表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/200

戦士達、王国へ行く

 翌日の早朝。

 まだ辺りに白く煙る朝靄が漂う中、森都メープルに築かれた巨大な闘技場の舞台は朝の静寂とは裏腹に、多数の人影と熱気でごった返していた。


 人影の正体は今回の教国との一戦にカナダ大森林に散らばる各里から招集された戦士達だ。

 ほとんどの者達が革製の防具を身に纏い、金属製の鎧を装備している者は滅多にいない。

 得意の武器はそれぞれ違うようでその印象はかなり雑多な上、荷物を抱えて他里の戦士とこれから赴く戦いについて言葉を交わす様は人族の傭兵らの集まりという雰囲気だ。


 中には特徴的な薄紫色の肌を持つ戦士達の姿もあり、アリアンと同じダークエルフ族の戦士達も数多く参加している事が分かる。

 戦士と言えば多くは男性を想像するのだろうが、ことエルフ族に関して言えば全体の三分の一程は女性の戦士で占められているようで、その辺りは人族の傭兵と大きく違うところだろうか。


 自分の周辺にはアリアンやその母であるグレニス、そして恐らくアリアンの姉のイビンも女性ながらにして男顔負けの実力者である一例が溢れているので、間違っても女性が戦士に向かないという偏見はとうの昔にない。


 寧ろ戦士の中でこれ程の割合で女性がいるという事実は、エルフ族全体で女性の実力が相当に高い事を現す証左でもある。


「アリアン殿やグレニス殿が例外という訳でもないのだな……」


「きゅん……」


 闘技場の光景を見ながら思わずそんな事を口走ると、頭の上にのるポンタも自分の意見に同意するように頷いて鳴く。

 しかし、それを近くでディラン長老と今日の予定を確認していたアリアンが耳聡く聞きつけて、此方に寄って眉間の皺を深くする。


「なに? 何か私について失礼な事を言ってたような気がするんだけど?」


 アリアンの金色の瞳が鋭く光るのを見て、自分は勢いよく首を横に振った。


「それは誤解だ、アリアン殿。我はただ、エルフ族は優秀な女性が多いなと言っただけだ」


「きゅ、きゅん」


 此方をしばらく訝しむように見上げていたアリアンだったが、それ以上の追求を止めて小さく息を吐き出すと、自分の首振りによって頭の上からずり落ちていたポンタを元の位置に押し上げる。


「エルフ族の戦士は皆、得意な武器と魔法をそれぞれに磨くから、人族みたいに単純に力だけで戦士の資質を問われたりしないのよ。その点で言えば、アークも魔法と武器の両方を十分に扱えてるからエルフ族らしいと言えば、らしいわね」


 彼女のその言葉に自身の両手に目を落とし、何度か握ったり開いたりを繰り返してみた。


 今まで何となくではあったが、この世界のエルフ族との差異を漠然と感じていたのだが、そう言われてみると物理系である騎士職に、魔法系である僧侶職を合わせた天騎士のスタイルは、成程確かにエルフ族の戦士に多く見られる魔法戦士系に属していると言える。


 アリアンの言葉に自分でも不思議なほど意識に高揚感が生まれているのが分かった。


 やはり肉体を取り戻した際の共通項が長い耳だけという、何処か疎外感のような意識が在ったからだろうかと、思考しているとディラン長老がファンガス大長老を連れて現れた。


「今日はアーク君にここに集まった戦士達をノーザン王国まで転移間魔法を使って運んで貰うという大仕事を頼む事になるけど、宜しくお願いするよ」


 ディラン長老はそう言って笑みを浮かべると、その後をファンガス大長老が引き継いだ。


「今回のこれはお主が転移魔法使って戦士達を輸送する事になるが、本当に一日で全員を移動させる気なのか? アリアンが信用しているお主を疑っている訳ではないが、まだ少しは時間的に猶予もあるだろう。ここで無茶をしても後の戦いで響いては意味がないぞ?」


 ファンガス大長老の懸念はもっともな話だろう。


 転移魔法の【転移門(ゲート)】は攻撃魔法などに比べて使う魔力が少ないとはいえ、大量輸送の為に発動の際の魔法陣展開を拡大すれば消費魔力は増し、さらに何度も往復すれば回数分の魔力消費だけでなかなかの量になる。


