376話 驚愕と驚愕
神王国第十三代国王カリソン=ペクタレフ=ハズブノワ=ミル=ラウド=プラウリッヒ。
威厳と風格を兼ね備える男が、数多の貴族たちの耳目を集めていた。
「重要な話がある」
国王が、重々しく発言する。
一国の、それも大国と呼べるだけの力を持つ国の王が、わざわざ勿体ぶって重要な話というのだ。さぞ、大切なことなのだろうと、酔っぱらいすらも口を閉じて聞き耳を立てる。しわぶきひとつ上がらない静かな場。
「ここに居る皆は、知っているだろう。我が国には、誇るべき英雄が居る」
神王国の英雄と言って、名前が挙がる人間は五指に満たない。
亡国寸前の危機を救った大戦の英雄カセロール=ミル=モルテールン子爵や、一騎当千を謳われ、文字通り単騎で数々の戦功をあげて来た二の矢要らずゴードン=ブフェルトンなどがそれに当たる。
近年、これらの“英雄”の中に、堂々たる軍功と戦果をもって並び立った若者が居た。
誰あろう、龍殺しの英雄、ペイストリー=ミル=モルテールンその人だ。
今、集まった面々の頭に浮かぶ英雄。その中の少なくない数が、国の誇る英雄と言われペイスを思い浮かべた。
「みなもよく知っているだろう、若き名将にして稀代の豪傑。ここ数年は、その名を聞かぬものが居ないほどの活躍を見せる。そう、ペイストリー=モルテールン卿である」
ああ、やっぱり。
何割かの参加者は、ペイスの名を聞き頷いた。
或いは、そっちだったか、といった具合に予想こそ外したものの、言われた内容自体には賛同する者もいる。
唯一例外は、当のペイスの父親と母親。二人は、国王が自分たちに相談も無くいきなり息子について演説しだしたことに頭を痛めていた。
「彼の者の英雄譚はここで語るまでもない。だが、余はこれまでこの偉大なる英雄に、十分な報いが出来ずにいた。賞すべきものを賞さずというのは、余の不明と恥じ入るばかりだ」
王の演説は続く。
賞するべきものがなんであるのか。具体的な内容は語られない。
実際、ペイスの功績には隠さねばならないことが多いのだ。大龍関係は大抵が秘匿事項と言って良い。
国内の貴族に対しては公然の秘密であっても、諸外国には機密として隠していることも多い。
この場で詳細を語ることは無いと、場の全員が知っている。
しかし、そうであるのならば賞すべきは賞すという話の、実態があまり見えてこない。
一体、ペイストリー=ミル=モルテールンは、何をやったのか。
「有為な人材には、それ相応の報酬を与えるべき。そう決断した余は、この場を借りて、彼の英雄にふさわしきものを与えようと思う」
国王の演説の区切りに、王の傍に居た儀典官が進み出る。
「ペイストリー=モルテールン卿に対し、勲章を授ける。授けるのは玉剣付き黄金双龍勲章だ」
おお、とどよめきが走る。
勲章とは、名誉の塊。生涯年金という実利も有る。
宮廷貴族の多くは、宮廷の仕事を熟すことで功績を挙げるのだが、宮廷の仕事である以上、褒美に土地を与えるというのも憚られるケースも多い。
或いは、軍人に対して。例えば負け戦や、そこまでいかずとも痛み分けで終わったような戦い。得るものがあまり無かった状態で挙げた功績の扱いは、領地を与えて賞するというわけにもいかないだろう。
これら、褒美を実物で与えられない場合において、それでも賞賛すべきと思われる功績には、勲章が授与される。
王家に対する貢献が大であると認められねばもらえないのが勲章であり、普通は何十年と王家に仕えた功臣に与えられるもの。
それを、十代の若さで得たこと。皆が皆、賞賛とともに嫉妬のこころを隠さない。
玉剣付き黄金双龍勲章は、生きている人間が貰える勲章の中ではかなり高位の勲章になる。
神王国の勲章は、まず大きな区分として玉剣や宝玉の有る無しに分かれる。
勿論、飾りのついている方が格式の高い勲章だ。
まず剣の有無は、勲章を与える功績が軍功か否かによって区分されている。軍事的に多大な功績を挙げた者に対して、剣を付加した勲章が与えられ、その名誉を称えられる。
