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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第1章:大学の魔術士(7)

 一階の東奥に位置する大講義室は、しばしばシンポジウムや講演会と言った一般市民と大学の交流の場として使用される。

 200人が収容可能な広さを誇り、現在の教育機材としては最先端と言える大型の黒板や、漆塗りの長机など、多種の用具が誇らしげに設置されている。

 この大講義室は【ウェンブリー魔術学院大学】の最大の魅力と言われるほど、多方面から高い評価を受けている。

「ほう、君がアウロス君か。随分と苦労をして来たそうだな。しかしこれからはミスト君と言う優秀な助教授の下、精一杯研究に励むと良い」

 その評価を一手に担う男――――【ウェンブリー魔術学院大学】学長フォーゲル=モウリーノは、首を覆い隠す程の長い白髭をさすりながら、好々爺の表情でアウロスを激励した。

「ご好意痛み入ります。精一杯勉学に励み、魔術研究の道を邁進する所存です」

「ふむ、中々の好青年ではないかミスト君。大事に育てなさい」

 貴族のような対応で学長に一礼したアウロスは、その姿勢のまま後姿を見送った。

「さて、次は前衛術科のライコネン教授に挨拶だ」

 新入りの挨拶回りは、今後の人間関係を左右する、極めて重要な儀式と言える。

 特にそれほど会う機会のない人間に対しては、初対面時の印象がかなり大きなウエイトを占める。

 廊下でミストにそう諭された事もあり、社交性に優れているとは言い難いアウロスだが、大講義室に集まった全ての教授、助教授に労を惜しまず頭を下げた。

「……しんど」

 最後の教授に挨拶を終えたアウロスは思わず本音を漏らす。

「ご苦労だったな」

 労いの言葉は、鮮やかなほどに心がこもっていなかった。

「……にしても、好奇の目で見られるかと思いきや、随分と同情されましたけど」

「君は私の友人の忘れ形見と言う事で話を通してある。私のお情けで就職を斡旋した形だ」

 それは、アウロスにとって初耳の設定だった。

 無論、そのような事実はない。

「スカウトして来たと正直に言えば色々面倒な事になるからな。私がわざわざ遠出してまで口説いてきた人材を確かめんと、君に遠慮のない接触を試みる輩が後を絶たないだろう」

「敵が多いんですか?」

「上を目指すと自然にそうなるものだ。そう言う訳で、暫くは大人しくしておく事を奨励する」

「……それが無難ですね」

 経歴詐称を受け入れたアウロスに、ミストは破顔しつつ傍聴席で講演を聞くように指示し、自身は最前列へと移動した。

 もう直ぐ開演らしく、教授助教授の面々が教卓の周りで何やら話し合っている。 

「アウロス=エルガーデン」

 それを何ともなしに眺めながら開演を待つアウロスに、フルネームでお呼びが掛かった。

 振り向くと同時に、その声が記憶の中にある事を確認する。

 眼前に見えた眼差しが、先日廊下で向けられた侮蔑の視線と一致した。

「何故お前がここにいる」

「さあな」

 アウロスは机に肩肘を置いたまま、敢えてぞんざいに返事した。

 すると――――

「貴様ッ! それが目上の人間に対する態度かッ!?」

 想像以上の激昂が室内の空気を一変させた。

 アウロスは思わず顔をしかめ、周りの反応を伺う。

 目立つなと釘を刺した本人は遠くで朗笑していたが、聴衆と思しき一般人を含めた殆どの人間が、驚きと不快感を露わにしていた。

「申し訳ありません。彼にはきつく言っておきますので」

「……ちょっと待て。何故大声を出したお前が言い聞かせる立場なんだ」

 さも当然のように責任を転嫁されたアウロスは、前途を憂慮し頭を抱えた。

「アウロス=エルガーデン。お前に言っておく事がある」

「その前に自己紹介くらいしろ。礼儀も知らないのか」

「貴様にッ……言われる筋合いはない。しかし名前と官位くらい教えてやってもいいだろう。レヴィ=エンロール、講師だ」

 一応内省していたのか、沸点は上がっていた。

「で、その講師さんが何の用だ?」

「あくまでその言葉遣いを通すつもりか。いいだろう。礼煩わしければ則ち乱ると言うからな。僕は無駄な事に時間を割かない男だ……ん?」

 レヴィがブツブツと無駄口を叩いて余計な時間を使っている最中、室内に鐘の音が響き渡る。

 開演の合図だ。

「フン、時間か。続きは講演が終わってからだ」

 悪態を突きつつ隣の席に荒々しく座る。

 迷惑顔でそれを眺めていたアウロスだったが、反応が面倒そうなので、追い払うという大人気ない行為に出るのは止めておいた。

「本日はお集まり頂き、誠に有難うございます。これより【ウェンブリー魔術学院大学】主催の市民公開講座を始めます。尚、本日の司会進行役は、私、後衛術科のセーラ=フォルンティが勤めさせて頂きます」 

