悪役令嬢についてのシンキングタイム
アレクセイが学園祭を楽しんだ理由はシスコンだけでなく、馬上槍試合に参加したことも大きいに違いない。
今までクラスの活動にほとんど参加してこなかった彼が、初めて皆と一緒にひとつの催しをやりきったのだ。いつも公爵として皆を率いているアレクセイだが、クラスの一員として対等な立場で協力するのは、新鮮な体験だったのではないか。
そしてその馬上槍試合が学生の、それもひとクラスの企画とは思えないほどの完成度だった。
同世代でアレクセイと同等に闘える者はまれだろうが、ニコライはそのまれな、同等以上の力量の持ち主。そんな相手との真っ向勝負、実力が拮抗する相手を超えようとしのぎを削るのは、心躍る経験だったに違いない。
アレクセイにそんな素晴らしい思い出が出来たのも、ニコライが声をかけてくれればこそだった。
という思いから、エカテリーナは兄が学園祭を楽しめたのはニコライ様のおかげですわ!と、全力でニコライを褒め称えた。ブラコンのマリーナは、きっと喜んでくれると思って。
もちろんマリーナは嬉しそうだったのだが……ふと、表情が変わった。
「……エカテリーナ様は、兄に……なんと申しましょうか、関心がおありでしょうか」
ん?とエカテリーナは言葉を止める。
マリーナちゃん……なんか、目が怖いよ?
「関心、と申しますか……マリーナ様のお兄様であり、兄のよき友人でいらっしゃる方なのですもの。わたくし、マリーナ様と兄君の気取らないご関係、時折羨むような気持ちを持ってしまいますのよ」
するとマリーナはたちまち、いつも通りに元気になった。
「あら、わたくしのほうこそ、いつもエカテリーナ様と閣下を羨ましく思っておりますわ!うちの兄ときたら、口は悪いし、乱暴者で困っているのですもの。偉そうなくせに一人立ちできない兄で、なにかと構ってきて、うるさくてたまりません」
ツンデレのツンを発揮しながらもデレが透けて見えるマリーナに、フローラと一緒にくすくす笑ったエカテリーナだったが……ずいぶん後、寮に帰って夕食も済ませた後になって、ふと思った。
ニコライは、最終学年。魔法学園の存在意義のひとつ(と思われる)魔力の強い者同士を結びつける学園コンの会場を去るまで、それほど時は残されていない。
けれど……おそらく彼は、婚約などはしていない。
していれば、馬上槍試合での彼の貴婦人は、その婚約者であったはずだから。
それに、彼はおそらく乙女ゲームにおける攻略対象者。なのに婚約済みは、ないような気がする。
婚約者がいる人を攻略して略奪するゲームって、乙女ゲームと呼んでいいのか。略奪は乙女にふさわしい行為なのか。肉食すぎないか。肉食乙女?
乙女だって肉を食べますが、ゲーム上の幻想だとしても、乙女はスイーツが主食みたいな感じであってほしい……。
いや、乙女ゲームを他にまったく知らないから、断定はできませんけど。
ニコライを慕う者は男女を問わず数多く、ガチ恋している女子は間違いなくいるだろう。クルイモフ伯爵家は建国以来の歴史ある名家で、代々政治からは一線を画しているが皇帝陛下からも信頼厚く、富裕でもあるらしい。彼はそういう家の嫡男。
考えれば考えるほど好条件てんこ盛りの人が、なぜまだ婚活市場からソールドアウトしていないのか。
……マリーナちゃんが嫌がったから、だったりして。
ニコライさんも実はたいがいシスコンだから、しょうがねえなあ、とか言いながら望みの通りにしてあげていそう。
乙女ゲーム。皇子ルートでは、ヒロインへの障害として悪役令嬢エカテリーナが登場した。
ニコライルートでも、障害となる令嬢が登場したのではないか。
マリーナちゃんが、ニコライルートの悪役令嬢……だった可能性、なくもない気がしてきた。
本当は大好きなお兄ちゃんを、誰かに奪られるのが嫌!ってことで、ゲームのマリーナちゃんは闇堕ちして、悪役令嬢化。クラスの人気者だけに、闇堕ちしていじめに走ったら、かなり、怖い存在になるだろう。
まさか、このルートの悪役令嬢にも断罪破滅が……?
いやいやいや!ニコライさんに怒られて、うわーんって泣いて、ごめんなさいして終わりに違いない!『俺はそんな真似をする奴は嫌いだ!』とか言われただけで、きっとマリーナちゃんはこの世の終わりみたいな顔になるよ。
あ……うっかり、お兄様に嫌いって言われることを想像しかけてしまった……ど、動悸が……。
ないもん!そんなことお兄様は絶対に言わないもん!お兄様は世界一のシスコンだから!
うえええええん!
いや落ち着け自分。
ただの思いつきだし、フローラちゃんはどう見てもどのルートにも入っていないから、マリーナちゃんが悪役令嬢だったかどうかは確認しようがない。これを思いついたのも、さっきマリーナちゃんがちょっと怖かったってだけだし。ちょっと、瘴気を感じるくらいだっただけだし。それを『だけ』と言っていいのか自分。とにかく、真偽は不明。
でもまあ、ゲームでそれぞれのルートにそれぞれの障害となるキャラがいるのは、ありそうなことだよね。レナート君のルートなら、悪役令嬢はリーディヤちゃんかもしれない。生徒会長ルートの悪役令嬢は、知るべくもないなあ。
まあ、平和でなにより。
マリーナは、舞踏会ではきっと、ニコライにパートナーを務めてもらうのだろう。
オリガはレナートと、さぞ可愛いカップルになるだろう。
と、つらつらクラスメイトのカップリングを想像して……はっ!とエカテリーナは気付いた。
ヒロイン・フローラちゃんは誰と踊ればいいのか!
わ……私とばっかり一緒にいるから、攻略対象者はおろか、普通の男子にも、パートナーになるほど親しい相手の心当たりがない!
大変、なんとかしなくっちゃ!
突如焦りだしたエカテリーナのもとに、メイドのミナが来て告げた。ミハイルの従僕ルカが、ミハイルからの伝言を伝えに来たそうだ。
明日の放課後、あの東屋に、手料理を食べに来てほしいとのことだった。
近々、ようやくご案内できる予定です。