竜を見ました
賢者の孫 八巻が発売中です。
俺たちが目にしたモノ。
それは、見た目は怪獣そのもの。
その実態は、前に一度だけ爺さんの話に出てきた、竜。
それが魔物化し、凶悪な魔力を周囲に振りまいている姿だった。
「ス、スゲエ迫力だな……」
「感心している場合じゃないぞシン。これは最悪だ」
「最悪?」
生物としての根源的な力が違うからだろうか、今まで見てきた災害級の魔物が雑魚に見えるほどの迫力に、思わず声が漏れてしまった。
だが、オーグは何かに気が付いたようだった。
「ああ、私も実物の竜を見るのは初めてだから断言はできないが……」
そう前置きしてから言った。
「あれは……暴君だろう」
「暴君……」
ああ、T・Rexね。
って!
「それって、最強の竜なんじゃ……」
「そうだ。だから最悪だと言っている」
マジか?
そもそも、竜自体が災害級の魔物に匹敵するくらい強いと言われている。
それが魔物化したら……。
「魔人並にヤバイんじゃ……」
「それは間違いな……」
『GYAWOOOOOOO!!』
オーグと話しこんでいると、竜の魔物が突然咆哮をあげた。
俺たちから竜の魔物は見えている。
ということは、竜の魔物からも俺たちの姿は見えているということだ。
遠くで集まり、中々近付いて来ないことに焦れたのだろう。
その咆哮に魔力を込め、こちらにぶつけて来たのだ。
大気を震わせ、心の奥底に恐怖を植え付けるような咆哮。
俺たちは、咆哮に魔力が込められていることが分かったので、反射的に魔力障壁を張った。
だが、この場に一人、それが出来ない子がいた。
「あ……あ……」
ミランダだ。
魔法が使えないミランダは、魔力の篭った咆哮をまともに喰らい、小刻みに震えている。
完全に、竜の威圧に呑み込まれていた。
「マズイな。クロード、治癒魔法をかけてやってくれ」
「分かりました!」
震えるミランダを見たオーグが、シシリーに治癒魔法を掛けるように依頼した。
シシリーはミランダに駆け寄ると、そっと抱きしめ背中を優しくポンポンと叩いた。
「大丈夫……大丈夫だよ」
「はっ……はっ……」
「落ち着いて……そう、ゆっくり呼吸して……」
「はぁ……ふぅ……」
「大丈夫?」
「うん……ありがとシシリー」
シシリーが治癒魔法を掛けながら、ゆっくり深呼吸をさせると、ミランダはようやく落ち着いた。
最近、シシリーとミランダはよく会うようになって仲良くなったというのがよくわかる光景だった。
ミランダはシシリーの言葉に耳を傾け、全幅の信頼を寄せるように治癒魔法を受け入れていた。
その結果、体の硬直が解け精神的にも落ち着いたようだ。
「ウォーレス、お前は魔法が使えないのだから、渡してある魔道具で障壁を張る癖を付けておけ。魔力と物理、二重にな」
「は、はい。申し訳ありません殿下」
ミランダが落ち着きを取り戻すのを見計らって、オーグが注意した。
今回、ミランダは貴重な前衛としての参加だ。
いざという時に動けないと困るからな。
「よし。それでは、アレの対処だが……」
オーグはそう言って、竜の魔物を見る。
するとそこには、デカい足で地面を踏みつけ、長い尾を振り回している竜の姿が見えた。
「あ、荒ぶってますね……」
マリアの言う通り、興奮して帝都の門の前で荒ぶっている。
正直、その姿だけでも若干恐怖を感じる。
だけど怖いからといって、浮遊魔法で上空を飛んでいくと、帝都から魔人に狙い撃ちにされる可能性がある。
それに、そもそもコイツを放置していくと、皆のところに行ってしまうかもしれない。
何とか災害級の魔物と互角に戦えるようになってきたところだというのに、それ以上の魔物と戦わせられる訳がない。
つまり俺たちには、竜の魔物を倒す以外の選択肢はない。
「倒すしかねえな」
「そうだな、それしか……」
帝都の方を見ていたオーグが、ふと会話を切った。
なんだ?
