357話 勝者は魔法使い
「第二回、モルテールン決闘大会ぃ」
ペイスの、気の抜けた声がする。さもあらん、これから行われるのは、一人の美女を求めた阿呆たち、もとい熱き男たちの戦い。観客側の人間としては、気合の入れようがない。
そもそも、何で決闘などということになっているのかと言えば、四方を丸く収めるためにペイスが要らんことを思いついたせいである。
ヴォルトゥザラ王国での親善外交も上手くいき、王子殿下の初の外遊が大成功に終わろうとしていた時。ことも有ろうにルミニートがトラブルに巻き込まれた。
彼女を巡って、神王国預かりになるソラミ共和国使節団長アモロウス=ルードと、ルミニート親衛隊を自称する面々が一触即発の雰囲気となり、あわや血を見ずには済まされない事態になりかけたのだ。
「いやあ、ルミもモテますね」
「知らねえ……いや、知ったことではありません」
「マルクも張り切っていますよ?」
「あのバカ」
決闘を行い、ルミの結婚相手候補を決める。
そう決めてからは、とりあえず騒動は小康状態になった。
下手に騒いで全てがご破算になるよりは、自分の腕っぷしで最高の結果を引き寄せる方が良いと考えたのだ。
ルミを狙う男たち全員が。
誰しもが、自分が決闘で勝つと確信している。
学生たちは幼少期から軍人として厳しい訓練を受けて来たエリートである自負が有り、アモロウスも魔法使いである自分の能力に信頼を置く。
「心配することは有りません。マルクにも秘策を授けていますし、全て上手くいくように手筈は整えました。ルミは大船に乗ったつもりで居ることです」
いまだに、自分を取り合って男たちが争い合うという状況に動揺を隠せないルミ。
彼女からしてみれば、自分の知らないところで勝手に自分を取り合って乱闘騒ぎを起こされているのだ。傍迷惑極まりない。
しかし、ことが色恋沙汰。つまりは感情論であるだけに、収めると言ったところで簡単に収まるものでもないだろう。
そこで、ペイスは由緒正しき古風な対応を取ることに決めた。
つまり、決闘である。
騎士としての名誉と、戦士としての誇りを賭けて、古式ゆかしくぶん殴って決着をつけるのだ。
小難しい理屈は要らねえ、強え奴が偉いんだ、という大昔からの調停方法である。
「本当に、どうしてこうなったんだ……」
「殿下、それは自分も同じ気持ちです。モルテールン卿はいつもやり方が奇抜ですね」
急遽誂えられた貴賓席。
そこには、王子が座り、護衛としてスクヮーレも一隊を率いて侍っている。
何がどうなってこうなったのか。
確かに、外交的配慮として“断られた理由”を用意してあげようというのは分かる。
ソラミ共和国人にとって公開プロポーズがどういう意味を持つかは不明だが、あくまで「ルミはモルテールン家の人間であり、モルテールン家では強い奴が偉いのです」と言われてしまえば、納得するかはともかく、理由として説明がつくだろう。
決闘によって、戦って決めろと言われれば、騎士の国たる神王国の貴族としても面目は立つ。
厄介な外国の要人と、面倒な自国の高位貴族子弟。
どちらも一度に収めるなら、分かりやすくてあと腐れがない、という理屈は分かる。
だが、あまりにも唐突に過ぎる。
頭を抱えているのは一体誰のせいなのか。
「参加者は集まってください」
ルミニートとペイスの前に、集まる男たち。
更には、その周りを大勢の男たちが取り囲む。
誰が勝つかと予想し合い、俄か事情通がいかにもそれっぽそうだが胡散臭い解説をし、手には数字の書かれた木の割符を持っている。
ちなみに、一番人気はアモロウス。魔法使いであるという点が高く評価されて倍率三対二の1・5倍。
次いで人気なのが、誰よりも気合を入れているマルク。倍率二倍だ。
「決闘は、厳正にクジで決めたトーナメントで行います。武器無しで、相手を殺してはいけません。勝敗は降参するか、或いは審判がどちらかの戦闘不能を認めることでつけます。改めて説明するまでも有りませんが、この決闘に勝利した者は、ルミにプロポーズすることを許可します。そして、負けた人間は潔くルミのことは諦めて貰います。負けたくせにグダグダと言い訳をしたり、或いは負けてもルミに付きまとう輩は、立会人であるルニキス王子殿下始め、カドレチェク家並びにモルテールン家を敵に回すと心得るように。そして、勝者には全員からの祝福を与えます。ことここに至っては、負けた時にも涙を呑んで、勝者とルミを祝福する心構えで居るように」
ペイスの言葉に、参加者一同はぐっと気合を入れる。
「それでは、クジを引きます」
「「おおお!!」」
決闘で勝てばルミを自分の嫁に出来る。
そう張り切っている面々。
だが、結局ルミに振られる可能性があることは誰も考慮していない。
勝ちさえすればプロポーズが成功すると、無根拠に信じ切っている連中ばかりだ。
クジの結果が出る。
何の因果か、人気のトップ2は決勝まで勝ち上がらねば戦わないという結果に。
明らかに“作為”の有りそうな結果であるが、クジにケチをつける訳にもいくまい。
「第一試合開始!!」
第一試合は、親衛隊同士の争い。
中々の白熱した試合ではあった。試合そのものは。
