1010 嫉妬の原罪
野蛮なほどに荒々しい。だが、決して粗いわけではない。
今のフランの動きには、怒りと冷静さが両立されていた。
殺意が野生の勘をより研ぎ澄ませているのかもしれない。殺すためには、怒りのままに暴れるだけではダメだと無意識に理解しているのだろう。
剣神化はすでに解除しているが、段々とその動きが鋭くなっていく。しかも、激しい。
トリスメギストスの周囲を、攪乱するように動き回るフラン。
空中跳躍に風魔術に火魔術。さらには土魔術で作り出した柱や、その間に張り巡らせた魔糸を使い、飛んで曲がって跳ねる。
その動きは全力で弾いたピンボールの球のように、異常なほどのトリッキーさと速さだった。
ここにきて、本能のままに剣王術を使いこなし始めているようだ。
この先にある剣神化の、最適化された無駄のない動きを経験したがゆえに剣王術にも影響が出ているのだろう。剣神化のようなシンプルな戦い方へと傾くのではなく、高速機動を多用した、より手数の多い戦闘スタイルへと変化しつつあるのは不思議ではあるが……。
頂点の遠さを理解したがゆえに、現状の自分なりの長所を生かした剣王術が完成されつつあるようだった。
だが、それでもトリスメギストスの守りは、突破できない。
この男もまた、剣王術の使い手なのだ。しかも、莫大な戦闘経験を持っている。
神速立体機動を用いた稲妻のような攻めを見せるフランとは対照的な、その場から動かず、視野の広さと洞察力で受けに回る巨山のような存在感であった。
「はぁっ!」
「ふむ」
電光石火と泰然自若。フランが動の剣王術なのだとしたら、トリスメギストスは静の剣王術だ。同じスキルなのに、これほど戦闘のタイプが違うとはな。
個の資質や経験によって、到達地点も違うってことなんだろう。
それに、立ち回り以外にも気になることがある。トリスメギストスの、目だ。影に隠れるウルシに気づいた時にも思ったが、何もかも見透かすような深い目をしている。
単に目がいいというだけではなく、もっと奥の奥、裏の裏まで見通しているのではないかと思わせる瞳なのだ。
その不思議な目で、こちらをずっと観察していた。フランの動き以外の色々なものまで、看破されているような気分になる。
「コロスッ!」
「やってみせよ」
「らぁぁぁぁぁ!」
斬り合いはより激化していく。
互いの意思が交錯し、虚実が入り混じった駆け引きが行われている。短時間ではあるが非常に濃密な、剣王同士の殺し合いだ。
俺の目にも、ほぼ互角に見えた。トリスメギストスとフランを比べれば、多くの面で負けてはいるだろう。しかし、剣の腕前という一点においてのみ、同じ土俵で戦うことができている。
だが、剣の腕前が同等なら、不死身であるトリスメギストスが圧倒的に有利であった。消耗も反動も気にせず、全力を発揮できるからな。
対するフランは獣蟲の神の加護によって神属性の反動が軽減されているとはいえ、全くなしとはいかないのだ。
奴がさらにやる気を出せば、一気に形勢が傾いてしまうだろう。長引けば長引くほど、こちらが不利になる。
それでも俺が即座に止めなかったのは、一矢報いることが可能かもしれなかったからだ。
奴は死に瀕した場合、玉座の間で復活するらしい。こちらを舐めているうえに、不死身ともなれば、大きな隙を晒す可能性は十分あった。
激戦が続く中、トリスメギストスが何かを呟いた。
「……そうか。仕掛けてみるか。よかろう」
「?」
『フラン! ファンナベルタが何かしてくるぞ!』
急に独り言をしているように見えるが、ファンナベルタが指示を出しているのだろう。俺の警告の直後、トリスメギストスの視線がこちらを向いた。
剣に異常は見えないが――。
「焦り惑え。『嫉妬の原罪』」
「え?」
『フラン! くそ!』
何が起きた? 恐ろしく発動が早すぎて、回避もできなかった! ほんの一瞬、奴らから放たれた無数の触手のような魔力がフランを包んだように見え、急にフランの動きが鈍ったのだ。
それに対し、トリスメギストスの動きが加速している。
一瞬で生まれた大きな速度差に戸惑ってしまい、フランの顔がファンナベルタの刃で斬り裂かれていた。
俺が咄嗟に念動と風魔術で引き倒さなければ、首を斬り飛ばされていたかもしれない。
ただ、完全には間に合わず、右の顎から耳までを深々と切り裂かれてしまった。回復魔術で回復しつつも、火炎魔術で加速して一気に離脱する。俺に引きずられたまま地面を滑ったフランの背中がガリガリと削られて血が出ているが、死ぬよりはマシだ!
「嬢ちゃん!」
抗魔を吹き飛ばしたイザリオが、駆け寄ってくるのが見える。フランが深手を負ったように見えたのだろう。
「平気か!」
「ん。だいじょぶ」
顔の血を拭いながら、フランは立ち上がった。まあ、見た目ほどにダメージはないんだが、顔を斬られるとやっぱり心配になる。
『フラン、何が起きた?』
(急に、体が重くなった。いろんな強化が全部消えた)
『なるほど。強制的に強化を解除する能力か! いや、トリスメギストスの変化も見ると、相手の強化を奪うスキルかもしれん』
(でも……)
『でも、どうした?』
(魔力、回復した)
『は?』
言われてみると、フランの魔力がほぼ満タンまで回復していた。つまり、強化系の効果を奪われる代わりに、魔力を回復してもらった?
意味が解らん。
だが、未知の能力を受けたことで、フランも少し冷静になったらしい。フランの放つ殺意が、かなり抑えられていた。
「……何をした?」
「ふむ。イザリオがいるならば、どうせバレるか。ならば教えてやろう。使った力の名は『嫉妬の原罪』。対象と強制的に等価交換を行う能力だ。先ほどは娘の力の一部を奪い、魔力を押し付けた」
「相変わらず、ふざけた能力だな。連続使用できんのが、唯一の救いか」
なるほど、強奪ではなく交換か! ただ、俺たちの持つスキルテイカーと違って、魔力や強化中のバフなど、色々なものを強制交換可能であるらしい。
「この力があれば、娘の持つスキルなども奪うことが可能だ。大事なものを失う前に、その剣を差し出したらどうだ?」
「……この剣以上に大事なものなんてない!」
『……忌々しい小娘。ああ、不愉快ねぇ! その生きる力に満ちた瞳が妬ましいわ……』
突如、俺たちの脳裏に女性の金切り声が響き渡った。声だけでも、俺たちに向けられた悪意が十分に理解できる。
「!」
『これは、ファンナベルタか?』
たくさんの温かいお言葉、ありがとうございます。
とても励まされました。
ただ、更新再開してすぐに申し訳ないのですが、3回目のワクチン接種の通知がきまして……。
4/10、12と更新した後、その次は4/17の更新とさせてください。
よろしくお願いいたします。
レビューをいただきました。ありがとうございます。
行き当たりばったりで作品が書けたら、もっと楽なのかもしれませんねぇ……。
神剣持ちたちは、自分の中の中二心と相談しながら楽しみつつも結構考えて書いてるんで、褒めてもらえるのは嬉しいです。
体は……これ以上体調悪化しないように気を付けます。