#7 @ヤング解除
何に汚染されたかも分からないサイケデリック奇形植物が生い茂り、時折植物の叫び声が上がる愉快な森の中。
レインちゃんは薬草探し、三条院さんはザコ狩り、俺ニート。
どうもこのクエスト、プレイヤーを適度に苦しめるべくザコが湧く仕組みになっているらしい。
本来は俺がそれを倒さなきゃならないわけだが、そいつを三条院さんが代わりに狩ってるわけだ。
EoAはパワーレベリングをかなりキツく制限してて、自分より上すぎるレベルの敵を倒しても手に入る経験値が雀の涙だったり、同じパーティーの人が敵を倒しても自分が貢献してないと経験値が入らなかったりする。
その点、俺が請けたクエストを三条院さんが片付けて俺がクエスト報酬だけ受け取るこのやり方は脱法的という気もするが……
EoAのクエストは全体的に、ストーリーポイント目当てっつー色合いが濃くて経験値とか最序盤以外オマケみたいなもんらしいから、『まあこれくらいは別に良いか』とお目こぼしされてるっぽい。
薬草の群棲地に向かって森の中から現れるのはヒトクイソウ(根っこで歩行する食肉植物。凶暴で、時に人も襲う)とか、浮遊イカ(発光しながら空を飛ぶイカ。凶暴で、時に人も襲う)とかだ。
この辺のフィールドで普通に出現する魔物で、ぶっちゃけザコである。
ちなみにこのEoA世界において魔物とは、環境汚染による突然変異種や、過去の戦争で生物兵器として人為的に作られた生物という設定らしい。
「そう言えば、まだプレイヤーカード渡してなかったな」
叩き落とされた浮遊イカから、ドロップアイテムの『レインボー墨袋』を回収しながら三条院さんが言った。
彼がリストコムを操作すると、俺のリストコムがピロロロロ、と鳴き声を上げた。
【『三条院 旭輝麻呂』さんからプレイヤーカードを受け取りました】
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三条院 旭輝麻呂 Lv 68/71
面白き ことも無き世を 面白く
徒然なる侭に方舟捌號棟を流浪ふオジサン。
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俺は心の許容限界を超えたため、それ以上三条院さんのプレイヤーカードを読まなかった。
世の中には触れてはいけない闇があるのだ。
「あ……っと、ありがとうございます。じゃあ俺のも」
やることが無いのでレインちゃんの薬草探しを手伝っていた俺は、リストコムから自分のカードを送り返す。
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マサル Lv 1/1
よろしくお願いします!
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……初期状態のデフォルトメッセージそのまんまですが何か?
渡されたカードにも渡したカードにも、ジョブやバックボーンは記載されていない。
そういう情報込みのカードを渡すこともできるんだけど、狩り場での挨拶程度ではそこまで要求しないのがプレイヤーの不文律。逆に信用を得たい時は、可能な限り情報を記載したカードを渡すものだ。
いやー、三条院さんが投げてきたの、自己紹介メッセージだけのカードで本当に良かった。お陰で俺も情報最小限のカードを自然に投げ返せた。
俺、まだプロフィールの偽装とかやってないんだもん。
「へえ、まだレベル1なんだ?」
三条院さんはリストコム画面を開いて、面白がるように言った。
「そです。まだ始めたばっかりなんで」
「おいおい、そりゃ危ねえぞ? この辺りは大した魔物出ないけど、それでもレベル1で相手するのは無理だ」
いや、まあ普通なら無理なんですが。
「……ちょうどいい、あれと戦ってみな」
三条院さんが指差した先には、ちょうどふらりと姿を現した浮遊イカが。
うーん、戦っても大丈夫……かな? 変にバレたりしない?
まあ、これくらいなら大丈夫か。通常攻撃だけで戦おう。どうせまだスキルにポイント振ってないしね。
「よし……と、とりゃーっ!」
俺はスズネから受け取っておいた装備『量産型電磁ナイフ』を抜いて空飛ぶイカに斬りかかる!
敵の動きはフワフワして掴み所が無いが……鈍い!
まず一撃!
俺が振り下ろした電磁ナイフの一撃はイカにクリーンヒット!
