ドラゴンと光の魔女
塔はとても高くって、螺旋階段が延々と続いたんだ。
チビドラゴンはスライムに肩のうろこをじゅうじゅう溶かされながらも、がんばって階段をのぼった。
スライムは、階が上がる度にちょっと元気が出るみたいだった。
少しだけ肩が重くなっていくのを、チビドラゴンは嬉しく思ったんだよ。
じゅうじゅうなっていたけどね。嬉しかったんだって。
それから、階ごとにトラップがあって、チビドラゴンは本当に大変な目に合った。
例えば、三階は大きな鎌が何重にもぶら下がってブンブン揺れている部屋だった。
「どこかに、スイッチ」
じゅるじゅるに溶けた声で、スライムが教えてくれなかったら、四番目にちょっと遅れて流れてくる鎌に、真っ二つにされていたんじゃないかな。
それから、五階も大変だった。
だって、部屋の扉を開けたらいきなりグツグツ煮えたぎるマグマがたっぷり部屋を満たしていたんだ。
「こんなのむりだー」
チビドラゴンは悲鳴を上げて部屋のドアを閉めちゃったんだって。
でも、スライムがチビドラゴンを励ました。
「つばさ、ある」
でもチビドラゴンは、自分の小さなつばさでマグマの上を飛ぶのを怖がった。
子猫になるつもりだったから、飛ぶ練習もしてこなかったんだ。
でもスライムは、
「できる。あなたは、強いドラゴン」
と言って、マグマの上を飛ぶように言うんだ。
チビドラゴンは、恐る恐るドアを開けて、グツグツ煮える真っ赤なマグマを見た。
「やっぱり、無理だよ。僕たち丸こげになっちゃうよ」
チビドラゴンがそう言うと、なんとスライムはドラゴンの肩からピョーンとマグマに向って飛び込んでしまった。
「わー!?」
チビドラゴンは慌ててつばさを広げ、マグマの上を飛び、スライムをキャッチしたんだ。
「あちち!!」
「ほら、飛べた」
スライムの言う通り、チビドラゴンはマグマの上で上手に飛んで、向こう岸に辿り着いたんだ。
チビドラゴンは飛べて嬉しかったけど、手がスライムに溶かされて痛いのか、マグマの熱さで痛いのか、分からなかったってさ。
でも、スライムが自分は飛べるって信じてくれたことが嬉しくて、つばさをパタパタさせたんだ。
それから、千本以上あるロウソク全部に火を灯さないとドアが開かない部屋や、ものすごく重たいおもりを運ばなきゃいけない部屋をどんどんクリアしていった。
ロウソクの部屋で、チビドラゴンは火が吹けるようになったんだよ。すごいでしょ。
その間に、スライムもどんどん元気になっていったんだ。
あいかわらず、スライムの身体はチビドラゴンのうろこを溶かしていたけれど。
でも、チビドラゴンは痛みに負けずに塔をのぼり続けた。ドラゴンのうろこは丈夫なんだ。
きっとドラゴンじゃなきゃ、今頃溶けてしまっていただろうなぁ。
あと少しで最上階だというところで、スライムが言った。もう声は溶けていなかった。
「ねぇ、こんなにもたくさんのトラップを全部乗り越えたなんてすごいわ、ドラゴン」
「えへへ。君のおかげだよ」
「そんなことない。ドラゴンかドラゴンみたいじゃなきゃ、乗り越えられない場所がたくさんあったわ」
「ふふふ、こねこじゃ無理だったね」
「そうよ!」
チビドラゴンはちょっと迷いながら、打ち明けたんだ。こっそりね。
「僕、ドラゴンのままでもいいかもってちょっと思ったよ。だって、君を助ける事ができたから」
「……そうよ、子猫じゃ私を助けられないわ……私はドラゴンの方が好きだわ……」
もう元気みたいなのに、スライムの声は小さく溶けていた。
そして、いよいよ一頭と一匹は最上階に辿り着いたんだ。
最上階のドアを開けると、美しいビロード貼りの赤い椅子に、金色のほっそりとした杖が縦に置かれていた。
「わあ……!」
チビドラゴンの目の前で、金色の杖はキラキラと星の様に光っていた。
スライムが嬉しそうに言った。
「さあ、おとりなさいよ」
「……うん」
杖を手に取ろうとして、チビドラゴンはちょっと迷った。
だって、ドラゴン好きの、大好きな友達がそばにいたから。
だからもう本当は杖に用がなくなっていたんだよ。
その事をスライムに教えようとした時、チビドラゴンの影だけが動いて、杖を掴んだんだ。
驚いていると、チビドラゴンの本当の影と勝手に動き出した影が分裂してしまった。
そうだ、あの嫌な影がチビドラゴンの前に現れたのさ。
*
影は嫌な笑い声を上げて大声を上げた。
「よくやったぞ、チビドラゴン! さぁ、早速子猫に変えてやろう!!」
影は空中でくるんと布が丸まるみたいに回ると、長いローブを着た魔法使いの姿に変身した。
ローブは真黒だったから、たいして見た目は変わらなかったんだけどね。
「ま、まって。僕、ドラゴンのままでいいと思ったんだ」
「なに、それではお前は一生怖がられ嫌われて生きていくと言うのか。俺があんなに親切に教えてやったというのに、なんておろかなチビだ!!」
魔法使いの怒った声に、びくびくしながらチビドラゴンは言い返した。
「で、でも僕、友達に怖がられなかったよ。嫌われなかった!!」
「ともだち~?」
魔法使いはチビドラゴンの肩にくっついているスライムに気が付いて、大笑いをした。
スライムがドラゴンの肩から背の方にそっと隠れるのがわかって、チビドラゴンは怒った。
「なんで笑う!」
「そんなドロドロのスライムしか、友達になってくれないんだろ。そして、おまえはわからないのか? そのスライムは、お前の肩を溶かしているじゃないか!」
魔法使い影だった時と同じように牙を剥きだしてニヤニヤ笑い、杖を振りかぶった。
「まあいい。子猫になって溶かされてしまえ!」
杖から魔法の光がほとばしり、チビドラゴンを包んだ。
するとたちまちチビドラゴンは小さな子猫になってしまったんだ。
「にゃあ!?」
「はははは! これで俺より強いヤツが育つ心配はないぞ!」
魔法使いは大笑いして、子猫になったチビドラゴンの首根っこをつまんで自分の顔の所に持っていくと、言った。
「俺は自分より強くて偉いヤツは大嫌いなんだ。この塔の魔女も、神様からこの杖をさずかった子供の魔女だった。杖をどうしても俺にゆずらないから、騙して醜い姿に変え、塔に戻れない呪いをかけてやったのさ!」
それを聞いて、チビドラゴンはおどろいた。
強くて偉いヤツが嫌いなのは、まだ出会っていない誰かではなくてコイツだったんだ。
なんてことを僕に教え続けていたんだ、と怒っても子猫のチビドラゴンにはもう、手も足も出ない。
それに、魔法使いの言葉が本当なら、僕はその魔女を知っている――――
ああ、守ってあげられなかった!
