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第三話「剣術の心得」

今回は悠子と妖夢の関係が進展します。いいですね、師弟関係。それでは、東方悠幽抄、第三話です。拙い文章ですが、批評、コメント等ありましたら、よろしくお願いします。


 ――――西行寺幽々子、一生の不覚ですわ。


 私の中から、そんな呟きが聞えてきた。

 もちろんその声の主は、私、藤見悠子に憑依している亡霊・幽々子である。

 幽々子はさらに続けた。


(あなたの中にいると、全てが生殺しなのよ~)

(どういう意味?)

(好きなご飯も食べられないし、妖夢もいじれないし~)

(はいはい)

(悠子はいいわよねぇ。体を自由に動かせるんですものねぇ)

(当たり前でしょ。私の体なんだから)


 幽々子の愚痴を聞き流しながら、白玉楼の縁側に腰掛け、きれいに手入れされた庭を眺めていた。

 私が幽々子に憑依されてから、もう一週間が経っていた。

 ここでの生活にも慣れてきたもので、今では正式な客人としてここに居候している。

 私は好きで居候しているわけではなく、できる限り早く家に帰りたいと思っている。


 しかし、幽々子が私の体の中にいる以上、紫さんが返してくれないのである。

 私がいなくなってから随分経つので、捜索願とか出されているのだろうか。

 家族や学校が心配だが、特に弟のことが気になっている。

 幽々子の話では、結局『死に誘う程度能力』とやらは私にのみ向けられたらしく、弟は無事らしいのだが。

 あくまで幽々子がそう言っているだけだから、非常に不安だなぁ。


 ――そんな考え事をしていると、奥の方から妖夢さんが歩いてきた。

 妖夢さんは私を見つけると、丁寧に挨拶した。


「おはようございます、幽々子様、悠子さん」

「おはようございます」

(妖夢、おはよう~)

「幽々子も、おはよう、って言ってます」

「そうですか……やっぱり不便ですね」


 妖夢さんは疲れた顔をしていった。

 最近はもっぱら、私が通訳のように幽々子の言葉を代弁している。

 妖夢さんは、幽々子と直接会話できないことがストレスなのか、少しやつれ気味である。

 しかし、それを隠すように、いつもの調子で尋ねてきた。


「朝食はいかがなさいますか?」

「ぜひ、いただきたいです」

「それでは、すぐに用意させましょう」


 妖夢さんが手招きすると、どこからともなく現れた幽霊さんが私の部屋に食事を運んできた。

 もう見慣れた光景ある。

 用意してくれた幽霊さんに、いたただきます、と食事の挨拶をした。

 私は純和風な食事をいただきながら、ふと思ったことを妖夢さんに聞いてみた。


「今まで気にもしてなかったんですが、以前の幽々子って食事をとっていたんですか?」

「はい、食べていましたよ。実際、亡霊というものは、お腹は空かないらしいですけど」


 お腹が空かないのに……食事?

 私はちょっと気になり、幽々子に尋ねた。


(そうなの、幽々子?)

(確かにお腹は空かないけれど、食事はしていたわね)

(それじゃあ、あなたにとって食事って何なの?)

(そうねぇ……『黙想と同じようなもの』と言えば、剣の心得があるあなたならわかるはずだわ)


 幽々子は唐突にそんなことを言ってきた。

 私は幽々子が何を言いたいのかわからず、とっさに聞き返してしまった。


(黙想って、稽古前後にやるあの黙想?)

(そうよ。黙想は、精神統一の一つで、稽古の前に欠かすことのできないものよね)

(黙想するのは、稽古中の集中力を高めるためではないの?)

(その通りよ)


 幽々子はそこで一呼吸おき、さらに続けた。


(……だけどね、黙想そのものが大切なのではなく、黙想に始まり黙想で終わる、その一連の流れが人の心を落ち着かせ、稽古への集中力を高めるのよ)

(……)

(食事でも同じ、日々生活する上で、食べるという習慣が私の心を落ち着けるのよ)


 私は幽々子の言いたいことを、おおよそ察することができた。

 つまり、一日の食事とは、剣道で言うところの黙想のように意味を持つ習慣である。

 一日の朝は朝食を食べることで始まり、夕食を食べ終えることで一日が終わったことを知る。

 私たちは、そうやって生活に区切りを与えることで生きていると。


(幽々子、あなたの言わんとすることがわかったわ)

(では、それを奪われた私の気持ち、察してくださるかしら?)


