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193話 巨龍の通り道

「あれから加護持ちは増えないの?」


 三日ぶりくらいに会ったエリーが聞いてきた。


「増えてないな」


「そう。この前はちょっとハメを外しすぎたかしらね?」


「そうかもしれん」


 先日しばらくぶりにまとまった休暇を取ったのだが、王都からこっち本当に疲労とストレスの連続だった。

 特に最近始まった剣聖の下でのドラゴンクラスの修行だ。加護の強化は未だ使う許可を貰えず、体力作りの走り込みは背負う重量が増えて一向に楽にならず、剣の修行は実戦がメイン。どいつもこいつも強い上に手加減なんてまったくしてくれない。ウィルとシラーちゃんを除けば唯一勝てるのがコリンだけ。フランチェスカでさえかなり強くなっていた。

 そして剣聖(ししょう)相手など真剣装備である。リュックスを相手にしてるほうがまだ楽なくらいで、そんなのが連日続くのだ。


 その疲れた心と体を癒やすべく村の屋敷に戻り、メイドちゃんを集めてのハーレムごっこを企画してみたらエリーもノリノリで女王様役で参加。

 サティはもちろん、なぜかティリカやリリアまで下僕設定で俺たち二人に傅いての二日間となった。ごっこなのできわどい行為はなしだったのだが、胸やお尻程度はお触りし放題。エリーといちゃつきながら舞踊の心得のあるエルフが舞い踊り、獣人ちゃんたちが付きっきりでお世話をしてくれる。全員で屋敷の大風呂に入ったのも素敵な思い出だ。

 赤い羽根の関連で忙しいアンが居ないからこそ出来たお遊びだったな!


「こんな遊びがいいだなんて、やっぱり王様になりたいんじゃないの?」


 エリーがそんなことを言ってたが、たまにやるからいいであって、王様になって毎日では食傷するだろうし、余計な責任だの何だのは御免こうむりたい。

 

 で、二日間それはそれは楽しかったのだが、威厳とかカッコ良さとかが増したとは言い難い。すでに加護がついた二人はともかく、他の娘は俺の下品なお遊びにもしかするとがっかりしたかもしれない。

 それとも加護のこと考えるとやはり最初から俺自身でちゃんと面倒を見るべきだったのだろうか。お風呂で綺麗にしたり、服を買い揃えてやったり。まあ一〇人はさすがに多いんだけど。


 そのお遊びをしながらエリーの実家のブランザ領の話が出て、そろそろ街道をどうにかしたいということになったのだ。今のうちにやっておかないと、ヒラギスに行ってからだといつになるやらわからない。


 それで本日はエリーとリリアの三人でブランザ領の街道整備の下見である。俺の前にリリア、後ろにエリーが三人くっついてフライの飛行だ。必ずしもくっつく必要はないのだが、まとまっていると魔力効率がいい。俺の気分もいい。


「ちょっと……思ってたより大きいな?」


 エリーの転移魔法でやって来た目の前にはでーんと壮大な山脈が連なっている。山くらい崩すかトンネルでも掘るかすればいいだろうと簡単に考えていたのだが……


「あっちのほうが帝国方面への最短ルートよ」


 後ろからエリーが俺の耳元に囁き、その指差す先には一際高い山がそそり立っている。リリアのフライで少し上がった程度では未だ山頂ははるか上層。その頂には夏が近いにも関わらず雪に覆われている。エリーによると一番高い山で五千メートルを超えているそうだ。

 その質量はちょっと手に負えない膨大さである。少し舐めてた。


 そもそも普通に街道が通せるなら無理をしてでも通していたはずだ。むろん山道程度なら今でもあるのだろうが、それは人が通れるというだけの最低限のルートであって、険しい山道は馬車が通れないから商人はもちろん、軍も徒歩のみではろくな数を送ることができないし、時間も労力も相当なものになるだろう。迂回ルートだと距離は四、五倍になり、しかも迂回ルートも山がちで決して楽なルートというわけでもないという。そっちも後ほど整備が必要だろう。


「思ったよりでかいし正面からだと少し無理があるな」


「少しだけなの?」


「本気を出せばいけるかもしれん」


 そのまま街道を通すには多少削ったくらいでは高低差がありすぎるし、トンネルでは長くなりすぎる。土魔法で掘って作るのは難しくないだろうが、こっちで普通の人は明かりには当然ながら火を使うだろう。空調も付けられない状態で酸欠とか大丈夫なのだろうか? 運用してみて死人が出ましたじゃ胃に穴が空きそうだ。