 しかし自分がいつも装備している『夜天の外套』の能力があれば、足を止めている状態で一定時間毎に魔力を回復する事が出来るので、適度な休憩を挟めば魔力不足に陥る事もなく、輸送には半日も掛からない計算だ。


 それに昨日の時点でローデン王国へと渡ってリィル王女にカナダ側の参戦が決定した事を伝えた後、カルロン国王にもローデン王国からノーザン王国へと派遣する援軍もその日の内に輸送する事を伝えて、準備を急いで貰っているのだ。

 むしろローデン王国側が予定の援軍を編成し終えているかが問題かも知れない。


 人族の国家の軍隊は纏まって行動する為に統率されているが、それには色々と必要な物資や人員が不可欠になってくる。それらを短期間で準備するのは常備軍を有していたとしても大変だろう。


 その点で言えば、エルフ族の戦士は集団で動く事をあまり想定していない組織編制で、食糧から武器に至るまで個人や小隊ほどの少数編成毎に用意し、それらを持って各人の判断で行動する為に動きは格段に早い。


 これは普段、エルフ族の戦士達が日常的に行っている任務の性質に因る所が大きい。


 彼らは小隊単位で大森林へと入り、各地の森の中にある拠点を食糧、武器、道具などを各自で持って何日も掛けて巡回し、増えた魔獣の掃討や侵入者の排除などを主な任務としている。

 戦士達にとっては、今回の目的地が人族の国家の都市である事以外はいつもの遠征とさして変わらない準備で済むのだから早いのは当然の話だ。


「その辺りは問題ない、ファンガス殿。それよりも今日はフェルフィヴィスロッテ殿の姿が見えぬが、彼女はどうしたのだ? 我としては先に彼女を連れて人族側の者に引き合わせておいた方が良いと思ったのだが?」


 一応昨日の時点でノーザン王国側にも相当数の援軍の受け入れ態勢を要請しており、その際にアスパルフ国王ら主な面々にも最強種である龍王(ドラゴンロード)が参戦する事も伝えてはいるが、彼女の威容は口で説明しただけでは伝わりづらい。


 そう思っての此方からの問い掛けだったが、ファンガス大長老とディラン長老が微妙に苦笑する。

 自分とアリアンはそんな二人の反応に互いに視線を交わして首を傾げた。


「それが、フェルフィヴィスロッテ様は自らの翼でノーザン王国へと向かうと言って、明け方近くには既にここを発たれていてね。何でも少し寄る所があるとかで……」


 眉尻を下げたディランがそう言って軽く首を振って答える。

 どうやら彼女は自らの翼で直接ノーザン王国へと向かったようだが、そうすると人型の形態ではなく飛行に慣れた龍王(ドラゴンロード)の姿のままで王都へと向かったのだろうか。


 というよりも彼女がカナダ大森林の外である人族の国の位置を把握している事に素直に驚きだ。


 ただ問題が一つ──ここに居る全員、彼女が今回の戦いから逃げるなどという事は微塵も心配してはいないが、彼女が龍形態で直接王都上空に現れたりすればちょっとした騒動になりかねない。


「流石のフェルフィヴィスロッテ殿といえども、我の転移魔法の移動より早くノーザン王国入りする事はないとは思うが、念の為にエルフ族側の代表者を先に向こうへと送っておいた方が良いな」


 かつて龍形態であった龍王(ドラゴンロード)ウィリアースフィムの姿を思い浮かべながら、そんな龍王(ドラゴンロード)が王都上空を旋回する様を思い浮かべて唸ると、ファンガス大長老が大きく頷いた。


「そうだな、無用の混乱を避けるために、今回の遠征の代表者である儂と、補佐のディランを先にノーザン王国へと送って貰おうか、アーク殿。あとは先発隊となる者達も同時に運べるかな?」


「無論だ、では早速第一陣として、ファンガス殿とディラン殿を筆頭に集まって貰うとするか」


 自分のその言葉に、ディラン長老が了承の意を示すように頷くと近くに居た者に準備が整った者達から集合するように伝えた。

 そうして闘技場の舞台の中心には自分を真ん中にして、ディラン長老とファンガス大長老、そして先発隊として百名余りの戦士達が集まった。


 転移魔法を発動させる際に出来るだけ少ない魔力で効率的に魔法陣を展開する事を考慮し、集まった戦士達は荷物を抱えた状態で押し競饅頭(くらまんじゅう)のような状態になる。


