#5 ある日狂った森の中
「お願いです、冒険者様。私の薬草摘みのお手伝いをしてください!」
山の麓の森を出たところで、俺とスズネは通行人に遭遇した。
ガスマスクの変質者と化して意気揚々とフィールドに出た俺が出遭ったものは、経験値でもなく、人生終了のお知らせでもなく、三つ編みとそばかすの女の子だった。
歳は俺と同じくらい。スズネが図書委員系なら、この子は、えーっと農業系?
カントリーな雰囲気の大きな編み籠を持っていて、その中にはスマホ。
……技術レベルが退行してオカルト思想が支配する世界なのに、こうやって民間にも部分的にテクノロジーが存在したりするんだよね。こういう世界観ならではと言うべきか。
さて、今俺は『冒険者』と呼ばれた。
別にプレイヤーだけが冒険者ってわけじゃないが、NPCたちはプレイヤーを『冒険者』と呼ぶことが多い。
彼女が言う『冒険者』とは、己の自由な裁量でもって方舟八号棟を巡り、モンスターと戦う者たちの総称だ。まあ要するにゲーム的なファンタジー世界に出てくる冒険者の概念そのもの。ここは狂ったSF世界だけどね。
「病気のお父さんに薬をあげないといけないのですが、配給が遅れ……」
言いかけたところで、彼女ははっと口を押さえる。
「いえ、その! 教会の皆様は配給作業などより遥かに祝福的なお仕事をされていることと存じます。
そのために配給が遅れるとしても、私は祝福的ですので受け容れます。それは仕方がないことであり、文句を言うのはアフィリエイト広告の地獄に落ちるべき薄汚い背教者なのです!」
慌てて言い訳のように早口で並べ立てる女の子。
……うん。
教会を批判してるところとか聞かれたら一族郎党もろとも殺される世界だもんね。仕方ないね。
でもアフィリエイト広告の地獄って何よ? 確かに広告まみれのページは地獄いけど。
「配給が遅れるのは仕方がないことです。ですので自助努力、そして自己責任です。
冒険者様。私は実直な信徒として、薬草摘みをしてお父さんを助けなければなりません。
ですが、薬草が豊富に生えている森の中は、モンスターが多いので私だけでは入れません。
どうかお手伝いをお願いできませんか? お礼はしますから……」
軽く目を潤ませて懇願する女の子。
老若男女問わずぐらっとくるわ、こんなん。
あと俺、過去に色々あったもんで個人的にこういう話に弱い。
「ええと……その前に、頼む相手が俺みたいな変質者でいいの……?
むしろなんで声掛けたんです?」
「冒険者の方は、実力をアピールするために敢えて派手な格好をするのだと聞きました。
人里離れた場所でそのような姿をしているのは冒険者の証ではないかと……」
「あ、そこなのね」
まあ、事情を聞く限りじゃワラにも縋る思いっぽいし。
相手がお祭りガスマスク男でも偶然であった冒険者に声を掛けざるを得ないか。
さて、どうすりゃいいの? という感じで隣のスズネを見る俺。
「ラッキーじゃん。
これはワンダリングクエスト。NPCの都合で発生する単発のクエストね。
普通はストーリーポイント目当てにやるんだけど、始めたばっかのマサなら経験値も美味しいと思う」
システム的な解説が入りました。ありがたや。
「そっか。
……俺でよければ手伝います」
「ありがとうございます!」
【クエスト『薬草摘みのお手伝い』を受諾しました】
どこからか天の声が聞こえてきてシステムメッセージを読み上げる。多分俺にしか聞こえてないやつ。
そう言えばこの声、オープニングでナレーション読み上げてたのと同じ声だな。
声優とか興味ないからよく分かんないけど、有名な人だったりするのかな? 合成音声っぽいから、どのみち素読みじゃなくてサンプリングだろうけど。
「私、レインって言います」
「そっか、俺は……」
うっかり名乗りそうになったところで俺はちらっとスズネの方を見る。
『名前くらい言っても大丈夫でしょ』というアイコンタクトが返った。まあ、なんとかなるか。さっき検索したら名前に『マサル』が入るプレイヤーだけで十数人、ずばり俺と同じ『マサル』という名前のプレイヤーも7人居たし。普通の名前だからな。
「マサルです」
「私はスズネ。神……いえ、マサル様の従者にございます」
「従者?」
「あー、えっと、そのー……」
RPぶっこんで来やがりましたよ、スズネさん。
「ご、ごめんなさい、そういうプレイなんです」
「は、はあ……」
俺は、スズネと俺を二人まとめて変態にすることで巧く誤魔化して事なきを得た。
グッド・ロールプレイング。
