#4 逆境強化
謎の人間保管庫から外に出てみれば、そこは思いっきり山の中だった。
と言ってもここは設定上、スペースコロニーの中。
富士山だのエベレストみたいな高山は無く、せいぜい数十メートルの高さに盛り上がった地形に植物が繁茂している感じの場所だ。
見上げれば木々を透かして青空……ならぬ、青空っぽい色を液晶画面に映し出しつつ光を投げかける天井が見える。概ね百メートルくらいの高さだっけかな?
「……道が無い」
生い茂った木々が視界を遮り、辺りはあまりにも草だらけ。
振り向けば、斜面に埋め込まれるように人一人分の出入り口がある。
こんなの知らなきゃ絶対見つからないんじゃないか?
「なるべく痕跡を残さないように行こ。この場所、目立たせない方がいいと思うから」
「そりゃそうだな」
かくして俺はおめでたい格好で山歩きをすることになった。剥き出しの足を草がこするのでVRこそばゆいが……足が切れたりはしない。
プレイヤーは体内のナノマシンによって身体が強化されていて、レベル1だろうが常人よりは頑丈なんだとか。この程度でダメージは受けないのだ。
にゃーにゃーと明らかに鳥じゃねえ鳴き声を立てながら、奇妙な生き物が羽ばたいて頭上を横切っていく。人の気配は多分無い。
俺たちは積もり積もったものが吹き出すような感じで、現実の世間話をしながら歩いていた。
「弟ちゃんは今どんな感じなの?」
「ああ、タケ? 高一になったから堂々とバイトできるって喜んでたよ。
俺らのことはいいからサッカー部続けろって言ったんだけどなー」
「確か、どっかの強豪校に一般入試で受かったけど結局地元の公立行ったんだっけ」
「そう。諸々計算したら無理そうって母さんが言って……言われたタケより言った母さんのがキツそうだった」
「そりゃあねえ」
「タケはそれで気持ちが折れたってわけでもなさそうなんだけど、ろくにトレーニング設備も無い学校で続けても……ってとこなんだろうな」
「勿体ないなあ。
中の下程度の弱小公立校に訳ありエースが入部してウンタラカンタラって、高校部活ものの典型的導入なのに」
「本人の性的嗜好を無視して他人の弟をホモにするのはそこまでにしてもらおうか」
「薄い本描くとは言ってませんー!」
スズ姉が俺にとって『近所のお姉さん』だったのは、えーっと七年くらい前か。
その後もなんやかんやあって連絡を取ったりはしていたのだが、ちゃんと会って話すのは久しぶりだ。
テキストチャットやたまに電話するだけじゃ、取捨選択されて詳しく話さないようなことが話題に登る。
「……稼がねえとな」
貧乏を噛みしめて、じっと手を見る。
『神』ってのが何だろうと、この際構うもんか。飯の種にできるなら上等だ。
「必死になるのもいいけどね。まずはこのゲームを楽しみなよ。世界にのめり込んでいけば、それだけ良いRPもできると思うし」
「そりゃそうだけど、どうもそんな気分になれないと言うか、金のことを考えてないと状況に押し潰されそうと言うか……」
ネット接続したリストコムから、某老舗SNSで未だにトレンド上位を爆走中の『神』という単語を見ながら俺は言った。
これからどうなるんだよ、俺は?
* * *
「よし、こっからはホバーモービルでいいや」
ようやく獣道みたいのが見え始めたところで、スズネはリストコムのインベントリから折りたたみホバーモービルを展開した。
銀色のアタッシェケースみたいな形に折りたたまれていたホバーモービルが、手品のように展開されて形を為す。
ホバーモービル。まあ、タイヤが無くてちょっと浮いてるスノーモービルみたいな物体だ。いかにもSFちっくである。
本来なら山刀とかを使って、植物を撤去しながら進んでいくべき場所であろう山の中を、俺たちはタンデムで爆走した。
スズネはヤブを蹴倒し、太い枝や木を巧みに避けて、本来なら乗り物走行が難しいだろう山の中を駆け抜けて行く。
後で聞いた事にはこの乗り物、多少のシールド展開能力があるとかで、まあ自然の障害物くらいものともしない逸品なのだそうだけど。
「ATKいくつ?」
「23……」
「MATは?」
「19。これ凄いの?」
「えーっと、専門職のレベル5相当ってとこ?
レベル1として見れば破格のオールマイティーだわ。スタート地点から一人で出て来ても死ななかったかも」
モービルの後部座席に乗った(どこを掴むべきか散々迷った上にそれをからかわれて最終的にスズネの肩を掴んでいる)俺は、リストコムからステータス画面を開いて内容を逐一読み上げ、ベテランのチェックを受けていた。
スズネ曰く、俺の能力はなかなかにエグイ数字であるらしい。
さすがにレベル1から最強ってわけじゃないけど、これならレベル上げたらガチでオールマイティーになるんじゃないの?