 これは面積当たりの密度を増す事によって小さな魔法陣で転移魔法を発動させる事を目的としたのだが、魔法を発動させる者が常に中心になる訳で、そうなれば必然的にもっとも圧迫される位置に自分が居る事になる。


「むぅ、これは何というか、乗車率百八十パーセントといった感じだな……」


「きゅん!」


 自分のそんなぼやきに頭の上でポンタが励ますように鳴く。

 安全地帯があるのは羨ましい限りだ。


 全身鎧なので中身まで圧迫される事はないが、この全く身動き出来ない状態が何故か無性に懐かしく感じてしまうのはどういう訳なのか。


 そしてアリアンとチヨメはどうしているかと言えば、彼女達は転移魔法の発動範囲外から此方の様子を遠巻きにして、「いってらっしゃい」とばかりに手を振っていた。

 どうやら空いてから移動するつもりのようで、賢い選択ではある。


「仕方ない、早々に此方が押し潰される前に転移するか。いくぞ、ポンタ。【転移門(ゲート)】!」


「きゅん! きゅん!」


 自分が思い切り転移魔法を発動させると、足元に光る巨大な魔法陣が展開された。

 そんな足元を見て、周囲の戦士達が感嘆や驚きの声で騒めくのを瞼を落として聞き流しながら、これから向かう先の場所を明確に脳裏に甦らせる。


 向かう先はノーザン王国の王城の一画、この日の為にアスパルフ国王がエルフ族の援軍の為に開放してくれた場所だ。


 次の瞬間、目の前が暗転し、周囲の人々の騒めく声が一瞬止まって息を飲む気配と共に、周囲の景色が一瞬にして切り替わる。


 今まで森都メープルに築かれた闘技場の舞台に立っていた者達が、遠く離れた人族の国家──ノーザン王国の王都ソウリアの中心に聳える王城の庭に立っていた。

 近くを仰ぎ見れば、装飾性の乏しい武骨な雰囲気を持ったノーザン王国の王城の姿が目に入る。


 先程まで押し競饅頭をしていたエルフ族の戦士達は、初めて見るのだろうその景色を感嘆の声と共に皆が思い思いの方角へと足を向けて、やがて自分の周囲に余裕が出来た。


 周囲を見渡せば、恐らく此方の到着を待って待機していたのであろう王国の衛兵達の姿があるが、事前に聞かされていたとは言え、百名近くのエルフ族が瞬時に姿を現した事に驚きの顔を隠せないでいるのが分かる。


 そんな中で、周囲を見回していた戦士達に集合の号令を掛けたのはファンガス大長老だった。


「人族の領域に興味が尽きないのは分かるが、あまりゆっくりしている時間はないぞ! 各自、荷物を持ってこの場から離れる。付いて来い!」


 彼のその言葉に、皆が一斉に荷物を担ぎ直すと、そのままファンガス大長老の後へと続いた。

 この場所はまだこれから第二次、第三次と、後続の戦士達を運んでくる場所である為に場所を空けておかなければならない。


 それと今回の援軍の代表者であるファンガス大長老は、王国側の代表者──アスパルフ国王とこれから顔を合わせる必要があるので、彼ら先発隊は一応その護衛という役割も担っている。


 しかし当のファンガス大長老の出で立ちはと言えば、筋骨隆々な体躯に使い込まれた革製の防具を着込み、腰には重量級の戦槌が下げられており、顔にある大きな傷跡もあってその雰囲気は歴戦の猛者といった風貌で、どう見ても護衛が必要な人物には見えない。


 そんな彼の脇を固める者達も多くが体格のいいダークエルフ族で、そこの集団だけを見ればエルフ族からの援軍とは誰も信じないだろう。


 そんな何処かの戦闘民族の集団の前に進み出て来たのは、揃いの甲冑に身を包んだこの国の近衛騎士を引き連れた国王アスパルフ・ノーザン・ソウリアだった。


 二人は互いに視線を交わすと、周囲の護衛者達を後ろに控えさせたまま歩み寄る。


「今回は我らの窮状を知り、種族の垣根を越えて我らに救援の手を差し伸べてくれた事、国を代表してお礼申し上げる。先の不死者(アンデッド)の大軍による襲撃で、未だに王都内は混乱の中にあり、皆様には些か窮屈を強いる事、誠に以て容赦願いたい」


