190話 対リュックス戦
世界を救うなんて考えてみたところで、目の前の一人にすら勝つことが出来ないのが現実だ。
開始からの小手調べ。軽い打ち合いで始まったと思ったら、リュックスが予想外の猛攻を仕掛けてきた。油断していた訳ではないが対応が後手に回りいいのを一撃貰ってしまった。
追撃をなんとか防いでじりじりと後ろへと下がる。ダメージは動きに影響が出るほどじゃないが、鉄の剣でぶっ叩かれた久しぶりの痛みに呼吸が乱れる。
「短期間でずいぶんと強くなったようだが、まだまだ俺には及ばんようだな」
初っ端から普通の打ち合いで負けて、ぐうの音も出ない。
「最初からずいぶんと飛ばすじゃないか?」
言いながら回復をかける。見逃して貰えるようだ。
「本気で叩き潰せと師匠から言われてるんでな」
余計なことを。回復は出来たので後退を止める。
勝つのはやはり厳しいか。ならばせめて一太刀。そしてさっさと負けて終わらせよう。
無造作に踏み込むが、リュックスは受けの構えのままだ。受け切る自信があるのだろうし、実際リュックスの防御を抜くのは困難極まる。
勝算が薄いのは最初からわかっていた。俺はサティより弱いし、そのサティが恐ろしく苦戦した相手だ。
スピードとパワーで上回るサティの攻撃を受けきり、奥義での反撃。リュックスが奥義の連発で疲弊してようやくの勝利だったのだ。
俺もちょっとは強くなったかと思ったが、その程度では差は縮まらなかったようだ。
リュックスは強い。作戦も何もない。小細工は一切なしだ。
さらにもう一歩。それで間合いに入った。
ほとんどノーモーションからの雷光一閃。だが待ち構えていたリュックスは苦もなくそれを受け流す。
防がれるのは織り込み済み。即座に剣を返しての横薙ぎの雷光剣――躱された。
流れる剣を強引に引き戻し、反撃する暇すら与えずの三撃目――これもがっちりと受け止められた。
反撃はこない。距離を取り呼吸を整える。
全力を投じた最速の三連撃も通じなかった。まあ崩しも何もなしだと無理があるか。
だが崩そうにも防御は鉄壁。小細工も先読みもあちらが上。頼みの綱の早さも威力も足りてない。雷光剣も不完全だ。軍曹殿に見せられた雷光剣の瞬発力にはいまだ遠く及ばない。
烈火剣も試してみるか? でもあれは相当隙だらけになる。
「雷光三連撃か。少しヒヤッとさせられたぞ」
少し驚かせる程度のことは出来たようだ。前回は突発のコンビネーションで俺に負けたしな。方針は間違ってないはずだ。どこかで隙を作って雷光なり不動なりを叩き込む。
作戦を考えていると今度はリュックスがこちらへ一歩踏み出してきた。リュックスから感じる圧が増大する。
「さあ試練の時だ。試練は人を強くする」
芝居がかった台詞とともにリュックスがぐっと体勢を落とす。そして引き絞った弓のように、一気に動いた。
尋常ならざる速度の踏み込みは奥義を発動してのものだろう。通常とは違う急加速に、それだけで防御のタイミングを外された。
かろうじて受けるが、たったの一撃で体勢が崩される。
そして重い二撃目にあっさりと体を浮かされた。体重が軽いとこういう時に踏ん張りが弱くなる。
そして放たれた雷光剣。手本のような三連撃は躱すべくもない。
胴にもろに食らい吹き飛ばされ、地面を転がり、だがそのままの勢いで立ち上がった。
「完全に入ったと思ったが……自分で飛んだか」
剣に合わせて倒れ込んだ。それでダメージは少しは軽減されたはずだが、立っているのでやっとだ。剣こそ手放さず構えてはいるが、完全に致命傷だ。普通の剣士なら。
「ブルーブルーとは違う意味で人間離れしたタフさだな」
ヒールとリジェネレーションでダメージの回復を図る。
一気に傷を完治し、再び戦う力が戻る。倒れていればそのまま終わったはずだ。いや、ほんと何してんの俺?
