#3 僕もリアル・ロールプレイヤーだよ
スズネがリストコムをちょっと操作すると、そこから光の点がホタルみたいに舞い飛んだ。
録画に用いられるカメラドローン……という設定のアイテム。要は録画の視点を視覚的に表現したやつだ。
いくつも飛び散った(設定上は)カメラドローン(であるらしいもの)は、1カメ2カメ3カメ4カメ……いや、いくつあるんだよ。
とにかく俺らの周りをぐるっと包囲した。四面カメラ歌である。多分、この中からよく撮れてる映像を選別して後で編集するんだろう。他のカメラは録画映像では消せるらしい。
カメラが回り始めると、スズネは俺の前に跪く。
胸(WARITO DEKAI)に手を当て、その声には積年の想いを滲ませて。
「……神様。
貴方様がこの方舟に蘇られるその日を、我ら一族、心待ちにしておりました。
私は『祭司』の一族の者。名をスズネと申します」
「え……?」
俺は息を呑んだ。
スズ姉じゃなく、方舟八号棟の住人である『スズネ』がそこに居たんだ。
『祭司』の一族というのは……考察wikiでも結構な分量割かれてたから印象に残ってる。
教会がクーデターを起こすより前、神に仕えていた一族だ。
神の真実を知る彼らは今、教会に徹底的に迫害されている。『祭司』の一族だとバレれば即殺。
それでも、やがて真の神が復活することを信じて生き延びてきた。
このEaOのサービス開始当初から存在が仄めかされ、それらしい人々の目撃談もあったところ、数ヶ月前のアプデで生まれの一つとして追加実装された。
ちなみに実装の時、『実はあなたは『祭司』の一族だった』という感じで、生まれを変更するクエストが期間限定で実装されたそうな。
『祭司』の一族に属するプレイヤーは、自らの正体を隠して活動している。スズネだって多分そうなんだけど……いやそういう問題じゃなくて。
俺には目の前に居る女の子が、『敵だらけの狂った世界で絶滅戦争を仕掛けられながらも真実を捨てず悲壮な覚悟と共に戦い続け、その果てに己の念願が叶った少女』にしか見えなかった。
声は聞き慣れた凉のものなのに。
役に入り込んだ、気合いの入った、本気のRPだ。
「ほら、RPRP」
雰囲気に呑まれて立ち尽くしていた俺に、素に返ったスズネが助け船を出す。
「え、でも待って。どう演じたらいい?」
「素でいいんじゃない? プロフの生まれ欄に最低限の情報はあったんだから、その通りで」
必死で頭を回転させ、俺は『ここに居るマサル』が何を思うだろうかと考える。
コールドスリープさせられてたって話だけど、それは無理やりなのか? 知らないうちに勝手になのか? 納得ずくでなのか? つーか、その辺の設定は俺に任されているのか?
「余りにも突然のことでお出迎えの準備もできず、あり合わせのご装束を捧げ奉る次第となりましたご無礼をお許しください」
「待ってくれ。なんのことか……さっぱり分からないんだ。
ここはどこなんだ? 俺はなんでここに?」
演技なんて小学校の学芸会以来だが、神代賢、渾身の演技。
何にせよ、『いきなり神にされた』という戸惑いはリアルの俺とゲーム中の境遇でシンクロする。
「どうか、意地悪をなさらないでください。
この世界と私どもは滅亡の瀬戸際に立たされているのです。
あなた様のお救い無くば、未来は闇に閉ざされてしまうことでしょう」
うわ、ダメだこれ信頼がカンストしてて俺なら何とかしちまうと思い込んでるアレだ。
そんな『何も分からないだなんてご冗談を……』みたいな顔されたら、そりゃあこっちは『期待に応えられなくてごめんなさーい!』ってな感じで胸が痛みますよ!
「神様。どうか我らと、この世界をお救いください……」
深々と、床に額をこすりつけ。
スズネは狼狽える俺を深く拝んで、そして、たっぷりタメを作ってからサムズアップしつつ顔を上げた。
「……よし、良い絵撮れた! カーット! グッド・ロールプレイング!!」
「どしぇー、緊張したーっ!」
『グッド・ロールプレイング!』。
これはEaOプレイヤーの合い言葉。良いロールプレイを見たときは、これを言うのだとか。
「さてさて報酬は……」
リストコムを操作してステータス画面を開くスズネ。
すぐに彼女は喜びのあまり飛び上がった。
「1000ポイント!? 信じられない! ラッキー!