 そうするともう山自体を崩す単純な方法しか思いつかない。


 あまり派手なことはしたくないが、街道は辺境の村にとって死活問題だ。もうすぐヒラギス居留地からの移民も到着する。以前の領主は魔物の一撃で孤立無援となり結局は領地を放棄せざるを得なかったという話だ。彼らを二度も故郷を失うような目に合わせるのは非道というものだろう。


 まあでかいだけの山ごとき、溢れる魔力に任せて吹き飛ばしてしまえばよいのだ。一発では無理だろうが、土魔法は魔力効率がいい。効果範囲も相当広く設定できる。数日かければたぶんいけるだろう。それに時間がかかれば修行のいい骨休めにもなる。

 だが山を消滅……移動か? 土を移動させて山を平地に均すことになるのだろうか。いくら人里が近くにないとはいえ、環境への影響はあるだろう。生態系へもだ。


「せいたいけい? かんきょう?」


 懸念を説明したところエリーの反応がこれである。異世界には環境保護的な概念はないらしい。


「山が無くなると風の流れが変わるだろ? そうすると天気、雨の降り方に影響が出る。周辺の気候が変わるんだ」


 もうちょっと簡単に、具体的に説明を試みる。


「そうなの?」


「わからん。山一つじゃ変わるかもしれないって程度だな」


 一帯の山脈が丸ごと無くなるとかならともかく、道を通す分くらいなら気候への影響は少ないかごく限定的になるだろうか。水の流れの変更や水質汚染が相当だろうが、それは近隣だけの影響に留まるはずだ。