そして!
能力値に限らない『神』の強さがもう一つ!
「しかも全クラスのスキル習得可能? チート過ぎだわ」
「スキル画面が攻略wikiのスキル一覧みたいになってるよ。クラス順に全部並んでるし、スクロールバーの横より縦の方が短くなってる」
俺はステータス画面をいじってスキル習得画面を開く。
『スキルポイントは街の『魔法屋』や『電気ショック屋』で振り直しが可能です。レベル10までは無料で振りなおせますので、いろいろと試してみましょう』という微妙に不穏なチュートリアルメッセージを閉じると、そこに並ぶのは数え切れないほどのスキル。
端的に申し上げましてやばいです。
下まで全部見たわけじゃないけど、多分これ全クラスのスキルを網羅してると思う。
レベルアップ時に手に入るスキルポイントを割り振って習得しなきゃなんないのは同じだから、今んとこ無限の将来性があるだけの無能なんだけどね。
本来あり得ないスキルの組み合わせが可能だったりするわけで、いろいろバランスブレイクなことができそうな予感である。
「まあ、神様って設定上は世界の管理者権限持ってるわけだからね。ナノマシンが全力全開で支援するのも当然か」
この世界の住人は魔法という技を使える。
技術レベルが退行してオカルト化してるという話から想像付くとは思うけど、この世界の大半の人らはこれがガチの魔法だと信じ込んでる。
しかしその実態はと言いますと、この世界におびただしい数存在するナノマシンが引き起こす現象だったりする。見えないほど小さなナノマシンが大気中にも水中にも、つまり空気を吸ったり水を飲んだりした俺らの体内にも存在し、魔法みたいな力を授けてくれるのだ。という設定である。
ちなみに、魔法を使うには魔晶石というアイテムを身体のどこかに埋め込まなければならない。スズネの左手の甲に付いている紅い宝石みたいなのがそれだ。
これは魔法発動の媒体……ではなく! 周辺のナノマシンに命令するためのリモコンだ、要するに。
「ん? そう言えばさ、魔晶石ってどっかで買って装備しなきゃダメなの?
俺、持ってないんだけど」
「えっ?」
すっごい意外そうな顔でスズネがちょっと振り返って俺を見る。
ちょ、振り返って大丈夫なんですかこんなハリウッド走行中に。
「もう付いてるじゃん。額に」
「え…………」
俺はスズネの視線を追うように自分の額に手をやる。
肌、とは違う、なんか硬くて冷たくてツルツルした質感の物体が俺の額に、埋め込まれて……
「なんじゃこりゃー!!」
「待ってもしかしてガチで気が付いてなかった?」
「気付くかよ、額だぞ!?」
つーか、よりによって頭に得体の知れない機械を埋め込まれてたのはゲームん中とは言えショックだぞ普通に!
俺UFOに誘拐されたアブダクション被害者かよ!?
「これは身体のどこに埋め込んでも良くて、キャラメイクでも場所選べるの。
でもキャラメイク時は首から上に付けることはできないし、NPCにも首から上に付ける人は居ない。額に魔晶石を付けるのは神の証だから、それを真似するのは冒涜とされるんだって。
つまりそれをやってるのはログボ姫……じゃなかった、教会が押し立てている偽神と」
「俺だけ、ってわけか……」
恐ろしき歯医者ドリルみたいな音を立てて駆動していたモービルが徐々に速度を落とし、止まる。
「人目に付くところへ行く前に隠した方がいいわね、それ。二つの理由で」
「二つ?」
「第一の理由はもちろん、狙われる立場だから」
まあそれは始めたばかりの俺も察してる。
この狂ったディストピアを統治する政府、即ち教会が狙ってくるのは確実だ。
教会は言うまでもなく、この世界最強の勢力だ。
別に教会勢力はNPCチートを持っているわけじゃない。って言うか普通にプレイヤーも結構所属してるしな。
ただ単純に、所属するプレイヤーと戦闘NPCの数が圧倒的であり、それを適切に配置運用しているから強いのだ。NPC中心に警察とか軍隊とかを組織してて、それがちゃんと動いてるんだぞ。ヤバイだろ、このゲーム。
そんなもんに目を付けられたら、どこで射殺されるか分かったもんじゃない。
軍隊や警察どころか、そこらの市役所の窓口のお姉さんも……
いや、絶対に賞金とか掛けられるよな。賞金稼ぎとか通行人とか、もはや誰に殺されるか分かったもんじゃない。隠すのは必須だな。
「第二の理由は……絶対にプレイヤー内で悪目立ちするから」
「確かに……」
「そりゃ、配信で稼ごうってんならある程度は有名人にならなきゃならないわけだけどさ。
この方舟八号棟にただひとりの激強クラスを、何の偶然か必然か知らないけど完全に素人であるマサが与えられたわけでしょ?
