淑女の武器とわんこそば
「エカテリーナ様」
学園での休み時間でのこと。
おずおずと声をかけられて、すぐに思い当たったエカテリーナは笑顔で振り返った。
「まあ、ごきげんよう。週末は楽しいひとときでしたわ、拙宅にお越しくださって、ありがとう存じます」
「恐れ入ります。本当に、ありがとうございました」
頭を下げたのは、他のクラスの一年生女子だ。エカテリーナのクラスメイトの友人とのことで、紹介されて週末に公爵邸へ招待し、お茶会のようなことやら何やらで、賑やかに過ごした。
彼女の隣にはもう一人、見知らぬ女子がいる。
で、エカテリーナはすぐに察した。
そして、にこやかにこう言った。
「もしよろしければ、今週末のご予定をうかがってもよろしくて?秋が深まったせいか、もの寂しい心地がいたしますの。色々な方とおしゃべりして、賑やかに過ごすことができれば嬉しゅう存じますわ」
「それでしたらぜひ……!こちらの友人と、お邸をお訪ねできれば嬉しいです」
隣の女子の腕を取って、他のクラスの女子は熱心に言う。
エカテリーナは二人に微笑みかけた。
「嬉しいこと。他にもいらしてくださる方にお心当たりがありましたら、ご一緒くださいましね。週末にはまた、わたくしがドレスを注文しているデザイナーが参りますの。才能ある新人デザイナーも一緒ですのよ、ご興味がおありでしたら、デザイン画をご覧になって。そうそうドレスと言えば、そちらの方、わたくしの祖母のドレスをご覧になりませんこと?」
「はい、ぜひ……ありがとうございます」
ほっとした表情で、腕を取られているほうの女子が頭を下げる。
よし、とエカテリーナは内心でうなずいた。
こんな調子で、エカテリーナはすっかり忙しくなってしまった。
どういうことかというと、舞踏会はもう来月に迫っているわけで、女子たちは寄ると触るとドレスやアクセサリーの話で盛り上がる。
貴族ばかりの学園とはいえ、経済格差は大きい。
一応ドレスを用意してきてはいても、他を見て、皇都の流行を初めて知った一年生は、自分のドレスがあまりに貧相に思えて落ち込んでしまったりする。
前々からの婚約者がいる場合、ドレスは婚約者がプレゼントしてくれる場合もあるようだ。しかしまだ婚活戦線で戦っている戦士だったりすると、気が引けてパートナー探しもあまり積極的になれなかったり、下手をすると意中の人に申し込まれたのに受け入れられないことさえあるらしい。好きな相手だからこそ、残念なドレスでがっかりされるのが辛すぎる……という心理である。
そんな中、婚約者でもない人から豪華なドレスをプレゼントしてもらった!と自慢する人の話が聞こえてくるわけだ。
……ソイヤトリオ……ほんっとに生命力強いな!
ソイヤトリオがあちこちで、以前エカテリーナからもらった祖母の遺品のドレスのことを自慢しまくっていたと知って、凍った笑顔の背景に暗雲と稲妻を盛り盛りにして釘をさしたエカテリーナだったが。
ソイヤトリオばかりが悪いとは言えない。あの頃には『祖母のドレスが目障り』しか考えていなかったけれど、あのガーデンパーティーに参加しなかった女子たちから、うらやましいとか自分も欲しいとか、思われてしまうのは必然だった。
まあ、ソイヤトリオの自慢の仕方はあまりにも三下悪役すぎたので、暗雲稲妻は反省しないけどね!貰い物でマウント取りまくって他の子のドレスを馬鹿にして泣かすなんて真似、この悪役令嬢が許しませんよ!
