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105 バカンスの始まり③

 強い雨と風が《足跡》のクランハウスのラウンジのガラスを叩いていた。

 空は分厚い雲に覆われ、時折雷鳴まで聞こえている。


 クランハウスのラウンジは満員だった。

 依頼を受ける予定が嵐に遭遇しとんぼ返りして来た者。行きつけの酒場が悪天候で臨時休業になって行き場を失い集まってきたもの。明日の宝物殿探索の準備をするつもりが、翌日も外には出られないと引きこもる事を決めた者、それぞれがテーブルにつき、大きく取られた窓から空を見上げている。


 腹痛が収まったライルが、持ち込んだ酒瓶片手に大声をあげる。


「なーにがバカンスだ、クライめ。初っ端から不穏じゃねえか」


「マスターが自発的に動く時は何かしら酷い目に遭うからな……」


 パーティメンバーの一人がそれに相槌を打つ。


 《千変万化》の千の試練はやばい。いつまで経っても楽にならない。それが周知の事実だった。

 普通、トレジャーハンターというのは実力が上がれば上がる程、仕事が楽になるものだ。だが、千の試練は違う。千の試練の難度は試練と呼ばれるだけあって、回を重ねるごとにどんどん上がっていく。


 《始まりの足跡》のメンバーが精鋭と呼ばれるのは試練を乗り越えてきたが故だ。それはわかっているが、毎回毎回頼んでもいないのに巻き込まれては堪ったものではない。


「だいたい、この間やったばかりだろうが! スパンが短すぎる! そんなに命を賭けさせんなッ!」


 ライルの酔いの回った叫び声に、他のメンバー達が同調する。


「そーだそーだッ!」


「まだ装備の新調だって終わってないんだッ!」


「情報を隠すな―ッ!」


「マスターの暴挙を許すな―ッ!」


「こんな大嵐の中出れるか―ッ!」


「レベル8といっしょにするなーッ!」


「リィズといっしょにするなーッ!」


「情報をだせーッ!」


「金をだせーッ!」


「情報ーーーーーッ!」


 張本人がいないにも拘らずテンションが上がり、肩まで組んで叫びだすクランメンバーを見て、輪の中に入らなかったイザベラとユウは顔を見合わせ、呆れたようにため息をついた。


「うちのクランって、みんな仲いいですよね……」


「リィズやシトリーはともかく、連れて行かれたティノは大丈夫かしら」


 《嘆きの亡霊》のメンバーは驚くべき事に、クライの試練に慣れている。心配なのは巻き込まれた後輩の方だ。

 一度巻き込まれてしまえば逃げる事ができない状況に追い込まれる。


 心配そうな眼差しをするイザベラの前で、まるでその問いに答えるかのように空が明滅した。



§ § §



 凄まじい雨と風が暗闇の草原を吹き荒れていた。断続的に鳴り響く稲光と、轟音を伴った衝撃は世界の終わりを思わせた。

 本来、とても外に出るような天気ではない。トレジャーハンターも人間なのだ。自然の猛威を前にすればできることはあまりにも少ない。


「ッ……糞ッ、嵐だと!? さいってえだ」


 横合いから叩きつけるように吹き付ける嵐に、ただの外套がどれほどの効果を発揮しようか。

 吐き捨てるように出された大声は嵐の中、誰にも届かずに消えた。馬車の車体の上部――見張り用の席で索敵をやらされていたハイイロが、たまらず馬車から飛び降りる。御者台に座っていたクロとシロも、酷い表情で飛び降り、馬を宥めている。


