルとドラントの両里から、そこに獣人族である刃心一族に加え、二体の龍王の姿も在って雑多な雰囲気を醸し出していた。
これ程までに様々な種族、国が肩を並べて一つの事にあたるというのは、この世界でも初の出来事なのだろう──集められた人々は互いの様子に興味、関心を示しているのが分かる。
そしてそんな雑多な集まりの中央付近──大きな簡易天幕が張られ、その天幕の下では各勢力の代表者が一同に会しており、そんな彼らの視線が自分へと集まっていた。
「不死の巨人ですか……そんな厄介なモノまで」
自分とフェルフィヴィスロッテが先行偵察して来た内容を聞いて、ディラン長老は眉根に深い皺を刻んで唸るように言葉を絞り出した。
その彼の隣では、彼の娘であるアリアンも難しい顔をして話を聞いている。
「その見える程の“死の穢れ”を撒き散らす攻撃は洒落にならんぞ。そんなモノに当たれば、常人などすぐに呪い殺される事になる。巨人の大きさを勘案すれば射程もそれなり長い筈だ、容易に聖都に辿り着く事はできんな……」
ディラン長老に同調するように頷いて言葉を継いだのは、カナダ大森林で大長老の地位に在る筋骨隆々とした戦士姿のファンガス大長老だ。
彼は不死の巨人が放つ“死の穢れ”に触れた際の大地の様子を聞くと、それが齎す影響の予想を口にして、その場に居た他の面々の顔を曇らせた。
そんな中で唯一、自信ありげな笑顔を見せて徐に口を開いたのは、人型の姿となった龍王フェルフィヴィスロッテだった。
「せやから、うちとウィリアースフィムはんとで、その巨人の相手をしたはるから。それに、そこなアークはんから一度だけ、その“死の穢れ”を防ぐ効果の魔法を全員に付与できはる言うてるから、多少はマシちゃうか?」
彼女の発言に、その場の人々の目が自然と此方に向く。
「アーク殿、それは真なのか?」
皆が関心を示したであろう自分の魔法の効果の程をそう言って尋ねたのは、ブラニエ辺境伯だ。
偶然にも今回の聖都偵察にて、フェルフィヴィスロッテへの魔法付与が効果を発揮した事で実証はされている──。
ただし、問題が無い訳ではない。
「フェルフィヴィスロッテ殿に付与した際に“死の穢れ”の直撃を受けて効果の程は確認済みなのだが、我の【聖光の加護】を受けて呪いの効果の打ち消しはできても、人の身であの攻撃に直撃されて耐えられるかが大きな問題だ」
身体が元から頑強な龍王なら余裕で耐えられる衝撃にも、人の身では“死の穢れ”が着弾した際に生じる衝撃だけで吹き飛ばされかねない。
【聖光の加護】を受けたからと言って、その効果を過信するのも危ういのだ。
「その不死の巨人の攻撃から一番被害を少なくするには、人族の歩兵による集団戦闘は避けた方が無難でしょうね……狙われた際の被害は想像したくありません」
そう言って自身の前髪を払って溜め息を吐くのは、ローデン王国軍の指揮を執るセクト王子だ。
前回での戦闘の負傷による後遺症なども特にないようで、変わらずに皮肉げな笑みを浮かべてローデン王国軍の指揮を担っている。
「そうなれば小隊単位に分かれての遊撃戦が考えられますが、足が遅い事には変わらない為、あまり良い成果を生むとは思えないのですが。不死の巨人を排除しない限り、聖都には侵攻できないと考えた方が良くはないでしょうか?」
セクト王子の意見を受けて、次に口を開いたのはノーザン王国軍を取り纏める重役を仰せつかったリィル王女の護衛騎士だったザハル・バハロヴだった。
アスパルフ国王からの直接の要請により、補佐にもう一人のリィル王女の護衛騎士ニーナを伴ってこの場にたっている。
権力や政治方面の事には疎いが、今回の一件でリィル王女側の人材に実績を持たせ、ゆくゆくは国の中枢を担う人材として徴用するなど、国王の思惑があるようだった。
そしてそんな大人たちに混じって堂々とした口調で意見を口にするのは、刃心一族の中でも実力者にのみ与えられる“六忍”を冠する名を持つチヨメだ。
「相手は人の軍隊ではありません、不死者に隊列や撤退という戦略的思考はありませんので、不死の巨人の相手をフェルフィヴィスロッテ様やウィリアースフィム様が担ってい頂いている間に、ボク達は巨人の射程範囲外から他の不死者を誘い出し、個別に撃破していくのが望ましいと思います」
チヨメの背後ではファンガス大長老以上の巨躯であるゴエモンが、彼女の意見に賛意を示すように腕を組んだ姿で無言のまま深く頷いていた。
小柄な少女の容姿を持つチヨメは、普通の者から見れば侮りの対象でしかないのだろうが、彼女の後ろに無言で控える巨躯のゴエモンの姿はそんな侮りを容易には抱かせない効果がある。
しかし、この場にいる各代表者の面々は、武闘派な者が多く、彼女の所作から滲み出る強者の気配を敏感に察知しているようで余計な心配はいらなさそうだった。
そういう点では一番意外だったのがローデン王国のセクト王子で、先のウィール川防衛戦で自らが先頭に立って指揮を執り、さらには名誉の負傷までして戦い抜いたというのだから、人は見掛けには寄らないなと、改めて思い直したものだ。
そんな事に思いを巡らせていると、ディラン長老が戦略協議のまとめに入っていたようで、各代表者の顔を見回しながら、力の籠った熱弁を振るっていた。
「──それでは彼女の意見も参考にした戦略で、各自の戦力の配置と基本的な行動概要をまとめます。これがヒルク教国との最後の戦いとなる筈です。この一件が片付けば、この地にはかつてない新たな歴史が刻まれていく事になるでしょう。我々としても、あなた方にしてもその未来を見据えたからこそ、今この場に立っているのだと信じています。それでは、各人の健闘を祈ります」
ディラン長老のその言葉の締めくくりに、各代表者達は同意を示すように静かに頷き、それぞれの思惑や、信条を胸に各自の受け持つ部隊へと歩み去って行く。
「さて、いよいよヒルク教国との決戦だな……」
「きゅん!」
首筋に絡むポンタマフラーをあやしながら自分は天幕から出ると、遠く北東の地に見える聖都フェールビオ・アルサス──その街壁の奥から覗く大教会の姿を見やる。
傍らには髪を束ねて前を見据えるアリアンに、忍び装束の紐を結び直すチヨメ、気合いの為か、自身の拳を打ち合わせるゴエモンなどが、自分と同じく聖都の方角に視線を向けた。
「では、行くとするか」
「ええ」
「そうですね」
「ん……」
そんな自分の言葉に呼応するように、それぞれが気合いを入れるように返事をした。
「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中 Ⅷ」が既に書店に並び始めたようです。
書店でお見掛けの際、お手に取って頂ければ幸いです。m(_ _)m