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おかしな転生  作者: 古流 望
第32章 スイーツと冷たい関係
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368話 一目散の転進

 ぶんぶんと、耳障りで不快な低音を響かせる生き物。

 それも、一匹や二匹ではない。数えるのも馬鹿らしい数が、飛んでいる。

 更に、ペイス達を見つけたのだろう。軽乗用車並みの大きさで空飛ぶ肉食昆虫が、大量に襲い掛かってきた。


 「一旦、引きましょうか」

 「撤退!!」


 ポポランが、すかさず命令を下す。

 撤退の命令は、迅速に伝わっていく。


 「ポポラン、魔法を使います。順次僕の周りに集めなさい。逃げながらです」

 「分かりました」


 カセロールの、そしてペイスの使う【瞬間移動】は、移動する距離と運ぶものの量と大きさの、それぞれの積算によって消費する魔力量が違う。遠く、重く、大きいものを運ぶほどに、負担は増える。それも加速度的に累乗で増える。

 つまり、千五百人という大所帯を一遍に逃がそうと思えば、幾らペイスと言えども取りこぼしも出かねないということ。

 逃げながらならば尚更だ。

 動いているものを魔法の対象として捉えるのはそれなりに難しいうえ、対象が複数ともなれば更に難易度は上がる。逃げ回る千五百人をそれぞれに捉えて一度にターゲットとするには、ハードモードを通り越して地獄の難易度になろう。

 故に、モルテールン領の兵士はこういう時の為の訓練もしている。

 足の遅いもの同士、或いは早いもの同士で班を組み、全力で逃げながらも一定の人数ごとに固まるように走る訓練だ。

 こういった密な連携こそ日頃の鍛錬の成果が如実にでる。そこらの一般人に武器を持たせただけの民兵や、自分たちのマイルールが多い傭兵ではこうはいかない。


 「魔法で逃げるぞ!! 転進隊形、転進隊形!!」


 一目散という言葉が正にふさわしい、それでいて秩序だった撤退。

 ペイスによる【瞬間移動】で、大きく後退。

 百人単位ごとに次々と山の下まで運ばれていく、モルテールン家流の最速撤退行動だ。

 更に、最後まで走っていたペイス達の最精鋭部隊の一行が魔法で飛び、山裾を駆け降りるようにして下ったところで、全員が息を荒げた。


 「班ごとに、脱落者の確認と状況確認」

 「はい!!」

 「報告、急げ!!」


 蜘蛛の子を散らすと言うのか、蜂から逃げて蜘蛛に成り下がった連中を統率し、状況を確認する。

 幸いにして、脱落者は無かった。全員が逃げ切ったことに安堵が広がる。

 負傷した怪我人が若干名。

 逃げる際の岩場で足を切った者がいたり、逃げる際に踏ん張ったのが石の上で、変な踏ん張り方をしてしまったせいで足をくじいてしまった者がいたり。

 さほど重傷なものはいなかったが、それでも一目散の撤退ならば無傷という訳にはいかなかった。


 「あれは、何ですか?」

 「知らないですよ」


 ポポランの問いに、ペイスは投げやりに返す。

 熊のような体格をした蜂。あれを何と呼ぶのか知っている人間など居るのだろうか。

 少なくとも、千人を超える人間の誰一人として知るものは居なかった。


 「恐らく、魔の森からの来客でしょうね」

 「そりゃそうでしょう。あんなもん、普通のところじゃあり得ねえってものですよ。見ましたか? 狼を食ってましたよ?」

 「見ましたよ。暫くはお肉を食べたくなくなる光景でした」


 魔の森。

 モルテールン領に編入された、広大な自然林。

 ジャングルとでも表現するべき、鬱蒼とした森である。

 太古の昔から存在し、過去に何度となく開拓を試みられた森ではあるが、その全てにおいて成功を聞いたことが無い。

 ペイスは、今まで不思議に思っていた。

 あの森の外周部だけでも軽く開拓し、削っていくようにして領地を増やしていくことを、誰も考えなかったのだろうか、と。

 幾ら不確定要素が多かろうと、未知を少しずつ既知に置き換えていき、じわじわと人間の住む領域を増やしていけないものかと。

 恐らく、自分と同じことを考えた人間が、いなかったとは思えない。木々を育む豊かな森が有るのなら、人間の手を入れて、より有用に土地を使おうと考えるのはむしろ当たり前だろう。

 何故、先人たちはやらなかったのか。ペイスの疑問は、現代人の常識を持つものならば当然の上の当然であろう。

 だが、今日初めて、ペイスは魔の森が魔の森と呼ばれる理由を知った。いや、理由の極一部を知った。

 今までの先人たちは、魔の森に近づくなと代々口伝してきている。それは、近づくだけでも魔の森の住人たちを刺激することを知っていたからに違いない。

 改めて感じる。今いる世界は、剣と魔法の世界であり、凶悪な獣や魔獣の住む世界なのだと。

 ペイスだけでなく、皆が皆恐怖を覚えた。

 兵士たちは、ペイスの様な先入観抜きに魔物とぶち当たったのだ。祖父母のさらに祖父母の世代から口伝されてきたような因習。それが、単なる迷信や脅しではないという事実を身をもって経験した。

