生徒会長アリスタルフ・クローエル
前世からの働き者気質に加えて、劇については自分に責任があると思っている。
そんなわけで、学園祭の執行部にクラスの活動目的修正を申請しに行く役目を引き受けて、エカテリーナは生徒会室に向かった。
もちろんフローラも一緒だ。そして二人が歩けば、生徒たちの視線が集中し、彼女たちの前にさりげなく道が譲られる。
入学した頃から、一年生で一、二を争う美少女であり身分が大きく違う二人が連れ立って歩く姿は注目の的だったが、最近はもはや、上級生からも敬意を表される存在となっていた。
が、エカテリーナ本人はわかっていない。示される敬意は、あくまでユールノヴァ公爵令嬢という身分に対するものだと思っている。なにぶん夏休み中を公爵領で過ごし、最も身分が高い支配者の家族として周囲から最上の敬意を払われて暮らした後だからして、学園は身分差がゆるくて気楽で嬉しいなあ、などと思っているほどだ。
そしてフローラも平民出身ゆえに、そのあたりの機微はまだまだ察知できない。驚異のポテンシャルを持つヒロインとはいえ、むしろそれゆえの純真さと謙虚な心を持つがゆえに、周囲の思惑には気付きにくいのだった。
学園祭の執行部は、イコール生徒会執行部だ。
皇国の魔法学園では、生徒会役員は前世と同じように、生徒たちの投票で選ばれる。これは、古代アストラ帝国で行われていた議会選挙の制度を取り入れたものらしい。
そして生徒会は、学園祭や二学期の後半に開催される舞踏会の運営などを、学園から任される。
前世なら文化祭などは文化祭委員とか、専門の委員がやっていたと思うので、前世よりもちょっと大変かもしれない。しかし、学園の生徒会役員に選出されると男子ならどこかの役所からスカウトが来るのが慣例になっているし、女子も箔がついて婚活のアピールポイントになったり、まれに男子と同様にスカウトされたりするそうで、やる甲斐はあるようだ。
なお、すでに領地を継いでいるとかで多忙な者は、生徒会役員にはならないという慣例もある。アレクセイが生徒会に選出されなかったのは、それゆえだ。ミハイルも、皇子という多忙な立場であるから、進級しても生徒会役員になることはないと決まっているらしい。
「ユールノヴァ嬢、ようこそ生徒会室へ」
そう言ったのは、生徒会長だった。名前は確か、アリスタルフ・クローエル。申請を受け付ける役目らしい生徒会書記の女生徒に書類を出そうとしたエカテリーナに気付いて、後ろのほうで仕事をしていた会長がわざわざやってきたのだ。
間近で見るのは初めてだが、女性的な顔立ちが『美人』と表現したいほどに整っていた。濃い緑の髪に緑の瞳、垂れ気味の目が優しそうで、目尻にある小さな泣きぼくろにちょっと色気がある。とにかく優しそうなきれいなお兄さんという感じ、安心して話せる雰囲気の持ち主だ。
とはいえ、意外に武芸にも秀でていて、家柄も良いのだと、クラスメイトの女子たちがきゃっきゃと噂していた。
直接顔を合わせたとたん、それらが頭の中で結びついて、エカテリーナはうっと息を呑む。もしかすると生徒会長は、乙女ゲームの攻略対象の一人ではないだろうか。
ミハイル以外ほとんど記憶にない攻略対象者たちは、髪の色が全員違っていて戦隊ものかよとつっこんだことだけ覚えている。解っている攻略対象者は四人で、髪の色はミハイルが青、ニコライが赤、レナートが白、隠し攻略キャラのヴラドフォーレンが黒。会長の緑の髪は、彼らとかぶっていない。
「何か?」
アリスタルフが柔和に微笑んだので、エカテリーナは我に返る。
「いえ……わざわざ会長に受け付けなどしていただいて、申し訳のう存じますわ」
「お気になさらず。兄君にも時々お手間をとらせているものですから、これくらいは」
優しい声音に似合った丁寧な口調の答えに思い出したのは、ずっと昔のような気がする入学式の、在校生挨拶を兄アレクセイがおこなったことだ。
「今年はなにしろミハイル殿下が入学されましたから、私などより兄君に対応していただくべき、と判断される場面がありまして」
アリスタルフの苦笑まじりの言葉から察するに、そう判断したのは彼自身ではなく学園側なのだろう。ちょいちょい上層部の思惑に振り回された前世の記憶が蘇って、すごく同情したエカテリーナである。
生徒会長がゲームの攻略対象だったとしても……同じく攻略対象であるレナート君ともいい友達になれたんだし、別に意識しなくても大丈夫じゃないかな。会長のルートでは、エカテリーナは破滅したりしないと思う。たぶん。だって接点ないし。
「本日は……パンフレットに掲載するクラスの活動目的の修正、ですね。講堂の利用時間については、変更の要望はありませんか」
学園祭のパンフレットは、印刷機を持つ商会に発注するのだそうだ。この時代、活字印刷にかかる費用は前世よりはるかに高額と思われるが、そこは貴族ばかりの学園だし、クラスの劇の脚本と違って必要な冊数が多いから、コスパが見合うのだろう。
「講堂の利用時間は、割り当てていただいた通りに合わせますわ。脚本をいろいろ修正して、時間内に終わるように調整しておりますの」
「ありがとうございます。日時や時間の長さについて、いろいろなクラスから要望がきているものですから、合わせると言っていただけると本当に助かります。もっと時間が欲しいとか、家族が見に来られる日時に変えて欲しいといった声が多くて」
アリスタルフは心底ほっとした様子だ。それぞれに時間を割り当てるだけでも大変なのは、よくわかる。なのにあちこちから好き勝手なことを言われて、頭を抱える羽目になっているのだろう。
身分制社会だからして、相手の身分によっては無理を通さざるを得なくなるだろうし。公爵令嬢から『もっと長く時間を割り当てて』とかゴリ押しされれば、なんとかするしかないところだったろう。
そのつらさ、よく解ります!前世、好き勝手に仕様変更を言い出すクライアントとバトルしながら、頭の中で何度ワラ人形に五寸釘を打ち込んだことか……!
などと公爵令嬢が考えているとは夢にも思っていないであろうアリスタルフは、修正内容を見てほう、と声をあげている。
「光の魔力の可能性探究、ですか。他のクラスにはない着眼点ですね」
そこへ、声がかかった。
「まあ、さすがはユールノヴァ様。常に新奇な試みをなさっておられますのね」