適当なところで負けるつもりがあっても身についた防衛本能は体を突き動かし、ダメージもできる限り素早く回復しないと耐えきれないほどの激痛だ。
「追撃してたら終わってたぞ?」
「せっかく立ったんだ。すぐに終わらせるのはもったいなかろう」
「本気で叩き潰せって言われてるんじゃないのか?」
「倒れた相手に追撃は見た目が悪い。多少は客のことも考えないとな」
それに俺を倒すほどの人ならざる技だ。リュックスのほうも反動はあるようだ。少々息が上がっている。
これを何度か繰り返せばリュックスのスタミナは尽きるだろうか? だがその前に俺の体力が尽きるか死ぬかするか。
「ずいぶんと息が上がってるな。もう年なんだし無理はしないほうがいいんじゃないか?」
あまり休ませないほうがいいな。
「ぬかせ。そっちこそ顔色が悪いぞ」
だが自覚はないが、俺もさっきのダメージがかなり尾を引いてるようだ。
「この程度なら何度でも耐えてやる。だから俺に勝ちたければきっちり追撃をするんだな。フランチェスカは倒れる俺に更に攻撃して、確実にトドメをさして倒したぞ」
終わらせるならさっさと終わらせてほしいのが本音だ。追撃を手控えて中途半端に攻撃されては蛇の生殺しだ。
「あの娘お前に勝ったのか……」
そこじゃない。
「最初の一回だけな。後はおれの全勝だ」
まあほぼ全勝ってことでいいだろう。勝ち目のない戦いだ。せめて気持ちだけは負けないように虚勢を張る。話してるうちに呼吸が落ち着いてきた。休憩はもう十分だ。
どうにかして削り合いに持ち込めば勝機はある。
一気に間合いに踏み込んだ。距離を詰めての剣技の応酬に剣と剣が激しくぶつかり合う。至近距離で手数重視で畳み掛ければ、奥義を出す隙はないようだ。
そして被弾覚悟で攻めれば、リュックスとて押さえ込むことが出来た。
だがそれだけだ。やはり防御が硬い。守りを崩すにはもっとだ。
わざと隙を作ってみせた。誘いではあるが罠なんて上等なものではない。防御を捨てて攻撃にリソースを回しただけのことで、リュックスがそこを攻撃すればまともに食らうだろう。
それで反撃出来ればよし。出来なくても試合が終わるだけだ。
さらに数合の打ち合い。リュックスは隙を攻撃する素振りを見せ、だが攻撃することなく引いてしまった。
あからさま過ぎたか。それとも削り合いに巻き込まれるつもりはないのか。
一撃食らえば普通の剣士は回復など望めないのだ。俺のように無茶は出来まい。
再び追撃しようと再び踏み込んだところに奥義のモーション。今度は俺が距離を取る。
追撃は来ない。もしかして脅しが相当効いたか?
いや脅しじゃねーな。実際やるし、やろうとしてた。
「相変わらず無茶をする」
どうせなら無茶に付き合ってくれればすぐに決着が付くのにな。だが思うだけで答えずリュックスを観察する。やはりスタミナに問題があるのだろう。リュックスの息が上がっている。だがそれはこっちも似たようなものだ。休憩はありがたい。
「お前がこれほど粘るとは嬉しい驚きだ。やはり二度と出ないとはもったいない。ここにいる間たまにやらんか? 賞金は弾むぞ? なんならこの前みたいに儲けを半分回してもいい」
一考の余地はあるだろうか? 居留地のほうではお金が足りてないとアンに話を聞いたばかりだ。賭けはかなりでかい額が動くから、半分貰えるのは大変に美味しい。
「受けてくれるなら今日の儲けも全額やろうじゃないか」
「えらく太っ腹だな。そんなんじゃ儲けが減るだろう?」
「強い剣士がいれば人は増える。客もいい剣士もな」
どうせビエルスにいるのもヒラギスが始まるまで。何回か出るくらいいいか?
「受けた」
今日の賞金はアンへのお土産にしよう。休みを取ってアプローチする前に、獣人ちゃんたちの好感度をちょっとでも稼いでおくんだ。
「報酬はたっぷりだ。簡単に倒れてくれるなよ?」
さて棚ぼたでお金が手に入ったが、問題はここからだ。
いやそもそもこれを棚ぼたって言っていいものか? 目の前で剣を構えている問題はこれっぽっちも解決していない。
ほんとどこが楽に儲かるんだか。
上に上がれるのは確定だろうし、負けて賞金が減るわけでもない。これは勝っても負けてもいい戦いだ。
だがそれはリュックスも同じで、だからこそ純粋に意地と意地のぶつかり合いとなる。
「もう勝ったつもりか? そろそろ俺の本気を見せてやろう」
むろんハッタリである。
それで意地になって頑張ってはみたが、勝てないものはやっぱり勝てない。現実は厳しい。
普通の攻撃なんか当然のように通じないし、奥義モドキもカウンターも相打ち狙いもことごとく回避された。
攻撃をもらっての回復魔法すら囮にしてみたのだが、回復するならご自由にとまったく引っかかりもしない。
俺が攻撃を食らう度に闘技場に歓声があがり、それでも止まらない俺にどよめきが起きる。
やったか!? じゃねーよ!