 幽々子はそんな意地悪を言ってきた。

 そう言われても、私にはどうにもできないが……

 ふと、新しい疑問が浮かんできた。


(話は変わるけど、私が食事しているときって、あなたは食べている感覚あるの?)

(一応、感覚はあるわ)

(それは、日々の食事にはならないの?)

(食べているというよりも、体が勝手に動いて、無理矢理口に押し込まれている感覚だけどね)

(それは、お気の毒に……)

(少しは気を使ってほしいわよー)


 食べている感覚はある、と聞いた私は、一つ思いついた。

 ――幽々子に好きなように食事をさせてやろう。


(何か食べたいものがある?)


 幽々子は私の言葉を聞き、少し驚いたように返してきた。


(あら、食べさせてくれるの? それじゃ、そこのお漬物で)


 そう言われたので、目の前にある漬物を箸でつまみ、口へと運んできた。


「はい、あ~ん」

(あ~ん……ぱく。う~ん、やっぱり妖夢の漬けたお漬物はおいしいわね)


 私たちの心の中での会話が聞こえていなかった妖夢さんは、怪訝な顔をした。

そして、自分に対して『あ~ん』をしている私を見て、何とも言えない顔をして言った。


「……悠子さん、何やってるんですか? お行儀が悪いですよ」

「……幽々子の食事よ」


 その食事の時間は、食器の奏でる音と私のセルフ『あ~ん』が響くという、何とも奇妙な雰囲気で過ぎていった。


 ――食事が終わり、後片付けをする幽霊さんを眺めながら、私は以前から妖夢さんに聞こうと思っていたことを、思い切って言ってみた。


「妖夢さん、私ここに来てからすることなくて手持無沙汰というか…… 何かすることはないですか?」


 そうなのだ、ここ白玉楼に来てからというもの、何も身になることをやっていない。

 食事中の幽々子の言葉から、私は習慣というものの大切さを再確認し、何かしなくてはという気持ちが芽生えていた。

 私の言葉に対し、妖夢さんは不思議そうな顔で問い返してきた。


「幽々子様は、何もしてませんでしたよ。基本的に」

「いや、幽々子と一緒にしないで」


(なんだか最近、私の扱いがひどい気がするわ)

(そんなことないわよ)


 とりあえず、幽々子にフォロー(?)しておく。

 妖夢さんは悩んでいるらしく、腕を組みながら唸っていた。


「うーん、そうですねぇ……」

「ここの掃除とかでもいいのですが」


 そういい、私は二百由旬(って幽々子が言ってた)という広大な庭を指差した。

 妖夢さんは悩むそぶりも見せずに、すぐ顔をあげた。


「あなたはお客様ですし……それ以前に、あなたの中に幽々子様がいる以上、雑用していただくのはちょっと……」


 私は、雑用を提案しても快諾が得られなかったことに落胆した。

 こんな何もしない生活を続けていたら、本当に死霊になってしまう……

 ――もしかして、幽々子や妖夢さんはそれが狙い!?


(それもいいわねぇ。あなたが死霊になったら私はどうなるのか興味深いわ)

(絶対にそれはダメ!)


 幽々子って、いつか実験的に内側から私を殺そうとするのではないか?

 二度目も無事(?)とは限らないし、やらせない。


(でも、私はあなたの中にいると能力がうまく制御できないのよね。不便だわ)

(…………)


 危険なことを言っている幽々子を意図的に無視し、再び考えはじめた。

 学校に通っていた時の私が、常日頃からやっていたこと……

 ――そうだ!

 私は一つ思いつき、妖夢さんに提案した。


「妖夢さん、剣術の稽古、お願いできませんか?」


 そう、よく考えてみたら、毎日のように部活で稽古していたんだから!

 竹刀を扱う基礎は整っているし、教えていただけないかしら。

 私はダメもとで頼んでみた。


「剣術の稽古ですか?」

「はい。私、剣道をやっていたので、剣を握る基礎はあるのですが……」


 妖夢さんはそれを聞き、再び悩み始めた。


「私の代になってから、幽々子様は稽古をしなくなってしまったので……」

「?」

「指導したことがないので、少し自信がないんですよね」

「いえ、一緒に稽古してくれるだけでもいいんですよ!」

「それでいいのでしたら構いません。後は、幽々子様が許可をくださるなら」


 私はすぐさま幽々子に確認した。


(幽々子、やってもいい?)

(いいんじゃないかしら。一心精進、たまには稽古もいいかもね)


 やった、幽々子も乗り気みたい!


