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闘技場戦の後で

 蒼天に輝く日の光に思わず目を細める。


 周囲には人々の歓声が熱気として湧き上がり言いようのない高揚感が辺りを支配しているのが、倒れ伏した自分の身体に地面を震わせる形で伝わって来るのを静かに感じていた。


 カナダ大森林の深奥──人族の踏み入れない地にあるエルフ族の都市、森都メープル。


 多くのエルフ族が暮らすその巨大都市の中に築かれた闘技場には今多くの人が詰め掛けており、その湧き上がる熱気は先頃の余興に因るところが大きい。


 闘技場の外観はローマの円形闘技場で有名なコロッセオを彷彿とさせるが、外郭の壁には等間隔に直立した大樹が柱のように立ち並び、それらは石材として組まれた壁と融合するような独特の景観を有していた。


 そして内部に設けられた巨大な闘技場の舞台に対して、高さ二、三階に相当する高さに設けられた観覧席は狭く、舞台を取り囲むようにして配されたそこに多くのエルフ族達の姿があった。

 そんな闘技場での余興となれば、内容も自ずと決まってくる。


 眩く輝く太陽から視線を外し、自分はその傍らで満面の笑みで立っている存在へと焦点を移す。


 身長は二メートルを超える大柄な体格の女性。しかし、その外見からは彼女がただの人ではない事が容易に判断できる程、特異な容姿を持っていた。

 風に靡く長い青紫色の髪に、側頭部からは二本の巻き角が天に向かって突き出し、笑みを湛える瞳の色は髪と同じく綺麗な青紫色で、瞳孔は細く縦に長い形状は爬虫類を思わせる。


 背中には小さな翼を持ち、抜けるように白い肌の胸部と腹部を大胆に晒した豊満な肢体を有しているが、それ以外の部分、肩口から腕、腰から下は重装甲のような黒い鱗状の鎧を身に纏っていた。

 そして腰裏からは彼女の身長程もある長く鎧状になった尻尾が伸びており、その先にはまるで水晶を削り出したような美しい剣型の尻尾の先が宙に踊っている。


 龍王(ドラゴンロード)フェルフィヴィスロッテ。


 その冠する名の通り、この世界にはおいて並ぶ者のいないとされる最上位種族。真の姿は巨大なドラゴンである姿を、どういった理屈でか人の形へと変化させている存在だ。


 身体の大きさが人並みへと変化しても、その持つ力は人の範疇を軽く逸脱している。

 そんな桁外れの力を持つ彼女ならば今度のヒルク教国との戦いにおいても、まず間違いなく大きな戦力となってくれるだろう。

 彼女は余興と称してはいたが、内容はここに集まった人々──エルフ族の民に自分の力を示す事を目的にしていたような気がする。


 結果で言えば、土に塗れた白銀の鎧姿を闘技場の舞台上で晒している自分を見れば一目瞭然だが、龍王(ドラゴンロード)のフェルフィヴィスロッテの勝ちだった。


 しかし何とか自分なりに善戦したとも思える内容で、彼女も満足そうだったので一応の役目は果たせたと考えていいのだろう。


 自分は痛む鼻柱を擦りながら身体を起こすと、先程の戦いで吹き飛ばされた兜を拾い上げて、自身の褐色の長い耳をその中に押し込むようにして被り直した。


 事前に龍冠樹(ロードクラウン)の霊泉を飲んで全身の呪いを解除し、感情の起伏が正常になった状態での今回の模擬戦はなかなか自分にとっても有意義なものになったと思う。

 感情値が抑えられる骸骨姿と違って戦いに慣れていない生身の肉体の場合は、恐怖などのような負の感情がどうしても前面に出易くなる。


 それを何とか押さえ込んで彼女の懐に飛び込む事が出来たのは、これまでの鍛錬などの影響も大きいのだろうが、良くも悪くもこの世界での生き方が根付いてきたのかも知れない。