「始まったか。ちなみに、司会の彼女は後衛術科のエースと言われている才女だ。お前が覚える必要はないがな」

 レヴィは頼まれもしないのに解説役を買って出た。

(自分の知識をひけらかす事に充足感や快感を得るタイプか……)

 この手の人間の対処法は、下手に刺激せず放置する事がベストとされている。

 アウロスもそれに倣う事にした。

「テーマは『魔術の発展と融和』となっているが、基本的には魔術の基礎概念を市民に教え、魔術士への偏見を取り除く事が目的だ。我々が聞いて実になる内容ではないが、新参者のお前には丁度良い水準だろう」

「ほう」

 学生時代、そして以前の大学において散々陰湿な精神攻撃を受けて来たアウロスだったが、これほど直接的な嫌味は久しぶりだった。

 思わず笑みが零れる。

「フッ、皮肉も通じないか」

 明らかに皮肉の意味を取り違えていたが、特に指摘はしない。

「まあ良い。兎に角、最初の講義は一言も聞き漏らすなよ」

「一言も……?」

「市民に対する魔術の説明は、簡単なようで難しい。特に高度なレベルの知識を有する我々にとって、一般人の水準にまで目線を落として話すと言う行為は、極度のストレスを生むし、創意工夫を必要とする。しかし……」

「どうでもいいが、お前はいちいち話が長い」

「腰を折るな。いいか、拝聴だ。拝みながら聴くが良い。これこそが市民講座の究極形だ」

 まるで魔王が最終形態に変身する時のように大袈裟な前置きをして、レヴィは崇拝の視線を教卓に送った。

 そこには――――

「えー、前衛術科のミスト=シュロスベルです。本日は皆様に魔術とはどう言うものか説明させて頂きます。小難しい話はしません。肩の力を抜いて気楽に聴いて下さい」

 上司が柔らかい表情で立っていた。

 フランクな雰囲気を出そうとしているが、顔と声がそれを許さない。

 実に奇妙な空気が室内に漂う。

「素晴らしい……実に見事な入り方だ」

 光悦の表情を浮かべるレヴィを無視して、アウロスは講義に耳を傾けた。

「まず、魔術とは如何なるものか……それを知って貰いたい。とかく魔術と言えば、炎や雷などに代表される攻撃系魔術を連想しがちですが、それらは魔術のほんの一面に過ぎません。魔術には色々な種類があり、様々な社会的利用が期待されているのです」

 ミストの講義は専門用語や難解な言葉は使わず、抑揚を付けながら、できるだけわかり易く聴き易い話し方に従事していた。

「確かに魔術は恐ろしいと言うイメージがあります。実際、使い方次第で人を殺める事もできる。しかし、その危険性は武器を持った大の大人に比べれば微々たるものです」

 例えば、最も基本的とされている攻撃魔術【炎の球体】に、人1人の命を奪う程の殺傷力を持たせる為には、 1分以上の手間と相当な魔力を必要とする。

 ナイフを持った子供が、心臓を一突きするのに掛かる時間と体力に比べれば、破格の消費だ。

 勿論、これはあくまで極論であって、距離や範囲、携帯性と言った観点で語れば、全く別の結論が出るだろう。

 だが、ミストはそれを敢えて説明する事はしなかった。

「それに、魔術と言っても何でも出来る訳ではありません。瞬間移動したり、死人を生き返らせたりは勿論、空を飛んだり、怪我を治したりする事もできない。万能には程遠い学術です。それ故に、その利用方法は社会貢献に偏重せざるを得ません。そうしなければ、認めて貰えないからです。つまり、魔術は医術や算術と言った他の学問と同じく、皆さんの身近に在って然るべきものなのです」

 ゆっくりと、諭すように、しかし力強く、ミストは論じて行く。

 その言葉1つ1つに、威圧感や蔑視の色は微塵もなく、殆どの聴衆が彼の話を食い入る様に聴いていた。

 魔術は万能ではない――――それはとかく、傲慢になりがちな魔術士に対する戒めとして、或いは魔術を御伽噺の中に出てくるような魔法と誤解しがちな一般人に対する訓諭として、しばしば用いられる言葉である。

