王都リオーネ攻略戦2
崩れ落ちてその役目を十全に果たせなくなったリオーネの街壁。
その大きく崩れた一画は瓦礫の山を越えて直接王都の街中へと通じ、そんな大穴が開いた箇所からはまるで黒い影が平野に染み出すように、続々と不死者の大群が吐き出されていた。
人族の軍隊のように整然と隊列を組んで行進している訳ではないが、今までのようなまとまりのない動きでない事は確かだ。
その証拠にそれら不死者の大軍の先頭に二つの影──蠢く無数の不死者を付き従えるように先導するその二人は後ろの不死者とは明らかに様子が異なる。
一人は少年──恐らくゴエモンが報告に上げた例の少年だろう。
整った顔立ちはまだあどけなさが残り、さらりとした髪と涼しげな目元は人の目を引く。
少年が身に纏うのは白を基調にした神官服だろうか。少々華美な装飾の入ったそれを着た姿は、どこか聖歌隊の少年を思わせて儚げな印象がある。
そしてもう一人、こちらは豪奢な法衣を身に纏った人物。
精緻で煌びやかな意匠の施された杖を手にした姿から、その人物が相当な高位の存在である事が誰の目にも明らかだが、その表情はこちらからは全く見通す事ができない。
その人物は豪奢な帽子に顔を隠すような白い面布を顔前に垂らしており、その奥にある筈の表情を消し去ったかの様な独特の雰囲気は何とも言えない不気味な雰囲気が漂う。
そんな不死者の大軍を率いる二人の首元には、以前ヒルク教の教会で見たのと同じ信者らが“聖印”と呼ぶ象徴の意匠が施された首飾りを下げている。
それらの事から、あの二人がヒルク教国での高い地位に就いてるだろう事が窺えた。
ゆっくりと着実にこちらとの距離を詰める二人と背後に従う不死者の大軍だが、果敢に攻め寄せるでも、敵対的な行為に及ぶでもないその所作に此方から仕掛ける機会を失し、互いに声が届くであろう距離で向こうがその歩みを止めた。
その場には足元の草葉を揺らす風と、それによって擦れる草葉の音のみ。
自分達が相手の様子を観察するように、向こうも此方側を仔細に伺っている様子が伝わって来る。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは面布で顔を隠した人物だ。
「……まさかこれ程の少数で攻略に出向いて来るとは予想外だよ」
抑揚のない平坦な声ではあるが、その口ぶりから素直な驚きの言葉が語られた。
そうして面布の奥から視線が自分に向いたような気がして、自分もそんな彼を見返す。
「君がうちのパルルモを倒したという白銀の騎士かな? 兵士ユニットを使わずに、プレイヤー自ら前線へと出て来て戦うとは、なかなか楽しいプレイだ。せっかくだ、歓待してあげようか」
そう言って面布の男は一方的に告げると、その両手を大きく天へと向け、さらに持っていた豪奢な杖を宙に円を描くように回したかと思うと朗々とした声音で魔法を発動させた。
「来たれ冥界の屍鬼【召喚・邪骨悪魔】!」
面布の男の言葉に反応するように彼の背後に黒々とした巨大な円形の影が生み出されると、そこに血のような赤色で描かれた魔法陣が浮き上がり、その魔法陣からせり出すようにして現れたのは身長十五メートルもあるかという程の巨大な骨の悪魔だった。
悪魔を実際に見た事がある訳ではないが、その容姿はまさに悪魔としか表現のしようがない。
頭部は二本の巨大な角を持った雄羊の頭骨の下に人の頭骨がくっついており、黒々とした四つの眼窩の奥からは赤く灯る敵意の眼差しが覗く。
身体は人型をしてはいるものの、胴体は堅そうな黒色の毛に覆われ、腕と足は剥き出しの骨、背中にはくすんだ灰色の翼と長い尻尾を有するなど、かなり特徴的な容姿をしている。
そうして両手には巨大な曲刀を持って現れたその邪骨悪魔と呼ばれた悪魔は、辺り一帯に響く奇怪な雄叫び上げて背中の翼を広げると、そのまま一足飛びに自分達の後ろにいて身構えていた龍王のウィリアースフィムへと躍りかかった。
対するウィリアースフィムもそれに反応して空中へと飛び上がり、邪骨悪魔が振り下ろそうとした二本の曲刀を後ろ足の爪で止めて、その長い尻尾をまるで鞭のようにしならせて相手の胴へと当てて吹き飛ばしてみせた。
龍王の巨体が振るう強烈な一撃に、邪骨悪魔はそのまま遥か後方へと吹き飛ぶかに見えたが、空中で大きく広げた翼で減速し、その場でくるりと身を翻して体勢を立て直した。