 そんな事をふと考えていると、不意にフェルフィヴィスロッテと視線が合った。


 彼女は何やら意味ありげな笑みを浮かべて、此方に歩み寄って来る。

 その視線はゆっくりと移動して、自分が担いでいた『聖雷の剣(カラドボルグ)』で止まった。


「最後の一撃はまぁ、なかなか見事やったけどぉ、本気の一撃っちゅう訳やないんやろ?」


 彼女の爬虫類のような瞳孔が窄まり、獲物を狙うかのような視線を向けてくる。

 自分はそんな彼女に向かって、肩を竦めて首を振って見せた。


「それはフェルフィヴィスロッテ殿も同じであろう? 我には随分と手加減をして貰っていたような気がするのだが、我の気のせいだっただろうか?」


 そう言って返すと、彼女は悪戯っぽい笑みを口許に浮かべて自らの長い髪を掻き上げた。


「うちが本気で暴れたりしたら、この建物ごと消えて無くなってまうからなぁ……。まぁでも、それはあんさんも同じやろぉ? それはここに集まった(もん)らも薄々気づいとる筈や。これでアークはんの顔見せも無事済んだ、いうわけや」


 フェルフィヴィスロッテは機嫌良さげに今回の闘技場の余興の狙いの一つについて語った。

 しかしそれは狙いの一つであって彼女との戦闘中に感じた印象で言えば、彼女は純粋に戦うという行為を楽しんでいるように見えた。


むしろ彼女が語った最初の狙いの一つはこの森都メープルを治める大長老会の思惑だったのではないだろうか。


自分は一応エルフ族のララトイアの里に迎えられて所属する事になったが、まだまだ日の浅い新参者である事に変わりはなく、しかしそんな者が今回の戦いの中心にいては参戦するエルフ族の戦士達からは快くは思われないだろう。


強引ではあるが、最強種である龍王(ドラゴンロード)と渡り合う事を示す事によって、他者からの侮りなどを避けるというのが狙いにある気がした。

そんな考察をしていると自分とフェルフィヴィスロッテの二人が立つ闘技場の舞台に、観覧席からひらりと軽い身のこなしで下りて来る人物が視界の端に入る。


 雪のように白い長い髪に尖った耳と金色の瞳、薄紫色の肌を持つ豊満な肢体をエルフ族特有の紋様が彩る法衣に身を包んだ女性は、その大きな胸を弾ませながら小走りで寄って来た。

 エルフ族の中でもその数は決して多くないダークエルフ族と呼ばれる種族の特徴を持つ女性。


 この世界へ来てからというもの、随分と一緒にあちこちを巡った仲間であり、今は同じ里の同郷の士でもある彼女──アリアンは、その金色の瞳をフェルフィヴィスロッテの大胆に晒された白い腹部へと向けられ、何やら心配そうに声を掛けてきた。


「あの、フェルフィヴィスロッテ様、大丈夫なのですか?」


 その彼女の問いは、先程の戦いで自分が持っていた『聖雷の剣(カラドボルグ)』によって貫かれた事を指しており、視線が彼女の腹部と彼女の顔色とを行き来している事から容易に想像がつく。


 そんなアリアンの指摘に、フェルフィヴィスロッテは自らの腹部を刺々しい鎧に包まれた手で撫で上げて薄く笑みを浮かべた。


「うちは大丈夫よぉ、心配してくれておおきにぃ。そっちの彼にも言うたけど、うちのこの身体は特別製やからなぁ。少々の事では傷も残らしまへんえ?」


「そ、そうなんですか……」


 アリアンはフェルフィヴィスロッテの言葉にほっと胸を撫で下ろすように息を吐くと、今度は此方に視線を向けて肩を寄せ小声で話し掛けてきた。


「ね、アーク。どうなってるの? 上から見てた限りじゃ致命傷に見えたのに」


 そんな疑問を口にするアリアンに、自分も小さく首を振る。


「我にも分からぬ、手応えはしっかりあった故、幻の類ではないと思うが……カラクリはさっぱり見当が付かぬな。どうも龍王(ドラゴンロード)の人型の特有能力だとは思うのだが」


 そう言って返すと、彼女は何やら感心したように快活な笑みを浮かべて観客に手を振るフェルフィヴィスロッテの様子を眺めていた。


 するとそこへ観客席の方から草色の毛並みを靡かせて宙を飛んでくる一匹の小動物が、此方へと向かって来る姿が目に入った。

 体長は六十センチ程。身体の半分程もある大きな白い綿毛のような尻尾と、前足と後ろ足の間に持つ皮膜が特徴的で、風を受けて滑空するその姿はムササビやモモンガを彷彿とさせる。


「きゅん! きゅん!」


 可愛らしい鳴き声で自身の存在を示す、この世界でも珍しい精霊獣とエルフ族が呼び慣らわす種に属すその動物は一旦上空で旋回すると、そのまま自分の兜の上へと器用に着陸した。


