楽しい学園祭と代役
学園祭、二日目。
一日目を劇の代役と寝落ちで潰して打ちひしがれたエカテリーナだったが、夕食を取る時にメイドのミナから、オリガが無事に戻ってきた(しかもド派手に)という話を聞いて気持ちを持ち直した。
なにより二日目には、アレクセイのクラスが馬上槍試合の模擬戦を行うのだ。兄は出ないとはいえ、兄の友人ニコライは出るから応援したい。なにより、歴女としてめちゃくちゃ楽しみにしていたから、絶対に見たい。
「ニコライ様は男性にも女性にもたいそう人気のある方なの。きっと大変な人出になるわね、早めに行っておかなければ」
「あたしが場所を取っておきます。お嬢様は他で楽しんでてください」
朝食をとりながらミナに決意を語ると、淡々と場所取りを申し出られて、エカテリーナはあわてた。
「いいえ、わたくし自分で行くわ。ミナに場所を取ってもらうのでは、他の方に不公平ですもの」
「昨日の劇、閣下や皆さんの場所をイヴァンが取ってました」
「……」
思わず沈黙してしまったエカテリーナである。
お兄様はお仕事でお忙しいのですもの!と後から反論したが、はいはいと流されたうえ、馬上槍試合よりさらに混み合うであろうミハイルの模擬店にも行きたい……と考えると……。
名前を言ってはいけないネズミの国で、時間配分で敗北したことを思い出したりして、背に腹は代えられないと腹をくくるエカテリーナであった。
フローラと落ち合って、まずは昨日展示を任せっきりにしてしまったことを謝ると、思いがけないことを言われた。
「すごく大勢の方が詰めかけていらしたので、私やマリーナ様も直接寮へ戻ったんです。もう一度歌声が聴きたいと言う方もいらしたそうなので、エカテリーナ様がいらっしゃらなくて良かったです」
劇に感動した人々が押し寄せてきたため、出演者のうち女子は、教室を離れることになったのだそうだ。ぐいぐい来られて会話したり、手を握られたりしただけで、風評被害が発生するリスクが貴族令嬢にはあるので。
そういう風に仕切ってくれたのは、ニコライだったそうだ。マリーナを心配して来ていたらしい。
さすがニコライさん、頼れる兄貴キャラ。世界一のお兄様はお兄様だけど、世界一の兄貴はニコライさんだと思います!
ともあれ衣装なども見たがる人は多く、展示は長蛇の列となったようだ。
……そんなに並んで、見るのが衣装や小道具や背景ってなんだか申し訳ないような……でも衣装係や小道具係大道具係のクラスメイトにとっては、めでたしめでたし、かな?
その場にいなかったから実感ないけど、学園祭の劇でそんなに盛り上がるなんて、やっぱり前世と比べて娯楽の少ない世界だからなんだろうなー。
いやでも、ユーリ君の光の演出は、前世でも動画をアップしたらすごい再生回数になりそうなくらい素敵だったよ。
呑気に思う、盛り上がりの張本人である。
ともあれエカテリーナはフローラと共に学園祭に繰り出して、展示を見たり模擬店でちょこちょこ食べたり、学園祭らしく楽しんだ。
ただ、真っ先に行ったミハイルの模擬店は、残念ながら入れなかった。
時間がかかるだろうからと最初に行ったのだが、考えることは皆同じのようで、すでに行列。
まあ予想通りなので最後尾に並んだところ、前に並んでいる生徒がお先にどうぞと譲ろうとしてくれるのだ。次々にどうぞと言い出されて、並ばずに入れてしまいそうなほど。
いや公爵家の威光で行列をパスって、気が引けすぎます!なんか悪役令嬢っぽい気もするし。いや遠慮します、清く正しく美しく!
というわけで焦りまくったエカテリーナは、いえそのようにお気遣いなくわたくし他の用事を思い出しましたわ……とか言って、とっとと逃げたのだった。
皇子ごめんよー!
わーん、このためにミナに場所取り頼んじゃったのにー!
そんなことはあったものの、フローラのためにも今日は楽しむと決めていたので、昨日の分まで欲張って歩き回った。
エカテリーナが楽しかった展示は、魔力や魔獣について調べた発表。
南方の海に棲む海魔獣や東の湿地帯に棲む水棲の魔獣の生態について調べた展示があったのだが、海魔獣の絵があまりにも『巨大な貝殻を背負った首長竜』だったので二度見した。
えっと、のりものポ……。
いやいやいや。
魔力についての展示は古代の文献の丸写しが多かったが、どういう伝手があるのか古文書レベルの本物の文献が展示されているクラスがあった。すごく魔導書ちっくな見た目に厨二心が疼きすぎて、じっくり見た。
ま、中身は古代アストラ語で書かれているので、エカテリーナにはほとんど読めないのだが。学園の授業でも、古代アストラ語は必修科目ではない。それでも解る単語は増えてきたので、それを拾い読みしつつ、装丁や字体を愛でただけなのであった。
傍目には、教養あふれる公爵令嬢が古文書を読み解いているように見えたに違いない。
模擬店は皇都で流行りの菓子や料理が多いが、ピョートル大帝当時からの伝統、地方の郷土料理紹介もある。皇都育ちのフローラも興味深そうなのでそれを選択。貴族令嬢には食べながら歩くという選択肢はなく、模擬店は基本イートインだ。
魚介のスープと、付け合わせに小さなパンが出てきた。スープは変わった風味で、ちょっと匂いが気になる……と思った後になって、口の中が複雑な旨味を感知した。それで、はっと思い出す。前世で食べた、エスニック料理の風味に似ているのではないか。
と思ったら、調味料として魚の内臓の塩漬けで作るエキスが使われているのだそうだ。前世で言う魚醤。
確か、古代ローマでは魚醤はメジャーな調味料だった。こちらでもきっと古代アストラ帝国の頃よく使われて、今でも細々と残っているのだろう。
歴女的にテンション上がったエカテリーナである。
フローラも、この調味料を使うとしたら魚料理のソースでしょうか、でも蒸し野菜にも合いそう、とレシピをあれこれ考えて、料理女子として楽しそうだった。
付け合わせのパンは小さくて平べったい形だが、ベーグル風の食感。と思ったら、後味にふわっとビールの香りがした。なんでも、水の代わりにビールを使うそうで、ビール酵母で膨らませるようだ。
……このクラス、最上級生ですね。流行りのオシャレな料理ではないこれを採用したのって、ビールが目的だったりしない?厨房で流用してない?皇国には飲酒の年齢制限はないけど、学園内での飲酒は禁止ですよ!怪しい!
でもそんな怪しさも含めて、学生のお祭りらしいと楽しかったエカテリーナだった。
そして時間になり、馬上槍試合の会場へ。
学園では男子のみ馬術のカリキュラムもあり、それ用の馬場がある。馬場の横には観客席があり、ミナはそこで席を確保してくれていた。
そしてなぜかその隣にノヴァクがいて、ハリル、アーロンまでが顔を揃えている。
「ありがとう、ミナ。ごきげんよう、皆様。いかがなさいましたの?」
尋ねたエカテリーナに、ノヴァクが答えた。
「閣下が急遽、出場されることになりましたので。クルイモフ伯爵令息が先ほどいらして、出場者の一人が負傷したため、代役を頼めないかと。閣下は快くお受けになりました」
お兄様も代役……。
いやそれより!
出場ということは、お兄様が騎士の姿で馬上槍試合ー!?
にゃあああああー!