194話 出陣
雨季も明け、ヒラギス奪還の軍が動いたということで、俺たちもヒラギス居留地に向かうこととなった。とはいってもすぐに出番があるというわけでもないようだ。
今回の戦いの主力は帝国を始めとする各国の軍である。一部の冒険者に突出した戦闘力があるとしても、少数では魔物の大群には抗せないし、数を集めたところで訓練もなしにはろくな連携が取れない。
では我々冒険者の役目は何かというと、後方支援がメインとなるようだ。
軍が橋頭堡を築いた町や砦の後方地域の魔物の掃討。拠点の防衛に物資の輸送や護衛。後は予備兵力として戦力の足りない戦線に送られることもあるというが、あくまでも予備という位置づけだ。
つまり軍がある程度支配地域を広げてくれないと俺たちは動きようがない。
エリーは活躍の場が制限されて不満なようだが、楽ができるに越したことはない。どうせなら軍のみで決着をつけてくれればとても有り難いというものだ。
ビエルスの剣士隊は剣聖に引率されて数日前に出立している。俺たちはもちろんゲートで一瞬で移動できるから、休養も兼ねて一旦ヤマノス村に移り、数日すごしてからの移動だ。
なにせぎりっぎりまで厳しい修行を続けていたのだ。いくら序盤は出番がなさそうだとはいえ、戦いが始まれば何が起こるかわからない。出番がないというならありがたく休ませて貰って体調面も万全にしておくべきだろう。
そうして久方ぶりのヒラギス居留地にやってきた。獣人の子供たちの様子も見たいが、まずはアンとティリカと合流して、砦の冒険者ギルドにいるはずの軍曹殿に挨拶をする。俺たちリシュラ王国の冒険者は軍曹殿の指揮でまとまって動く予定らしい。
だが砦の神殿に着くとアンが居ないとすまなそうに神官の人が言った。今日来ることはむろん連絡済みだった。
「は? 軍の先遣隊が壊滅した!?」
そもそも軍と一口に言ってもその構成員は冒険者と実力的にはそう変わりはない。有能な冒険者が軍にスカウトされたりもするし、剣聖の直弟子なんかもいたりする。一般兵はともかく、精鋭やベテランともなると個々の戦力としても冒険者に劣るものではない。それが集団行動ができるように訓練と実戦を重ねる。そういう話だったし、エリーが手柄が回ってこないかもしれないと心配するほどだったのだ。
それが壊滅?
「それで聖女アンジェラ様は昨日から前線の砦へと治療のお手伝いに」
朝一で来たというのに神殿は閑散としていて、神殿騎士団ごと前線に移動しているという。
「何はともあれ、まずは合流しよう」
前線の砦といっても場所はヒラギス国境を挟んですぐの位置にある。ここで留守番の神官を問い詰めたり情報収集するよりさっさとアンを探しに行ったほうが早い。騎士団がついているなら危険もないだろうが、二人が心配だ。
「ええ。それにもっと詳しい話を知りたいわね」
しかし予想外の展開だな。こっちに来ても当面は仕事がないか、あっても輸送や建設関係を頼みたいと冒険者ギルドからの事前の話で、今日はアンかティリカと久しぶりにゆっくり出来るかと思ってたのに。
「偵察隊が何組も消息を断ったとか、食料確保のための遠征部隊がやられたって話があったでしょう?」
神殿を出ながらエリーが言う。
「あったな」
「どうやらオークキングの部隊が通せんぼしてたらしいのよね」
帝国のヒラギス居留地からヒラギスへは峠を超えるルートとなるのだが、道が狭く大軍は動かせない。そこに神出鬼没のオークキングの部隊が居座り、一時的に突破出来てもすぐに分断され、オークキング以外にもいる大量の魔物に孤立したところを散々に攻撃され大きな被害を出して撤退。
それが雨季前の話である。当然軍もそれを想定して先遣隊には精鋭を派遣していたはずなのだが、相手はオークキングだ。数の差があっても狭い場所で奇襲されるとなすすべがない。
狭い場所での奇襲は危険極まりない。俺たちですら師匠にそれをやられて壊滅しかけたのだ。
神殿を出てフライで飛び立ちヒラギス側の砦に向かう。
「俺たちの出番か?」
飛びながらエリーに言う。あまり有り難くはないが、想定はしておこう。
「それがそう簡単でもないのよね。軍にも意地や体面があるし」
それに別に軍の主力が壊滅したわけでもないだろうしな。