悪役令嬢とは。悪役とは。
その自称がセルフネタと化しつつあることを、薄々自覚しているエカテリーナである。
ともあれ配慮が足りなかったことを反省したエカテリーナは、自分にできることをできるだけやることにした。
ソイヤトリオにマウントを取られて泣いていた子を公爵邸に招待しておもてなしし、ドレスをプレゼント。
そして他にも欲しい人がいれば、紹介してもらえれば対応する、を婉曲に伝えた。
そこから怒涛のお茶会ラッシュが始まったわけだ。
紹介に次ぐ紹介。もはやわんこそば状態。
ひー!とか思いながらも、プロジェクトが始まってしまうと完遂に向けてプランニングせずにいられないのが社畜である。
祖母のドレスだけでは足りない可能性がある。そもそも祖母のために作られたドレスだから、誰にでも似合うわけではない。この世界の人々は髪の色や瞳の色のバリエーションが多様なため、似合う色とそうでない色がそれぞれ大きく異なるのだ。
だからといって、ユールノヴァ公爵家の資金で彼女たちに新作ドレスを作ってあげるのは、何か違う気がする。彼女たち自身が手の届く価格で、素敵なドレスを提供する方法はないものか。
そこでエカテリーナは、いつもドレスを注文しているデザイナー、カミラ・クローチェに相談した。
『まあ……ご学友のためにそこまで心を砕かれるなんて、お嬢様はなんとお優しいのでしょう!』
感激されて、いやそんな褒められるようなものじゃなくて、なりゆきで……ともごもごしたエカテリーナである。
とはいえ、カミラはやり手のデザイナーだ。魔法学園は、貴族令嬢が集う場所。そこへ売り込みをかけることができれば、これから長く顧客になってくれる可能性がある。ドレスを欲しがる女生徒たちは、今は経済的に余裕がなくとも、いい衣装を提供することで玉の輿に乗る可能性はワンチャンある。
そのへんを瞬時に計算したようで、話に乗ってくれた。
『わたくし近頃、弟子が増えておりまして。以前からわたくしのところにいた弟子たちは、そろそろ独立を考える頃合いなのです。まだ一人前の手前でございますので、その弟子たちなら、お手頃のお代でドレスをお作りできますわ。
弟子と言いましても、センスも技術も保証いたします。もしそれでご贔屓をいただけるようになれば、あの子たちの自立の助けになりますもの。張り切ってお作りすること、間違いなしです』
かくして、祖母のドレスが合わない女子には、新人デザイナーを紹介して格安でドレスを提供できることになった。
さらにまたハリルを引き込み、将来への投資として『天上の青』の生地を提供してもらう。
さらにさらに、ムラーノ工房も引き込んだ。ガラス工房の美しい色ガラスを、イミテーションジュエリーとして使えないかと考えたのだ。ヴィクトリアンガラスとか、アクセサリーとしてもてはやされたはず。アクセサリーだけでなく、ドレスの素材というか飾りとしても良いのではないか。
前世ではガラスアクセサリーは、アール・ヌーヴォーやアール・デコ、ヴィクトリアンガラスの時代まで、それほど脚光を浴びてはいなかった印象だ。皇国でも、身につける飾りとしての使い方は、メジャーではない。
破損してしまった製品の破片などを磨いて安全にした上で、不揃いな形をかえって生かしてデザインに組み込んでもらう。宝石よりずっと安価に、見た目は豪華なドレスが作れるだろう。
ガラスペンが両陛下のお気に召し、人々の垂涎の的となっている今なら、ガラスだからと馬鹿にされない空気にもっていけるはず。少なくとも、エカテリーナがいる場では。
……今年はいいとして、来年もやることにならないかしら、これ。見せびらかしていることにならないかな、いろいろ大丈夫かしら……。
などと不安を感じはする。高位の貴族令嬢として、こういう真似は自分の影響力拡大を目論んでいるとか思われかねないことも、解り始めている。
ユールマグナを刺激する可能性も、あるのかもしれない。
が、ドレスに目を輝かせ、泣いて喜ぶ女子たちは可愛い。せっかくの舞踏会、悲しい思い出にならないようにしてあげたい。
そう思わずにいられないエカテリーナなのであった。
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あとがきからはリンクを貼れなくてすみません。近々、活動報告をあげてリンクを貼りますね。