361話 使節謁見
神王国王都の中心。
パレードが華やかに行われた翌日のこと。
王城の謁見室に、一組の使節が足を踏み入れた。
豪奢な部屋の中を見回すことも無く、一人の男がじっと頭を垂れている。背の高い異国人であり、遠目からでも目を引く雰囲気があった。
「陛下、ソラミ共和国よりアモロウス=ルード全権大使がお目通りを願っております」
「うむ、謁を許そう」
形式ではあるが、下々の者が直接国王へ声を掛けるのは不敬である。
神王国に来た人間がまだ海の者とも山の者とも分からないならば、幾ら本国で高い地位にあろうと直接声を掛けるのは許されない。
外国の人間は自分たちの国の地位を使節が伝え、それを神王国の外交を司る者が確認し、間違いないと裏が取れたあと、国王へ奏上すると共に口添えをし、その後に王が認めて初めて神王国内で立場を得ることが出来る。
公式に神王国内で立場が決まり、それが一定以上の地位とされて初めて、口上を国王に直接伝えることが許されるのだ。
実に面倒くさい手続きであるが、蔑ろにして良い手続きでもない。王の体は一つであり、時間は有限。誰でも彼でも会いたいという人間に会ってやるわけにもいかない。一定の線引きで事前審査をするのは仕方のないことでもある。
友好国の貴族であるなら、自国の貴族に準じる様な扱い。国の大小や関係性の親疎によって多少は調整も有り、相手の国では公爵であっても神王国では伯爵扱いにする、などということもあるが、基本的には同じ地位の爵位として扱うので分かりやすい。
では、貴族制度の無い国ならばどうなるのか。
このあたりの扱いの調整も、ヴォルトゥザラ王国使節団が秘密裏にソラミ共和国と行っていた交渉内容の一つである。
ソラミ共和国では海外に派遣する使節の地位は高い。特に全権大使は国家代表の代理。神王国に例えるなら、王の代理。ソラミ共和国側は王族ないしは公爵レベルの待遇を求めたが、神王国側との折衝の末に伯爵待遇ということに落ち着いた。
「アモロウス殿、陛下に拝謁を」
文武百官居並ぶ中、立ち上がった男が国王の傍へと近づいていく。
男の名はアモロウス=ルード。
ソラミ共和国から認められて神王国にやってきた全権大使だ。
すらりとした高身長に、人を魅了する風貌。外交官としてみるならば、これ以上ないほど優秀なのだろう。
実際、外交官となってからの実績もそれなりにあり、強かな交渉をすると評判もある。
「陛下に対し拝謁が叶いましたこと、謹んで感謝いたします」
直立していた姿勢から、左足を大きく後ろに引き、中途半端に腰を下ろしたような恰好。
そのまま腰を折って、背筋は伸びたまま頭を深く下げ、両手を腰の後ろに回す姿勢。
ソラミ共和国風の最上級の礼を示す格好だ。
見慣れない挨拶であっても、それが礼を示すことは誰しもが察する。
「遠路よりよく参られた。神王国を統べるものとして、其方の来訪を歓迎しよう」
「ありがとうございます」
式典は、形式に則って粛々と行われる。
何かが突然襲ってくるわけでも無く、急な即興劇が入るわけでも無い。
「ソラミ共和国を代表するものとして、親書を預かって参りました」
大使として最初の仕事は、親書の奏上。
ソラミ共和国使節団として、アモロウスが間違いなく大使であることを公式文書として保証する。
そして、交渉についてある程度の決定権を持つ代表であることを双方で確認するのだ。
これがなければ、どれだけお互いに言葉を交わそうと、本国の意向次第で全て無意味になる。
お互いに時間と労力を無駄にしないためにも、何処までの権限があるかを確認しておくのは大切なことだ。
親書は、宮廷貴族の一人に渡され、そこから外務尚書に渡され、外務尚書が中身を確認した上で国王に渡される。
「うむ、確認した。其方の身の安全と、我が国での身分について、いまこの時より余が保証しよう」
「ありがとうございます」
次いで行われるのが、大使の身分保証。
ハーグ条約も何も無い世界では、外国の大使であっても駐在している国の法律に縛られる。
