397話 密会
神王国はモルテールン家別邸の一室。
機密保持の為の対策がこれでもかとされている、モルテールン家自慢の部屋。
龍金もふんだんに使われており、王城で国王が使う密談用の部屋を凌駕する程に厳重な機密漏洩対策がされている部屋だ。
中身を守る金庫自体が貴金属で出来ているような馬鹿げた話ではあるが、内緒話をしたい時にはこれ以上の部屋は無い。
そんな部屋の中に、十人ほどの男女が集まっていた。
「皆さま、お集まりいただきましてありがとうございます」
集まったメンバーは、フバーレク辺境伯とその護衛あわせて三名、レーテシュ伯と伴侶とその護衛あわせて四名、ボンビーノ子爵とその伴侶と護衛あわせて三名。そして、モルテールン家のペイストリーとカセロールである。
合計すると十二名になるわけだが、豪華さというならそのまま国政会議でも始まりそうなほどだ。
誰をとっても、目下の国政において欠かすことのできないキーパーソンばかり。今ここで大龍が大暴れでもすれば、神王国は真っ先に混乱からの内乱突入である。
「ふむ、いきなり時間を欲しいと言われていたのだが、まさか王都まで運ばれるとは思っていなかったよ」
「ルーカス義兄上、急な話になったことは謝罪致します。しかしながら、どうしてもお集まりいただく必要があったのです」
ペイスは、フバーレク伯に頭を下げる。
全員が全員、毎日忙しくしている者ばかりであり、スケジュールの調整上でどうしても急な話になってしまったからだ。
それでも集合できてしまうだけモルテールン家の魔法が凄いということでもあるのだが、あまり悠長に茶飲み話で時間を潰すというのも出来ないのは事実。
「なに、可愛い義弟殿の呼びかけだ。無下にはしないというものだ。でしょう、ボンビーノ子爵」
「そうですね。ペイストリー殿の呼びかけならば、無理の一つぐらいは何でもありませんよ」
フバーレク辺境伯もボンビーノ子爵も、ペイスには大きな恩があるし、借りもある。
スケジュールを調整して時間を空ける程度でその借りが返せるというのなら、安い買い物というものだ。
何より、彼ら自身がペイスを憎からず思っていて、好感度が高い。多少の融通を利かせるぐらいは、友人の頼みと思えば何ほどのことも無い。
「どうやら、私の都合に合わせていただいたようね。知らないこととは言え、ご迷惑をお掛けしたのかしら?」
「いえいえ迷惑など。皆さんの都合の良い時期を調整したら、たまたま今日のこの時であったまでのこと。改めて、呼びかけに応えていただけたことを感謝いたします」
ペイスが、深々と頭を下げる。
今日という日に急に集まった理由の多くは、レーテシュ伯の都合に合わせたからというのは事実であるが、それを表に出すことは無い。
これからいざ話し合おうという時に、メインパーソンを不機嫌にさせても得は無いからだ。
「それで、今日集まったのは、どういう理由だろうか」
フバーレク伯が、早速とばかりにペイスに尋ねる。
集められた理由を聞きたいと言いつつも、内心では議題の察しはついていた。
最近起きた出来事を思えば、レーテシュ伯との口論だろう。
分からないのは、何故ペイスが出張ってきているかだ。
モルテールン家の主催する社交の場で起きたことが発端と思えばモルテールン家が出てくることは理解できなくもないが、それならばカセロールが主体で話をしそうなもの。傍観に徹しているような現状は不思議。
第一、争ったもの同士の間に入ろうというのなら、誰かに肩入れするにしろ、中立を守って仲立ちをするにしろ、もっと公の場でやりそうなものだ。
「それは勿論、ここにいるウランタ殿と子爵夫人の間に生まれてくるであろう子について、揉めていると聞いたからです」
「では、仲裁に入ると?」
「端的に言えば。先日は僕の顔を立てていただき、その場を収めて頂きました。改めて感謝するとともに、こうして当事者同士、率直に意見を交わせる場を用意し、出来れば建設的な結果を持ち帰っていただきたいと思っております」
「そうね、是非ともそうありたいわ」
ここにいる全員は、総じてみれば穏やかな性格をしている。
いきなり喧嘩を吹っかけたり、争いに首を突っ込む連中のどこが穏やかかと笑う向きも有ろうが、この世界には話し合いをイコールで武力衝突と考える戦い好き、戦争好きも居る。それに比べれば、まだ理性的に損得勘定を働かせて、話し合いが成り立つだけ穏やか。
知性という意味では、ある程度信頼の置ける面々が集まっている。
あとは、話し合いの内容次第だと、皆が皆真剣な表情をしていた。
「子爵夫人ジョゼフィーネは、僕にとって実の姉。生まれてくる子供は、血の繋がった甥御か姪御ということになります。その子が原因で、お世話になっている方々が争うというのは、平和主義者として見過ごすわけには参りません」
どこまでも真剣に、ペイスはもめ事の仲裁に労を取りたいという。
自称平和主義者による仲介。ここで決まったことは、モルテールン家が保証するということを明言した形だ。
