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197話 エルフのオレンジ隊

前回までのお話

・ヒラギス奪還戦開始

・まずは砦に行ったらアンが神殿に捕獲されそうになって逃げた

・勝手に出撃してヒラギスを荒らし回った

・家に戻って反省会と今後の方針会議した


ヒラギス奪還戦、二日目スタートです!


 少し前の話だ。エルフの部隊にお揃いの部隊服が必要だろうとリリアにエルフの里に連れて行かれた。それで持ってこられたのが明るいオレンジ色のローブである。かなり派手な色だ。

 それ着るの? と内心思ったが人の好みはそれぞれだし、その色が良いというのなら止めまい、そう思ったのだが俺たちの分もあるという。


「マサルが部隊長であろうが。それに……」


 ローブに袖を通し、フードですっぽりと頭を覆うと言った。


「こうやって着ておれば誰が誰だかわからんじゃろう?」


 体格の違いはどうしようもないが口元まで隠せば、戦場で遠目に見る分には個人の識別はほぼ出来なくなるな。


「前衛だと剣とか盾が邪魔だな」


「こういうのも用意しておる」


 マントタイプか。フードもついていて、前を閉じれば見た目はローブとほぼ同じようになる。装備をつけて試着してみたが、装着感はそう悪くない。まあマントは使ったことあるしな。

 一緒に来たサティにもローブのほうを試着して動いてもらったのだが、慣れれば平気だと言ってひょいひょい飛び回って剣を振るっている。

 しかし魔法使い風のローブで熟練の剣士の動きをしているほうがかえって怪しい。前衛はフルヘルムにして装備を揃えればいいのかね? 腰の剣は外すとしてもフル装備の上からローブは無理がある。

 しかしこれで正体を隠して戦えるという発想はいいのだが問題もある。


「でもこれじゃエルフに負担が行くだけだろう?」


 何かやらかした時、正体不明じゃなくてエルフがやったってことになってしまう。


「それがどうしたと言うのじゃ? 元より魔物とは年中やりあっておる。今更じゃな」


 だが今まで以上になるのは確実だろう。もし集中的に狙われた時、エルフの里は逃げも隠れもできない。


「我らにも十分な利益もあるぞ? 表向きの戦果はすべてエルフの物ということになろう。我らと同じだけの戦果を魔物相手に挙げようと思えば、どれほどの犠牲と時間がかかるやら想像もつかん。エルフの名声は世に鳴り響くじゃろう」


「名声か」


 ちやほやされたいというのはわかるが、犠牲を覚悟してまで求める人の気持ちがわからない。


「国の威信と言っても良い。これまで我らは辺境でひっそりと暮らしおったからの。王国ではそれなりの扱いではあるが、帝国ではどうじゃ?」


 エリーの実家での話は聞いている。お義兄さんにかなり胡散臭げな歓迎を受けたらしい。まあ後日エルフ城に招待してたっぷりと歓待してやったらしいが。


「それにどの道パーティには妾とルチアーナがおる。周囲にもエルフは多い。この期に及んで無関係だと見逃して貰えるわけもなかろう? 我らはすでに命運を共にしておるのじゃ」


 功績を譲るのはいいし、魔物のリアクションについては想像するしかない。ここのところ更にエルフには世話になっているし、エルフ側が良いというのなら渡りに船な申し出ではある。


「わかった。機会があれば使わせて貰おう」


「うむ。まあマサルが我らの負担を気にするというのであればな? もう四、五人加護候補のエルフのお付きを増やしてくれればそれで十分じゃ。ああ、今すぐでなくとも良いぞ。今は修行で忙しいからの」


 我らは長命だ、そうリリアは続けて言う。いまは二人だけだがもし加護持ちがあと二人ほどでも増えれば? 四人の加護持ちが守れば、エルフの里の守りは鉄壁となるだろう。それがエルフの寿命の分だけ続くのだ。その利益は計り知れない。


