クラス会議にて
根回しは時間がかかるが、そのぶん本番はあっさり終わるものだ。
配役を決定するクラス会議は、エカテリーナが提案したすべてが拍手で了承されて終わった。あまりにもあっさりだったため、本当に大丈夫?不本意に思っている人いない?をお嬢様言葉に変換して、しつこく確認してしまったほどだ。
そんな彼女を、クラスメイトたちは微笑ましげに、あるいは苦笑まじりに見ている。
わざわざ事前に、それぞれの意思や都合を確認しに来てくれる公爵令嬢。そもそもが、ちゃんと各人に合った役目を割り当ててくれている。思いがけない役目を振られた者には、納得のいく理由を説明してくれた。ユーリ以外にも、自分をそんな風に評価してくれていたのか、と感激した者が何人もいる。
だからこの期に及んで、どうこう言う者がいるはずもないのだ。
それに、エカテリーナが主催した音楽の夕べは全校の話題をさらい、クラス全体が注目を浴びた。今回も凄いことをやってくれるかもしれない、という期待がクラスに満ちている。
唯一不満があるとすれば、本人が出演しないことだけ。
本人はあまりわかっていないようだが、今やエカテリーナは、学園のみならず皇都の社交界でも、注目の的だ。
普段は部外者の立ち入りが禁止されている魔法学園だが、学園祭は例外で、外部からも来訪が許されている。例年、生徒の家族などが訪ねて来て、賑わうのだ。
遠方に住む家族が、この機会に皇都見物を兼ねて学園祭を見学に来る、ということも珍しくない。
そんな家族に、このクラスの生徒ならぜひやりたいと思っていることがある。注目の的のエカテリーナを親兄弟に示して、こう言うのだ。
「あれが、あのピョートル大帝の弟セルゲイ公の直系の子孫でいらっしゃる、ユールノヴァ公爵家のご令嬢、エカテリーナ様。最初は近寄りがたいと思ったけど、今は普通にクラスメイトとして仲良くしているから」
学園を一歩出れば、ユールノヴァ公爵令嬢と気安く話すことなど許されない。だから、家族にエカテリーナを紹介する、という発想はない。けれども、そんな彼女と同じクラスで一緒に学んでいることを、自慢したい。
そんな父兄参観日的なほのぼのだけでなく、皇子ミハイルと公爵令嬢エカテリーナ目当てに、有力貴族がこぞってやって来るという噂もあったりする。
彼女が考えた劇とか彼女の曲とかも注目はされるだろうし、オリガとレナートがいるから充分と言えばその通りなのだが、一番期待されているのは、彼女自身が出演することなのに。
出てくれもったいない!
という心の叫びは、クラスの割と大半の声だったりするのだが。
エカテリーナは、まったく気付いていなかった。
「異論はおありでないということですのね……皆様、ご賛同ありがとう存じますわ」
ちょっとしつこかった自分を反省して、エカテリーナはこほんと咳払いする。
「でしたら、早速ですが、準備のお話をさせていただきとうございますわ。
まずは、書写係の皆様。わたくしが作成した脚本を、必要な数だけ書き写してくださいまし。皆様、読みやすい美しい字をお書きになる方々。お願いいたしますわね」
ここは、コピー機もプリンターもない世界だ。印刷機は存在するが、費用その他の面から、クラスの劇の脚本を印刷などあり得ない。よって、人間が手で書き写すしかない。
地味な作業だが、割り当てられた者には羨望の眼差しが注がれていた。
なぜなら、書写係にはエカテリーナから、ガラスペンが貸し出されることになっているから。
試作品の、色ガラスは使われていない透明なペンではあるが、エカテリーナ、フローラ、皇子ミハイルら学年成績トップスリーしか持っていないそれは垂涎の的だ。貸し出しといっても、気に入ったならずっとお使いになってね、とエカテリーナが言っているので実質プレゼントになるだろう。
実は、ムラーノ工房の職人たちがこぞってガラスペンの作り方を学んでいるため、試作品が量産されているのだ。
ガラスは容易に溶かしてリサイクルできるので、基本的にはそうしている。が、せっかくなら使ってもらって、デザインごとの使いやすさや問題点をリサーチしてはどうだろう……と考えたエカテリーナが、いろいろなデザインを取り揃えてもらってきた。書写係の皆には、がっつりモニターになってもらうつもりだ。
ちなみに、ノヴァク、ハリル、アーロンたち執務室の面々には、真っ先に渡している。
ただ使用感を教えて、というのも味気ないので、それぞれに合いそうなデザインを選んで、小さなリボンを結んでプレゼント感を出して、いつもありがとうと言葉を添えて手渡しした。皆、喜んでくれた。
「そして、衣装係の皆様。演者の皆様の衣装作成をお願いいたしますわ」
その言葉に、選ばれし裁縫上手の面々がうなずく。
皇国では身分の上下を問わず、針仕事が上手であることは女性の美点だ。貴族の奥方でも、普段着程度なら家族の衣服を自分で縫うことが珍しくないのがこの時代である。エカテリーナの前世でも、誰もが既製服を買って着るのが当たり前になったのは、第二次世界大戦後になってからだった。それまでは、オーダーメイドで仕立てさせるか、各家庭で縫うか、古着を買うかだったのだ。
注目の場で裁縫の腕前を披露できるのは、婚活戦線における立場を有利にするに違いない、大切で重大な自己アピール。
彼女たちは、静かに燃えている。
「大道具係の皆様、お得意の絵で背景などをお願いいたします。岩山や、禍々しい森など、イメージが難しいかと存じますけれど、わたくしが考えているものを描いてお渡しいたしますので、まずはそれぞれで小さな絵を描いてくださいまし」
「小道具係の皆様は器用でいらっしゃいます。劇の時代背景は古代アストラをイメージしておりますけれど、架空の異国のように見えてもよろしゅうございますわ。劇中で使用する武器など、おおよそは絵にしてみましたので、どうやって作るかをお考えになって」
エカテリーナはわりと絵が上手だ。母アナスタシアの趣味のひとつが絵で、小さい頃に描き方を教わった。それと、イラストを描くのが趣味の友達と前世で仲が良かったので、形の捉え方を手ほどきしてもらった。
まさか生まれ変わってから役に立つとは。
エカテリーナはにっこりと、クラスの一同に笑いかけた。
「それでは劇の内容について、あらためて概要をお話しいたします」