「それに動物や植物が丸ごと消えたら、周囲に住む生き物が困るかもしれない」


「それはそうかも知れないわね」


「そうするとほら、ドラゴンが住み着いてシオリイのほうへと魔物とか動物が押し寄せたことがあるだろ? そういうことも起こるかも」


「そうなったらそうなったで私たちで対処すればいいことでしょう?」


「まあそうだな」


 どこまでもかもしれないって話だ。実際のところやってみないと何が起こるかわからない。俺の魔力でも山をどうにかすること自体が無理で絵空事かもしれないし。


「だいたいセイタイケイだかなんだか知らないけど帝国からのルートがなくて困るのはお兄様たちなんだし、邪魔な魔物や動物なんて殲滅してしまえばいいことでしょう?」


 基本生きるか死ぬかの異世界だ。人間以外のことを気にかける余裕もないし、目につく端から魔物を狩り尽くしている俺が言っても今更な話だな。


「勝手に山を壊して誰かから文句が出るんじゃないか?」


「一応山からこっちはうちの領地ってことになってるし、山に関してはたぶんどこも所有権は主張してないわね」


 鉱山でもあれば別だがそのようなこともないようだ。

 少なくとも近くに人里はないし即座に影響が出ることもない。削る山も一番高いのは避けて、左右どっちかの低い部分をなるべく小さく削ればいい。


「なら右のほうね。比較的高さもないし帝国中央部へのルートが取りやすいわ」


 すいすいとそちらのほうへと移動して空から地形を確認する。


「ブランザ村がこっちで、帝国中央部があっち。隣の領主の村はたぶんあのへんを超えた向こう側ね」


「ふーむ。二箇所ほど崩してしまえば街道を通しやすいな」


 三つ目もあるがさほど高くないし、それに遮られて向こう側から目視は出来ないから多少派手にやっても直接見られる心配はなさそうだ。


「それとここって火山じゃないよな?」


 崩したとたん大噴火とかシャレにならん。


「噴火があったって話は聞かないわね」


 過去に噴火があったなら土に火山灰が混じっているはずだ。農業をメインの産業にしているブランザ村では当然わかるだろう。


「あとはそうだな。通行しやすくなると魔物も通れるわけだろ? 今までの天然の要害がなくなるわけだ」


「じゃあ崩した後に砦か城壁でも作っておきましょう」


 物がでかいだけに慎重にやりたいが、考えるべきことはこれくらいか? あとは実際やってみて考えればいいか。


「火山じゃないかだけ念のため調べて、後はお義兄さんに相談して許可を貰ってからやろうか」


 それで目標の山の頂に降りて土の探知魔法(アースソナー)で調べてみたのだが……

 探知範囲に地下水の流れがあるのはわかる。だから恐らくマグマはないだろうし、それらしき反応も感じない。


「ここは火山じゃないな。素人判断じゃ保証は出来ないけどな」


 そもそもマグマの反応ってどんなのだ? 普通の土や岩と感触が違うからたぶんわかるだろうと思っていたのだがどうにも不安だ。


「マサルが平気だって言えば平気でしょ。マサル以上に探知範囲が広い土魔法使いなんて居ないでしょうし」


「とりあえず確認のために一旦ブランザ村に戻るか」


 それで戻って開口一番、エリーが火山に関することをお義兄さんに聞いたのだが、この辺りにはないという。


「でも街道を作る下見に行ってなぜ火山の話になるんだ?」


 そうお義兄さんが当然の疑問を呈する。


「もし山を消し飛ばしてそれが火山だったら噴火を起こして周囲が壊滅するかもってマサルが言うのよ」


「待った。山を消し飛ばす!?」


「実際は土魔法で必要な分を削る感じですかね」


 俺の言葉にお義兄さんがほっとした表情を見せた。


「調べたんだけどやっぱり街道を作るのにいいルートが見つからなくてね」


 俺は今日ちらっと見てきただけで調べたというのもおこがましいが、まあそれまでにもエリーのほうでルートを探す努力はあったのだろう。


「それで山を二つほど消して道を作ることにしたわ」


「あの山脈をか?」


「一番高い場所の右側が少し低くなってるでしょう? あそこの山が二つほどなくなれば、帝国への道が作れるでしょ?」


「それは作れるだろうが……土魔法で? 消す? 削る?」


 お義兄さんの言葉にエリーがコクリコクリと頷いていく。


「出来るものなのか?」


「マサルなら可能であろう」


 リリアが自信満々に言う。


「さすがにやるのは初めてなんで試してみようって話です。ただですね」


「ただ?」


 サッとお義兄さんの顔が引きつる。


「山を一つ無くすわけですから色々影響がですね。たとえば――」


 さきほど話した環境問題などの話を繰り返す。


「いや、それは本当に大丈夫なのか?」


「どれもかもしれぬという仮定の話にすぎぬ。可能性は低いようじゃぞ、義兄上殿。あくまでも何か起こるかもしれぬから事前に心得よということであって、何かあれば責任を取れという話でもないのじゃ。何かあれば我らでどうにかする故な」


「帝国中央へのルートはないとお兄様も困るでしょ?」


 一応両隣に他の領主もいるが、規模はブランザ領とどっこいどっこい。魔物の大群に襲われて支援できるような戦力はなし、そもそもそっちも遠いし道も悪い。

 そちら方面の街道を整備したところで得るのもの少ないと、まずは帝国中央ルートを作ることを優先したのだ。まあ山に関して俺の考えが甘かったのを、エリーが真に受けてしまったのもある。


「どうします?」


「他に方法はないわよ?」


 あるかもしれないが、たぶん一番手っ取り早くはあるな。早ければ今日通れる道が出来上がるだろう。

 迷っている様子だったお義兄さんがエリーの言葉で決断したようだ。ゴクリと息を飲み、震える声で「頼む」と俺のほうに軽く頭を下げた。


「おお、マサルに任せておけば万事上手く行くじゃろう。吉報を期待しておくとよいぞ、義兄上殿」


 リリアの言葉にお義兄さんは全然安心した様子がないどころか、余計に不安そうな表情を見せたのは何故なんだろう?




 そうして改めて予定地の山頂に来た訳であるが、ぶっつけ本番なのがすごく不安になってきた。土魔法は一通り試したが今回の魔法はもちろん初めての試みである。一度どこかでテストした方が良いのではとエリーさんにお伺いを立てたのだが、ここで試しても問題がないし、魔力と時間の無駄使いであるとの仰せである。

 領地の一部ではあるが使ってない土地である以上、エリーにとって魔境と感覚的にはそう違いがないのであろう。まあ俺もちょっと心配しすぎではないのかと思わないでもない。

 

「やってみるか」


 何はともあれやらねば始まらない。基本は土魔法レベル5のアースクエイクの魔法である。だが必要以上の破壊は必要ない分、威力をぐっと下げて魔力の消費は軽く出来る。そして範囲を出来る限り広げる。

