スーザン某と桃太郎
そんなわけで、学園祭でクラスが発表する劇の脚本を書くことになったエカテリーナだが。
書き始めて、めちゃくちゃ後悔した。
うわーん、私のバカーっ!
乙女ゲームのエカテリーナと同じ、劇の主役という立場はどうしても回避したかったけど!
なんで脚本係なんて選んじゃったんだー!
学園祭のクラスの劇なんてガチに考えるもんじゃないし、桃太郎をこの世界バージョンにすればいいだけなんじゃ?なんて思った自分を殴りたい。
だけ、で済む訳ないだろー!
そもそも、歌劇なんだよ。
このクラスには、つい先日音楽神様から招きを受けて音楽神殿入りした、全校注目のオリガちゃんとレナート君がいる。クラスで劇をやるからには、音楽の要素を入れてオリガちゃんが歌いレナート君が楽器を演奏しなければ、周囲に納得してもらえない。
というか、そんなすごい人材を活かさないなんてもったいないこと、誰かが許しても私が許しません。皆に二人の音楽を聴いてほしい!
でも、脚本を書くハードルは上がる……。
そして、オリガちゃんにどんな歌を歌ってもらうかを考えて、その歌を話に取り込まなければならない。
お話の場面に合わせた歌を作詞作曲する、なんてことは私にはできません!知っている曲を当てはめるしかない。でもそんなに選択肢があるわけじゃない。
そして……せっかくの機会、オリガちゃんに歌ってほしい歌がある。
音楽の夕べで初めてオリガちゃんの歌をしっかり聞いた時、思ったんだよね。オリガちゃん、皇国のスーザン・ボイルだって。オリガちゃんが彼女の出世曲を歌ったらどうなるだろう。
絶対いい……。
が。あれをどう、桃太郎に取り込めと!
いや桃太郎でなくてもいいんですけどね。
でもじゃあどんな話を……あの歌はもともとミュージカルの曲だけど、あの壮大な物語を、学園祭の素人劇で上演とかないない。時代背景の問題もあるし。皇国は絶対王政的な体制、そこに市民革命を背景にした物語……ひええー、あり得ない!
あ……思い出しちゃった。あの物語の作者ヴィクトル・ユゴーって確か、著作権に関する国際条約、ベルヌ条約の誕生と関わり深い人だわ。
知的財産について習った時にそんなビッグネームが出てきて、思わず検索しましたよ。文学史に名を残す文豪でありつつ、政治家でもあったそうで。
日本だと、そういう方向で著作権に関係ある著名人は、西條八十かな。唄を忘れたかなりや、とかで有名な詩人であり、蘇州夜曲とか青い山脈とか昭和の大ヒット曲の作詞者であり、英文学の大学教授だった人なんだけど、JASRACの前身である著作権の協会の会長もやって、著作権の認知拡大に尽力したと、昔読んだ伝記に書いてあったような。
……。
はっ、いかん!頭が、創作から逃避している!
頑張れ自分!うなれ桃太郎のポテンシャル!一時期携帯関係のCMがどれもこれも桃太郎だったような記憶があるくらい、彼の可能性は無限のはず!
絶対、マリーナちゃんにお猿さん役でアクションしてもらうんだ。運動神経抜群の彼女、きっと格好よくて可愛い。
あ、でもアクションするお猿さんなら、他にもあるか。
西遊記。孫悟空。
あっちのほうが、この世界に当てはめやすいかも?よし乗り換えを検討しよう(あっさり)。いや桃太郎だって、乗り換えがお得って言ってたし。携帯のCMで。
うーんその場合、河童の沙悟浄と豚さん猪八戒役は誰にしよう。いやその前に三蔵法師か。
そしてあの曲をどうすれば!
ていうか、ものすごくうろ覚えなんですよ……英語の歌だしねえ。日本語訳バージョンもあるから、ある程度は記憶にあるんだけど。曲もすごくあやしいから、レナート君にお願いして、ほぼ作り直してもらうことになるかも?
「お嬢様」
きゃーっ!
ミナに声をかけられて、ベッドの中のエカテリーナは頭から被っていた絹の掛け布団ごと跳び上がりそうになった。
そう。今はもう寮の消灯時間を過ぎていて、良い子は眠っているべきなのだ。エカテリーナも寝支度をして横にはなったものの、脚本の構想を練る気まんまんで、ひたすら考え込んでいたのである。
「眠れませんか。ミルクでも温めますか」
いつの間にか開いていた寝室の扉のところから、いつも通りの淡々とした声音でミナは言う。
姿も見えないはずのエカテリーナが眠っていないとなぜ判るのか、不思議で仕方がないが、今さらというか。戦闘メイドのミナには、気配や呼吸音でお見通しなのだろう。
眠っているふりをしようかな……と一瞬思ったが、たぶん無駄なので、エカテリーナは掛け布団から顔を出した。
「心配をかけてごめんなさいね、ミナ。学園祭のことを考えて、なかなか眠れなかっただけなの。気にせず休んでちょうだい」
「お嬢様は頑張り過ぎです」
やっぱり淡々と、ミナは言う。
「当たり前みたいにやってらっしゃるけど、お嬢様はなんでも凄すぎです。そんなに凄いことばっかり、やることないです。頑張らなくて誰かに何か言われるなら、そいつはあたしが片付けます」
淡々と言っているわりに、目が底光りしているミナである。
ひ……久しぶりに、うちの美人メイドにサイコ入ってる件……。
とは思ったものの、エカテリーナは微笑んだ。
「誰も、何も言わなくてよ。ただ、わたくしが楽しくてしているだけなの。
でも、ミナにそんな風に思わせてしまって、わたくし、いけなかったわね。お兄様とも約束しているのですもの、早く休むことにするわ。ありがとう、ミナ」
うん、反省。
私が起きているとミナも寝られない。こんなに身近に、今ここにある過労死の危機!
ミナの業務時間長すぎ問題、今すぐ解消しなければ。
そしてミナが用意してくれたホットミルクを飲んで、あらためて横になったとたん、ぐっすり眠ってしまったエカテリーナだった。
活動報告に5巻のカバーイラストを掲載いたしました。
よろしければご覧ください。今回もとても美しいです!
そして、「繁体字版」の本作3巻発売のお知らせも記載しております。
他言語でも楽しんでいただけて、本作は本当に幸せな作品です。