腹に切れ込みを入れられ、火が通りやすくなったイカ。炙ったら縁日に並べられそう(※有毒です)。
イカはその勢いで地面に叩き付けられたが、バウンドしてそのまま浮上、回転しつつ俺にぶつかってきた!
「いってえ!」
うおっ、この『痛いけど痛くない』みたいな、妙な感触のVR痛み! 久々だ!
ひるんではいられない。俺はまだHPが半分ちょっと残ってるのを確認して、再度、浮遊イカに飛びかかった。
マサルスマーッシュ!
「このやろっ!」
ぼしゅっ! という独特の音がして、イカはしぼんだ風船みたいに地面に落ちた。勝利だ!
この方舟八号棟に降り立って、初めて魔物を倒したことになる。うん、そうそう。こんな感じだ。
「よっしゃ、倒した!」
「あっれー? クリティカルヒットしたかな?
いや、本当ならレベル1でこんな簡単には倒せないはずだけど……」
浮遊イカと戦わせて俺にフィールドの辛さを感じてもらう予定だったらしい三条院さん、もくろみが外れて半笑いだ。
俺も半笑いで誤魔化した。多分俺、『神』だからあの程度のザコとは普通に戦える能力値なんだよな。
「……あのー」
「わっ!」
「薬草集め、終わりました。ありがとうございます」
気が付けばレインちゃんが俺の後ろに立っていた。
薬草でいっぱいの籠を持って。
「薬草、集まったんですね。上手くいって良かったです」
「お二人のお陰です。本当に助かりました!
これでお父さんに薬を作って上げられます!」
まぶしいくらいの笑顔でレインちゃんは言った。
良い子や……
この薬草摘みクエスト、いろんな場所でいろんなNPCがそれぞれの理由で持ちかけてくるっぽいんだけど、『電子ドラッグをキメに行く金が無いから代わりに気持ちよくなる草を探したいとかほざいてるジャンキー』だの、『浮気相手に飲ませる惚れ薬の材料を採りに行きたい人妻(85歳)』だのの話をネットで聞いてたから世界観相応にイカレたクエストだと思ってた。
でもまさか、こんな普通のRPGの依頼人みたいにいい人も居たなんて……
「帰り道も送った方がいいですか?」
「いえ、大丈夫です。逃げ足だけなら自信がありますから!
とにかく、ありがとうございました!」
【クエスト『薬草摘みのお手伝い』を完了しました。】
レインちゃんがぺこりとお辞儀をしてクエスト終了。
と、いう事はつまり……
パンパカパーン!
俺だけじゃなく、周囲のプレイヤーにまで聞こえるレベルアップファンファーレが森の中に鳴り響いた。
【あなたのレベルは6に上がりました。】
ひゃっほーぅい!
クエスト報酬の経験値で一気にレベル6までアップ!
このレベル6というのが、結構いろんなシステムの解禁されるボーダーだ。
とりあえずプロフの偽装と外見変更な! これ俺にとってめっちゃ大事だからな!
【『三条院 旭輝麻呂』さんが NPC『レイン』の殺害権を購入しました。】
……………………………………なんだって?
「きゃああああっ!」
目にも留まらぬ早業!
背負っていたサイバー大剣を抜き打った三条院さんは、レインちゃんをばっさり切った。
血飛沫撒き散らしてレインちゃんは倒れる。
死ん……ではいない、と思う。多分。
でもそれはレインちゃんのHPが実はものすごかったりするわけじゃなくて、手加減されたからだ。
いや、ちょっと待て。殺害権? What? Why?
「……このクエストの経験値があればレベル1からでもレベル6になれる。
開始条件が緩いし、敵が弱いフィールドなら簡単にクリアできるから、最序盤に引くと一見美味い罠クエとして有名だ。
何故罠かって、いろんな特権を持ってEaOを体験できる、大事な初心者期間をすっとばしちまうからな」
血塗れた大剣を構え、三条院が笑う。
人間の目には見えないほどの超高速で振動しているという設定の大剣を、彼は俺に向けた。
「覚えとけ、ルーキー……
初心者がPKから保護されるのは、レベル5までだぜ」
その顔はさっきまでのエセ爽やかさとは打って変わって、卑屈で歪んだ、小物臭い、でも危険な、ああ、なんて言えばいいんだろ。
頭がトンでるやつの笑い方だった。