学園祭についてのシンキングタイム
絢爛豪華なことで知られるフランスのヴェルサイユ宮殿はひとつの街ほどの規模があり、王族だけでなく貴族たちもそこで暮らしていた。ヴェルサイユに住んでいることが貴族のステータスのように、某古典レベルで有名な少女漫画に描かれていたような気がする。
けれど実は、貴族たちの反乱(フロンドの乱、だったかな?)で生命の危険まで感じたルイ十四世が、貴族たちを見張るためにヴェルサイユに強制移住させたのだったはず。
それぐらい、権力者の行動にはシビアな裏があるものだ。
群雄割拠の戦乱の時代だった皇国の創成期なら、諸侯を抑えるための人質として子供を手元に置くのは、自然な発想だっただろう。男女共学なのは、女子も人質だったから……と思うと違和感があるのは、前世のヨーロッパだと女子に人質の価値はなかった(というか後継ぎ以外は子供に価値はなかった)とか読んだ覚えがあるからだな。
この世界でもそういう考え方の時代や地域は多かったようだけど、古代アストラ帝国なんて女性の地位はかなり低かったらしいけど、この世界には前世と違って魔力がある。女性でも強い魔力を持っていれば、男性と渡り合うことは可能。ゆえに戦乱の時代には、魔力の強い女子も、人質としての価値があったのかもしれない。
思えば、ピョートル大帝の正妻、初代皇后リュドミーラは戦場ではピョートル大帝以上の指揮官だった。ご家庭も、かかあ天下っぽかったようだし。ピョートル大帝個人が、女子も押さえといたほうがいい、と思っていた可能性もあるか。
――っていや待てよ。
やっぱり合コンじゃね⁉︎
魔力の強い女の子もいっぱいいるぞ!超優良な嫁候補だぞ!来ないとよそに取られてよそばっかり血筋の魔力が強化されてお前んち落ち目になるぞー、とかって、男子を呼び寄せるために女子も集めたんじゃね?
あと、野郎ばっかりだとむさいから女の子も呼んじゃおー、なんて軽いノリもあったかもしれない。なんかそーゆー感じがあるのよ、皇国創成期って。
ともあれ、規定を満たす魔力の持ち主、というのは上手いやり口なのではないだろうか。
強い魔力持ちは諸侯にとって大事な存在。渡したくはなかったに違いない。けれど、そんな強い魔力の持ち主はうちにはいません、とばっくれると、あそこにはたいした人材がいないということになって舐められる。出さざるを得なかっただろう。
それに魔力が強くても、血筋の上での継嗣ではない子なら、渡すハードルは下がったかもしれない。
とはいえ……まだ荒々しい気風が残る時代、強い魔力を持ち大帝との強力なコネを培った者が帰ってきたら、血筋の上の継嗣を抑えて次代を担うことも、あったのではないか。
お家騒動!下克上!
若干、歴女のロマンによる希望的観測があることは否定しません。
人質と表現してしまうと恐ろしげだけど、召し出した少年少女を、ピョートル大帝は可愛がったそうだ。
学問を教え、武芸も身につけさせ、お互いに交流させて、友情を育むよう導いたという。魔法学園の講堂には、彼らと楽しげに過ごすピョートル大帝とリュドミーラ皇后を描いた、巨大な絵画が飾られている。
普通に子供好きなおじさん、ではあったっぽい。自分の子供たちも彼らに混ぜて、勉強やら武芸やら学ばせていたというし。ピョートル大帝って、基本的に陽キャだったと思うんだよね。人付き合いが好きで、自然に人の輪の中心になる人。困ったところがいろいろあったのに、周囲に盛り立ててもらって成り上がった。
弟で我がご先祖の開祖セルゲイ公も、兄ピョートルからいろいろ丸投げされてぶつくさ言っていても、会って話せばコロッとお願いを聞いていたらしい。ちょろいわ、ご先祖様。
でもピョートル大帝は、単純な人ではなかった。クレバーな計算もできれば、冷徹な決断もできる人だった。その上で、愛情豊かな人物でもあったと思う。
ピョートル大帝は少年少女を手元に置くことで諸侯が反抗しないよう枷をはめつつも、彼らを次代の臣下として有用な人物となるよう教育した。
十代でお互いを直接知って理解や友情を育てさせることで、臣下同士で無駄に戦ったりしないような関係性を作らせた。
彼らを敵の子供と見なすのではなく、自分の舎弟、みたいな感覚でいたような気がする。
まあ、自分に刃向かうことがないよう、忠誠心を刷り込んだりもしたに違いないけど。
あ、そういえば徳川家康も子供時代のほとんどを人質として過ごしてたな。今川義元のところとかで。でもちゃんと面倒みてもらえて、やがて家を継ぐ者として教育も受けて、鷹狩りとかして遊ぶこともあったはず。日本の戦国時代のそういうのは、人質といっても、寄親といって後見人になるみたいな面もあって……魔法学園の原型は、それに似た感じがあるかもしれない。
ピョートル大帝の元に召し出され、彼の元で暮らし学んだ少年少女は、ある意味で大帝の養い子のようなものとなって、皇国の子らとなったのだ。
現在、皇国の主要な人々は、ほぼ全員が魔法学園の卒業生。世代が違っても、暮らした寮はどれだったとか、あの銅像のところでいつも待ち合わせをしたとか、共通の鉄板の話題があるということ。
他の国々と比べると、貴族間の対立や反目は深刻になりにくいのではないか。
学園の存在は、皇国が四百年続いてきた理由の一つなのかもしれない。
学園祭の始まりはおそらく、ピョートル大帝の元に召し出された子供たちが、自分の出身地の風習を演じて見せたり、音楽を奏でて聴かせたりする催しをしたことだろう。そんな記録があるらしい。
きっと、ホームシック対策だったのではないかな。
もっとも、四百年もやっているとそんな最初の目的はすっかり忘れられて、みんなで楽しむイベントというだけのものになっているのだけれど。
でも、それがいい。
平和に、思い出作りに楽しめばいいイベントがあって、嬉しい。
ただし私は悪役令嬢で、破滅フラグを立ててしまわないように、気を付けないといけないけどね!
お兄様に無理なんてしないって約束したし、クラスの演し物をサクッと合唱に決めて、皆の中に埋没していよう。そうしよう。
高校時代の文化祭、懐かしい!学園祭、楽しみだなー。
なんて呑気に思っていたエカテリーナだが。
クラスの演し物を決める話し合いの後、教室移動でアレクセイの姿を見つけるや、駆け寄って泣きついた。
「お兄様ーっ!」