「幽々子は、いいわよ、ですって」

「それでは、明日の朝から稽古を始めましょうか」

「よろしくお願いします! 師匠って呼びます!」

「いや、師匠なんて恥ずかしい……」


 妖夢さんは師匠と呼ばれ、満更でもないのか顔を綻ばせた。

 そして、床の間にある小太刀、妖夢さんと初めて会ったときに私が握ったもの、を指差し言った。


「あなたは筋が良さそうですし、私と一緒に稽古をすれば、ここにある小太刀程度ならすぐ使えるようになると思いますよ」

「頑張ります、妖夢師匠!」


 私はそういいながら、明日から始まる剣術修行に心躍らせていた。

 そうして、白玉楼での私(+幽々子)と妖夢師匠の剣術修行が始まった――



 ◆



 ――――私が妖夢師匠のもと剣術の修業を始めて半月経過した。

 

 妖夢師匠は優しく、時に厳しく私を指導してくれていた。

 私は、すでに真剣(始めて握った小太刀)を使っての稽古を行っていた。

 妖夢師匠曰く、私はこの小太刀と相性がいいらしい。

 この小太刀は幽々子のものであり、長い間白玉楼に飾られていると聞いていた。

 幽々子が許可をくれたからこれを使っているが、なるほど手に馴染む。

 これも、幽々子の影響かも?


 まぁ、それはさておき、すでに私はこの小太刀であるなら払い程度の動きは安全にできるようになっていた。

 ただ、筋肉はすぐに鍛えられないので、まだ大上段の構えはふらついて無理だ。


 それと、最近不思議なことがわかった。

 私が訓練すると、幽々子も疲れを感じるらしいのだ。

 今日も素振りを始めたばかりだというのに、幽々子が弱音を吐き始めた。


(悠子、疲れたわ。休みましょう)

(いやいや、まだ上下素振りを始めてから、十分もたってないけど……)

(やだやだ、休みたいわ~)

(わがまま言わないで……)

(妖夢~、この子を止めさせて~)

(あーもう、うるさい! 黙れ、亡霊!)


 私と幽々子が心の中で言い争いをしていると、妖夢師匠はそれを感じとったのか呆れた顔で私を諭してきた。


「悠子さん、集中してください」

「いや、幽々子がうるさくて……」


 私が言い訳(?)染みたことを口にすると、妖夢師匠は厳しい顔で叱責してきた。


「師匠としてあなたにもう一度言わせていただきます。――集中しなさい」

「はい……わかりました」


 日頃は温厚な妖夢師匠に厳しい言葉をいただいた私は、少し落ち込んでしまった。

 そんな私を見て、幽々子は面白そうにしていた。


(ふふ、妖夢師匠に怒られちゃったわね~)

(……)


 私はそんな幽々子の煽りに反応せずに、稽古に励むことにした。



 ◆



 ――――時は夕刻となり、今日の稽古は終盤となっていた。


 最後の打ちこみをしていた私に、庭の手入れを終えた妖夢さんが声をかけてきた。


「悠子さん、そろそろ終わりにしましょう」

「そうですね。幽々子も相当疲れているようですし」


 そういい、幽々子に注意を向けると、待ってましたとばかりに疲れをアピールしてきた。


(もう、くたくたよ~ 体が棒のようだわ……もうお嫁にいけない、しくしく……)

(……お疲れ様)

(そうだわ! 明日は休みにしましょう。休息は大切よ、うんうん)

(日々の習慣が大切と言ったのは誰かしら?)

(……しくしく)


 幽々子は、私が稽古を休みなく続けていたため、途中から一切しゃべらなくなった。

 単に疲労困憊でそれどころではなかったのかもしれないけど。

 それよりも、自分を鍛えているだけで文句言われるって、どうなのよ?