「けど色は変えよう。こんな派手な色はちょっと好みに合わない」


「ふうむ。オレンジが良かったのじゃが、こういうのもあるぞ」


 新たに出してきたには緑に薄い青。緑は森で、薄い青は空で迷彩になるという理屈なようだが、どっちにしろ派手なのには変わらん。


「いいかリリア。派手な格好をして派手なことをするのは当たり前だ」


「まあそうじゃな?」


「そこを地味な格好をして派手なことをすれば……? より派手さが際立つんだよ!」


「おお!」


 そうしてもっと地味な焦げ茶になった部隊服の、本日がお披露目である。むろん前衛もお揃いの防具に変更している。

 獣人に関しては耳がどうしてもネックになるのだが獣人は特に珍しくもないし、所詮は前衛だ。戦局を左右するほどの派手な魔法を使って狙われるわけでもないとヘルムは猫耳タイプだ。


「魔物はどんな感じかしら?」


 エリーが尋ねてきた。暗いうちに昨日の町――ラクナという名前らしい――を望む位置に転移して様子を伺っているところだ。


「多いな。そこらじゅうにいる。昨日の倍か三倍は居そうだ」


「別に問題ないでしょう?」


 エリーが事もなげに言う。確かに倒すだけなら問題ないかもしれない。


「あまり早く始めると魔物が集まりすぎるかも知れない」


「それこそ全部倒してしまえばいいだけの話じゃない」


 俺もそうは思うがいくら火力があってもこちらは少数。想定外に強い敵がいるかもしれないし、何かのミスをするかもしれない。あまり長時間魔物と対峙はせず、火力をぶつけて即移動が理想的だ。


「昨日みたいに町へこっそり接近は無理だろうし、やるなら強行突破になるけど……あそこに突っ込んで軍が来るまで半日持たせるのは辛そうだぞ?」


 魔物の数に底が見えないのが少々怖い。


「軍の先遣隊が見えた。こちらへと向かってきている」


 ようやくほーくを偵察に出したティリカが報告してきた。こっちは予定通りだな。


「そのまま監視を頼む。師匠が居たら教えてくれ」


 こっちに来る前にミリアムをブルムダール砦へと派遣したのだが、師匠とビエルスの剣士隊はすでに前線へと移動した後だった。


「居た。ブルーブルーが見えた。ホーネットもいる」


 即座に発見したようだ。ブルーブルーは空から見ても相当に目立つのか、そのブルーブルーを先頭に、ビエルスの剣士隊は先遣隊の中程、軍の第二集団にいるとティリカが報告してくれた。師匠が見当たらないようだがまた隠形でもしてるんだろう。


「何か伝える?」


 やろうと思えば召喚獣でも意思疎通は出来なくもない。地面に文字を書けばいいのだ。


「必要ない。そのまま軍と一緒に戦ってて貰おう」


 ただ筆談は時間がかかる。魔物は大量で時間が惜しいし、軍の只中では誰に見られるかもわからない。

 師匠はこっちのことはだいたい把握している。配下仲間としてエルフの部隊のことももちろん知っているから、連絡がなくても俺たちの動きは察してくれると思おう。


「軍はどれくらいでこっちに来れると思う?」


「昨日のペースを考えるとお昼前くらいにはなるかしらね?」


 エリーの予想にティリカも頷く。


「ここは後回しにしよう」


 中途半端に攻撃するくらいなら一気に制圧してしまいたいし、そうするとエルフを呼んだとしても戦力が十分かどうか? やってみて足りませんでしたでは目も当てられない。ここは安全第一だ。


「まずは南方に移動して近場の村を荒らして、頃合いを見てまたここに戻る。そして軍の動きにタイミングを合わせて町を制圧する。それでどうだ?」


 街道方面の魔物は昨日だいたい狩っておいたし、軍の方は師匠たちがいるなら任せておけば大丈夫だろう。


「悪くなさそうね」


「それじゃあ今日の狩りを始めるか」


 一旦街道沿いに南へ向かってある程度進んだところで進路を東へ。山を越えるとすぐに村が一つ見えた。雑草に侵食されているし壁もぼろぼろでかなり荒れ果てている。少し高度を取って周辺の地形も確認しておく。高空からだと村がいくつかが確認できた。