勝った方が、相撲取りが四股を踏んでいるような格好で腰を落としつつ、右手だけを高々と掲げて左手は真横に伸ばし、アルファベットのLのような形にするという、奇妙奇天烈なポーズを取ることで大いに笑いが起きたのは甚だ余談であろう。
続く第二試合第三試合と続き、その度に妙ちくりんなポーズで戦いの口上を述べる者がいる。
勝利という名の愛の花束をルミニート嬢に捧げると叫んでいた男も居たのだが、何故か逆立ちしながらだったためにルミにはよく聞こえなかったというおまけ付きだが。
尚、アホな決めポーズをした奴はそのままアモロウスにしばき倒された。
戦いを専門としない外務官とは言え、190cmを超える長身というのは非常に有利。何より、要所要所で器用に魔法を使う。こればかりは魔法使いの特権であろう。
「マルカルロ!! 貴様にルミニート嬢は渡さん!!」
「御託は良い。俺が勝つ」
トーナメント初戦の最終戦は、マルクと親衛隊の戦いだった。
ここで、マルクが目を見張るほどの活躍を見せる。
元々喧嘩には慣れていることもあり、訓練も真面目にやっていたのだろう。ペイス直伝、勝負巧者としての駆け引きの上手さもあり、勝利を危なげなく拾う。
幼馴染の活躍には、ルミも手を握りしめて応援していた。
それがまた対戦相手の激高を誘い、隙が出来やすくなるという不思議な循環も見せる。
試合が進み、いよいよ決勝。
対戦カードは、大よその予想のとおり。
マルカルロ対アモロウスという、好カードになった。
賭け札を握っている人間は、応援も必死である。
「ルミニート嬢は私が幸せにして見せよう」
「うるせえ! 昨日今日会ったばかりのお前に、ルミの何が分かるんだよ!!」
「愛は深さだ。長さなど無意味」
「その口、黙らせてやるぜ」
対戦が始まる。
最初に動いたのはマルクだった。
開始の合図と同時に突進し、タックルを仕掛ける。
「ふっ」
勢いよく吶喊してきたマルクを、左手一本で逸らすようにして避けるアモロウス。
動きにはかなりの余裕が見える。
「くそ!!」
「せいやっ」
何度かマルクの突進とアモロウスのいなしが繰り返されたところで、アモロウスが動く。
マルクの何度目かの突進に合わせるようにして、自分も突進したのだ。
ゴツン、と鈍い音を立てて頭と頭がぶつかった。
「うっ……」
頭突きのぶつかり合いになったところで、マルクがふら付いた。
覚悟を決めて自分からぶつかった人間と、いきなり予想外の衝撃を急所に受けた人間とで差がでた形。
「そこっ!!」
更に、不思議なことが起きた。
マルクがふらりとしながら、踏ん張ろうと動かした足が消えた。
「ほう」
「何だ? 一体何があった?」
「あれは魔法ですよ殿下。恐らくルード氏の【収納】の魔法でしょう。惜しい、僕が参加していれば魔法に触れられたのに……」
ペイスが見破った通り、アモロウスが、地面の窪みに対して【収納】の魔法を目いっぱいかけたのだ。
魔法が発動されたことに、周囲は盛り上がる。
小さな窪み。そこに掛けられた魔法のせいで、マルクの片足がずぶずぶと沈む。ほんの僅かな凹みに、足が収納されているのだ。片足だけがあっという間に膝まで地下に落ち込む。
たまらず体勢を崩し、両手を地面に着くマルク。
「いけえぇ!!」
「そこだ!!」
「どっちもくたばれボケが!!」
周りは実に騒がしくなっていく。
誰が見ても、マルクの圧倒的な劣勢という体勢。
勝負所と見たのだろう。一気に決めに掛かるアモロウス。
自重を掛けながら、抑え込みにかかる。
「決まったか?」
観戦していた王子の言葉は、皆も思ったことだったのだろう。
どう見ても、マルクがこのまま決められて、ギブアップする未来しか見えない。
一気にマルクを締め上げようとしたアモロウス。
「……ここだあああ!!」
だが、マルクの雄たけびと共に不思議なことが再び起こった。
「な、なんだ!!」
「おい、ペイストリー、今何が起きた?」
目の前のことに戸惑う貴賓席の面々。
王子などは思わず椅子から立ち上がる。
「……【瞬間移動】ですね」
「はあ!?」
明らかに不利な体勢、どう考えてもこのまま負けると思われたマルクだったが、瞬きほどの僅かな間に、体勢が完全に真逆になっていた。
どうあっても人間業とは思えない奇妙な状況。
魔法でしかありえない。
「……何をやった、ペイストリー」
王子の問いは、その場にいる全員の疑問を代表していた。
そもそも、神王国内において魔法使いの数と名前と所属は厳密に管理されている。というより、教会が自分たちの利益の為に積極的に情報を売る為、さほど苦労することなく国は魔法使いの発生を管理できる。
モルテールン家に関しても、勿論同じ。
魔法使いが一人でも居れば、その家は間違いなく大きな利益を得るのだ。情報を漏らすなどありえない。そして、モルテールン家の人間で、マルカルロという魔法使いが居た事実は無い。
そう、魔法が使えるはずが無いのだ。
目の前で起きた、あり得ない状況。
どう考えても、主犯は一人。
「その件につきましては、別途情報を販売しております。交渉次第で詳細をお教えしましょう。事実は見てのとおりのものでありますから、ここだけの話にしておいてくださいね。テヘッ」
最終戦。
勝ったのはマルクだった。