また内政や外交ならば、宝石が飾りとしてついた勲章が与えられる。
玉剣付きという今回の勲章。ペイスの受勲理由が、軍事的功績と外交的或いは内政的功績の両方を兼ね備えたものであるという証だ。
更に、功績の大きさによって、勲章の意匠が変わる。
基本的には神王国で好まれる動物を模すのだが、犬や狼といった肉食獣が多く、最上位が龍なのは言わずもがな。
龍を倒したペイスが龍を模した勲章を与えられるのだ。何がしかの政治的な意図が見え隠れする。
模した動物の数も勲章の格の違いとなり、数が多いほど格の高い勲章だ。
今までで最高位なのは5頭の龍を模した勲章である。
つまり、ペイスに与えられるという玉剣付き黄金双龍勲章は、上から数えて四段階目に当たり、上の三段階までは王族以外に与えられないことを考えれば、実質最高位の勲章と言って良いほど凄い勲章ということ。
10代でこの勲章をもらった人間は、神王国建国以来でも初となるだろう。
「更に、我が娘の後見人として任命し、男爵位を与える。尚、他の爵位を襲爵した場合は、この男爵位の差配を一任するものとする」
どよめきは、さらに大きくなる。
王の娘とは、即ち王女のこと。
その後見を務めるというのは、普通は長年国に尽くしてきた高位貴族が、最後の奉公として行う名誉職。いわゆる“爺や”のポジションである。
王女の行う行動全般を教導し、時には王女を叱ることもある立場。
後見してもらった王族にとっては、下手をすれば自分の親よりも頭の上がらない人間になる。ある意味で、育ての親と言って良い。
神王国は王権の極めて強い国。従って、王族の持つ権力というものもそれなりに大きい。後見人ともなれば、これらの権力に対してかなり直接的な働きかけが可能。
国王からの絶大な信頼がなければ任せられるはずも無い特別な地位。
もしも万が一ルニキス殿下に不幸があり、王女が神王国の次世代の王となったなら。国の政治はペイスの顔色を逐一窺いながら行われるものになるだろう。
名誉というならこの上ない名誉でもあり、実利というのなら利用しようと思えば幾らでも利用価値の生まれる地位である。
勲章ならば、個人の名誉であるし、一度きりだ。凄いことであるし、羨ましいことではあるが、顔色を取り繕ってお祝いをいうぐらいは出来る。
だが、王女の後見人への就任となれば、影響はほぼ永続的だ。
これには顔色を取り繕うのが得意な人間でも、多少は顔が引きつる。
「これはまだ決定ではない。だが、余は彼の者の功績を高く評価している。今伝えたものよりも褒賞を増やすことはあっても減らすことは無い。そう心得ておくように」
今しがた国王が言った褒美だけでも、相当な名誉と実利である。仮に実現し、その上ペイスが野心を持つ男であれば。派閥を率いたうえで国政を動かす一大勢力を築くことだろう。
しかも、褒美は更に増えるかもしれないという。これはただ事ではない。
「陛下」
皆が皆、ことの大きさに戸惑いながらも興味津々で興奮する中、静かに王の御前に進み出たものが居た。
この騒ぎの中心人物たる、ペイストリーである。
発言の許可を求め、最敬礼の姿勢で居るペイスに対し、王は発言を許可した。
「陛下の御心の慈悲深き様に、臣としまして報恩の想いを新たに致しました」
「そうか」
なるほど、王に直接感謝を伝えたかったのか。
周りに居た貴族たちはそう思った。
勿論、ペイスを深く知るものほど、そんな殊勝な人間でないことはよくわかっているので、また何かしらやらかすのではないかと気が気でない。
父親などは、既にうずくまって頭を抱えている。
「然しながら、臣は見てのとおり若輩者です。陛下に対する更なる忠誠をここにお誓い申し上げますが、その対価としては余りに過分かと愚考致します」
「それで」
「今回の褒賞、謹んでご辞退申し上げる次第です」
会場は三度の騒めきに包まれた。