ねえ、私専属のストーリーポイントタンクになってくれない!?」
なんかどっかのエロ漫画で聞いたような言い回しで喜ばれた。
「……マサ、そっちもポイント入ってる?」
「入ってる。初期値がゼロだとしたら1000ポイント」
「このシステム知ってるよね?」
「ストーリーポイントでしょ。要はRPで手に入るボーナスポイント」
「それ」
このEaOを特徴付けるものは……まあ結構あるんだけど、そのうち一つがこれ。
ストーリーポイントというシステムだ。
自分が所属する勢力に貢献したり、グッドなロールプレイをすると貰えるボーナスポイント。
これを消費してできることは、一定時間の経験値取得量アップ、ドロップ率アップみたいな報酬強化。スキルツリーのリセットやキャラメイクのやり直しみたいなシステムサービス。他に一部の特殊アイテムなど。まあ要するに、基本無料のMMORPGだったら課金要素になってるようなものが一通り手に入るポイントだ。
その他……NPCに関わっていくためのチケット的な効果があったり、取得が面倒だがそこそこ消費するようなレアアイテムと引き換え可能だったり。
とにかく、ストーリーポイントから得られる利益は計り知れない。
EaOプレイヤーたちがこぞって求める、お金より経験値より貴重なものだ。
ポイント付与の判定条件は、未だに謎が多い。
ただしその代わり、一定以上のストーリーポイントが獲得できるロールプレイのチャンスにはリストコムが反応してアラートを飛ばしてくれるシステムだった。
「私は今、『祭司』の一族に生まれた者として神にぬかずいた。
それはゲーム的に正しい振る舞いだったってワケ」
「外堀を埋められていく感……」
このストーリーポイントというやつ
然るべきイベントの最中であれば、プレイヤー同士の掛け合いでも発生するのだ。
この世界にただ独りの管理者である『神』が遂に姿を現し、教会の迫害を耐え抜き生き延びた『祭司』の一族とボーイ・ミーツ・ガールするなんて……
うん、やばいよそれは。ビッグバンだ。世界が生まれる。神は光あれと呟いて七日目に休むしリンゴは食べちゃダメ。
要するに俺はちゃんとこの世界でシステム的に神様として扱われてるって話。
やばくね?
「まあいいんじゃない? お陰で美味しいことになったし……
ゲーム始めたばっかりでピンと来ないでしょうけど、1000ポイントって本当にすごいんだからね!
ログインボーナスが10ポイントで、勢力戦みたいにプレイヤーとNPCがいっぱい関わる場所でGRPして300とか。キツめのイベント完走報酬がやっと500くらいだから」
「あんまり慰めになってない気が」
こちとら一応初心者なんだから、もうちょっと普通にスタートしたかったんだよなあ。
だってほら、このディストピアを統治してる教会は『本物の神様』の存在をひた隠しにしてるわけでさ。そういう設定は『祭司』の一族を見ても分かる。
攻略wiki情報だから俺も実際に見たわけじゃないけれど、『祭司』の一族に所属するプレイヤーは街中で正体が露見したりしたらその場で射殺されるんだ。まあプレイヤーだから復活できるんだけど。
そこんとこ俺は、よりによって神だぜ?
この先、どんだけ波瀾万丈になるんだっての。
「で、でもほら! 動画のネタとしては美味しいんじゃない? リアルマネー収入的な意味でね。
これは私らだけが掴んでる特ダネなんだから」
「本物である事をどうやって証明するか、って話になると思うけど」
「そこはまあ、有名人になればいいのよ。ゲーム内で」
うん、まあこれを考えるとやる気は出る。
よりによって神だなんて、普通にゲームをプレイするだけなら余計なリスクを背負い込んだようなもんだけど、俺の目的はただEaOを楽しむことじゃない。
金だ!
リアルマネーだ!!
と、なると……どう立ち回っても世界情勢の中心にならざるを得ない神という立場は、美味いなんてもんじゃない。ヘタすりゃ公式の動画よりも再生数出るんじゃないのか!?
「今の映像だって何万円、ヘタすりゃ二桁万円行くかも……」
目を輝かせるスズネ。
俺は実際に動画の投稿だの配信だのをやったことはないが、皮算用だけは一人前。
EaOのプレイヤー数とか動画再生数を考えれば、多分スズネも言いすぎじゃない、と思う。
……ん?
待て、てことは俺の今のRPが何十万回と再生されるわけで……
「このシーン、俺、この格好で良かったの?」
「良くねぇよ!!」
スズネは頭を抱えながら叫んだ。