328話 西の都のパレード
西の都と称される、ルーラー辺境伯領領都スファルディノローグ。栄光の輝く丘という意味だ。
単に西都と呼ばれることの多いこの町は、かつては一国の首都であった。それなりに歴史のある国であったものが、神王国と戦い敗北し、併呑されたことで西都と呼ばれるようになったのである。
この点、レーテシュ伯爵領と経緯は似ている。違うのは、レーテシュ王国は勢威を維持したまま外交交渉の結果穏便に下ったのに対し、この地域一帯は戦火に塗れたという点。
戦いの果てに下ったことで、今でも神王国の中枢では厳しい目を向ける者も居る。
だからこそ、ルーラー辺境伯は外交的に王家への恭順を示そうと躍起になっており、同時に中枢部への影響力を高める術を模索していた。
「ようこそ王子殿下。臣一同、殿下の御来訪を心より歓迎いたします」
「ルーラー辺境伯、出迎えご苦労」
ルッツバラン=ミル=ルーラー辺境伯。
先代から爵位を継いだ、四十そこそこの壮年の男性。
背も高く、立派な髭を蓄えていて、見た目だけであれば高貴さよりは野性味を感じさせる。
「これより、市内をご案内いたします」
「うむ」
王子が何故ルーラー伯の元を訪れたかといえば、当然政治の為だ。
承知の通り、ルーラー伯は宮廷政治においては何かと不満を抱えがちな立場にある。そのまま放置すれば、不満が高まって神王国から離反、造反をしかねない。
事実、先の大戦においては積極的な裏切りこそ見せなかったものの、積極的な協力姿勢も見せなかった。
士気も上がることなく、ヴォルトゥザラ王国の大軍がやって来た時、あっという間に破れてしまったのだ。
同じ失敗を繰り返してはならない。
国王カリソンは、折角の機会を利用し、四伯の一人として地域に影響力を持つルーラー伯の心を宥めることにした。
それが、今回の王子の行幸というわけだ。
辺境伯は、王子の出迎えに街の外まで出向いていた。王族への敬意を示す為にもそれぐらいのことは当たり前である。
また、しばらくの間は辺境伯家が王子の使節団を持て成す。これも、使節団が友好使節であることの喧伝であり、辺境伯家も使節団の趣旨に賛同しているというアピールであり、ヴォルトゥザラ王国に対して王子と辺境伯が親しいと見せつけ、使節団により一層の箔をつけることでもある。
王子が街に入るに当たって、まずはパレードが催された。
中心となるのは勿論ルニキス第一王子であるが、それに次いで目立つように愛想を振りまいているのはルーラー辺境伯自身。
王子の護衛として付き従う第一大隊は目立ちにくい後方に居て、ペイスなどは更にスクヮーレの陰に隠れて目立たない。
「面白いですね」
「そうですか? ペイス殿の興味を引く何かがありましたか」
「まずは人の多さですか。これほどに大勢の人が集まっているのを見ると、西部もかなりのものだと実感します」
工業化の進んでいない社会では、人の多さがそのまま生産力の高さであり、そのまま軍事力の強さに結びつく。
人口が多ければ多いほど、国力が高くなるということだ。
社会が効率化され、工業化が進んで、機械による生産活動が増えるようになれば、人が多いからと言って生産力が高いとも限らなくなるが、南大陸では未だ産業革命の産声を聞くことは無い。
もし仮に、産業革命が起きるとしても、その発生はモルテールン領からになるとペイスは考えているし、それだけの心づもりも事前準備もしている。
「それに、人種が多様ですよ」
「はあ、確かに。見慣れない顔の人が居ますね」
ぱっと見た限りでも、目鼻立ちの違った人々がチラホラ混じっている。よく見れば違う、程度の話ではあるが、明らかに王都の人々と雰囲気が違っていた。
これは、元々は違った国であったということも有るだろうし、王都と諸外国を結ぶ、特にヴォルトゥザラ王国を結ぶ行路の中間地点に位置しているからでもある。
「他にも、建物の配置を見てください」
「建物の配置……ああ、なるほど、これは独特だ」
「気づきましたか」
「この建物の配置……『東からの敵を警戒』する配置になっている」
「その通り。流石スクヮーレ殿」
「補佐役が補佐してくれたからこそ気づけたのですよ」
「なら、仕事を果たしたまでですね」
スファルディノローグの建物は、一番重要な城が最西にある。遠くからでもどでかい建物なので、すぐに分かった。
西都から見て、神王国の王都は東にある。つまり、王都から最も遠い場所に城を置いているということ。
