舞踏会とその先
「そういうことでしたら、心置きなくお力をお借りいたします」
アリスタルフは微笑んだ。
「ユールノヴァ嬢は、なかなか用意周到でいらっしゃる」
いえ、これは報連相です。前世の社会人の基本です。
などと思っているエカテリーナの内心を知るよしもなく、アリスタルフが表情を改める。
「ご厚意に甘えるようで恐縮ですが……ぜひお願いしたいことがありまして。そうした被害にあった女性に新たなパートナーを紹介する時に、お口添えをいただけませんか」
「新たなパートナーを?」
エカテリーナは目を見張った。被害者女子がとりあえず舞踏会を乗り切るためには願ってもないが、相手の男子はどうやって調達……もとい、見付けてくるのだろう。
「実は、複数の相手にパートナーになる約束をする迷惑行為の被害者は、男子にも発生するのです」
ああっそうかー!
考えてみたら、そりゃそうか。女子にだって、申し込まれたらとりあえずキープして、でももっといい相手を捕まえたら乗り換える、なんてことをする子はいるに違いない。わざとギリギリまで騙しておいて面白がる、悪質なタイプも。よく言えば小悪魔系、悪く言えば詐欺。
ダメ絶対!
「生徒会が把握できた限りでですが、そうした被害者同士を、パートナーとして舞踏会に参加できるよう引き合わせることにしています。ですが、どちらも心に傷を負っている状態ですので……よく知らない同士でもあり、なかなか、よきパートナーとして舞踏会を楽しむ気持ちにはなれないというか」
エカテリーナは、思わずうんうんとうなずく。
隣でフローラも、思わずという表情でこくこくとうなずいている。
「ですから、女性の側の心をほぐすための、お力添えをいただければと」
「はい、どこまでお役に立てるかわかりませんけれど、その時には精一杯努めさせていただきますわ」
言いながらエカテリーナが隣に目をやると、フローラも目を合わせて、力強くうなずいた。
しかし生徒会、パートナー詐欺の被害者救済をそこまでやってくれるのか。思った以上に頼りになるわ。
「生徒会の皆様は、本当に細やかに心配りをなさってくださいますのね。ご自身のご準備もおありかと思いますのに、そこまでお考えくださるとはご立派ですわ」
エカテリーナが感嘆すると、アリスタルフはくすぐったそうな顔をした。
「いえ、代々の知恵のおかげですので……。
それに、実は私自身は準備といっても、生徒会の仕事のために舞踏会への参加は免除を願っておりまして。まあ、もし男子が足りない場合は、私でも良いと言ってくださる方がいればパートナーを務めさせていただこうとは思いますが」
「まあ」
ということは、やっぱり生徒会長には婚約者はいないのか。この人はゲームの攻略対象者で間違いない……!
生徒会長ルートでも、誰か悪役令嬢役の人がいて、その関係で婚約していないのだったりするのかなあ。
それにしても、人気者の生徒会長がパートナーになってくれるって、すごく嬉しいことでは?かえってラッキー、大逆転だよ。
あ、もしかすると生徒会長ルートでは、舞踏会がらみでイベントがあって、その結果として生徒会長がパートナーになる、というシナリオがあったのかも。
「会長のような素敵な紳士に申し込んでいただければ、どんな女性でも夢見心地になってしまいますわね」
エカテリーナが言うと、アリスタルフは微笑んだ。
と思うや、ばちんとウインクを飛ばす。
「信じてしまいますよ」
ひええ。
彼の目尻には小さな泣きぼくろがあって、ちょっと色気があると思っていたが、その瞬間はただ事ではないレベルに跳ね上がっていた。鈍いエカテリーナが気付くくらいだから凄い。
美人と言いたくなるほど女性的な顔立ちなのに、その色気はあくまで男性のものだった。
さすが攻略対象者。
しかしアリスタルフは、すぐに生徒会長らしい態度に戻った。
「そうおっしゃるユールノヴァ嬢も、ご友人方への配慮がたいへん細やかですね。しかも、一年生とは思えないほどの見識をお持ちです。兄君の公爵閣下もすでに有能さで名を馳せておられますが、血は争えないものと感心しました」
「まあ、そのような」
と言いつつ、兄を褒められて大喜びのエカテリーナである。そんなエカテリーナをフローラもにこにこと見ている。
が、生徒会長の次の一言に、二人はそろって固まった。
「いかがでしょう、生徒会の活動に興味はありませんか?」
ひー!
いやなんの意図でのお言葉ですか?ユールノヴァ家の威光がご入用ですか?
「まさか、わたくしごときにそのような大役、務まりませんわ。わたくしには家の女主人としての役目もございますし」
「そうですか……」
アリスタルフは嘆息する。
本気で落胆した様子に、エカテリーナは戸惑った。
「ああ、すみません。舞踏会が終われば生徒会選挙があり、次の生徒会に代替わりすることになりますので、ついこれからのことを考えてしまうのです」
ああ……。
そうか、今の生徒会にとって、舞踏会は『最後のご奉公』みたいな感じなのか。
「生徒会も、その年ごとにある程度は方針が変わります。順当にいけば二年生の誰かが、次の会長になることでしょう。
……偏ることなく、学園をまとめてくれることを期待したいのですが」
その言葉にエカテリーナが思い出したのは、リーディヤが教えてくれた情報だ。
魔法学園の三年生と一年生がユールノヴァ派、二年生がユールマグナ派に、学園が割れつつある――と。
代替わりすると、その二年生が生徒会になる。
ちょっと……ちょっと、もやっと、やな感じかなあ。
でも、生徒会選挙は学園自治で、如何ともしようがないし。
うん、考えても仕方のないことは置いといて、今はとにかく、舞踏会に集中していよう。