 一旦降りて転移ポイントの確保と、攻撃計画の確認をする。


「地図によると村が五つと町が一つあるわね」


「村を順に襲って、時間があれば町もやろう」


 接近してみると最初の村とその周辺に居た魔物は数えられる程度の数だった。たぶん五〇を越えるくらいだろう。前衛だけでも余裕だが、やはり魔法で殲滅が安全確実だ。


 魔法ばかりで前衛の稼ぎどころが少ないのが気になるのだが、探知のみだとオークキングみたいなのが居てもわからないし、雑魚のみが相手でも接近戦自体のリスクがある。

 それに無理をして稼ぐ必要もさほどない。後衛とレベルに格差は生まれるが、剣聖の下で修行したのもあって、剣のみならミリアムでさえオーク程度が相手なら無双と言って良いレベルにまで到達している。

 

 ミリアムは現在レベル21。


  隠密レベル4 忍び足レベル4 気配察知レベル1 聴覚探知レベル1

  肉体強化レベル5 敏捷増加レベル3 器用増加レベル3

  盾レベル2 回避レベル1 格闘術レベル1 弓術レベル4 剣術レベル5


 上げる余地はまだまだあるが、今回のような魔物相手では十分すぎる力を持っている。

 同じく新人のルチアーナがレベルが28。


  魔力感知レベル1 魔力増強レベル5 MP回復力アップレベル5

  MP消費量減少レベル5 コモン魔法 生活魔法

  精霊魔法レベル4 水魔法レベル5


 スキルポイントはまだ余っているのだが精霊魔法をレベル5にするにはまだ足りないし、たとえばもう一系統、空間魔法レベル5を取ろうと考えればレベル50まで上げる必要がある。

 前衛は魔物だけ狩るより修行で奥義とかを覚えたほうが最終的には強くなりそうなんだが、魔法使いはポイント次第で恐ろしく汎用性が高まる。

 

 昨夜は今後の育成を含めて相談しながら、前衛後衛関係なしにもっと稼がないとという話にもなったんだが、最終的には今回の主目的であるヒラギス奪還を優先すべき、レベルに差が出るのは仕方がないという結論になった。そうなると魔法での殲滅が主力となってしまうが、前衛の稼ぎ場所も今後いくらでもあるだろう。


 それで昨日と同様村へ範囲サンダーをぶっ放したんだが、燃える家が数軒出た。消火しながら獲物の回収を行う。生き残りも居たが、位置は探知できる。空から接近して弓で始末した。


「思ったより面倒だな」


「そうね。もう獲物とか放置でもいいんじゃないかしら?」


 獲物が村のどこに落ちてるかわからないから、村全体を回って見なければならない。ある程度の位置は倒す前の探知で把握出来るが、しかししっかり回収しておかないと今は夏場だ。野外ならともかく、町中で大量の遺体を放置なんかしたらどうなるか。想像したくもないし、食料調達の意味もある。回収出来るところはなるべく回収だ。


「人手がほしいならまたオレンジ隊を呼べばよかろう」


 リリアの進言を少し考える。正式名称はダークオレンジ魔道親衛部隊というのだがオレンジ隊と普段は呼んでいる。総員二〇〇名六部隊で構成されており、昨日は三部隊一〇〇人を呼び出したから残りも呼んで欲しいとの要望が出ている。ちなみに一部隊は三三人で全体の指揮を取る総隊長と副長を入れてちょうど二〇〇人となっている。

 能力優先で選抜されたエリート集団を獲物の回収なんて雑用に使うのはちょっと気が引けるのだが、呼ばないなら呼ばないで延々エルフの里で待機するだけになる。普段は招集してから出動の流れなのだが、今は即時出動態勢になっている。呼ばないのももったいない。


「じゃあ頼む」


 エリーのゲートで現れたのはひどく異様な集団だった。暗い色のローブを身に纏い、フードで顔を隠し、誰も一言も発しない。密集した一〇〇人を守るように、外縁部の者がそれぞれの武器を警戒するように構えている。これは今は危険はないが念のためだ。

 昨日は戦闘の真っ最中でじっくり確かめる暇もなかったが……おかしいな。地味な感じを想定したのに、ぜんぜん違うぞ。色合いは確かに地味めなんだが、人数が多すぎるだけだろうかね? 