 魔の森に近づくな。人を呑み込む森だ。

 森の傍に住まうものならば、何度となく聞いた話。

 真実の一端が垣間見えたことで、魔の森の恐ろしさは途端に跳ね上がる。


 「今までの記録に残っていないのは……」

 「一人として、生きて逃げられた人間が居ないのでしょう。少なくとも、まともな人間は」


 そもそも、魔の森の評判というのは大昔から変わらない。

 近づくな、手を出すな、危険だ、人を呑み込む。そういう評判。

 過去に魔の森に入り、或いは開発しようと試みた者は、遅かれ早かれ今回のような凶暴な生き物に襲われたのだろう。

 今まで森の外に出てこなかった理由は、恐らく大龍が捕食者だったか、或いは大龍が捕食していた生物が、第二次捕食者として生態系を構成していたから。

 ペイスのペットの親が、生態系の頂点に君臨していたことは疑いようもない。食欲に関しても何百人もの人間をぺろりと平らげるものだった。

 それが居なくなる。さぞ、生態系は乱れていることだろう。

 一度乱れた生態系は、本来であれば元に戻るような自然圧が掛かるものだが、大龍ほどの大物がいなくなった生態系のバランスは、簡単には戻るまい。

 凶暴な、魔獣とでも呼ぶべき存在が森からはみ出すのも、自然の摂理なのかもしれない。


 だが、魔の森の生態系について想像を膨らましていても仕方がない。

 目下、モルテールン領内の山に、凶暴な害獣が居ることは確定した。

 どう対処するかが問題である。


 ポポランは、初めての大役でいきなり超難題を突き付けられ、顔面蒼白だ。災難と言えば災難。

 この期に及んで彼に全てを任せるのは流石に酷であると、ペイスは一つの提案をする。


 「ハカラを試してみましょう」


 ハカラとは、モルテールン領のみならず神王国で広く使われる燻煙材である。

 草木の一種であり、砂漠を含め水気の少ない土地に育つ。扱いとしては毒草に分類され、人間が食べると深刻な健康被害をもたらす。腹痛や下痢、発熱、発汗、嘔吐、眩暈、などなど。現代にあれば間違いなく規制されているであろう植物だ。

 緑の乏しい所に生える生態ゆえか、動物が嫌う成分が大量に含まれており、草食獣もこの草は食べるのを避ける。

 山狩りなどでも使うものであり、鹿や狼であればこのハカラを燃やして出る煙で追い払うことも可能。

 モルテールン領であれば幾らでも自生しているので、調達も容易い。


 「一度引いて、準備を整えるべきでしょうか」

 「そうするのが常道でしょうが、取りあえず今のままでは情報が皆無です。せめて、僕だけでもこっそり近づいて、ハカラを試すなり、行動を観察するなりして情報を得ないと」


 戦いの基本は、まず情報収集から。

 ペイスから色々と教わった元学生などは頷いているが、作戦を考えるにした所で相手の弱点の一つも知っておきたいところだ。

 先ほどペイスが提案した、毒草による燻煙。

 防虫に関して、特に普通の蜂に関して、煙で燻すことで駆除する方法が有るのはペイスも知っている。お菓子周りの知識には異常に詳しいのはオタクの面目躍如だろう。

 しかし、先ほどの化け物蜂が煙程度で燻せるのか。確信が持てる人間などこの場には一人も居ない。

 だからこそ、少しでも試してみて、嫌がるそぶりを見せるかどうかぐらいは調べておかねば燻煙駆除作戦も立案できまい。

 そして、空を飛び、人が走るより早く追いかけてくる相手に対して調査が出来るのは、魔法ですたこらさっさと逃げられるペイスだけである。


 情報収集は、情報の鮮度と量と正確性が重要。

 これは、ペイスも学校で自ら教えていたことだ。

 情報とは、いかに正確に伝え、いかに精査し、いかに素早く入手するかで扱い方の変わるもの。

 正確だが鮮度の落ちる情報は、書籍に書いて図書館に置いておくもの。

 速報性が高いが、曖昧で不確かな情報は、誤情報や齟齬や錯誤が含まれる。

 情報量が少ない場合、情報を精査するときにどうしても推測や推論に頼るほかない。思い込みを生み、間違った結論を生み出す可能性もあるだろう。


 今、正確で確実な情報を、素早く入手するのであれば、ペイスが直々に動くのが最適。

 指揮官の判断に、誰も異論は無かった。


 「出来れば、生け捕りでも出来ると良いのですが」

 「それで危険を背負い込むのも……」

 「そうですね。先ずは何がしか誘導出来るか試す。襲われる条件を探る。警戒範囲がどの程度の広さか確認しておく。あと、出来れば一匹ぐらい逸れたものを捕まえて試すといったところでしょうか」

 「そうですね」


 大よそ、ペイス達が行動を決めていく。

 全くの手探りでは話にならないので、警戒範囲の広さや襲ってくる条件など、戦いに必要と思われる情報を整理していった。

 そして、どうやってそれらを調べるかが問題だ。

 ペイスが【瞬間移動】を使うことは間違いないが、いざとなれば秘密暴露を覚悟して従士たちに魔法の飴を使わせることも考えるべきか。

 色々と検討を進めていたペイスであったが、ふと、自分の頭がとても軽いことに気づいた。


 「あれ? ピー助は何処に行きました?」


 きょろきょろと、辺りを見回すペイス。

 見覚えのある鱗が見えたかと思えば、ピー助は“空を飛んで”移動している真っ最中であった。


 「きゅぴぴぃぃ!!」


 ペイスの見た先には、蜂の群れの方に猛スピードで突っ込んでいく暴走龍の姿が有った。


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表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] 本来、体の大きさと引き換えに、生物群の中でも屈指の攻撃性や防御性能を得てきた虫という生き物が、はばかる事無く巨大化成長できる……ねぇ。さぞかし魔力を溜め込んでそうだよなぁ……
[一言] 十人を十回と、百人を一回では、魔力消費量はどのくらい違うのだろうか? と思いました。 術者の能力(魔法の制御精度)によって、「余計な」魔力を使ってしまい、例えば十人運ぶのに十二人分の魔力を浪…
[一言] どうみてもピー助のオヤツ
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