「なるほど、そういうのも倒錯的でいいかもね……」
ブツブツ言いながら何事か考え込むスズネ。
……バッドだったかな。
* * *
俺のスタート地点だった山の中は、まだ普通に自然豊かだったんだけど。この辺の森はファンキーだ。
葉っぱの色が赤・緑・黄色・黄色。ヘタすりゃ虹色グラデーション。
異常な形に折れ曲がるように育った木がゆらゆら揺れながら歌っていたり、かと思えば立ち枯れた木があったり。あっ、チョウチョがカマキリ食ってる。なんたるカオス。
そんな中、俺たちはNPCのレインちゃんを先導するように二人並んで小道を歩いていた。
「とりあえずレベル6まではどうにか上げとこう。このゲーム、レベル6でアンロックされるシステムが多いんだけどさ、その中に『整形』があんのよ。ただでさえ目立つのにリアル体アバターじゃキツいでしょ?」
「そりゃそうだ。リアルの生活に差し支えるわい」
「あとプロフィールの偽装ね。これもレベル6」
「うひゃー、初めて街に行く前にそこまでレベル上げなきゃならんのか」
「『祭司』の一族の隠れ里なら入っても大丈夫だろうけど、ちょっと遠いのよね。そっちは敵のレベルもここより高いから経験値稼ぎ大変だろうし。
ま、このクエストの報酬でレベル6までは上がると思うから大丈夫よ」
「そうなん? だったら良かった」
と、そこまで話したところでスズネのリストコムがどこかで聞き覚えのあるジングルを鳴らす。
……これ、東京に怪獣が来た時のBGMじゃないの? スズネが自分で設定したやつか?
「うへえ、このタイミングで即落ちアラート?」
即落ちアラート。スラングっぽい言い方だけど何の事か俺には分かった。
強制切断の予告だ。
ダイブ型VRの黎明期、この魅力的な世界に限界を超えるまでどっぷり嵌まってゲームをプレイし続けたせいで、脳に過負荷が掛かって障害を負ったり(今のVR機器は負担軽減されてるから連続使用してもそこまで危なくないけど……)、過労死してしまう事故がそこそこ発生した。
余談だが日本でも死人が出て、お偉い役人の皆々様が問題視。それ以降ダイブ型VR機器の会社には警察の天下りが入ってギッチギチに取り締まられるようになり、実質国内でのVR研究が不可能になったことで技術的に後塵を拝した和製品はほぼ全滅したとかなんとか。俺が使ってる機器もアメリカだか中国だかの会社のだったはずだ。
日本ほど極端な例は少ないにしても、プレイヤーが死んでいくようではダイブ型VRは世間から厳しい目で見られることになる。
このままではいけないと、ある時から始まった取り組みが、ダイブ型VR機器特有の脳波スキャン機能を活用した、プレイヤーの健康状況モニタリング。そして危険な状態になれば即刻切断! という仕組みだ。今ではなんか条約とかができて国際スタンダードになってるんですと。
お陰で今の時代、ゲーマー共は割と健康である。
だってほら、寝不足とか徹夜でプレイしたらすぐにストップ食らうんだもん。
プレイ可能な時間を延ばすために規則正しい生活をし、食事と睡眠をちゃんと取ってジムに通ったりなんだり。
「EaOは割と制限緩いって聞いたけど」
「和製ゲーの下限ギリギリね。風邪引いててもプレイできるからまだマシ。
ちなみにトイレアラートは廃人どもが文句言って任意で外せるようになったわ」
「はいじんこわい」
「ま、要は尿意を感じなければいいわけだから、アラート外せないゲームで栄養剤点滴と導尿パック使って長時間プレイしたって人も知ってるけど」
「入院かよ!? はいじんこわすぎるよ!」
リストコム画面を開いて確認したスズネは小さく舌打ちする。
「あー、トイレならすぐ戻れたんだけど疲労だわ。
ごめーん、ちょっとログアウトして適当にエナドリ飲んでストレッチしてくるわ。それで1時間くらいは延長できるし」
「えっ、クエスト俺一人で大丈夫?」
「あのステータスなら行けるっしょ。HPが減ったらさっき渡したポーションをがぶ飲むこと。とにかく今はレベル上げ先決だから、ポーション如きケチらなくていいからね! ポーション代なんて私には端金だし!」
「了解」
「それと、この辺は過疎フィールドだから大丈夫だと思うけど、教会のNPC兵士とかそっち系勢力のプレイヤーには気をつけて。ヤバそうなら私に通知飛ばすこと。すぐにインするから」
「分かった」
スズネがリストコムを操作すると、何やらメカメカしいビットが展開されてワープポータルを形成。
青白い光の中にスズネは消えて、ログアウトした。