「四番五番六番隊一〇〇名、罷り越しましてございます」


 人波をかき分けて一人のエルフがやって来て頭を下げ、静かな声で言った。


「ご苦労、よく来てくれた。ここは俺たちだけだから楽にしてくれていいよ」


「はい。それで今回はどのような任務でしょうか!」


 フードを上げ、少々興奮気味なのか上ずった元気な声で聞いてきた。初仕事だものな。しかもヒラギス奪還に関しては神託が出ていることもあって、ずいぶんと張り切っている様子だ。


「これから周辺の村を攻撃して回る予定だ。村や町は俺たちの魔法で殲滅するから、その後の制圧と倒した魔物の回収を手伝ってほしい」


 倒した獲物の回収を手伝ってほしいだけなのだが、ぶっちゃけすぎるのも士気を下げることになりそうだ。


「ヒラギスの町や村を解放するのですね!」


 エルフちゃんたちからきゃーと黄色い歓声が上がった。集団としては不気味なところがあっても、中身はかわいいエルフちゃんたちである。しかもこの娘らは追加の加護候補も兼ねているという。若くて未婚。共に戦った顔なじみのほうが加護が付きやすいだろうという理由だ。

 

「一時的にな」


 まだ俺たちの作戦方針は伝わってないようだし、簡単に教えておくことにした。


「――という訳で、これが最初の南方への陽動となる」


「派手にやればいいのですね。お任せください!」


「いや今はまだ後方に回っててくれ」


「何故です? 我々なら問題なく戦えます!」


「ここは前哨戦だ。本番はこの後だが、魔力が切れていたら交代してもらうぞ?」


 魔力補充は可能だが体力的な問題もある。魔力が切れるほどの戦闘をしたなら交代すべきだろう。そうなると昨日も活躍した一番二番三番隊がまた出てくることになる。


「わかりました。後方支援に徹します」


 そうしてエルフ一〇〇人を引き連れて近辺の村残り四箇所を殲滅して回った。一箇所三〇分ほどだろうか。さすがにこれだけ人数がいると回収も早い。

 三つ目の村以降はみんなで競争しながら俺の下へと獲物を集めてくれた。ご褒美は俺のお褒めの言葉でいいらしい。

 全部で二〇〇人もいるのだ。一度だけ顔合わせは行ったが当然一人ひとりの名前など覚えてないし、この機会に名前を覚えてもらおうという趣向のようだ。

 楽しそうにきゃーきゃー言いながら一生懸命働く姿は、物がオークやハーピーの死体でなければ微笑ましい光景であるのだが、ノリが軽くて加護のほうはいまいち期待できそうにない。

 加護だ使徒だ神託だって最初から雑念が多すぎるんだ。次に加護候補を探す時は一切情報を教えないでいたほうがいいかもしれない。


「ティリカ、軍の方は?」


 最後の町を前に時間の余裕を確認しておく。


「順調に進んでるけどまだかなり時間はかかりそう」


 町の攻略法は相談済みだが実地はまだで、ここで予行演習にすることにした。

 まずは正面の敵を排除して接近。土魔法で攻撃拠点を作る。必要なら周囲の敵を掃討。そして町の中へと範囲魔法攻撃。

 町へ突入前に町の外側の掃討をする。制圧中に外から来られても困るからな。内部はすでに殲滅済みで生き残りは少ないはずだ。後回しで問題ない。

 外部の安全を確保したら、城壁をエルフに守ってもらい内部の制圧をする。


「生き残りは八。オレンジ隊は外の敵を警戒しててくれ」


 町といっても田舎のようでサイズは村に毛が生えた程度。違いといえば城壁がしっかり作られているくらいだろうか。町と村ではあからさまに防御力に違いがある。

 町に侵入し手近な目標に接近してみると、こちらに気がついたオークが雄叫びを上げた。これで他の生き残りも気がついて俺たちのほうへと向かってくるはずだ。見通しのいい迎撃しやすい場所で待ち構え、あとはさっくりと倒すのみ。

 全部倒し終えたら城壁のエルフを呼び寄せて回収作業をして終了だ。


「お疲れさん。優勝は君たちのチーム? とりあえずどこか安全地帯に移動して飯でも食べながら休憩しようか」


 多少ノリは軽くともエルフは真剣で命懸けだ。出来れば安全運用して誰一人犠牲にせずに戦いたいが、それはむしろ侮辱だと以前リリアに言われたことがある。軍にはすでにかなりの犠牲が出ているし、これからも出続けるだろう。戦場に出る以上、死ぬ可能性からは逃れられない。