嫉妬とか不公平感とかそういうのあるだろうし、そういうのプレイ中にぶつけられるの困るじゃん。実利的にも精神的にもさ」
「なんか嫌に実感こもってねえ?」
「別のゲームだけど、超レアドロップの武器を配信中に取ってから2週間ずっと根性悪いPKに粘着されてね。散々殺されたわ。
別に殺しても武器奪えないシステムのゲームよ? 完全にただの嫉妬!
お陰でフィールド出られなくて困ったわ。最終的には『付きまとい』条項でそいつを通報したらBANされたけど」
うひゃー。
なんでそういう生産性が無いことに必死になれるかなあ、とドン引きはするが、そういうことが起こりうるというのは分からなくもない。
まして俺のクラスは(多分)この世界にただひとつ。レアドロどころの話じゃない。
悪目立ち一直線だ。対策は必須だな。
「大丈夫。このゲームは名前も外見もプロフィールも全部偽装するシステムがあるから。
だってほら、プレイヤーにも教会の兵士とか居るんだから、『祭司』の一族は身元くらい隠せなきゃまともにプレイできないでしょ」
「なるほど」
「まあ、このシステムを不正行為に使おうとしたらログ辿られて捕まるけどね。
あくまでゲーム的な駆け引きと騙し合いのためのシステムだから」
そう言われると多少はホッとするかも知れない。
世を忍ぶ系のプレイングはすぐそこに先輩がいるわけだし。
「でもさ、本当になんで俺が神なんだろ。『誰でも良かった』っていう殺人鬼みたいな理由しか思いつかないんだけど」
「それ実際には結構選ばれてるやつじゃない」
運営は、俺を選んだのか? それとも偶然とか手違いなのか?
まあ普通に考えたら手違いなんだけどさ。
それにしてはおかしいのが、俺の初ログインと同時に公式に出て来たという神のクラス紹介。
俺が神になったのが手違いだとしたら、なんでこのタイミングなんだよって話。
偶然って可能性もあるだろうけどさ……
俺が運営に選ばれたとしたら、それはそれでわけ分かんないぞ。
「一応、マサのこと運営さんに問い合わせてみよっか?」
「もしこれが運営の手違いなのだとしたら、その時点でクラス剥奪されちゃうだろうし、その前にクラス紹介動画が作れる程度には『神』をやってみたい。
……最悪、その動画一本で食い逃げできねーかなーって」
「あっはっはっは! 逞しい!」
モービルをバンバンぶっ叩いてスズネは笑う。
別に俺は不正行為をしたわけじゃないんだから、多分運営に訴えられたりはしないだろう。最悪でもBANで済むなら、いっそ『神』クラスの動画一本作ってEaOにサヨナラするという手もある。
……俺だって本当ならそんなグレーなことしたくないけどね? 普通にEaO遊びたい気持ちもあるし! でも犯罪じゃないなら多分やるよ俺! うちの家計は盗泉の水くらい飲まなきゃヤバイんだって!
「……とにかく、ちょっとレベル上げよう。このままじゃ行動に差し支えるし。
レベル1のまんまじゃ装備制限きっついけど、少しレベル上げれば色々と実用的な変装用装備が持てるようになるから」
「ん? それ、『服を買いに行く服が無い』みたいなことにならない?」
レベリングに使うような場所には、多分俺以外のプレイヤーも来るわけで。
狩りをしてる最中に目撃されるのは避けなきゃまずい。
「レベルに関係無く装備できるアイテムでも、顔くらい隠せるのはあるよ。
私が今持ってるのだと…………」
ピポパ、とスズネはリストコムを操作する。
すると、ぼそん……と音を立てて黒い何かが地面に落ちた。
頭全体を覆うゴムのような質感の被りもの。
視界を確保するため目の部分はレンズみたいになっていて、キラリと理知的に輝く。
口の回りから突き出す無骨な缶状パーツが黒光りしていて、何やらアングラな雰囲気を醸してもいる。
そう。
ガスマスク先生である。
「なあ、スズ姉。もしハッピを着てサラシとフンドシを身につけた男がガスマスク被って街を歩いてたらどうする?」
「…………射殺したい」
「通報ですらねーのかよワンクッション置けよ! そもそもこの格好誰のせいだよ!?」
勢い、ガスマスクを地面に叩き付ける俺。
だが結局命には替えられないと、30秒後にはそれを装備することになったのであった。