 拗ねた幽々子が、その呼びかけに答えることはなかった。

 そんなことを考えていた私に向かって、妖夢師匠が声をかけてきた。


「悠子さん」

「なんですか、師匠」

「今日であなたが稽古を始めてから半月ですよね?」

「そうですが……?」

「では今日は最後に、私の師匠から伝わる、剣術の心得を教えてたいと思います」


 そういい、妖夢師匠は真剣な顔をした。

 この半月間、妖夢師匠はひたすら『自分の動きから学べ』というように、心得は何一つ教えてくれなかった。

 とうとう師匠から、剣術の心得を教えもらえると聞き、私は嬉しくなった。

 そして、聞き逃さないようにと心を落ち着かせた。

 妖夢師匠は楼観剣の柄を握り、抜刀の構えをとった。


 ヒュッ ――と、刀が風を斬る音が聞えた。


 同時に、目の前にはらはらと桜の花びらが舞い降りてきた。

 しかし、よく見るとその花びらは、斬り裂かれ、半分に割れていた。

 ――集中していたはずなのに、剣を抜くところまでしか見えなかった。

 唖然としている私に、妖夢師匠が問いかけてきた。


「私が今何をしたのか、わかりましたか?」

「――いいえ、何も見えませんでした」

「私は今――空気を斬りました」

「空気……」


 空気を斬る、すなわち、真空斬りのようなものか?

 妖夢師匠はそんな私の疑問には答えずに、言葉を続けた。


「空気は目では見えません。しかし、私たちの周囲には必ず存在しています」

「――はい」

「世の中には空気のように、意識を向けなければ気付くことのないものが、数多く存在します」


 空気は遥か昔から存在しており、常に人の周囲にあった。

 しかし、私たちには空気を見ることはできない。

 妖夢師匠は何が伝えたいのか。

 空気と剣術、何の関係があるのか。

 そんな私の疑問に答えるように、妖夢師匠は言った。


「――真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るもの――そう覚えておいてください」


 ひたすら稽古を続けていた私にとって、その言葉は心の奥深くまで響いた。

 妖夢師匠は、ここに空気が存在する、という真実を剣で斬ることにより証明した。

 空気のように物質として存在するものだけではない。

 この世に確かにある、目や耳では捉えられない真理は、斬ることにより導き出すことができると――


 真実は斬って知るもの――素晴らしい言葉だわ。

 私は、素晴らしい言葉を与えてくださった妖夢師匠への感謝の念を込め、気合いを入れた声で答えた。


「はい、わかりました、師匠! 精進します!」


 私はしっかりと頭を下げ、小太刀の柄を強く握りしめた。

 この瞬間、私の中で何かが変わった気がした――



 ◇



 ――――私は、師匠のように弟子を導けているのだろうか。


 私は、就寝前の刀の手入れをしながら、この半月間の悠子さんの稽古内容について振り返っていた。

 悠子さんに頼まれてからというもの、毎日のように稽古を付けている。

 とはいっても、私自身の動きから学び取ってもらっているだけだが……。

 彼女はもともと剣道を嗜んでいただけあって、なるほど基礎基本がしっかりしている。

 すでに真剣を使っての稽古には、何も問題がないようである。

 ――さすがに手合わせのときは、木刀を使っているが……。


 また、この稽古を通して面白い収穫があった。

 どうも幽々子様と悠子さんは感覚を共有をしているらしく、幽々子様にも稽古の影響が出ているらしいのだ。

 私が、幽々子様の庭師兼剣術指南役に着任してからというもの、幽々子様はパッタリと剣術の稽古を止めてしまった。

 私は自分自身に原因があるのではないかと、着任当初は不安に駆られていたものだ。

 しかし実際は、幽々子様の私に対する甘えであると、今では言うことができる。


 先代であり、私の剣術の師匠でもある『魂魄妖忌』は、それは厳しく幽々子様に稽古をつけていたと聞く。

 そのため、幽々子様は師匠のことがちょっと苦手だったらしい。

 師匠は私に対して、言葉では何も教えてくれず、少しでも教えを請おうとすると、一喝されるばかりであった。

 唯一、教えられたのは『真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るもの』という言葉だけである。

 そこから私は、『全ては斬ることから始まり、剣が真実へと導く』という答えを見出した。

 ――これが今では、私の信念になっている。


 今、己が師匠と呼ばれる立場になり、痛感したことがある。

 確かに、私が弟子へと伝えられるのは『剣が真実へと導く』ということだけだ。

 この教えを授けたとき、悠子さんは『わかりました』と言った。

 きっと彼女なりにこの言葉を解釈したものと、私は信じている。


 妖夢は手入れをしている楼観剣を傍らに置き、庭園で唯一花をつけない西行妖を見つめながら呟いた。


「妖忌師匠、どこに行ってしまったのですか。もし、あなたがいたのなら……」


 しかし、その小さな呟きに答えるものは誰もいなかった――


 どうでしたでしょうか?

 今回は妖夢の指導者としての葛藤も書いてみました。妖夢師匠の弟子となった悠子の今後にご期待ください。

 追記:やっぱり幽々子は書いていて楽しいですね。

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