……いや、まだだ!
チビドラゴンは、小さな子猫の姿で戦おうと決めた。
とにかく、あの杖を取り返して僕を元にもどさせなくちゃ!
魔法使いへ勇敢に飛び掛かったチビドラゴンの目に、魔法使いのローブにくっついているスライムの姿が見えた。ローブがグズグズと溶けてしまっているけど、魔法使いは小さな子猫を苛めるのに夢中で気づいていないみたいだった。
自分から離れて塔の外でまた迷子になってしまったのかと思ったけど、魔法使いにくっついていたんだ、よかった!!
「フーッ!」
「ぎゃあ! 弱いくせに、なにをする!!」
チビドラゴンは魔法使いの顔をひっかき、腕に噛みついてやった。
その隙に、スライムは魔法使いの手から
スルスル!
ニュルン!
と、杖を取り返したんだ。
スライムは杖をドロドロの身体で包むと、ピカッと光った。
目がくらむほどの光がバチバチと弾けて、魔法使いが「ひぃ!」と、こわがった声を上げる。
チビドラゴンはというと、ちっとも怖くなんてなかった。ドロドロのスライムの身体と光がまざり合い、どんどん人の形になっていくのを目をキラキラさせて見守った。
そして、光とパチパチがおさまった時、チビドラゴンの目の前にはきれいな女の子が立っていた。
女の子は杖を魔法使いにつきつけて、怒った声で言った。
「……全部思い出したわ。杖をよこせとしつこいあなたを塔へのぼらせない為に、私はトラップをたくさんつくったのよ。けれど、あなたは傷ついた子猫の姿で私をだまし、塔の外へ誘って呪いをかけた」
「そ、そうだ。俺をさしおいて弱っちい子供の魔女が神様から杖をさずかるなど、何かの間違いだったからな!」
「はぁ……おろかで―――」
ピシャン! と、雷撃が魔法使いの足元に落ちた。
「ひきょうな――――」
今度は、魔法使いの周りを炎がぐるりと囲った。
「世界で一番弱い魔法使いめ!!」
「そんなハズはない! 俺は強くなりそうなヤツを子供のうちにやっつけてきたから、お前たちがいなくなれば世界で一番強いのだ!!」
「あきれた。あなたは世界で一番弱い。それは生まれた姿でも才能のせいでもない。他の者を妬み憎んでばかりいて、自分に出来る一番良い事を探さなかったからよ!!」
きれいな女の子はそう言うと、最後にこれ以上ないほどの温かい光を出して、魔法使いを包み込んだ。
世界で一番弱い魔法使いは悲鳴を上げる間もなく、あっという間にその光の中に消えてしまったんだって。
そして辺りが清らかで静かになると、きれいな女の子が子猫の姿のチビドラゴンへ杖を一振りした。
子猫の魔法が解けたチビドラゴンは、迷子スライムの呪いが解けた西の塔の魔女としっかり抱きしめ合ったんだって。
外では雪が降り始めていた。
その日はチビドラゴンのお誕生日だったんだよ。
*
それから何十年も経った。
残念な事に、世界で一番弱い魔法使いは相変わらずこの世界にうじゃうじゃいて、自分より強いものを憎み、弱いものにはいばったり苛めたりしているんだ。
でも、そういう事が起こると金色の杖を持った世界で一番強い魔女が助けてくれるんだって。
魔女は光の魔女と呼ばれているそうだよ。
光の魔女は立派なドラゴンの左肩に乗ってやって来る。
なぜかというと、そのドラゴン、左肩のうろこが溶けちゃってるんだ。
だから、光の魔女はうろこのない場所を守るためにも、そこにいるんだって。
一頭と一人はいつも一緒だ。
そうして問題を解決すると、西の塔へ帰っていくそうだよ。
強くて立派なドラゴンと光の魔女は、世界中の人から愛された。
だから、こうしておとぎ話になったんだってさ。
もしもこの冬、青い稲妻が落ちて積もった雪が舞い上がったら、きみも小さなドラゴンに会えるかも。
そうしたら「大好き」って言ってあげてね。
そのチビドラゴンは、きっと素敵なドラゴンに成長するからさ。
☆おしまい☆