また、封建的な度合いの強い国であれば、王都で挨拶したからといってその国の貴族まで大使に配慮するとは限らない。
故に、外国の大使の身の安全は、本来ならば自分でやらねばならぬこと。滞在時に求めるのは、武装許可である。
だが、よりにもよって国王のおひざ元に、外国の武装集団を抱え込むなど危険極まりない。武装許可は出来るはずもない。
本来自分たちの身を自分たちで守るというのは当然の権利ではあるが、王が大使の身の安全を保障する。代わりに、大使は王を信頼して武装は最小限にする。
これが、式典を行ってでもアピールせねばならない理由。
集まる貴族たちに、この大使に手を出すと王家が黙っちゃいないぞと恫喝している訳だ。
斯様に、王と大使のやり取りは、実務を多分に含む。
「ところで、其方の国は、聞くところによると風光明媚なところだそうだな」
「ははっ。他に何を誇るでもありませんが、景色の美しさにおいては諸国に誇れるものであると自負致します」
「そうかそうか。機会があれば見てみたいものだ。どこか良い場所でもあるか?」
「それでありましたら……」
実務的な部分も終われば、軽い雑談。
王としても暇ではないのだが、かといって形式だけでは堅苦しさだけが残る。
「ふむ、やはり其方の国は素晴らしい」
「ありがとうございます」
「話のついでに聞くが、ヴォルトゥザラ王国にも行ったことがあるそうだな」
「はい」
そもそも、王子がこのソラミ共和国の使節団と下交渉を詰めたのは、ヴォルトゥザラ王国でのこと。
それをあえて匂わしているのだが、話す内容はあくまでも雑談の範疇。
「ヴォルトゥザラ王国の感想はどうだったかな。勿論、我が国の感想も含めて、思ったことを聞いておきたい」
「そうですね……やはり、暑いという事に尽きます」
「ほう、そうか?」
「我が国は川の傍に町が有り、夏場でも涼をとれる場所が町中にあります。水が傍を流れる木陰などは、夏場でもそよそよと涼しい風が流れます」
「なるほど、それは良い。それに比べれば、我が国は暑いか?」
「はい。暑いです。折角ですので、この国に居る間に、痩せて帰ろうかとも思っております」
「ははは、それは良いな。痩せるのには我が国の滞在が役に立つか」
「はは」
「其方の滞在が、有意義になることを祈らせてもらおう」
「恐縮です」
幾ばくか、軽い雑談で式典は和やかな雰囲気のまま終わる。
話が終わったところで、改めて全員が最敬礼の姿勢を取った。
「国王陛下御退室!!」
儀典官の声と共に、式典の終了が告げられる。
威風堂々と部屋を後にする国王を、使節御一行と神王国の貴族たちが見送った。
これでようやく、式典も終わりである。
「ふう」
「お疲れだな、ペイス」
「まあ……あのパレードの後ですから」
「ははは、あれは実に見ものだったな。私の魔法が【転写】だったなら良かったのだが」
最敬礼で国王を見送った中には、勿論モルテールン親子の姿も有った。
外交使節団が帰国した現在、ペイスは無位無官。
寄宿士官学校の教導役であったり、モルテールン領の領主代行といった肩書はあるが、神王国の貴族としては爵位を持たない貴族家の子という立場。
それ故、国内行事での公式な立ち位置はモルテールン子爵の後ろ。
父と子は、式典が終わって場がざわつく中、他愛ない会話を交わす。
「アニエスも、あのパレードには燥いでいたぞ。ペイスの格好が物凄く目立っていたからな」
「あんな格好、聞いてませんでしたよ」
「聞いていないのは私も同じだ。お前は本当に、少し目を離すと何かやらかしているな」
「不本意な評価です。パレードに関しては僕は嫌だと言ったのに、殿下とスクヮーレ殿に押し切られてしまいましたから」
騒動に愛されたトラブルの申し子。
ペイスを評する言葉は数あれど、父からすれば常に騒ぎの中心にいる、台風の目の様な子供がペイスである。
今回のパレードも、ペイスでなければあそこまで派手に目立つことも無かっただろう。