 魔法の発動にはイメージが大事だ。エリーは消し飛ばすという物騒な表現を使ったが、実際のところ山を崩す、高い場所の土を周囲の低い部分に押し出すような感じであろうか。幸いにも目標の山は相当に峻険だ。山頂付近は切り立った崖で、切り崩せば一気に高さを減らせるし、範囲も狭く済む。


 魔法が発動したらリリアに回収してもらい空に退避をする予定だ。自分の立っている位置は魔法の効果を及ぼさないようにするつもりであるが、周囲が崩壊するとそこがもつかどうかがわからない。


 魔力をゆっくりと集中していく――高速詠唱はこの場合は不向きだ。詠唱を早くするとそれだけ制御が難しくなるとエリーが教えてくれた。大規模な魔法だと通常の詠唱速度のほうが制御が楽になり、込められる魔力も大きくなるという。ただまあ詠唱時間がやたらと長くなるとそれはそれで制御が辛くなるだろうし、その辺りの調整は一考の余地があるのだが――


 考えているうちに魔力が高まっていく。そろそろ余計な雑念は捨てて集中したほうがいいな。魔力が濃密になりビリビリと大地が震えるのを感じる。これは魔力が漏れているのだろうか? まあそろそろ魔力も限界だ。実戦であってもこのタイミングなら事前に察知されても問題なかろう。


「山崩し」

 

 それがこの魔法の名前だ。魔力を解き放つと同時に地面が激しく鳴動を始め、山の崩壊が始まった。


「脱出!」


 すぐにリリアのフライが発動し空へと逃れる。ちらっと見ると元いた場所もやはり山と共に崩壊しようとしていた。だが何がどうなっているのか、巨大な土煙がもうもうと発し視界が遮られていく。


「うまくいったかしら?」


「大丈夫じゃろう」


 距離が離れたからか眼下で起こっている大規模な地形の変動に対して驚くほど静かだった。


「イメージ通りにいった感触あったがどうだろう」


 ほどなく土煙が晴れてきた。山は綺麗に、跡形もなく無くなっていた。


「さすがはマサルじゃ。見事なものではないか」


 やれば出来るもんだなー。まあそうイメージしてほぼ全力の魔力で魔法を発動させたからなんだけど。

 そのイメージ通り大量の土は魔法で押し流され、なだらかな高地が広がっていた。おそらく山の高さは半分ほどに減っただろうか。だがそれでも平地のほうからすれば相当な高さが残っている。ざっと一〇〇〇か一五〇〇メートルといったところだろうか。


「このままでも通れないでもないけど、もう少し低いほうがいいな」


 再び元の山頂付近であろう地点に降り立つ。上からだとなだらかに見えたが、ごつごつとした大きな岩がそこらじゅうでむき出しになっている。道を作るのに相当邪魔になりそうだが、まあ何もかも一度にというわけにもいかないだろう。


「次はどうするの?」


「今度はここに谷を作る感じかな。両側に土を押し出すんだ。それで地面をもっと低い位置に下げる」


 今度は何回かに分けることにする。基本は山崩しと同じだが範囲は道の分だけでいいから狭くて済む。ただし今度は横方向へと押し出す力を増やす必要があるだろう。

 魔力を集中して――


 三度の魔法で山脈をまっすぐ貫く谷が出来上がった。あとはこの低い部分に街道を通せばいい。ただし一番低い部分は水の通り道、川になるだろう。余裕を見て少し高い部分に設定する。


「まるで巨大な龍でも通ったようね」


 エリーがそんなことを言う。確かにまっすぐ一直線に通された渓谷は自然にできた地形とは思えない不自然さがある。


「いいではないか、巨龍の通り道。それとも巨龍街道か?」


 まあ名前なんてどうでもいい。魔力はまだまだ残っている。


「もうひとつの山も同じ要領でやってしまおうか。街道を整備するのはその後だな」


 そして巨龍の通り道はさらに長くなり、帝国内陸部へのルートが暫定的にであるが完成した。

 ついでに二回目の山崩しでレベルが一つあがった。この前オークキングで上がったばっかなのに、一体どれだけの生き物が犠牲になったのやら……

 荒々しく大地を削り取った巨龍の通り道には生き物どころか、そこに生えていた木々すら土に飲み込まれたのか、わずかな痕跡程度しか残っていない。ギルドカードは今回つけなかった。討伐記録を取ってもお金になるわけでもないし、大量の、ギルドから見れば意味のわからない記録が残っていても余計な面倒になるだけだ。