どういう話し合いになったとしても、仮に約束したことが履行されなければ、モルテールン家が懲罰を課す、と言い切ったという意味である。
龍の守り人とも称される人間の仲裁だ。これは本当に真剣な仲裁なのだろうと、誰しもが思う。
「それで、どうしようというのか」
フバーレク伯は問う。
話し合いをするにしても、何を話すのか。
先ずは何処にボールが有って、誰が投げるのか。
様子見をしようとしたルーカス。
しかし、そうはいかないのがペイスの話術である。
「まず提案致します。ボンビーノ家の後継者の伴侶については、ハースキヴィ家から迎えるものとする」
「何!?」
「何ですって!?」
フバーレク伯陣営と、レーテシュ伯陣営の面々は驚く。
驚かないのは、事前に情報交換をして内容を詰めていたペイスとウランタ。そしてジョゼとカセロールである。
「ハースキヴィ家であれば、フバーレク伯も親しい。また、モルテールン家を通してとはなりますが縁戚です。直接的な囲い込みは出来ませんが、それで縁が深まると思えば納得も出来るでしょう」
「ふむ」
今回の発端をそもそもたどれば、フバーレク伯とレーテシュ伯が婚姻政策によって自家の権勢を伸張させようとしたことにある。
特にフバーレク家は、婚姻政策にかける熱量が高い。
元々、フバーレク家はサイリ王国と領地を接し、ルトルート辺境伯などのサイリ王国貴族と小競り合いを繰り返してきていた。国境線を守るのがお役目という家柄であり、その為に必要なのは一にも二にも軍事力の整備であった。
転機があったのは、カドレチェク家との婚姻に端を発した先代の政策。
先代当主の思惑から、当代フバーレク伯の妹がカドレチェク家の嫡孫に嫁いだことで軍事的に安定した。また、モルテールン家との婚姻という繋がりも有って決定的な軍事的勝利を得るに至る。先代フバーレク伯こそ戦いのうちに命を落としたものの、モルテールン家やカドレチェク家の助力を得た反攻によって、ルトルート家に対して決定的ともいえる勝利を収めた。
不倶戴天の敵ともいえる相手を完全に打倒した結果として、現状は軍事的緊張がかなり緩んだ。
勿論、まだまだ隣国は油断できず、虎視眈々と旧地奪還を狙っているのだが、かつてほどに軍事力偏重の政策を取る必要もなくなったのは間違いない。
先に挙げた通り、婚姻政策の成否如何で、家の勢力は伸びもすれば縮みもする。それを、フバーレク伯は体感として学んできた。他ならぬ実妹でである。
先例に倣い、自分の娘もフバーレク家の為に活かす。それが出来てこそ大貴族の当主であろう。ルーカスはそう確信している。
先代から仕えてくれている者たちも、まだ辺境伯家を継いで日の浅いルーカスを値踏みしている現状、外交手腕でも先代に劣らないという成果を見せつけねばならない。
外交的功績で先代に劣らない功績となれば、やはり政略結婚を成功させるのが良い。ボンビーノ家の次代ほどの優良物件は中々無いので、この機を逃したくないという強い想いがある。
ここでいきなりボンビーノ家後継者の伴侶の座を、ハースキヴィ家に持って行かれるのは納得がいかない。
「それなら、うちはどうなるのかしら」
フバーレク伯よりも納得いかないのがレーテシュ伯である。
ボンビーノ家の次代が優良物件だと考えるのはフバーレク伯と同じ。
拘る理由は、フバーレク伯は血縁の強化であったのに対し、彼女の狙いは地縁の強化である。
「レーテシュ家とハースキヴィ家の血縁は薄い。しかし、ハースキヴィ家は元々南部閥貴族。縁が皆無ということも無いでしょう」
「それはそうだけど……」
ハースキヴィ家は、ペイスの姉であるビビが嫁いだ家。元々は神王国南部の弱小領地貴族であった。
今は東部に領地替えがあり、新生ハースキヴィ領を創設して頑張っている。
こうして考えれば、地縁という意味では全く疎遠とも言い難い。かつての伝手というのも残っているし、面識だってある。
だが、やはりそうは言ってもハースキヴィ家の現状は、東部閥に寄っている。地縁を重視するというのなら、縁遠いと言ってしまって良い。
レーテシュ伯は、言外にペイスに対して不満を言う。
「勿論、ハースキヴィ家の地縁を、レーテシュ家とより強く結びつける方法も有ります」
ハースキヴィ家が、現状ではレーテシュ家と縁が薄いという事実は変わらない。
その上で、ボンビーノ家の次代とハースキヴィ家を結びつけるというのなら、レーテシュ家としては殆ど何も得るものが無いではないか。
この不満をどう収めるのか。ペイスは、自信ありげに提案の続きを口にする。
「リハジック子爵領と、ハースキヴィ準男爵領を入れ替えてはどうかと思いまして」
「何だと!!」
神王国南部の、ボンビーノ家の隣にあるリハジック子爵領を、神王国最東部にあるハースキヴィ準男爵領と入れ替える。
その上で、ボンビーノ家の次代の縁組は、ハースキヴィ家を最優先とするというのが、ペイスの出した提案。
この提案に、一同は驚きを隠せなかった。