そんな空での壮絶な怪獣戦争をきっかけに、次に動いたのは面布の男の隣に立っていた少年だ。
「僕の名前はティスモ・グーラ。ヒルク教国、七枢機卿の一人──テンペランティアの名を拝命してるよ宜しくね、お姉さんたち!」
少年ティスモはそう言って自らをヒルク教国の枢機卿の一人である事を明かすと、にっこりと人好きのする笑顔をアリアンとチヨメに向けたかと思うと、いきなり少年の頭が何倍にも膨れ上がり、その肥大化した頭部がイソギンチャクの花のように開いた。
そうして身体もそれに比して大きく膨れ上がり、二本の腕は長大な軟体性の触手へと変化し、下半身は六つの足で巨体を支える為に地面を踏みしめていた。
もはや愛らしい少年だった姿を微塵も残していないその不気味な生物は、敢えて例えるなら意思を持って動く食虫植物といった所か。
六つの足で大地を震動させながら駆けて、その二本の触手をアリアンやチヨメに向けて絡め捕ろうと伸ばすも、その攻撃は二人に難なく躱されてしまい大きく距離を取られてしまっている。
見た所、触手の動きは速いが下半身の移動が随分と遅く、速度や回避に定評のある二人には相性のいい相手のように感じられた。
そうして残った面布の男はさらに構えていた杖を振りかざし、追加で魔法を発動させる。
「戦士系ユニットに対する魔道士の戦いを教えてあげますよ。【冥府共鳴】!」
面布の男がその魔法を発動させると、彼の背後に控えていた何十万という不死者の足元からどす黒い闇色のナニかが地上へと漏れ出し、それらが不死者達に纏わり付くと今まで静かだった不死者達が小波を起こすかのように荒ぶり始めた。
不死者兵や蜘蛛人など、その全てで例外はなく彼らの瞳は真っ赤に染まり、あちこちから獣の咆哮のような雄叫びが木霊して、明らかに危険な兆候を示し始める。
その様子から分かる事は、恐らく面布の男が発動させた魔法の内容は自軍の強化系に属する魔法だろうという事は推測できる。
だが、この何十万という数全てに対して効果が発揮されるとなるとかなり強力な魔法だ。
こういった広範な魔法は普通のゲームであれば効果幅が低いのが通常なのだが、不死者らの尋常じゃない様子からはそんな雰囲気は微塵もない。
「兵士ユニットを連れずに敵拠点を攻略しようなどと、その考えの甘さを反省するのですね」
面布の男が少し愉快そうな声音でそう語ると、それを合図にしたかのように背後に控えて獲物を待ち構えていた不死者達が、文字通り目を血走らせて怒涛のように押し寄せて来た。
「くっ! 【飛竜斬】!」
一番近くに迫って来ていた蜘蛛人、不死者兵らを纏めて十数体ほど斬り伏せ、距離を取る為に後ろへと跳ぶが、脇からも多くの不死者が押し寄せて攻撃してくる。
右から来る敵は再びの【飛竜斬】で斬り飛ばし、左の敵からの攻撃には盾で以て防ぎ、盾の裏から体当たりをかまして敵との距離を開ける。
押し寄せる津波のような不死者の大軍に大技を挟める余地が無く、近づく敵を【聖雷の剣】を発動させた【飛竜斬】で応急的対応をとる。
敵との間合いを開ける為に、都度後ろへと跳んではいるがすぐにその距離を詰められ、これではいつまで経っても埒が明かないのは明白だ。
自分は手を動かしながらも視線を不死者らの親玉であろう面布の男に合わせる。
転移魔法でこの場から離脱する事はできるが、そうなればティスモと戦っているアリアンやチヨメ達の下へ不死者が押し寄せる事になっては頂けない。
──まずは敵の頭を潰すのが先決だろうか。
襲い来る不死者の津波を後退して躱しては【飛竜斬】を放って牽制し、自分は不死者の大軍をアリアン達から引き離すように誘導していく。
面布の男も此方が防戦一方なのを楽し気に見物しているように見える。
だが余裕でいられるのも今の内だ──。
「【次元歩法】!」
迫る不死者の大軍をぎりぎりまで引き付け、一瞬の隙を突いて面布の男の傍へと短距離転移魔法使ってその間合いを詰める。
「っ!?」
面布の奥から驚愕の感情が伝わって来るのを見ると、どうやら奇襲は成功したようだ。
此方を飲み込もうと迫っていた不死者達は目の前の標的を見失って右往左往している事だろうとほくそ笑みながらも、【聖雷の剣】の発動した雷光の剣を相手の面布の男に振り下ろした。
ギィン!!