「おう、ポンタか。どうかしたのか?」


「きゅん!」


 自分の事を労いに来てくれたのかとポンタの頭を撫で回しながら尋ねると、ポンタは何やら観客席の方を示すように前足でタシタシと兜を叩く仕草をする。

 それを不思議に思って視線を前足の延長線上に彷徨わせると、その先で此方を手招きする存在と目が合った。


「アリアン殿、どうやらお呼びが掛かっているようだ」


 自分のその言葉にアリアンもつられて観客席の方に目を向けると、視線の先の彼らに同意を示すように頷いて返して、傍に立つ龍王(ドラゴンロード)フェルフィヴィスロッテに声を掛けた。


「それではフェルフィヴィスロッテ様、私達はこれで失礼致します」


「おや、今日はうちも十分楽しませて貰いましたからの。約束通りきっちり働かせて貰いますよって。……そんでアークはん、あんさんとはまたゆっくりと、うちと遊んでおくれやす」


 アリアンの別れの挨拶に、観衆に向かって手を振っていたフェルフィヴィスロッテが此方に振り返って口の端を持ち上げて見せる。

 そんな彼女の表情に、一瞬背筋が寒くなる気配を感じて背筋が伸びた。


「うむ、機会があればいずれ……」


 自分はそう言い置いて、頭の上にポンタを乗せたままアリアンと一緒に闘技場の舞台を去ろうと彼女に背を向けるが、すぐに此方の足を止める声が彼女の方から掛かった。


「あ、そうそう、アークはん。ちとあんさんに言伝を頼もうと思っとったんやけど──」


 そこまで言葉を口にして、フェルフィヴィスロッテは宙を睨むようにして眉根を寄せた。

 自分は彼女のその言葉に振り返り、その内容に少々首を捻って疑問を呈する。


「我に言伝とは、誰にであろうか?」


彼女が自分に言伝を頼むと言うからには、この場にはおらず、かつ彼女の知己である者──そんな者が自分と面識を持つ者の中に存在するのかと、すぐには思い浮かばずに出た言葉だった。

 しかし、しばらく口を噤んでいた彼女はすぐに表情を柔和な笑顔に作り変えると、手の平をひらひらと舞わせるようにして先程の言葉を撤回した。


「ええわ、ええわ。うちが話つけた方が早そうやし、ほな、またな。アークはん」


 そう言って彼女は、最初に闘技場に姿を現した時のようにその場で浮遊すると、背中の小さな翼を目一杯に広げてそのまま上空へと飛翔していき、姿を消した。


 龍王(ドラゴンロード)フェルフィヴィスロッテが去り際に残した不吉な言葉──出来れば彼女と度々剣を交えるような事はしたくないというのが本音なのだが。

彼女のあの喜々とした表情から察するに、自分がエルフ族の里にこれからも所属する限りその願いは聞き届けられる可能性が低いだろう事は容易に想像がつく。


 今回の戦いに彼女を参戦させる条件──個人的には随分と高くついたのかも知れない。


「きゅん?」


「何でもないぞ、ポンタ」


 溜め息を吐く自分の様子に、不思議そうに頭の上から見下ろすポンタの顎下を指先でくすぐりながら闘技場の舞台を出て観客席へと上がる。


 そこには先程の龍王(ドラゴンロード)フェルフィヴィスロッテとの戦闘を観戦していた大長老会の面々が顔を揃えており、此方の姿を見るなり幾人かがやや及び腰の姿勢をとった。

 最上位種でもある龍王(ドラゴンロード)の彼女と生身で渡り合うような存在など、やはりエルフ族であってもそうそうはいないのだろう。

 その顔には驚愕や警戒の色が滲んでいる。


 しかし、それ以外の表情を覗かせる者達もいるようだった。

関心や感心を示す者達──その中で一番最初に前に出て声を掛けてきたのは、このカナダ大森林の全ての里の長老達を束ねる存在である三代目族長、ブリアン・ボイド・エヴァンジェリン・メープルその人であった。


 エルフ族の特徴である長い耳と翠がかった金髪、その長く伸ばした髪を複雑な色模様の施された組み紐で束ね、首元には色彩豊かな装飾品で彩られており、その高い地位を窺わせる。