山間部を縫うように進むと、途中の街道にもいくつもの軍が陣を敷いているのが上から見えた。どこも人でぎゅうぎゅうである。先遣隊が進めないから行軍が詰まってしまっているんだろう。かなりの数だ。
ここで俺たちが大変そうだしやってやろうかって名乗りを上げたところで、数万の戦力を要する帝国軍からしたら馬鹿にしてるのかって話になるんだろうな。剣聖ならコネもあるだろうが、それにしたって俺たち自身に大した実績や説得力があるわけでもない。
すぐに山の中腹に作られた砦が見えてきた。エリーの指示で一つの建物を目指す。ここの神殿らしい。
勝手に侵入したが、砦は出入りが激しいようで特に見咎められることもなかった。
「諸神の神殿に何用か!」
間近に降り立った俺たちに、警戒した騎士たちから鋭い誰何が飛ぶ。どこも兵士でいっぱいで降りられそうなのが神殿のすぐ正面くらいしかなかったのだ。
警備をしていた神殿騎士の部隊は即座に抜刀し、俺たちを囲むような動きを見せる。
「わたしよ。アンジェラはどこ?」
エリーはひるむ様子もなくそう言って前に出た。
「お、おお。エリザベス様! 聖女様は中でお休み中です。おい、この方たちは大丈夫だ。お通ししろ!」
神殿らしくない仮の神殿は静かなもので、治療もすっかり終わっているようだ。広間の奥にアンとティリカが居てあっさり再会出来た。
「で、どういうことになっているの?」
エリーが単刀直入に聞く。再会を喜び合いたいところであるが、まあちょこちょこ会ってたしな。まずは現状の把握だ。
「それがね、軍の先遣隊が壊滅して死傷者がたくさん出て……」
アンが言う。うん、そこは聞いた。それで逃げ戻った兵士たちの治療に夜通し追われて居たようだ。徹夜か。ティリカは露骨に眠そうだ。
「敵はオークキング――」
アンの言葉を引き継いでティリカが言った。それも聞いたな。いくらオークキングが強いといっても軍も案外使えない。
「――それが20か30体。すべてがオークキングの部隊」
これまでの対オークキング戦を思い起こしてちょっと想像してみる。
矢や低レベルの攻撃魔法なんかではもちろん止まらない。俺の大岩をもろに食らっても、頭に致命傷としか思えないレベルのサティの矢を食らっても、頸動脈を切り裂かれて血を吹きながらでも反撃してくるオークキングである。一体だけでも俺は何度も死にそうな目にあった。
それが20か30、山岳地帯でゲリラ的に襲い掛かってくる。
うちのパーティでもまともにやりたくない相手だし、探知もない普通の冒険者や軍ではなるほど手に余るだろう。
「我々でやりましょう」
エリーが言う。まあそうなるわな。
「ふうむ」
だが追加の神託はなさそうだし、必ずしも俺たちでやる必要もないはずだ。それに降りる時ちらっと見えたが、すでに軍は動いている様子だ。ここで横槍を入れても何かと面倒なことになる気がするぞ。
「ヒラギス奪還軍は今、二つの方面に分かれて展開している」
迷っている俺にティリカが話しだした。一方がヒラギス居留地からの北部首都方面攻略部隊で、もう一方が東方国家群、グランコート王国から進発する南部方面攻略部隊。
どうやら帝国としてはまず南部を制圧して、その後北部に向かう計画らしい。南部を制圧してしまえばとりあえずは帝国と東方国家群の安全は確保出来る。
そこで軍の主力はそちらに差し向けられ、ここの部隊の当面の役割は南部方面攻略部隊のための陽動である。北部首都をつくと見せかけて、なるべく多くの魔物をこちらへと誘引し、数を減らす。
だから多少の遅れは許容できるが、居留地を出ることもできないのはさすがにまずい。面子にも関わる。だから損害覚悟で再び部隊を出し、押し通る計画を立てた。
「夜明けを待って、すでにその部隊は出撃している」
「それなら俺たちの出る幕じゃないんじゃないか?」
さすがに次は負けない陣容を整えるだろう。
「ダメよ。みんな死んじゃう」
深刻な声で不穏な事をアンが言い、ティリカが続けて言った。
「今度の部隊の先陣はヒラギスの生き残りで編成されている。彼らは生還の望みを捨て、死兵となって橋頭堡を築くつもり」
危険な敵は多くとも三〇。それさえ耐えれば後は数で押せる。だが死ぬ気だけで勝てるものだろうか?
