学園内への武力の持ち込みはご遠慮ください
リーディヤが教えてくれた情報は、アレクセイと執務室の面々に報告した。
お気にかけていただくほどの話ではないのですけれど、と、話をちょっと矮小化して伝えてしまった気はするが。なにぶん学園内の、生徒の人間関係レベルのことではあるし。
なにより話したとたんに、アレクセイと側近一同がすみやかにモードチェンジしたのが怖かったので。
そんな報告を聞いた、アレクセイの反応はこうだった。
「騎士団の一部を呼び寄せ、皇都近郊で待機させる。陛下のお許しはいただいておく」
「いえお兄様、そのようなお話ではありませんわ!」
なぜ騎士団!
学園内への武力の持ち込みはご遠慮ください!
そして側近の皆さんが反対してくれない〜〜〜。
内心で頭を抱えたエカテリーナだったが、ふと気付いた。
「お兄様……それは、この件だけではなく、ということですの?あちらへの対応として……」
ユールマグナのほうが、あちらの騎士団を動かそうとしているのだろうか。
ノヴァクさんが発する空気から見て、どうもそういう感じが。
と、思ったらアレクセイがうなずいた。
「ああ、マグナの動きに呼応してのことでもある。ゲオルギーは兵隊ごっこが大好きだからね、何かにつけて兵力を誇示しようとする。あちらの内部では騎士団の勢力が強いから、騎士団自身が何かと出張ろうとするのかもしれないが……。
それはそれで、マグナ全体に劣勢の空気が伝わり始め、無理のある行動が目立ち始めているのだと考えていい。こういう時は、暴発に警戒しなければ」
うわあ……。
シスコンゆえじゃなかった。
いや『でもある』だから、シスコンゆえでもあるのか。
うちとあちらの対立って、今はどういうことになっているのかしら……なんだかほんとにヤバい感じに。
エカテリーナの表情が強張ったのを見てとって、アレクセイが急いで言う。
「心配はいらないよ、互いに牽制にすぎない。実際に皇都を騒がせるような真似をすれば、陛下のお怒りに触れることくらいは、あちらもわきまえているはずだ。
ただ、あまり好きにさせては、日和見の勢力がこちらを舐めてかかる恐れがある。学園に在籍する子息子女にも、影響はあるだろう」
ああ……だから騎士団を出動させると、学園内に対してもある程度の抑止力にはなるのか。
高校生の子供たち、っていう目で見てしまっている学園の生徒たちだけど、それなりに貴族の勢力争いに参戦しているんだな……。
じ、自分の平和ボケを実感するわ。そんな重大局面に、のほほんとドレス斡旋なんて、やってる場合なのか自分。
「わたくし……お家の大事に何もお役に立てず、申し訳のう存じます」
しょんぼりしてエカテリーナが言うと、アレクセイは悩まし気な表情になった。
「私が想いを伝えるのが不得手なばかりに……すまない。
お前がどれほど私を助けてくれているかを、どう伝えるべきなのだろう。お前の策でセレズノアが我が家に降ったことだけでも、大変な功績だ。だがそれさえ、お前が私にくれる安らぎ、幸福に比べれば、目にも入らない程度のものでしかないんだよ。お前が我が家の一員として光り輝いていることは、ユールノヴァにとって大いなる栄誉なんだ」
下手どころか、お兄様のシスコンはいつもめちゃくちゃ私に伝わっています。お兄様の美辞麗句こそ、百万ドルの夜景の百万倍くらい輝いていると思います。
という思いでエカテリーナが表情を緩めると、アレクセイも笑顔になる。
「お前はそう在ることが正しいんだよ、わが貴婦人。ユールノヴァの女主人たるにふさわしく、他家との争いなど超越して、鷹揚に構えていればいい。
騎士にとって貴婦人は、愛と平和の象徴だ。だから争いに加わることなく、お前らしく、美しく優しくあってほしい。そんな貴婦人と、貴婦人が象徴する人々の平穏を守るためにこそ、騎士たちは奮い立って剣を取るのだから」
ここで、ふっとアレクセイの表情が変わった。エカテリーナの手を取り、そっと握る。
「だからこそ、お前を傷つける者は許さない。もしもお前の髪一筋でも損なおうものなら、ユールノヴァのすべてが怒りに燃えて、報復に動くだろう。それを、しかと、解らせておこう」
……やっぱり最後のシメはシスコンなんですね。
さすがお兄様です。
そんなわけで言われた通りに、エカテリーナはそれまでと変わらず周囲の面倒を見ている。
とは言ってもそろそろドレスはタイムリミットで、今から作ったのではどうやっても舞踏会に間に合わない、という時期にさしかかってきたから、それほど忙しくはなくなってきた。ドレスに少し飾りを足したいのですがどうお思いでしょうか、とか相談されるくらいだ。
……なんかドレスの権威みたいに思われている気がして、怖いですけど。前世の多様なファッションを知っているというのはありますが、私、前世ではちっともオシャレじゃなかったのに……。社畜になってからは、私服を着た記憶があまりにも少なかったりしたし……。
とはいえエカテリーナの意見が喜ばれるのはその多様性ゆえ、皇都の流行から外れているデザインも否定しないというのがあるだろう。
地方の独自性のあるドレスも、むしろ新風を感じると言って褒めそやしたりする。本人の体形や雰囲気に合っていれば、祖母のドレスや新たなドレスに変えるよりこのままのほうが!と推す。本人のセンスや出身地の流行を肯定してもらえる訳で、相談したほうも悪い気はしない。というか、かなり嬉しい。
全くそのままではなく、デザイナーと相談してガラスの飾りでポイントをつけて豪華さやオシャレ度をアップしたりして気持ちを上げ、うきうきと舞踏会を待つことができるのだ。
ユールノヴァ家の商品である『天上の青』は、青が似合わないタイプなら決して勧めない。デザイナーにツテがあり、懐具合に応じて無理のない範囲での品質向上を考えてくれるエカテリーナは、頼れる存在だ。
なお、母親がお針子だったフローラも、技術的なところでアドバイスに貢献してくれていた。祖母のドレスのような高級品を縫える技術力を持った母を見てきたことで、ここのデザインをこう変えたい、という要望が可能か否かを判断できるのである。本人も裁縫の技術は学年トップクラスだったりする。
そんなわけで、訪れる人が絶えないのは変わらないが、前より落ち着いてきた。
そうなると、噂話に花が咲くのが女子というものだ。
この時期ホットな話題はなんといっても、誰と誰が舞踏会でパートナーになるか、である。
エカテリーナのパートナーが兄アレクセイであることは、皆知っている。仲の良さが知れ渡っている兄妹だから、微笑ましく受け止められている。
一部からは感涙する勢いで喜ばれているが、そのへんはエカテリーナはわかっていない。
フローラがミハイルのパートナーになったことも、いつの間にか皆に知られていたが、意外なほど反発はなかった。そのあたりはやはり、ミハイルがなんらかの配慮をしたようだ。
それだけでなくおそらくは、今年はアレクセイと参加したいエカテリーナが辞退したがゆえの代理であると、皆が察しているのだろう。
そんな中、驚くような話を聞いてエカテリーナは目を丸くした。
「婚約破棄……と、おっしゃいまして?」