 そんなブリアン族長は、貫禄を宿した視線を真っ直ぐに此方に向けながらも驚きの声を上げた。


「まったく、先程目にした事が信じられない思いだよ。ディラン長老から話には聞いていたが、まさか、フェルフィヴィスロッテ様にあそこまで善戦するような者がいようとは……。これ程であれば君がエルフ族の戦士を率いる際に、正面から不満を漏らす者はいなくなるだろう」


 微かな笑みを浮かべてそう語るブリアン族長に、隣で大きく相槌を打って同意を示しているのはダークエルフ族の大長老──ファンガス・フラン・メープルだ。


 身長は自分とほぼ同じくらいだろうか。大柄で頑健そうな体躯に短く刈り込んだ白髪、(いかめ)しい顔には大きな傷跡と顎鬚を蓄えており、その雰囲気をますます厳しいものにしている。

 彼はアリアンの母方の祖父という事らしいが、その容貌は大長老というよりも大戦士といった雰囲気で、今は何やら上機嫌な様子を見せていた。


「久しぶりに滾るような戦いだったわ。是非とも一度、この儂とも手合わせを願いたいものだ」


 そう言って凄みのある笑みを浮かべると、此方の両肩をどやしつけるように叩く。


「きゅん! きゅん!」


 その際の振動が兜の上にまで響き、ポンタが抗議の声を上げた。


 どうやら今回の戦いに決着を付けられれば、しばらくは多方面から揉まれる運命のようだ。

 エルフ族の個人的なイメージで言えば、魔法を得意とした種族で知的な物静かな姿を想像しがちだが、この世界の彼らはどちらかと言えばわりと脳筋な種族だと最近はつくづく思い知らされる。


 しかしそれも彼らの境遇を考えれば、致し方のないものなのだろう。

 強大な魔獣が跋扈し、人族からも迫害されてきたこの世で彼らが強かになっていくのは自明だ。


 ファンガス大長老からの圧の強い勧誘を何とか躱しながら視線を横に向けると、此方のそんなやりとりを見て困ったような顔と値踏みするような顔の二人の姿が目に留まった。


 一人はアリアンの父であり、現在自分が籍を置いているララトイアの里の長老ディラン・ターグ・ララトイアと、もう一人はアリアンの姉であるイビン・グレニス・メープルだ。


 ディラン長老はアリアンと違い純粋なエルフ族で、翠がかった長めの金髪に長い耳、独特の紋様が施された神官のような衣服を身に纏っていた。

 ディラン長老は所謂自分が想像するエルフ族の姿を体現したような存在で、とりあえず腕に覚えがあれば剣を交えたくなるような目の前のファンガス大長老や龍王(ドラゴンロード)フェルフィヴィスロッテのような人種とは対極の位置にいる。


 そんな彼が此方に向けて軽く頭を下げて労いの言葉を掛けてきた。


「お疲れ様でしたね、アーク君。あまり時間もありませんが、それでも戦士の招集には準備も含めて丸一日は必要になるでしょう。明日は君の転移魔法が頼みの綱ですので、今日は明日に備えてゆっくりと休んでくれて構いませんよ」


 彼のその言葉に自分は隣に立つアリアンへと視線を向けると、彼女は小首を傾げるようにして此方を見返してきた。


「ならば今日はこれからこの森都の方を少し見物して来ても構わないだろうか?」


 エルフ族の戦士の招集と準備で自分が出来る事が少ないのならば、この際にカナダ大森林の中央とも言えるこの森都メープルを見て回りたいと希望を口にしてみた。


 一度このメープルに足を踏み入れたからには転移魔法の【転移門(ゲート)】を使って再訪する事に支障はないが、せっかく初めて訪れた地なので、少しばかり見て回りたいと思うのが人情だろう。

 するとディラン長老は傍らのブリアン族長に目を向けて彼が小さく頷き返すのを見て、にこやかな笑顔を此方に向けてきた。


「そういう事なら構わないよ。案内人はアリアンにお願いすればいいしね。ただ、人族側の陣営にも今回の我々の決定を伝えておく事も必要だから、その点は留意して貰えるとありがたい」