当人が望むと望まざるとに関わらず、面倒ごとの方から寄ってくる体質なのは相変わらずのようだと、父は息子の頭を力強く撫でる。
「遠目からしか見えなかったが、シイツの【遠見】でなくとも見間違いようがなかったからな。親としてはありがたかったぞ。次もあの格好をしてくれれば探しやすい」
「二度とやりません」
「ははは。まあもうそろそろ我々の退室だ。精々、ここでも目立っておくんだな」
式典が終わり、謁見室に並んでいた諸卿諸官が高位な順でそれぞれ退室していく中。モルテールン子爵の退室順となり、父と子は並んで部屋を出る。
部屋を出ても、すぐに帰宅とはいかない。滅多に王宮に来られない重要人物も居る。例えばフバーレク辺境伯などがそうだ。親戚として、たまに王都で顔を合わせた時ぐらいは挨拶の一つもしておかねばならぬ。
また、領地貴族として、モルテールン領に近い幾つかの領地の領主とは軽く話しておきたいこともある。
同じようなことは、皆が皆思うこと。
余程に急ぎの用事があるか、よっぽど人と会話するのが嫌いであるか。そうでない限りは、控室のようなところにめいめいに移動して、式典の二次会の様なものを行う。
そして、控室に親子で並んでいたモルテールン家の二人を、呼び止めるものが居た。
「カセロール殿、ペイストリー殿」
「これは、スクヮーレ=カドレチェク卿」
呼び止めたのはカセロールやペイストリーと縁の深い、カドレチェク公爵家次期当主のスクヮーレであった。
カセロールとは中央軍において同僚であり、ペイスとは地位を越えた友誼を結んでいる友人でもある。
先のパレードにおいても、護衛部隊を率いて王子を無事に守ったとして功を認められ、主役の一人になっていた人物だ。
「パレードもあって最近はあまり話せていませんでしたから、お見かけした機会に声を掛けさせていただきました」
「それはそれは、わざわざありがとうございます。こちらこそお話ししたいことは沢山ありますから、声を掛けていただいたのは嬉しいことです」
ははは、と談笑するモルテールン家の親子とカドレチェク家の御曹司。
わざわざ多くの人目に付くところで談笑するだけ、何かしらの意味が有りそうだとモルテールンの二人は感じていたが、それを表に出すことは無い。
悲しいかな、トラブル慣れしているのだ。
何に動じることも無く、“本当の用事”は別にあるのだろうとあたりを付けた。
「ご歓談中のところ失礼いたします」
案の定、声を掛けて来た者が居た。
年若い貴族であり、宮廷貴族として面識も有ると、ペイスやカセロールも顔だけは覚えていた者である。
「ペイストリー=モルテールン卿」
「はい」
その若者が声を掛けたのは、ペイスの方だった。
息子に何の用かと父親も目つきを鋭く尖らせるが、若者に曰く自分は伝声官であるという。
つまりは、伝言を伝えるメッセンジャー。
宮廷貴族としては一番一般的な役職であり、貴族であれば誰でもなれる役職。
重要な伝言は当然高い地位の人間が伝える役目を負うが、見たところ若い、カセロールすら名前が出てこないような相手であれば、大した伝言では無いはず。
案の定、伝えられた言葉は酷く単純だった。
「卿を陛下がお呼びでございます」
「父やスクヮーレ殿は同席しても構いませんか?」
「私は卿を呼ぶように言われただけです。その他のことは与り知りません」
ペイスは、伝言の内容である程度の事情を察した。
とはいえ、理解したのはスクヮーレがわざわざ呼び止めて歓談に興じていた理由ぐらいだ。
誰に学んだのか。少々意地の悪そうな、悪戯顔でスクヮーレはペイスに言う。
「ペイストリー殿、何かやらかしましたか?」
「スクヮーレ殿にまでそういわれるのは心外です。心当たりは少ししか有りませんよ」
「特に一人でと言われていないのであれば、同席しても構わないでしょう。私も、ペイストリー殿に付き合いますよ」
「……やはり、それが目的でしたか」
一体なんで呼ばれたのだろうか。
ペイスは頻りに首をひねるのだった。