 視界の端に、嵐を意に介す気配もなく淡々とテントの準備をしている忌々しい女の姿が見えた。

 積んでいた荷物からテントを取り出し、慣れた手つきで組み立てていく。雨と風、泥濘と暗闇の中、その動きは淀みない。

 分厚いローブに巨大な背負鞄。垢抜けた容貌に武器を持たない格好はハンターには見えないが、その技術は間違いなく一流のハンターのそれだ。


 何より、ハイイロ達と違うのはその表情である。


 その表情に苦痛はなかった。大嵐に飛ばされないよう馬車の車体を影にテントを組み立てる様子はこういった状況に慣れているようにも見える。


 不意にその眼が、馬車から飛び降りたハイイロに向く。稲光が瞬き、透明な虹彩がハイイロ達を順番に見る。


 相手はただの細身の女一人だ。三人を屠ったのはもう一人の方――悪名高き《絶影》の方である。

 それが馬車から飛び出していった今、逃走するには絶好の機会と言える。この嵐の中、逃げ切るのは困難だが、まだ帝都からそこまで離れていないし、逃げるのが困難だということは同時に追跡も困難であることを示している。


「シロさん、クロさん、ハイイロさん。ようやくチャンスをもらったんです、私に恥をかかせないでください」


「ッ……」


 唯一の問題は――三人全員の首を覆っている首輪だ。


 薄汚れた首輪は一種の魔導具だった。本来、奴隷の動きを制限するための代物である。

 ゼブルディア帝国では奴隷制がないので滅多に見る機会はないが、長く裏の世界で活動してきたハイイロはその効果を知っていた。


 遠隔からスイッチを押すことで、装着者に強力な電流を流す魔導具だ。

 現代技術で作られているため宝具程強力ではないが、持続時間はかなり長く威力も安定しており、長時間流され続ければたとえマナ・マテリアルを吸っていても耐えきれない。

 頑丈で破壊するのもかなり難しく、某国の奴隷制度を支えた信頼ある品である。


 強い衝撃を与えると電流が流れる仕組みになっているため、おいそれと解除を試みる事も出来ない。 

 まさしく、ハイイロ達の首には見えない鎖が繋がれているのである。そして、その持ち主は明らかにその使用をためらうような人格ではなかった。

 シロとクロも同じ結論なのだろう。こうして急な呼び出しにも三人とも揃っている事実が、見解の一致を示している。


 ヘマをした。オークションの品の回収なんて仕事を受けるべきではなかった。今更、後悔するが。もう賽は投げられてしまっている。


 ハンターの中には善人もいるが、ハイイロ達を捕らえた眼の前の連中――《嘆きの亡霊》は真逆の存在だ。

 本来ならば衛兵に引き渡すだけでいいところを飼い殺しにしようとするのだから、殺しを躊躇ったりもしないだろう。従わなければ命がないと思っていい。


 いや、それどころか――先ほどされかけたように、何の理由もなく処分される可能性だってあり得る。

 死にたくない以上、機嫌を損なわないように祈りながら従い続けるしかない。たとえその先に破滅しか待っていないとわかっていたとしても――それに気づかない振りをして生き続けるしかないのだ。