城から、城下町が広がっていて、更に町の城壁まで。どう見ても、東に行けば行くほど、重要度の下がる建物になっているように見えた。
更には、パレードの始点となる東の門から見て、王城までの途中に沢山の建物が見える。
つまり、王城までの障害物が多いということ。
総じてみれば、どうにも“東からの敵”に備えるような街づくりになっているのだ。
「過去の遺産、ですかね? ペイストリー殿の考えは?」
「確かに、過去の歴史が為した町並みかもしれません。僕は詳しくないですが、我が家の従士長辺りを連れてくれば詳細を聞けたかもしれませんね」
モルテールン家従士長シイツの出身は、恐らくスファルディノローグである。
恐らくというのは、孤児であったため正確な生まれ育ちの一切が不明であるためだ。
それでも一応は生まれ故郷なのだ。全くの初めてでこの町を訪れたペイスやスクヮーレよりは、マシな考察が出来たかもしれない。
「ああ、それに、服装もありますね」
「服装?」
「特に女性の服装です」
「……良く分かりません」
スクヮーレは、パレードの最中でもしっかりと見回す。王子の護衛の為に不審者を見つけるという意味もあるが、同時に中央の軍人としていざという時の為に土地勘を養っておく意味もある。
目につくのは色鮮やかな人々。恐らく今日の為に着飾っている人も多いのだろう。
しかし、ペイスが服装について言及する意味が掴めなかった。
「女性の服装の流行が、王都と違うじゃないですか」
「え? そうなんですか?」
スクヮーレは、軍人である。それも、相当に高位な立場にある専門軍人だ。
訓練や遠征で家を離れる機会も多く、家の中のことは結構妻に任せている部分も多い。
女性の服装の流行など、武骨な軍人が詳細に気付けるはずもない。
目ざとく気付くペイスがおかしいのだ。
「後は……おお!!」
「何ですか!?」
ペイスが、急に大声を上げた。
まさに市内のパレード中であるから、使節団の護衛を任とする面々は気色ばむ。
足を止めて、周囲を警戒する者も居る。
「見て下さい!! フルーツが売られていますよ!!」
「……はぁ」
ペイスの素っ頓狂な発言に、第一大隊の面々はそのまま警戒を解いた。
そもそもペイスの奇行のことは、第一大隊・第二大隊の間でそこそこ知られているのだ。本人の類まれなる功績と共に、為人に興味を持つのは普通のことだろう。
なまじ、当人がイレギュラーの塊であることから、噂話には事欠かない。
国軍の身内としてではなく、ゴシップのネタとしても話題性抜群の迷惑野郎がペイスなのだ。
件の騒動野郎は、パレードの中に居るにも関わらず、かなり遠くの場所にフルーツらしきものが売られているのを発見する。
何処にそんな目が有るのかと呆れるほどだ。
まさか【遠見】の魔法を使っているわけでも無いだろうが、よくもまあそこまで食べ物一つに真剣になれるものだと、スクヮーレなどは溜息をつくしかない。
「見たことの無いフルーツもありますね……これは、パレードの後に視察に行かねば!!」
「ペイス殿、このパレードの後は、親睦と慰労のパーティーがありますよ?」
スクヮーレのもっともな指摘に、ペイスの顔が渋くなった。
「……僕は、これから風邪を引く予定にしておいてください」
風邪をひくのに予定も何も無いものだ。
明らかな仮病宣言に、呆れるスクヮーレ。
「ルーラー伯主催のパーティーで、仮病なんて出来る訳はありません。諦めてください」
「くっ、これが父様なら身代わりに出来たものを」
「……モルテールン子爵も、普段はご苦労されているのですね」
ペイスの手綱を取れる彼の父親に対して、スクヮーレは心から尊敬の念を抱く。
英雄の武勇にではない。尋常ならざる天才の破茶滅茶を、御せることに対してだ。
やいのやいの、ペイス達が騒がしい中、パレードは粛々と進む。
城までパレードを行えば、第一大隊の面々は与えられた宿舎に向かわねばならない。
スクヮーレやペイスを含め、幾人かはそのまま王子殿下の傍で護衛である。
幾らペイスとは言えど、王子の護衛をサボって街に繰り出すわけにはいかない。
渋々と、自分の仕事をこなすペイス。王子の傍で小柄な彼が侍っていれば、嫌でも目立とうというもの。
そんな彼を、遠目に見やる人影があった。
「あれが、モルテールンの小倅か」
ルーラー辺境伯の目は、怪しく光っていた。