#1 とんでもねえ、あたしゃ神様だよ
白くて深い穴の中に、背中から自由落下していくような錯覚。
VR空間へのフルダイブに特有のやつだ。
……こういうの、小学生ん時以来だな。
世間はフルダイブVRゲーム全盛とか言われているけれど、借金取りのオッサンにカップ麺おごられた経験すらある貧乏高校生には高嶺の花。
学校でゲームの話してる友達が居るのに、実況プレイ動画だの攻略wikiをスマホで見るだけってのはなかなか辛いもんがあった。
しかし今! 俺は堂々とVR空間へ飛び込んでいる!
俺の趣味は懸賞への応募。もちろん目的は家計を助けるためだ。確かこれまでで一番の収穫は電気ケトル。もちろん売ったさ! どうせ我が家には無用の長物、お湯なんてローテクヤカンでも湧かせるんだよ聞いてるか文明人ども!!
と言ってもまあ、懸賞なんて当たればラッキーってくらいだからな。欠かさずやってりゃちょくちょく何か貰えるけど、労力に見合ってるかは微妙な収入だった。
そんな俺が遂に引き当てた超超大物。
それが、フルダイブ型ハイエンドVRデバイス『ヘイムダル-7600』と、そのスペックを余すところなく引き出せる最新ゲーミングPC。そして、今話題のフルダイブVRMMORPG『Eighth ark Online』の年間プレイチケットだ。
言うまでもなく俺は売る気だった。こんなもん売ったら2ヶ月か3ヶ月は食費に困らないだろって話。
だがそれに待ったを掛けたのが、幼なじみと言うにはちょっと歳が離れている『元・近所のねーちゃん』。今はそれなりに有名な実況者としてVRゲームで飯を食っている御仁だった。
俺が懸賞大当たりの報告をしたら、次の一言が『売るな!』ときたもんだ。俺の行動パターンをよく分かってやがる。
なんか丁度『Eighth ark Online』をやってるとか、半公式の実況者の一人に選ばれたとか、リアル初心者との協力プレイをネタに出来ないか相談されたとか……要は、俺が懸賞でこれを当てたのは渡りに船だったらしい。
協力してくれたら俺自身の動画収入とは別でバイト代まで出すと言われたら、そりゃあ俺の頭はロック歌手のヘッドバンギングみたいな勢いで前後に振られますよ。
なんだかんだ言って俺自身、VRゲームがやりたかったのも事実。
俺はいろんな意味でウキウキしながら電子の世界に飛び込んだのであった。
『所有者登録を行います。お名前と生年月日を述べてください』
白い闇の中、どこからともなく声が聞こえる。
「名前は神代賢。生年月日は……」
そんなんVRダイブの前にやっとけとも思うが、この問答は脳波計測とその記録も兼ねているらしい。
『あなたは18歳以上ですか?』
「はい」
つい三日前からだけどな。
生年月日で判別してもいいだろうに、なんかこういう質問を挟まなきゃいけない法律みたいのがあるとかなんとか。
この問答で『ヘイムダル-7600』のロックが外れる。成人向けコンテンツも再生可能になるのだ。
何を隠そう『Eighth ark Online』も十八禁である。
エロもグロもなんでもあり! という方向性らしい。ようやく18歳になった俺は何者にも憚ることなく十八禁の世界に踏み込めるのだ! いやー、『あなたは18歳以上ですか?』の質問で『YES』を押し慣れた健全な高校生としては、みちのせかいにどっきどきですわー。
真っ白い世界の中、開発元である『アルチェリンガ社』のロゴが表示され、次いで……オープニングムービーが始まった。
『遙か昔、世界は終末の大海嘯に呑み込まれ、人々は地上に住めなくなりました。
しかし神は、選ばれし人々に方舟をお与えになり、人々は星の海へと逃れました』
怜悧なお姉様のボイスで荘厳に読み上げられる、神話的なナレーション。
それを聞きながら俺が宙から見下ろしている光景は……うん。多分これ温暖化で海面上昇だの台風だのエグいことになってる地球の未来予想図だし、神様に与えられた方舟ってこんなに銀色でいいの? おお、第一宇宙速度で方舟の建設資材が軌道上へ打ち上げられていく。
『人々は世界を失いました。しかし方舟は神の愛と恵みに満ちた場所であり、そこで人々は繁栄を享受しました』
ムービーの映像は、宇宙空間に浮かぶ銀色のドラム缶みたいなコロニーに切り替わる。
ドラム部分がグルグル回ってるから、それで重力を生み出してる設定なんだろう。
視点は一気にコロニーに近づき、ぶつかる! と思った瞬間、俺はコロニーの中身を見下ろしていた。
