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王国の面々

 なんだかんだと騒がしい昼食を終えて、イビンは一人寂しそうな姿でアリアンを振り返り振り返りしながら警備の任務に戻って行った。


 アリアンは多少疲れたような顔をしていたが、姉の背中を見送ると気持ちを切り替えたのか、大きく息を吐き出した後に此方の鎧を軽くノックしてきた。


「昼の休憩は終わりね、早速ローデン王国へ向かいましょ。リィルちゃんが待ってるわよ」


「そうであるな」


「きゅ~ん……」


 アリアンの言葉に頷き返すと、頭の上で先程たっぷりと昼食にありついたポンタが眠そうな顔で片方の前足だけを上げて返事をするように鳴く。

 腹が満たされて眠気が襲っているのだろう、このままでは移動中に頭の上から転がり落ちそうだと、アリアンがポンタを抱きかかえた。


 そうして自分とアリアンと大きな欠伸をしたポンタの二人と一匹で【転移門(ゲート)】を使ってローデン王国へと飛んだ。


 着いた先では既に援軍の準備が整っていたようで、揃いの武装姿で並んだ兵士らの前に今回の連合の発起人となったノーザン王国の第一王女、リィル・ノーザン・ソウリアがお付きである護衛騎士のザハルとニーナの二人を従えて待っていた。


「遅かったのじゃ、アーク殿! わらわは向こうで何かあったのかと、心配だったのじゃ!」


 ローデン王国の中心である王城、グリプスホルン城の広大な中庭に姿を現した自分とアリアンの姿を認めたリィル王女は、小走りに駆け寄って来てそんな第一声を発した。


 身長は百四十センチ程と小柄で幼さの残る少女。年齢は十一歳だと聞いた。

明るい金髪は少し巻き毛気味で、肩口まで伸ばしたその髪が駆け寄る際跳ねるように揺れ、それが年相応な活発な雰囲気をよく表している。


灰色の大きな瞳が此方の様子を観察するように大きく見開かれ、視線が忙しなく不安げに彷徨う。


 今回の援軍の一件は彼女の祖国の存亡を左右するもので、彼女は幼いながらも今回のローデン王国とカナダ大森林からの援軍を取り付ける役として遠く離れた地に赴いているのだ。

 見た目通りの幼い少女──という訳ではない。


 現状をよく理解しているからこそ、事態の進捗に過敏になっているのだろう。


「リィル殿、心配を掛けたようですまぬな。カナダからの援軍である戦士の派遣は滞りなく済み、今はノーザン王国の方で待機しておる。何も問題はないぞ」


 自分は彼女を安心させるように状況の説明をしながら、その場で膝を折って一礼する。


「そ、そうか。良かったのじゃ」


「彼の能力(ちから)であれば多少の遅れは問題にならないですよ。寧ろあまり急かされてはこちらの準備がままなりません、リィル王女殿下」


 此方の言葉にようやく息を吐いたリィル王女に、後ろからゆっくりとした足取りでやって来てそんな言葉を掛けたのはローデン王国の第一王子だ。


 セクト・ロンダル・カルロン・ローデン・サディエ。


 背は高く、明るい茶髪に整った顔立ち、そして細かな装飾が施された──しかし嫌味の無い拵えのいい軽鎧を纏った姿は、まさに物語に登場する王子然とした雰囲気を醸し出している。

 弱冠という若さでありながらも、その視線には既に王族の貫禄と言うべきものが宿っており、口元に薄く笑みを浮かべて此方に軽く会釈する姿は、ただ気の優しい王子という印象を抱かせない。


 何とも言えない癖のある人物──というのが正直な感想だ。


 そしてそんな彼の横を対等な立場として歩く人物は、こちらもうら若い一人の少女だ。


 緩くウェーブの掛かった黄色みの強い金髪に、王族にしては少し控えめな印象のドレスに身を包むのはセクト王子の妹でもあるローデン王国第二王女、ユリアーナ・メロル・メリッサ・ローデン・オーラヴ、その人だ。


 茶色で愛くるしい大きな瞳が少女の名残りがあるものの、その奥に強い意思を覗かせる彼女の瞳を見れば、流石に一国の王女である事を気付かせてくれる。


「そのような言いようは少し酷ではありませんか、セクトお兄様? リィルちゃ──リィル王女様は国の未来を憂いておられるのです。多少の逸る気持ちを汲んで差し上げるのも殿方の甲斐性ではなくて? そうですよね、アーク様?」


 ユリアーナ王女は涼し気な顔でセクト王子を横目にそんな言葉を掛けると、同意を求めるように此方に視線を投げ掛けてくる。


 どうもこの二人の兄妹は仲がいいという訳ではないらしい。


 自分としてはどちらに味方しても角が立つような状況で片方から同意を求められても、答えに窮するだけだ。助けを求めて視線を横にずらすが、アリアンは明後日の方向に顔を向けていた。


 ポンタもアリアンの腕の中ですやすやと寝息を立てている。

 とりあえずこの話題は流して、他の重要事で話題を埋める試みに出た。


「ここに居る援軍の兵士らをノーザンに運ぶ前に、国王であるカルロン殿に挨拶をと思っていたのだが、何か所用で席を外されておるのだろうか?」


 別に国王自らの出迎えや見送りを期待している訳ではないのだが、一国の王子が陣頭指揮をとる事になった今回の派兵にあたって、国王が顔を見せていないという事に違和感を覚えての発言だ。

 すると、自分の発言に最初に反応示したのはセクト王子とユリアーナ王女の二人だった。


「……実は今朝方の事なのですけど、王都でちょっとした騒動がありまして。お父様はその騒動で起こった王都内の混乱の収拾にあたっているのです」


 最初に国王の行方に関して口を開いたのはユリアーナ王女で、その口調は何処となく歯切れが悪いのは気のせいではなさそうだ。時折、此方の視線を気にするように瞳が揺らいでいる。