 志願してきた以上、このエルフたちにはその覚悟はあるだろうし、俺にはそれをきちんと見届ける義務がある。だからあんまり仲良くなりたくなかった。このうちの誰かが死ねば、俺は絶対ショックを受ける。間違いない。

 エルフの手前おくびにも出さないが、久しぶりに胃が痛いわ……

 



 休憩後、再びラクナの町を窺う森の中へとやってきた。魔物の数は早朝見たときより更に増えている感じで数えるのも馬鹿らしくなるほどだ。エルフは一旦帰還してもらって、町への突入前に再び呼び出す予定だ。

 軍は峠の途中で魔物との戦闘を始めておりもう間もなく峠を抜ける。

 まずは軍の進行ルート、峠を出たところから町へのルート上の敵を殲滅する。


「派手にやっていいのよね?」


 エリーが再度確認をしてきた。


「遠慮はいらん」


 無数の魔物相手にもとより遠慮する余裕などない。


「最大火力で魔物を圧倒する。手加減は一切抜きだ。始めるぞ」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



「走れ! 走れ!」


 昨日配属されたばかりの部隊の隊長のがなり声に、訳も分からず必死に走る。

 平の兵士に作戦の詳細など知らされるわけもなく現在の状況はさっぱりわからなかったが、すでに戦闘が始まっているようだ。峠でも散発的な魔物との戦闘はあったが、町が近づきいよいよ本格的になってきたのだろう。遠くから爆発音が聞こえてくる。


 昨日は先頭の部隊に居たお陰で今日はかなり後方に回された。今日の先陣は剣聖とその配下が務めているという話だ。そのお陰でここまで戦闘らしい戦闘には加わらないで済んだが、とうとう戦う時が来たようだ。だが上官の罵声に追い立てられて震えている暇などなかった。


 しばらく走ると森の切れ目が見えてきた。先行していた部隊が布陣している間を抜け、更に進むとようやく止まることを許された。


「水を飲むことを許す。ここでしばしの休憩……」


 突然何かに気づいたかのように言葉を切った部隊長が、背後を振り返った。目線の先には町が遠目に見え、その町の上には黒く禍々しい雲が発生し、急速に広がろうとしていた。明らかに異常な、これまで見たことのない雲の動きだ。

 やがて黒雲はみるみると町の空すべてを覆い尽くさんばかりに大きくなり――

 無数の雷が一斉に町へと降り注いだ。遅れて耳をつんざく雷鳴が鳴り響く。その度肝を抜く光景と轟音に誰もが声もない。


「神の怒りだ……」


 喘ぐように誰かが言った。そうだ、あれはまさに子供の頃に聞いた昔話。神の怒りに触れ、消滅したという町そのものの光景。

 どこかから進軍の法螺が鳴り響いた。


「た、隊列を整えよ! 武器を構え!」


 我に返った部隊長が矢継ぎ早に命令を発する。今度はゆっくりと町へと向かうようだ。


「エルフだ! またエルフが来てくれたぞ! さあ進め! エルフと共にラクナの町を奪還するのだ!」


 馬に乗った騎士が進軍する兵士の周りをそう言って鼓舞して回っていた。

 ふと見上げるとまたあの鷹が、眼下の戦闘などまるで気にしないかのように、優雅に空を舞っていた。鷹は小さく見えるのみだったが、それが昨日と同じ鷹だと確信できた。


 先遣隊はヒラギス奪還の礎となるのだ。逃げることは何があっても許されない。そう言われて追い立てられるようにここまでやってきた。生き残れるのはよほど運のいい一握りだろう、こんな部隊に配属されたのが運の尽きだ。そう誰かが言っていた。

 だがあの鷹が姿を見せてからだ。エルフが現れ、剣聖が部隊に加わった。その事に何か関係があるなどと常識的には考えられない。

 それでもあの鷹が付いている限り、きっとまだ幸運は尽きていない。こうやって故郷の土を踏めた。もしかすると生きて故郷の村へと戻れるかもしれない。そう思わずにはいられなかった。




コミカライズ5話配信中です。

9巻は5月25日に出るそうです。予約や注文、よろしくおねがいします。

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