空が描かれた天井から人工太陽光線がさんさんと降り注ぎ、野山があり、川が流れて海があり、都市が築かれている……そんな居住区を。
ただ……なんか不穏な光景がちらほら見えるんですが……
『方舟での生活は穏やかなものとなりました』
石を積んだ粗末な家が並ぶのどかな農村。西洋風ファンタジーの農村みたいな素朴な出で立ちをした人々が人力と馬力で地を耕し、糸を紡ぎ、かまどからは煮炊きの煙が立つ。
……いや別に、現代の地球でもこういう生活してる人は居ると思うけどさ。この遠未来スペースコロニーの居住区でこれって。
『豊かな大地から、人々は糧を得ることができました』
また視点が切り替わり、ムービーは地を撫でるような映像になる。
……豊かな大地? 俺に見えているのは狂った勢いで人工太陽光線が照りつけてひび割れてる荒野だし、そこでは半裸のモヒカンマッチョが黒煙と爆音を撒き散らしながら絶対に車検通らない車を乗り回してるんだが。
『母なる海は命の揺り籠となりました』
七色の湯気を立てる汚染された海が見えました。コロニー内に水を溜めて作った人工海です。
ぷかぷか浮かんだ装甲漁船の上には、防護服を着て備え付けのレーザーバリスタを構える強制労働者の姿が……あっ、海面から飛び上がってきた奇形魚に一人食われた。
『人々が失った太陽と雨の恵みを、神は再びお与えになりました』
えーっと、コロニー天井の降雨用シャワーが水道管破裂したんじゃないかって勢いで水を噴きだしてるんですが。つーかここさっきの農村じゃねーか、ナイル川か黄河かと思ったよ! ああ村が流されていく。牛とか鶏とかが無残なことに。
『そして、神に仕える教会が人々を導き、方舟を治めました』
荘厳に飾り立てられた礼拝堂の中、金と白で飾り立てた過剰装飾僧衣の皆さんがレーザーガンを構えております。
サイバーな手錠で数珠つなぎにされた政治犯たちが連行されてる様子が映し出されております。
現場からは以上です。
『あなたもこの方舟の住人です。
祝福的な人生を、さあ、始めましょう』
天の声お姉さんの白々しい語りかけでムービーは終わった。
……なんだろう。この半笑いが止まらなくなるようなオープニングは。
賞品が届くまで、俺は攻略wikiや考察wikiを見てガッツリ予習してきたし、あらかじめ知ってた部分もある。
この『Eighth ark Online』は……ディストピアジョークSFファンタジーなのだ。
地球に住めなくなった人類はスペースコロニーに移り住んだものの、技術水準は退化してコロニー建造時の技術はロストテクノロジーに。
コロニー内部のシステムを動かしてメンテナンスをする権限がある代々の管理者は、やがて『神』として祀られるようになる。
それでもどうにかこうにかやってたわけだが、コロニーを統治する政府『教会』はある時、管理者である神を殺して管理者不在の状況を作り上げてしまう。世間向けには教会の息が掛かった、傀儡で偽物の神様を立てて誤魔化してるけどね。
お陰で教会は絶対的権力を手に入れました。めでたしめでたし。……え、コロニー? メンテする人が居なくなったからどんどん壊れてるよ? ……教会に逆らう奴ら? 背教的ですね。死ね。
そんなイカれた世界が『方舟八号棟』。EaOこと『Eighth ark Online』の舞台だ。
ちなみに当代の傀儡神様は教会のお偉いさんの孫娘である金髪のじゃロリで、プレイヤーの皆様からはものすげー人気だったりする。いいのかそれで。
こんな世界だが、どうしようもない世界だからこそそこに生きる人々の生き様は(傍から見れば喜劇でも)アツいと評判。
そして何より、プレイヤーたちが勝手にストーリーを作っていく、ある特徴的なシステムによってEaOは覇権級の人気VRMMOにのし上がったのだ。
ムービーは徐々に薄れ、俺は真っ白い光の中に飛び込んでいく。
ほわわわーん。
* * *
そして気が付けば、俺は蛍光グリーンの液体の中に居ましたとさ。
……何だこれ。
状況を説明するなら、天井から床まで柱のように貫いてる透明なシリンダーの中。
蛍光グリーンの培養液らしきものに満たされた中に俺は浮かんでいた。
ワケが分からずシリンダーを内側からペタペタ触っていると、培養液は足下から排水開始。徐々に水位が下がって、浮かんでいた俺は自分の足で立つことになる。
うー、重力の感覚。濡れて張り付く髪の毛。プール出たときの感覚だ。流石、覇権のVRMMO。ちゃんとリアルに描写してやがるぜ。
培養液が抜けきると、シリンダーの筒部分も下がって床に収納される。
出ろって事か?