 そんな彼女の隣ではセクト王子が両肩を竦めて小さく(かぶり)を振って、皮肉めいた笑みを浮かべてユリアーナ王女の言葉を継ぐように口を添えた。


「まぁ我が国でもエルフ族に対して無法を働いていた者達が少なからず居たのだから、あれは君達から我々へ向けての今後の忠告だという事は了解しているよ」


 その二人の言葉に自分とアリアンは顔を見合わせてお互いに首を捻った。

 そこへもう一人、小さな身体をぴょんぴょんと跳ねさせて会話に割り込んできた人物がいた。


「朝の騒動、わらわはまだ寝ていて知らなかったのじゃが、この王都に巨大なドラゴンが二体やって来たらしいのじゃ! ザハルにその事を聞いて外に見に出たのじゃが、もう飛び去った後だったのじゃ。国王様はドラゴンと言葉を交わしたそうなのじゃが、わらわも会ってみたかったのじゃ」


 そう言ってリィル王女は心底しょんぼりと項垂れるが、護衛騎士の一人であるニーナが気難しい顔で彼女の前に膝を突いた。


「いけません、リィル様。いくら知能の高いドラゴンだとしても、無暗に近づくなど以ての外です。御身の身に何かあればどうされるおつもりですか。国王様が悲しみますよ」


 ニーナがリィル王女を諭すように語るその横で、自分はアリアンに小さく耳打ちをする。


「アリアン殿、もしかしてローデンに現れた巨大なドラゴンというのは、龍王(ドラゴンロード)のフェルフィヴィスロッテ殿の事だろうか?」


 此方の疑問にアリアンも分からないのか、首を小さく横に振って応えた。


 リィル王女らが語った巨大なドラゴン──この世界でのドラゴンの種を多く把握している訳ではないが、人と言葉を交わすようなドラゴンなど龍王(ドラゴンロード)種ぐらいしか知らず、アリアンもその点は同じようだった。


 しかし、仮にその龍王(ドラゴンロード)が彼女だとしても数が合わない。


 今朝早くに森都メープルを発ったという彼女──フェルフィヴィスロッテは一人の筈だった。

 もしかすると同じカナダ内に住むという他の三体の龍王(ドラゴンロード)にも声を掛けて、その内の一体が同行したのだろうかと考えながらも、もう一つの疑問が浮かぶ。


 彼女はノーザンへと向かった筈なのだが、ここはローデンだ。


 別口の龍王(ドラゴンロード)かも知れないが、知能の高い龍王(ドラゴンロード)がわざわざ人の多く住む街に下りて来るというのも腑に落ちない。リィル王女らの反応からしても、人の住む場所にドラゴンが姿を現す事自体が稀だと見るべきだ。


 しかもドラゴンは国王と言葉を交わしてすぐに飛び去った上に、ここから見える限りだと王都や王城に何か被害が出たというような雰囲気も無い。


 セクト王子の言には、降り立ったドラゴンはカナダからの示威行為として受け取っている節があるので、ここで迂闊に国王と交わした話の内容を尋ねるのも何となく憚られる。

 もしかすると自分達が知らされていない、大長老らからの働きかけがあったのも知れないと、自分もアリアンもその考えに至って無言で視線を交わした後、この話題を終える事にした。


「ではそろそろ我々もノーザン王国へと向かうとするとしよう。まず最初に飛ぶ者達は我を中心にするように集合して貰えるかな?」


 そう言って促すと、真っ先に動いたのはセクト王子だった。


「私が今回の代表者なのだ、まずは私がノーザン王国へと向かい、あちらの者と挨拶を交わすべきだろう。私の他には護衛を数人、あまり数が多くても仕方がないですからね」


 彼は護衛を十名弱程に馬を数頭引き連れて自分の元へとやって来る。


 よくよく見れば王城に集められた兵士の他にも物資を積んだ荷車やら、それを牽く荷馬、騎馬兵と思われる者達の乗騎である騎馬と、エルフ族の戦士達が各自で用意していた数倍の物資が広大な庭に運び込まれていた。


 これをあと半日でノーザン王国まで運びきれるだろうかと、頭の中で移動の行程を再度なぞる。

 次いで名乗りを上げたのはリィル王女だ。


「わらわも行くのじゃ! 父上に報告せねばならぬし、何より王都が心配なのじゃ」


 リィル王女はユリアーナ王女に別れの挨拶を済ませると、二人の護衛騎士を連れて小走りで寄って来て此方を見上げてくる。


「世話になるのじゃ、アーク殿」


「うむ」


 どうやら今回の最初の便は押し潰されるような思いはせずに済みそうだと胸を撫で下ろしつつも、ファンガス大長老やディラン長老を他の大勢の戦士達と一緒にすし詰めで移動した事を思い出して自分の気の使えなさに溜め息が出た。


 あの二人は特に気にしていた様子はないので、その辺りは救いだろうか。


「ではノーザン王国へと向かう、展開される魔法陣から外に出ぬように願う」


 自分は気を取り直して転移魔法を発動させる為に周囲に注意を促すと、それを聞いた数人の騎士達が僅かに後退るように中心に寄る。


 それを見計らって【転移門(ゲート)】を発動させると、転移魔法に慣れているエルフ族と違って、人々が口々に驚きの声を上げて浮足立つ。

 そんな彼らの姿を見て、王城内で待機する人々と物資の山を改めて眺め回して溜め息を吐く。


「夕刻までに終われば良いがな……」


 そんな独り言を呟いている間に、既に周りの景色は切り替わっていた。

 セクト王子がアスパルフ国王と面会した後はまた単調な往復作業の始まりだ──。


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