「それでもダメなら全体の士気にも関わる」
「そうだな……」
士気もそうだが、あまりヒラギスの人口が減るのも戦後に響くだろうし、何より獣人たちの知り合いも多数そこに入っているはずだ。無駄に命を散らせたくない。
こっそり出撃して殲滅すればいいか? 空から探知で探して遠距離からどーん。誰かに見られる前に戻ってしまえばいい。剣聖も今日明日にはこちらに到着するはずだが、手を借りるまでもないだろう。
「今からちょっと出かけて狩ってくるか。いつもの狩りだ」
修行期間もウィルやシラーちゃん、それにメイドちゃん二名の加入もあって、狩りは何度かやっている。さっと行って戻ってくればいい。それで面倒はない。今のところ誰かの指揮下にあるってわけでもないしな。
「お、お待ちを!」
ぞろぞろと外に向かった俺たちを神官の偉い人が呼び止めた。名前は忘れたが砦の司祭様だ。
「どこに行かれるおつもりですか!?」
「ちょっとした狩りよ」と、短くエリーが言う。
「いけません。聖女アンジェラを危険に晒すなど!」
話を聞かせたわけではないが、まあアンがどこに行くかなんて簡単に推察がつくのだろう。
「ただの狩りに危険などあるものか」
リリアがそう断言した。加護付きエルフが増えてパーティの防御力は更に向上している。リリアの風とルチアーナの水精霊。なにかあれば瞬時に二重の防御壁を展開できる。
「よしんば危険があったとしても、私は聖女である前に冒険者です」
「冒険者などと! アンジェラ様は正式に聖女の認定をされたのですよ!?」
少し前の話であるが、赤い羽根の関連で上の方から勝手なことをするなと現場にクレームが入ったらしい。その時点で結構お金も集まっていたし、まあ仕方ないかって一旦活動をやめようとしたところ、続けていいとのお達しと、アンジェラが聖女に正式に認定されたとの知らせが入った。
どうやら上の更に上のほう、聖女認定を出せるくらいの上層部まで話が届いていたようだ。
「別にアンは留守番でも……」
言いかけてアンにすっごい睨まれた。すまぬ。
ヒラギス奪還は神託があるしな。聖女であれば、なおさら留守番などあり得ないだろう。それに今回だけじゃない。この様子じゃここで引いたら、下手したら二度と冒険者活動が出来ないなんてことになりかねない。戦力的には一人二人欠けても問題なくなったとはいえ、それはさすがに可哀想だ。
「騎士団長、聖女アンジェラをお止めしてくれ!」
「まさかオークキング討伐隊に加わるおつもりですか?」
呼ばれた騎士が俺たちの進路を遮るように前に出て言った。
「少し出かけるだけです。ここに居てももうすることがないでしょう?」と、アンが答える。
「ですが聖女様にはここで待機していてもらわねばなりません。いつ何時……」
軍が壊滅するかもしれない、か? だが俺たちはそれを止めに出るつもりなんだ。そっちのほうが断然効率がいい。
「貴方がたはどうも勘違いをしているようだ」
相変わらずちょっと眠そうなティリカが言った。
「我々はヒラギス奪還作戦に参加するためにここに来た。今、その時が来ただけのこと」
「し、しかし、聖女アンジェラのパーティは後方支援に回されることになっているはずです!」