ひとまず一歩踏み出してみると、そこは空のシリンダーが3×3本並んだ広めの部屋だった。
おっと、真ん中の筒には俺が入ってて、今出て来たわけだからシリンダーは8本か。俺が入ってたやつ以外空っぽだ。
壁も天井も無機質に黒くてメタリックに輝いてる。
なんとなくサイバーでSFな感じだが……なんなんだここは? 悪の組織の実験体保管倉庫と言われたら信じたくなる見た目だが、だとしたら俺は改造人間か? 変身して幼稚園のバスを襲って最終的にヒーローキックで爆発四散するのか?
天井にはいくつか控えめな照明が付いていた。
手近なシリンダーを覗いてみると、シリンダーの表面に映るのは……(二つの意味で)生まれたままの姿の俺。
……あれ? おっかしーな。
キャラメイクとか初期ジョブ選択とかあるんじゃなかった? そんで、選んだ生まれによって違うシナリオから導入されるって話だったんだけど……
暇だったから初心者向けの導入シナリオ攻略は全部読んだぞ。でもこんな場所からスタートするやつはなかったはずだ。
もしかして攻略wikiの情報古かった?
いやそういう問題じゃないよな。キャラメイクすら無いってのはおかしい。
「ははーん? さてはここ、キャラメイク用の場所か何かだな?」
俺、冴えてる。
そう考えると、今の俺が生まれたままの姿なのも納得できる。最初は敢えてリアルの肉体そのままの姿を取らせて、そこからキャラメイクで外見をいじっていくことで、『変身感』を覚えさせる演出なんだろう。こういうことやってるゲームは他にもあったはずだ。
すると、この先の部屋にドレスアップルームみたいのがあって、そこでお名前入力したり外見を決めたりするわけだな?
とか思いながら歩いていると……右手首に妙な感覚。
ふと見ると、生まれたままの姿と思いきや右手首には細い銀色のブレスレットみたいなものが付けられていた。
あんまりにも軽くて着用感が無いんで気が付かなかった。
これは『リストコム』。起動することで他のプレイヤーと話したり、ステータス画面を開いたりできる。要するにゲームシステムへのアクセス窓口で、プレイヤーなら全員着けてるやつだ。
「ふーん、キャラメイク前からこれは着いてるんだな……」
とか言いながらリストコムを軽くつつくと、ヴィン、という音を立てて青白いホログラム画面が投影される。
「え? ステータス画面?」
……なんかおかしくないか?
もうゲーム始まってるの? キャラメイクも何も無しに?
しかもそこに書かれていたのは……
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マサル Lv1/1
◆メインジョブ:神
あなたは神です。閉ざされたこの世界にただひとりの管理者であり、様々な管理者権限を有します。
世界に満ちたナノマシンは、あなたの命令にことごとく従い、奇跡の如き力を示すでしょう。
魔晶石を用いた身体強化に制限が掛けられておらず、戦闘においても万能の力を発揮します。
◆バックボーン:神となるべき者
あなたは方舟八号棟の管理者となるべく、遠い昔に冷凍睡眠させられました。
長い眠りから目覚めた今、あなたにはコロニーの管理システムにアクセスする権限が付与されています。
この世界と人々を導きましょう。
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「………………は?」
割とデカい声が出た。
とりあえず第一部完(10万字くらい?)までは続ける予定です。更新間隔は状況次第ですのでご了承下さい。
後々説明入りますが、レベル表記は『現在レベル/過去最高レベル』です。デスペナルティで割と簡単にレベルが下がりますが、過去に上げたことのあるレベルまでは割と簡単に上がるシステムです。