494 地味な修業
フェンリルの稽古の出だしは、俺が思っていたのとちょっと違っていた。
「そうだ。そのまま動くな」
「む」
「オフ」
「自分の体の内に集中し、意識を研ぎ澄ませるんだ」
スキルの使い方や、武器の振り方を教えてくれるのかと思ったら、その場で座禅を組むように言われたのだ。
その状態で、魔力を体に巡らせるというのが修業の内容だった。魔力の流れを操る訓練なのだという。
すでに大技をバンバン使えるフランだが、独力で戦ってきたが故に基礎的な部分が不足している。そう考えると、こういった修業になるのも当然なのかもしれない。
「これが完璧にできるようになれば、スキルの使い方もマシになるはずだ」
フェンリルは俺の中からフランのこともずっと見守っていた。そのおかげで、今のフランの欠点もわかっているのだ。
「フランの問題点は2つ。1つはスキルの制御に関して」
『まあ、完璧とは言い難いな』
神級鍛冶師アリステアのメンテナンスによってスキルが統合され、より強力な上位スキルを手にいれたが、それ故にスキルの制御に手を焼いている。
「そしてもう1つが、自らの力が大きすぎて、肉体への反動が大きすぎること」
『それもなぁ。どうにかしたいとは思っているんだが』
体を鍛えて、ステータスを上昇させるくらいしか解決方法が思い浮かばない。勿論、多重起動するスキルを減らして、出力を下げれば解決するのは分かっている。だが、それでは今後強敵との戦いで不利になるのだ。
「今やっているこの修業は、その弱点にも良い影響があるぞ」
『え? そうなの?』
「ああ」
スキルの制御が上手くなれば、今は無駄にしている魔力を反動の相殺や、自らの防御、強化に回せるようになるという。
「体を鍛えるほどの効果はないが、多少はマシになるだろう」
『ほほー、それはいいな』
「ウルシにしても、スキルの扱いが重要になる種だ」
『多彩なスキルがウルシの売りだからな』
「それに、この後の進化でも、闇系の狼は戦闘能力の強化が然程見込めん」
『え?』
「オ、オフ?」
フェンリルの言葉に俺だけじゃなく、ウルシも驚いているな。「マジで?」っていう顔で思わず立ち上がっている。
「ダークネスウルフの進化先は、ゲヘナ・ウルフ、もしくはダークナイト・ウルフになる。ただ、どちらもロード級のモンスターであるため、他の狼種への支配スキルなどが多く増える半面、個体としての能力はさほど上昇せん」
『ゴブリンキングみたいに配下を戦わせるってことか?』
「うむ。使える魔術などが増えるものの、ステータス面においては他の狼種程の爆発的な強化は見込めんだろう」
「オフ……」
その言葉を聞き、ウルシが大きく項垂れた。やはり、進化して強くなりたいと思っていたんだろう。
「ウルシ、だからこそこの修業は意味がある。お前が個として強くなる道は、スキルの強化だ。今以上に、スキルの使い方を考えろ」
「オン」
フランとウルシが瞑想を始めてからあっと言う間に3日過ぎた。
ああ、当然食事休憩なんかは挟んでるよ? だが、起きている間はほぼ座禅を組んでいる。ウルシはお座りしているようにしか見えんけどね。
『魔狼の平原に来る前に、料理を作り置きしておいてよかったな』
「別にフランなら自分で獲物を狩って、料理できるだろ? スキルもあるし」
『まあそうなんだが、その分修業に集中できるだろ?』
「確かにそりゃそうか」
ただ、本日からは違う修業も行うという。スキルを一切使わず、この辺りに出没するゴブリンの後をひたすらストーキングするという修業だ。
隠密スキルに頼りきりになるのではなく、スキルを操るためにはスキル無しでも気配を消せるようにならないといけないらしい。
これは俺では教えることができない部分なので、非常に有り難い。今や無機物の俺には気配を消すっていう感覚がいまいち理解できないのだ。何せ、俺は普段から何もせずとも気配を消せている。というか、心臓がないから心音も呼吸もなく、生物的な臭いもなく、念動で動くから無音だ。
一般的に気配と呼べるものが剣の俺にはなかった。魔力さえ隠蔽すれば、そこらの魔獣には俺を発見することは難しいだろう。
そりゃあ、人間だった頃の感覚は残っているが、地球じゃ気配を消す修業なんてしたこともないし。その辺は素人だからね。
朝は座禅。午後はゴブリンストーキングというのが今後の修行になるそうだ。
『あれでフランは強くなれるのか?』
「勿論だ。まあ、並行してレベル上げも行えば、さらにいいがな」
『それには俺が必要じゃないか?』
「別に、収納に剣がいくつか入ってるだろ? まあ、外周の魔獣とやるには師匠じゃないと厳しいだろうが、脅威度D以下であれば今のフランなら問題ない」
『そりゃそうだが……』
「気持ちは分かるが、時には見守ることも必要だと思うぞ?」
『むぅ……』
分かっちゃいるんだがな……。どちらにせよ今の状態じゃ見守ることしかできんけど。
『俺の修復はどれくらい進んでるんだ?』
「さてな。俺に分かるのは、まだ解析中だってことだな。修復には進んでいない」
『もう3日も経つのに?』
「ああ。しかも修復は解析以上に時間がかかるはずだ」
『つまり今日中に解析が終わったとしても、最低あと3日はこのままってことか』
フェンリルが言うには、俺のシステムは複雑すぎる故に、細かく解析しようとすれば、相当な時間がかかるということだった。
『進み具合は分からないのか?』
「わからん」
『はぁ……』
「済まんな。ただ、これは師匠のためにも必要なことなんだ。堪えてくれ」
『分かってるよ。なあ、この状態で、動かなければスキルや魔術を使っていいのか?』
「うーむ。念話程度はともかく、あまり大きいのはやめた方がいいと思う。その分、解析が遅れる恐れがある」
『……大人しくしておくよ』
「それがいい」
あー! 早く終わってくれんかなー!