 魔物ならともかく、そこに居ただけというただの生き物を大量虐殺してしまったということに罪悪感を感じてもいた。山を二つも消したということも含めて、俺がやったという物証はなるべく残したくない。


「さすがに疲れた」


 大規模な魔法を連発し、魔力も久しぶりに残り少なくなっている。


「後は道を整備して、途中に城壁か?」


「そうね。でもかなりいい感じになりそうね。問題も起きてなさそうだし」


 見た感じ火山は爆発してないし、住処を荒らされたドラゴンが暴れる様子もない。


「ちゃんとした道が出来たら改めてマサルにお礼をしなきゃね」


「別に気にしないでいいのに」


「ダメよ。これはブランザ家の事業なんだから、多少なりとも謝礼はあるべきなの」


「そういうことならお小遣い程度でいいぞ」


「まあそのあたりのことは後日ね」


「うん。じゃあもうひと仕事頑張るか」


「マサルはもう戻っていいわよ。後のことはわたしで全部出来るし、マサルはちゃんと休んで修行するのよ?」


 マジか。数日はこれで休めると思ったのに。


「範囲が相当広いから一人じゃ大変なんじゃないか?」

 

「平気平気。わたしはこれだけに集中できるしね」


「ではうちも人員を出そうかの」


「あら、それは助かるわ」


「他ならぬエリーの手伝いじゃしの」


 んー、まあいいか。一応二日はこれで休む予定は取ってあった。嫁たちはみんな忙しそうだが、加護なしのメイドちゃんたちはいつでも出動オッケーだ。この機会にたっぷりと交流を深めておこうか。

 とりあえずもう一度ぐるっと見て回って問題がないのを確かめてその日は戻った。


 そして翌日のことである。数日は忙しくて戻れるかどうかわからないと話して早朝から出かけていたエリーが俺の部屋に駆け込んできた。


「マサル大変よ!」


「どうした、何があった!?」


 昨日の時点では何も問題はなかったはずだが……


「マサルが削った後から鉱石が出てきたの!」


「なんの?」


「鉄とそれから他の金属とか宝石もあったみたい。とにかくそこら中にむき出しの状態でごろごろしててすぐに掘れる状態で……ど、どうしよう?」


 開発するにもエリーのところは元の領地が平地で鉱山関係の技術者は皆無。リリアのところも鉱山はまったくないらしいが、手伝いに連れて行ったエルフが気がついたんだそうだ。


「急がないと誰かに見つかって先を越されちゃうかもしれないわ」


 街道を作った経緯から権利は当然主張出来るだろうが、先に専有されてしまうと話がややこしくなってしまう。俺が魔法でやったという話はなるべく広めたくないし、山岳地帯は所有権が曖昧という話である。

 独占できれば利益は計り知れないのだ。


「城壁は作ったのか?」


「ええ、街道の真ん中くらいに」


「両端にも作って囲っちまおう」


 鉱山になるならその安全も図れるし、ブランザ村の領地であると主張もできる。だが囲ったところで実際の鉱山開発が出来ねば話にならない。


「妾のところから城壁警備の人員を出そう」


「ほんと助かるわ、リリア!」


 それで鉱山の確保は問題なさそうだ。毎度ながらエルフがいなかったら色々どうなっていたことやら。


「鉄はもちろん、貴金属や宝石の需要はエルフにもたっぷりある。鉱山が稼働したらうちにも売ってくれれば良い」


「いっそ共同開発とかに出来ないかしら?」


 困ったときのエルフ頼りである。


「ふうむ。じゃが王国ならともかく帝国ではあまりおおっぴらには動けんの。それにそもそも専門家がおらぬ」


 誰か知ってそうな人っていたっけ? 鉱山といえばやはりドワーフか? だが唯一の知り合いは王都だ。聞きに行くにもちょっと遠いな。リリアのところに出入りしていたらしいドワーフもいるようだが、これも遠い。ゲートやなんかを教えるリスクはなるべく避けたい。

 近くというとビエルスか。師匠に相談して伝手を探してみるか? 弟子が世界中にいるらしいし。次に近いのはヒラギス……


「ヒラギスの居留地に鉱山関係者くらいいるんじゃないか?」


「それよ! 獣人のところで聞いてきましょう」

 