 実際、魔術はその性質上、軍事面と歴史学に重きを置いてきた事もあり、他分野への利用は余り進んでいないのが現状で、神術や呪術のような神秘的なイメージとは裏腹に、極めて論理的な技術であると同時に、まだまだ発展の余地を多く残した未完成の学問でもある。

 更にその発展も、他分野との共存を強いられる社会システムに則る事が義務付けられる以上、制限を設けざるを得ない。

 例えば、魔術による人体の治癒が確立された場合、多くの医者が失業を余儀なくされるだろう。

 軍事利用の場合は、剣や弓矢と言った武器と攻撃魔術は特徴や長所・短所が異なり、共存の道は図れる。

 しかし、そうでない分野においては、衝突が避けられない。

 魔術は万能ではない。

 それどころか、肩身の狭い部分も少なくない。

 そして、それを顕著に感じているのが『騎士の助手』『学者の助手』と揶揄される、攻撃魔術を専門とした研究を行う魔術士たちだ。

「私の専攻する魔術は、攻撃魔術の中でも特に前線で使用される、先鋭的な魔術です。それらは争いの為に使われる事も多い。しかしながら、決してそれだけではない事を知って欲しい。攻める為の力、守る為の力……そのどちらも含んでいます。私たちは、それを守る力として使いたい。そして、そう教えています」

 守る為の力――――それは単純に結界の事を指すだけではない。

 それを踏まえ、アウロスは苦笑を禁じえなかった。

「魔術は権威ではありません。日常をより円滑にする為の術なのです。魔術は怖くありません。剣の矜持と書の教示、そして市民への挟持を併せ持った、尊いものなのです」

 ミストの言葉が熱気となり、聴衆を包む。

 それは掌を打ち合せて鳴らすエネルギーとなり、大講義室には喝采の雨が降り注いだ。

「ご清聴、有難うございました」

 鳴り止まない拍手の中、アウロスは席を立った。

「待て。どこへ行く気だ」

「ここにいる理由が今なくなったから、出て行くだけだ」

「その前に言っておく事がある」

 視線を合わせる事もなく去ろうとするアウロスを、レヴィの震えた声が制する。

「いいか。お前が何をしようと、どう落ちぶれようと僕の知る所ではない。だが! ミスト助教授の栄光への道を汚す真似は絶対にするな! 絶対だ!」

「……あんた、泣いてるのか?」

「当然だ! 人間は感動したら涙を流して然るべきだろうが! 嗚呼、何と言う素晴らしい講演……これこそまさに啓示と呼ぶに相応しい……」

 くどい演劇でも見てるような気分になったアウロスは、頭を抱えつつ大講義室を出た。

 尊敬や崇拝等と言った言葉では、到底表せない。

(絶対的従属、とでも言うべきか。ああ言う人間が戦争を起こすんだろうな……)

 廊下を歩きながら嘆息した、その刹那――――

「ギュルルロロロオオオオ」

「……?」

 余りに奇怪な蛮音が、アウロスの鼓膜を抉った。

 思わず顔をしかめつつ、音源を探る。

「ギュ、ギュ、ギュ、ギュルロロオオオッ」

(西棟の奥……倉庫か?)

【ウェンブリー魔術学院大学】一階は、東棟の最奥が大講義室、西棟の最奥が倉庫になっている。

 ちなみに、昨日アウロスが足を運んだ実験室は、倉庫の手前に位置し、その向かいには、学科毎の資料室が並んでいる。

「グルリュリュルユユユ……」

 形容の仕様のない怪しげな音は、倉庫に近付く毎にその音量を増して行く。

 そして入り口に付く頃には、人間の大声くらいの音量を感じ取る事が出来た。

「……」

 脳は警鐘を鳴らしている。

 しかしアウロスはその音を無視できず、その音を無視した。

 人を吸い寄せる魔力がこの怪しげな音にある訳ではない。

 寧ろ逆だ。

 それでも、わざわざ簡易結界の用意をしてまで確かめようとする、その理由は唯一つ。

(好奇心……か。それが仇になって死ぬ人間は沢山いるってのにな)

 普段人前に見せない地の自分を嘲笑しながら、アウロスは倉庫の扉を開けた――――

「……ナニ」

 瞬間、凍った。

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[一言] ライコネン.....ファーストネームはキミかな?
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