しかし相手の面布の男が反射的に構えた杖に阻まれて盛大な火花が散る。だが、此方の攻撃の力の方が強かったのか、面布の男は舌打ちをしてそのまま後ろへと吹き飛ばされる格好となった。
神話級『聖雷の剣』で以てしても防ぎきるあの杖も相当な物らしい。
油断ならない相手だという認識を新たにしていたが、相手は自分以上に大きく動揺しているようだった。
「戦士系かと思ったら魔法も使うだと!? 知らない内に魔法剣士の実装があったのか、クソ!」
そんな悪態を吐く面布の男に、さらに追撃を掛けようと間合いを詰めに駆けると、それに気付いた相手が杖を振って新たな魔法を発動させた。
「【邪霊喰牙】!」
その魔法の発動と同時に面布の男が持つ杖の先から、幽霊のような半透明の腐った人の頭だけのような存在が三体飛び出して来て、カタカタと顎を慣らして此方に襲い掛かって来た。
自分は思わず踏み込んでいた足を止めて、その三体を雷光の剣で斬りつけ応戦するとあっという間に雲散霧消してしまい、あまりの手応えの無さに呆気に取られる。
どうやらそれ程警戒するような魔法ではなかったようだが、相手は此方が思惑通りに足を止めた事に気を良くしたのか、さらに同じ魔法を放ってくる。
しかし今度はそれらの魔法を敢えて無視し、盾を構えた姿で突っ込みながら魔法を弾き飛ばし、相手の面布の男に向けて射程の長くなっていた雷光の剣を振りかぶった。
「!?」
相手の驚愕で息を飲むような気配と共に僅かに剣先が相手の面布を斬り飛ばすが、相手は反射的に身を引いて此方の射程から僅かに外れていた。
しかし相手の面布の下から現れた男の顔を見て、自分は思わずその場で足を止めていた。
そして次の瞬間、面布の男が球体状の影に飲み込まれたかと思うと、球体が消滅したと同時に男の姿も消え、自分が立つ位置から随分と離れた場所にその男の姿が出現していた。
どうやらあちらも自分と同じような短距離転移魔法を使えるようだ。
さらに転移魔法を使って追い縋ろうとするが、四方からの気配に咄嗟にその場から飛び退き、此方を補足していた不死者を幾体か斬り飛ばし、さらに追撃してきた蜘蛛人の連撃を躱して後ろへと【次元歩法】使って逃れる。
それから改めて周囲の様子を探るが、此方が転移した隙に面布の男は無数の不死者で視界を防ぎ、己の位置を巧みに隠したようだった。
「流石に空から見下ろす事の出来ない我には、ここから奴の姿を捉えるのは難しいか……」
目の前の視界を埋め尽くすような不死者の群れに悪態を吐き、何度か【飛竜斬】を放つが、焼け石に水とはまさにこの事だ。
そうして油断なく相手との距離を測りながら後退を続け、視線を僅かに上へと向けて空中で戦いを繰り広げるウィリアースフィムの動向を探る。