どうやらハッタリが効きすぎたのか、リュックスは相当慎重にちまちまと削ってきた。どれも決して弱い打撃ではなかったが、覚悟を決めれば案外耐えきれるものだ。
多少食らっても反撃を優先したせいで、リュックスの攻撃が浅くなったのもあるのだろう。
だが傷を回復出来たところで受けたダメージ分のスタミナは容赦なく削られ、動きは徐々に落ちていく。足の踏ん張りは怪しくなり、とうとうまともにリュックスの剣を食らってしまった。
倒れた俺を闘技場中の客が固唾を呑んで見守っている様子だ。
「どうだ?」
倒れた俺にリュックスもなぜか疑問形である。確かに回復してすぐに立ち上がることは出来るが、どう見ても完璧にダウンして決着はついてる。
もしこれで回復して立ったら続行すんのか? あり得ないだろう!?
「無理」
倒れたまま言う。それを受けてようやくリュックスが勝ちの名乗りを上げ、闘技場が沸き立った。
戦えてなかったわけではない。そこそこ見れる勝負だったのは客の反応からもわかる。だが何か一手、届かないのだ。俺程度が打つ手はことごとく見切られていた。
何度も倒れそうになるのを堪え、リュックスの妨害を凌いで回復し、よく耐えたと思う。
高位回復で一気に治療を完了し、よっこらしょと立ち上がる。
「疲れた。賞金をくれ。今日はもう帰るわ」
「これだけやって疲れただけかよ……だがまあ良くやった。客も満足しただろう。次も頼むぞ!」
次か。まあ約束だしな。
「ヒラギス行く前にお前とも、もう一回やっておきたいな」
さんざんいたぶってくれた礼はせねばなるまい。
「リベンジか。いいぞ。何度でも受けてやろう」
余裕だな。まあ今日は完封だったし。
「だが奥義はそう簡単に習得はできんぞ?」
ふむ。強化のことを考えてたのだが、そっちもあるのか。強化と奥義で二段階パワーアップすれば、リュックスはもう敵じゃないな。
「そういえばこの前制限されてるって話をしたよな」
「ん……?」
「実はまだ制限中だ」
ニヤリと笑って言う。
「おい嘘だろ」
「ほんとですよ。ここに来る前はわたしよりマサル様のほうが強かったんですから」
やってきたサティの言葉でリュックスが愕然とした顔になるのを見て少し気分が晴れた。
「サティ。帰るからみんなを呼んできてくれ」
「はい」
さすがに足元がふらつく。これは今日明日はまるっと休みだな。
あー、そういえばどっか外に食いに行こうって言ってたっけ。ここの屋台か、それかすぐそこにオーガの食堂があるな。選手専用だけど、今日は俺が主役だしみんなを連れていっても文句はなかろう。
無料の割には美味しいって話をしたらティリカが一度行きたいって言ってたしちょうどいい。
「なあ、力の制限ってなんだ?」
少しして賞金を持ってきたリュックスがお金の入った皮袋を渡しながら聞いてきた。中を確認すると金貨がぎっしりと詰まっている。頑張ったかいがあったというものだ。
「奥義だって門外不出だろう?」
明日になればわかることなのに奥義に関しては一切教えてくれないのだ。
「師匠には教えたが、ちょっと特殊でな。その師匠ですら習得に難儀してるから、教えても意味がないし、まあそのうちな」
「じゃあ習得できたらあれ以上に強く?」
「どうだろう。なにせ特殊だから」
下手したら倍くらい強くなるかもな。考えるとちょっと恐ろしいわ。
だがまあ、加護はそう簡単には……
サティがみんなを連れてオーガ闘技場のゲートへと現れ、こっちへと向かってきている。そっちを見てふと違和感を……メニューが開いている。誰だ?
ミリアム。獣人で例のハーレムを集めてくれた娘だ。清楚な女子大生っぽい雰囲気で俺のお気に入りでもある。
いまの戦いで何か思うことがあったのだろうか? あとで呼び出して聞いてみよう。
「そうだ、リュックス。うちのみんなでオーガの食堂を使っていいか? ありがとう。よし、みんな飯にしよう。今日はリュックスのおごりだぞー」
ミリアムの育成計画を練らないとな。それと他の娘の面倒を見ることも考えないと。
だがこんなところで加護の話もないしとりあえずご飯だ。
それで今日の賞金を渡してヒラギス居留地のために頑張ったんだってやれば、もう一人くらい増えないだろうか。
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