 アスパルフ国王はそう言って静かに目礼してからファンガス大長老に右手を差し出すと、彼は太い笑みを浮かべてその手を握り返した。


「儂らにとっても今回のヒルク教国との一件が片付くならば、それなりの意義を見出せるのでな。件の教義を信奉しているであろうお主らには悪いが、事前の告知通り、我らの側に立って貰う」


 ファンガス大長老がそう言って口にした内容は、カナダ側がノーザン王国へと救援を派遣するにあたって出した条件についての事だ。

 今回の一件でカナダ側はヒルク教の本拠地を徹底的に叩く方向で動いており、そんな思惑を持つカナダ側の援軍を王国が受け入れるという形を取る事は、その行為を承認するという立場を内外に表明する事になる。


 ヒルク教の本部を叩く事になるので教会は確実にその影響力を落とす事が予想されるが、人族の国家に広く根を張る教会やその教義が一朝一夕で消えるという事はないと大長老達も踏んでいる。


 戦後にヒルク教がどういった形で残るかは不明だが、残った教会勢力が異種族であるエルフ族と結託したノーザン王国を非難する形になれば、結果としてノーザン王国はヒルク教国の反勢力側に収まる事になるだろう。


 そしてもう一つの援軍である人族の国家、北大陸南部の有力国のローデン王国は元からヒルク教の勢力外にある国で、それらと手を組むという事も教会側から見れば反教会で一致した一大勢力が出来上がったようなもので、そんな勢力が国境を接する隣国に誕生する事になるのだ。


 カナダ側としてはノーザン王国に戦後のヒルク教国への牽制と圧力を担う役を求めているが、それに反発する教会側の対応も想定して王国の戦後の復興などにも力を貸す約定となっている。


「ここへ来て我々に選べる選択肢はあまり多くないのが現状だが、此度の選択は我々の未来をも大きく膨らませるものだと信じている。我らがここで手を取り合えた事、後の世で英断であった事を証明してみせよう」


 アスパルフ国王はファンガス大長老からの凄みのある視線から目を離さず、しっかりとした口調でそう語ると、握っていた手に再度力を込めた。


 国王がエルフ族や獣人族と手を取り合う事を選択した──この事はすぐに王都内に広まり、それはやがて領内まで広がっていくだろうが、ヒルク教の教義下に置かれていた人々の中には反発する者も多くあらわれるだろう。


 直接的な脅威に晒された王都内ならばその声は比較的小さく済むだろうが、王都より東の領内──つまりは今回のヒルク教国の侵攻にまだ曝されていない地域はそうはいかない。


 人は往々にして変わる事を恐れるもので、迫る脅威にも直に目の当たりにするまで問題として認識する事が少ない──それは過酷な環境でも順応し得る鈍さではあるが、問題認識を遅らせる致命的な要素でもある。


 しかしアスパルフ国王がこの場で宣言した事は、王家の権限を最大限に使ってそれらの反発の声を抑え、カナダ側が望む人族の社会のありように変えていくという決意表明でもあった。


 人族とエルフ族の代表者が互いにしっかりと握手を交わした後、自分も国王との面会を果たす。


「アーク殿。今回のローデンとカナダへの格別の取り計らい、誠に以て感謝する。貴殿らの働きが無ければ、ここまでの希望ある未来に繋げる事は決して出来なかったであろう。ありがとう」


 その国王の言葉に、周辺に集まっていた王国の首脳陣から軽いどよめきが起こる。


「我らは互いの願いを聞き、それを他の者に伝えただけに過ぎぬ。両者が互いに歩み寄る事を選択したのは双方の決定に拠るもの、我らの働きとは言えぬ。それに、それを言うならば周囲の反対を抑えて最初に我らに助力を求めたリィル殿の慧眼(けいがん)こそ褒めるべきであろうな」