竜は咆哮を上げてないぞ?
そう思ってオーグの視線の先、帝都の方を見ると……。
「……マジかよ」
「シュトロームの奴め! 竜はただでさえ希少だというのに!」
俺は一瞬目を疑い、オーグは怒っていた。
というのも……帝都からさらなる竜が出てきたのだ。
暴君竜以外にも、首長竜、角竜、鎧竜など。
全て魔物化している。
竜は、過去の乱獲が原因で個体数が激減し、今や絶滅危惧種に指定されている。
そんな竜を魔物化させ、俺たちに当ててきたことにオーグは怒ったのだ。
そして、出てきた竜たちも暴君竜の周りで、同じように荒ぶっている。
それにしても……。
「やっぱ慣れないなあ」
「何がですか?」
思わず呟いた言葉を、シシリーが聞いていたらしい。
何が慣れないのか聞いてきた。
「いや、あの新しく出てきた竜って草食だろ?」
「そうなんですか?」
あれ?
「草食……だよな?」
首長竜って、海棲の奴は違うけど、陸上にいる奴は草食だったはず。
そう思って聞いてみたが、オーグから帰ってきたのは意外な言葉だった。
「そうなのか? そこまでは知らんな」
「マジで?」
「っていうか、私は竜を見るのも今日が初めてだ。むしろ何故そんなことを知っている?」
「え? えーっと……」
「あ、シン殿、もしかして竜について調べたのですか?」
「ああ、うん。そんな感じ」
ああ、そうか。
希少な動物だから、滅多に見る機会なんてない。
それに、地球では化石でしか見ることができない分、過去のロマンなどから人気があったが、実際に存在しているこの世界なら、そこまで人気がなくてもしょうがないのか。
何かうまく誤解してくれたので、調べたことにして話を合わせる。
「ああ、そういうことね」
ここでマリアが、俺が『慣れない』と言った理由について思い至ったようだ。
「草食の動物が魔物化して肉食に変わるのって、物凄い違和感だもんね」
動物が魔物化すると、魔力のみで生きていけるようになる。
だが、一番効率よく魔力を摂取できるのは、そのものを取り込むこと。
つまり、捕食だ。
そうなると、今まで草食だった動物までもが肉食化する。
草食だった動物が、肉を欲する姿は、異様な禍々しさを感じるので、苦手にしている者は多い。
マリアもその一人だったようだ。
そして、草食竜は、肉食竜に比べて、元々体が大きい。
結果……。
「魔物化しているうえに、この巨大さか……」
その巨大さに、オーグも思わずといった感じで声を漏らす。
「この後、魔人がいなかったら、ここで最終決戦ですよね」
アリスが言うように、本来ならこれを倒せば終焉となっておかしくない。
それほどの魔物だった。
「相手したくないなぁ……」
「私もです……」
ユーリとオリビアは、露骨に嫌そうな顔をしている。
「とりあえず、魔法を撃てば当たりそうだけど、効くのかな?」
「やはり、斬った方がいいか」
トニーの質問に、ミランダが答える。
「竜の皮は、最高級の防具になるほどの強度を持っている。生半可な魔法では打ち崩せまい。ましてや魔物化しているのだ、だから……」
オーグはそう言って、俺とトニー、ミランダを見た。
「バイブレーションソードで止めを刺してくれ」
「「了解」」
「は、はいっ!」
俺とトニーと違って、ミランダは緊張しながら返事をした。
「どうした? ミランダ」
「……竜に止めを刺せって言われて、そんなに落ち着いてる方がどうかしてるって」
そう言われた俺とトニーは、思わず顔を見合わせてしまった。
「そういえば、特に緊張しなかったな」
「あはは、ちょっと修羅場を潜り抜け過ぎたねえ」
「こんなのが同い年にいるとか……もうやだ……」
そう言って涙目になっているミランダ。
どうやら、うまい具合に力が抜けたみたいだ。
「おい、何を遊んでいる。こちらの準備は出来たぞ」
オーグが、魔法による援護の準備ができたという。
さて、そしたら……。
「戦闘開始といきますか!」
俺たち三人は、ジェットブーツを起動し、竜の魔物に向かって突進していった。
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