 そこで、ハイイロはふと思いつく。


 三人で一度に襲いかかれば、スイッチを押される前にシトリーを倒せるかもしれない。倒して、鍵やスイッチを奪えるかもしれない。

 首輪さえどうにかなれば、僅かながら自由になれる目が見えてくる。


 シロもクロもハイイロも皆、ハンターを相手にした荒事を専門にやっていたのだ。正面からの対決は滅多になかったが、腕っぷしにはそれなりに自信がある。


 馬車に残った優男が問題だが、そちらはハイイロ達にあまり興味を持っていなそうだったので、障害にはならない可能性が高い。

 いや――《絶影》がどこかに走りさり、男が馬車の外に出ていない今が最初で最後のチャンスかもしれないのだ。


 従い続けてもジリ貧である。幸い、武装も解除されていない。


 覚悟を決め、顔をあげたその時、凄まじい轟音が響き渡った。


 音と衝撃に三半規管が揺れ、ふらつく。怯え嘶く馬を、シロとクロが必死に大声を上げ落ち着かせる。

 近くに雷が落ちたのだ。反射的に目を閉じ頭を押さえるハイイロに、不意に静かな声がかけられた。


「慣れていないんですね、雷に」


 恐る恐る目を開く。至近距離からシトリーがハイイロの事を見上げていた。冷静な瞳と、口元に浮かんだ笑みは超越的と言うよりはどこか狂人めいたものを感じさせる。

 シトリーが懐から一本のポーションを取り出し、まだふらつくハイイロの手に握らせてきた。


 混乱するハイイロに。シトリーが囁くように言う。


「私達は――とっくの昔に慣れました。雷への耐性を持つコツは――いいですか? 雷に撃たれ続ける事です。最初は死にかけますが、それを繰り返せば、マナ・マテリアルが肉体をそういう方向に強化してくれる。その『誘雷薬』は――そのために研究して作ったものです」


 馬鹿げている。ありえない。自殺行為だ。断じたかったが、その言葉にはそれを許さぬ真実味があった。

 そもそも、マナ・マテリアルによる強化の方向に人の意思が介在している事はハンターの中ではよく知られている。


 だが、その情報を前提としたとしても――その訓練は訓練と呼べるような生易しいものではない。

 絶句し、ただ渡されたポーションを見下ろすハイイロに、シトリーがとどめを刺すように言った。


「ああ、そうだ。もしかしたら、雷に耐性を得れば首輪の電流程度、何とも思わなくなるかもしれません。これは……困りました。この天気は絶好の機会ですね」


 再び雷が落ちる。今夜の嵐はやけに落雷が多い。

 ハイイロはその凄まじい風と雨の中、か細い悲鳴が聞こえた気がした。

 固まるハイイロ達にシトリーが笑いかける。


「お手数かけますが、シロさんとクロさんとハイイロさんは馬の世話をお願いします。私はこういった状況に慣れています。手伝いをされても――邪魔なだけなので」


 シトリーがくるりと無防備な背中を向け、テントの準備に戻る。

 渡されたガラス瓶の中では、見たこともない白色の輝く液体が揺れている。ハイイロは逃走計画を練り直す事にした。



§ § §




 やっぱり嵐の中、外に出るのは駄目だな。


 いや、もともとわかっていた。いくらポンコツの僕でもそれくらいわかっている。いや、子供でもわかるだろう。改めて言われるまでもないことだ。

 だが、あえて反論させてもらうのならば――突発的にやってきた嵐なんだからしょうがないじゃないかああああああ!


 僕も被害者だよ。被害者!

 だが、ぷすぷす身体から黒煙を上げているティノを前にそんな事はいえない。

 一体何が起こったのか――いや、間違いなく雷に撃たれたのであろうティノは、薄らと瞳をあけて僕を見ると、口元だけ微かに笑った。


「ます、たぁ……見てますか? 私……頑張り、ました……」


「……うんうん、そうだね」


「い、ままで、ありがとう、ございます……わたし……ますたぁと、お姉さまにあえて、本当に……よか…………っ……た……」


 息も絶え絶えにそう言うと、ティノの体から力が抜ける。

 焦げティノを担ぎ上げて持ってきたリィズはそれを確かめると、興奮したように言った。


「見て見て! クライちゃん、私の言ったとおりでしょ!? ちゃんと生きてるよ!? ティーだって、一日一日、成長してるんだからぁッ!」


「うんうん、そうだね。でも少し優しくしてあげようね……ほら、バカンスなんだからさ。もうやっちゃダメだよ?」


 雷に撃たれる人間を見るのに慣れていなかったら大騒ぎしているところだ。


「はぁいッ! 雷はとりあえず終わりね?」


 次の町についたら絶対に優しくしてあげよう。

 ストローを使ってポーションを無理やり注ぎ込まれているティノを見ながら、僕は深く心に刻み込んだ。


 一晩が経ち、しかしまだ雨が止む気配はない。

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