 そんな自分の返しにアスパルフ国王は一度瞳を瞬かせると、すぐに口元に小さな笑みを浮かべた。


「そうだな、我が娘の功績は非常に大きいと言わざるを得ないな。それで、リィルの今は?」


「リィル殿は今ローデン王国に留まっており、次のローデン王国側の援軍の輸送時に共にこちらへと戻る予定である。どうやら向こうの王女殿との仲が打ち解けたようでな……」


 リィル王女の様子を尋ねた国王は、此方の返答に小さく頷くと安堵したように息を吐いた。


「そうか、この家に生まれて気の置けない友人が出来たのならば僥倖である。今しばらくはリィルの事を頼む。そしてこの先の戦いでも世話になるな、アーク殿」


 そう言って彼は小さく一礼すると、そのまま護衛である近衛騎士達とその場を離れた。

 これから訪れる一万近くの人員の受け入れなど、彼のやる事は多岐に渡るのだろう。


 彼の背中を見送り、自分も踵を返して先程転移してきた場所へと移動する。


「我も、我の仕事をするか」


「きゅん!」


 一人呟く台詞に、頭の上に鎮座していたポンタが返事をする。


 その声に励まされるように気合いを入れ直すと、ディラン長老にこれからメープルへと戻る事を告げて再び【転移門(ゲート)】を発動させた。


 行きとは違い今度は自分とポンタのみなので移動するのは楽だ。

 瞬時に景色が切り替わり、再び森都メープルの闘技場へと戻って来ると、そんな自分の姿を認めた次に移動する戦士達がわっと詰め掛けて来た。


 それらを指揮しているのはこちらに残った他の大長老達のようだ。

 自分は一息吐く間もなく、再び乗車率百八十パーセントになった闘技場の舞台から、ノーザン王国の王都へと転移する為の魔法を発動させる。

 これは自分が思った以上に過酷な労働だったかも知れないなと、改めて輸送業の過酷さを実感しながら内心でぼやきつつも懸命にピストン輸送を行う。




 その結果もあって、森都メープルに集められた援軍の戦士達の輸送は日が中天を跨ぐ前には、全ての予定していた人数を彼方のノーザン王国へと運ぶ事が出来た。


 往復する事、五十回以上の転移魔法の発動はなかなかに大変だったが、それでも魔力、体力の面で言えばそれ程大きく疲弊する事はなかった。

 この様子には流石のブリアン族長らを始めとした、大長老達も驚きを隠さなかった。


「お疲れ、アーク。とりあえず昼食にしてから、午後はローデン王国ね」


 そう言って此方を労う言葉を掛けてきたのは最後まで残っていたアリアンだ。


 チヨメは先程の最後の便で一足先にノーザン王国へと向かった。

 ただ別経路から向かっているというゴエモン達の部隊はまだノーザン王国へは入っていないようで、今のところ連絡などもきていないようだった。


 彼らなら少々の事態でどうにかなるとは思えないので、その辺りはあまり心配してはいない──ゴエモンの筋骨隆々とした姿を思い出しながら気持ちを切り替える。


「さて、まずは昼食を摂って英気を養うか」


「きゅん! きゅん!」


 転移魔法の往復作業で凝った肩を解しながらそう言うと、頭の上のポンタが待ってましたとばかりに鳴いて、その綿毛のような尻尾を大きく振り回す。


「ところでアリアン殿、メープルで食事を摂れる場所はあるのであるか?」


 闘技場から出てメープルの街中へと足を踏み出すと、後から追いかけて来たアリアンが眉をへの字に曲げて唇を不愉快そうに尖らせた。


「それくらいあるわよ。私がいつも行ってた所、結構お勧めだからそこに──」


「アリンちゃーん、お昼にするなら私も行くぅー!」


 アリアンが昼食の場所を提示しようと口を開いたその時、何処から現れたのか彼女の姉であるイビンがいきなりアリアンの背後から飛びついて来て会話に乱入してきた。


「えっ!? イビン姉さん、なんでっ!?」


「ほらほら、今日は時間あまり無いんでしょ? 二人(・・)で昼食に行くわよぉ」


 イビンがアリアンを急かすように甘い声で告げながらも此方に鋭い視線を向けてくる。

どうも姉のイビンにはシスコンの気があるようで、彼女にとって自分は邪魔者なのだろう。


「ちょっと待って、姉さん! 今日は警備の任務じゃ──あ、アークこっち!」


 アリアンはそんな姉に困惑しつつも、此方に目線でついて来るように促してきた。

 とりあえずアリアンの姉との仲は今後の課題になりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