 獣人に話すと居留地に鉱山開発に関してベテランのドワーフがすぐにみつかったらしい。ヒラギスが奪還されれば元の鉱山に戻る予定でぶらぶらしていたようだが、短期ということで高額の報酬を約束して招聘することが出来た。

 ついでにそのドワーフの提案で労働者も数十人雇って、なんとか開発体制が作れそうだとのことだ。


「これでうちも大儲けよ!」


「良かったな。これでブランザ領も安泰だ」


 戻ってきたエリーの報告を聞いてそう言う。鉱山が出来れば人も集まる。ブランザ領も更に発展するだろう。


「何言ってるの、ヤマノス家にもよ。なにせ何から何までうちでやったんだから、当然利益も……あっ」


「ん?」


「お兄様にまだ報告してない……」


 それはちょっと酷い。どうやら鉱山を見つけて真っ先に俺の方へ来たらしい。


「もろもろ事後承諾ではあるが、義兄上殿に不満などあるまいて」


「そ、そうね。急いでいたことだし」


「では特大の吉報を届けにいくとするかの! マサルも来るかや?」


 くっくっくっと実に楽しそうに笑いながらリリアが言う。何がそんなに楽しいのだろうか?


「俺はいい」


 今日は家でゆっくりするつもりでだらけた格好だ。お義兄さんと会うとちょっと緊張するんだよね。なかなか打ち解けない。

 

 しばらくして再び戻ってきたエリーによると、利益の三割で話をつけたらしい。鉱山を掘れる状態にしたのは俺だし、ブランザ家には人員も人脈も何もない。

 開発の初期費用は我が家で持ち出し。城壁や現地に作る予定の村などは魔法で作れる部分も多いが、労働者の賃金はもちろん、鉱山開発用の設備や道具なんかも一から揃えるとなると相当な資金が必要となる。これにはリリアが賭けで稼いだ分をつぎ込むらしい。

 無料部分の城壁の建設費用なんかもちゃっかりと請求して、何年間は利益の半分はうちに入ることになったようだ。だがそれでもいつもしかめっ面か不安そうな顔していたお義兄さんもとてもご機嫌だったという。

 

「お兄様は棚ぼたで儲けるんだしこれくらいは当然よ。何もかもマサルが居ないと成り立たなかったんだしね」


 実際どのくらいの利益になるかは鉱山の規模次第だから稼働してからの話ではあるが、豊富な鉄や貴重な貴金属から見るに、下手をしたら伯爵家だった往時を超える収入になる可能性もあるという。

 しかし……これはちょっとまずいのか?


「これって騒ぎになるんじゃないか?」


 山が無くなったのは大事だが所詮は辺境に街道が出来ただけのこと。山が無くなったのがバレなければさほど騒ぎにもなるまいと考えていたのだが、これが多大な利益を上げる鉱山が出来たとなると、興味を持つ者は当然いるだろう。


「今のところマサルがやったのを知ってるのはわたしたちだけだし、箝口令をしいておけば当座は大丈夫じゃないかしら?」


「そうかな?」


「まあいずれバレるかもしれないけど」


 だよね。しかし鉱山が出るとは想定外だし、街道を作るのにもっといい方法とか今でも思いつけない。まあ知らぬ存ぜぬで通しておけばいいか。そもそも俺はゲートのことを知られなければビエルスに居たことになっているんだし。


 しかし収入源が増えるのはいいことだな。それにこれで鉱山開発のノウハウが手に入れば、いつでも同じことが出来る。ヤマノス村周辺にも山岳地帯は沢山あるし、冒険者引退後の収入は安泰じゃないか?


「わかってるわよ。今回のことはしっかりブランザ家までで止めておくわ。マサルのすべきことはこんな小さいことじゃないんだしね?」


 将来に思いを馳せる俺にエリーがそんなことを言う。それは全然わかってない。


「それとうちで貰う利益は昨日言ってた謝礼も兼ねてるし、マサルが好きにしていいわよ」


 お小遣い程度で良かったのに、下手したら伯爵家の予算並の利益?

 夢が膨らむ話ではあるのだが、道を作ろうってだけのことだったのに、なぜ毎度俺が動くと事が大きくなるんだろうか?




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