「呆れた……裏から手を回したの?」と、エリー。
「手を回したなどと。私はただ、聖女アンジェラの安全を考えて……」
「我らを便利に使おうなどと、思い上がったものよの」
しばらく後方で大人しくするつもりだったが、そういうことであれば上の命令を聞くのも悪手だな。下手したらずっと後方にされかねない。
「言い争ってる時間が惜しいわ。そこをおどきなさい」
「聖女様を危険に晒すわけには参りません」
外に出ようとするエリーに騎士団長が断固とした口調で言い遮った。色々言い合ってるうちに騎士団の部下のほうまで神殿内のホールに集まってきていた。騎士団は一〇名ほどだろうか。そいつらに出入り口は封鎖されている。
「面倒ね」
全くだ。エリーはそう言うと魔力を集めだした。エリーのスタンボルトで手っ取り早く排除するつもりか。
「ここはわたしが」
そう言ってサティがすっと前に出た。手にはどこから持ってきたのかただの枝。
俺のほうをちらりと見るサティに頷いておく。エリーのサンダーってマジで痛いんだよ。わかってて食らっても叫び声が出るくらい筆舌に尽くしがたい痛みを伴う。それが気絶するほどの威力とあれば、サティの枝を食らって意識を絶たれるほうがいくらかマシだろう。
「そこをどかないと倒します」
そう言って枝をこれみよがしにフリフリする。
「剣聖の真似事か?」
剣聖が小枝で十数人の騎士を倒したというのは誰もが知る有名な逸話だが、実際こうして目にしてみると、フル装備の騎士団の一隊に枝一本で立ち向かおうなどと実に馬鹿げた光景だ。サティがやると余計に子供の遊びのようにしか見えんな。
だがサティの近くにいた騎士が手を伸ばすと、パシンという炸裂音とともに騎士が崩れ落ちた。そのままぴくりとも動かない。
「な!?」
仲間の騎士が訳がわからないうちに倒されて騎士たちが騒然としだした。
やり方は簡単だ。超高速で枝を頭に叩きつけ、ヘルムの内側に衝撃を走らせ意識を断ち切る。あまり強いと今度は枝が耐えられないから加減が難しい。俺も出来なくはないが、複数人相手だと成功率があまり高くない。枝はどうも持ち歩いてたみたいだし、どこかで練習の成果をやってみたかったんだな、サティ。
「抜いてもいいですよ?」
殺気立つ騎士団を前にサティが平然と言う。
「仕方あるまい。取り押さえろ!」
それはあっという間の出来事だった。サティが取り押さえようとした騎士団の中に飛び込むと、パシンという炸裂音がする度に騎士団ががしゃがしゃと倒れていき、ほんの数秒で立っている騎士はいなくなっていた。抜刀した騎士はいなかったが、まあどっちでも同じことだな。
見事だ、サティ。観客が俺たちだけで残念なくらいだ。
「気絶してるだけです。すぐに目を覚まします」
「安心せよ司祭殿。見ての通り、例え相手がオークキングだろうと遅れをとる我らではない」
「余計なところで時間を取ってしまったわね。急ぎましょう」
通りすがりにかけたアンのエリアヒールで復活しだした騎士団を尻目に、やっと外に出ることが出来た。扉のところには警護の騎士がまだ居たが、倒れる仲間たちに呆然としている隙にフライで飛び立ち、前線の砦を俺たちは後にした。