 そう言って彼が手を打つと、アリアンは両肩を竦めて溜め息を吐いた。


「あまり長くは見回れないわよ、アーク。チヨメちゃんやリィルちゃんも向こうで待たせている事を忘れないでよ?」


 彼女のその言に、自分は一も二も無く頷いてその提案を受け入れる。

 確かに街をゆっくり見て回りたい思いもあるが、リィル王女などは気を揉んでいる事だろう。


 しかし、そんなやり取りをしている中に挙手で話に割り込んできた人物がいた。


「はい、はい! アリンちゃんが行くなら私もついて行くわよ!」


 そう言ってアリアンの腕に絡み付き、ディラン長老に主張するようにして挙げた手を誇示するのはアリアンの姉──イビンだった。

 彼女はアリアンと同じくダークエルフ族だが、その特徴的な雪のように白い髪は肩口までの長さであるセミショートに纏めており、妹であるアリアンより活発そうな印象を周囲に与えている。


 そんなイビンの言葉に驚きの声を上げたのは、他でもない妹であるアリアンだった。


「え、イビン姉さんもついて来る気なの!?」


 その驚きの言葉に俄かにイビンの頬が膨らむと、アリアンは慌てて弁解するように手を振る仕草で自身の言葉を掻き消すように言い直した。


「お、お姉ちゃんもついて来るの? ほら、明日の準備とかは大丈夫なの?」


 イビンに対して「お姉ちゃん」と呼ぶ際に、ちらりと此方に視線を向けてきたアリアンの少し恥ずかしそうに言い淀む姿はなかなかに新鮮だ。普段はあまり人前で呼ばない為だろう。

 此方がそんな彼女の興味深い様子を眺めていると、イビンがじっとりとした不満げな色を乗せた瞳が鋭い視線を投げ掛けて、ますますアリアンの腕に自身の腕を絡める。


 どうも妹であるアリアンの傍に侍る自分に警戒感を持たれているようだ。


「少し遠出する際の装備でいいらしいから、いつもの森を巡回する装備で大丈夫でしょ? それなら幾らも時間が掛からないから大丈夫、大丈夫。それより、お姉ちゃんが活躍する姿をちゃんと見ててよ、アリンちゃん?」


 此方への視線を外し、そう言ってアリアンに上機嫌で擦り寄るイビンだったが、ディランがやや困ったような顔で彼女の発言を訂正するように遮った。


「悪いけど、イビン。君は今回の遠征には加えない事が決まっているんだ」


「えぇ!? なんで!? 今度の戦いはカナダにとっても重要な戦いなんでしょ? 私みたいな腕の立つ戦力は一人でも多い方がいい筈よね? なのにどうして!?」


 父親でもあるディラン長老に抗議の声を上げるイビンだったが、ディラン長老は静かに首を横に振り、代わってそれに答えたのは彼女の祖父、ファンガス大長老だった。


「だからだ、イビン。多くの戦士を派遣する事にはなるが、かと言ってこの森都をがら空きには出来んからな。お前にはメープルで警備の部隊を率いて貰わねばならん。代わりに今回の戦いには儂が参戦する事になっておるから心配するな! ワハハハ!」


「え、ちょっと何それ!? ズルいわよ、お祖父ちゃん! それこそ何で大長老の立場に居るお祖父ちゃんが戦場に出るのよ!? また職権乱用したわね!?」


「クハハハ、悔しければもっと偉くなる事だな、イビンよ」


 豪快な声で笑う屈強なファンガス大長老に孫娘であるイビンが噛みつくが、当の本人は特に気にした様子も無くただ太い笑みを浮かべているだけだ。


 大長老は本来、カナダ大森林に暮らす里全体を管理する立場である筈なので、普通は戦士がこなすような仕事は表立ってする事はないのだろうが、ファンガス大長老の筋骨隆々とした体躯に凄みのある気配などから、彼自身もかなり腕が立つのだろう事は容易に想像ができる。


 イビンの発言からすると、このファンガス大長老は今回のような案件に自身の立場を利用し、武器を持って最前線に出向く事が度々あったのだろう。

 祖父と孫が言い争う中で、ディラン長老とブリアン族長は互いに眉尻を下げて困ったような表情で力無く笑い合う姿に、どうやらよくある光景なのだと推察できる。


 しかし、これは──、


「……ところで、我らはこの会話の決着を見届けねばならぬのだろうか?」


「きゅん?」


 二人のそんな様子を眺めながら自分が漏らした言葉に、頭の上のポンタはただ首を傾げるばかりで、隣に立つアリアンも小さく溜め息を吐いていた。


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