302話 事件は会議室で起きている
神王国南部モルテールン領領都ザースデン。
常から騒がしいこの町に、非常招集がかかった。日頃は各村々に居るモルテールン家従士や、外務の為に他所の領地に行っている人間まで集められているのだから、集まった者たちは何事かと戸惑うばかりだ。
今もまた、困惑を胸中に抱えたまま集まった者がいる。
「お、トバイアム久しぶり」
「うっす。お前も呼ばれたのか?」
「全員集まれという話だろう。当たり前だ」
モルテールン家本邸で、モルテールン家外務長にして筆頭外務官のダグラッドが、馴染みのある武官トバイアムとばったり出くわし、挨拶を交わす。
日頃トバイアムは新村の治安維持の仕事を担っているし、外務官としての職務をこなすダグラッドは周辺各領に足を運んでいることも多い。二人が顔を合わすのも久方ぶりのことだった。
「ぶひゃひゃ、それもそうか。お前の顔も久しぶりに見れて嬉しいぜ!!」
「げほっ!!げほっ!!」
ガタイの良いトバイアムが、中肉中背の同僚の背中を叩く。多分に親しみを込めているのだろうが、手加減というものがド下手な腕自慢が叩くものだからダグラッドは思い切りせき込んでしまう。
「おっと悪い悪い。ところで、何で呼ばれたか、お前は聞いてねえか? 久しぶりに若手も含めて全員集合ってんで、俺はそれ以上を聞いてねんだよ」
「いや、俺も聞いてない」
「何が有ったんだか」
「察しはつくけどな……当たるかどうか」
集められたことは確かだが、内容については聞かされていない。どうせ碌な事じゃないだろうという予想は有るが、そもそもモルテールン家において常識だとか当たり前というものが通用した試しがあっただろうか。
いつだって予想の斜め上を突っ走る、はた迷惑な人間が居たわけで、モルテールン家に勤めて長い二人は既に諦観の域に達している。
「まあ、その時になりゃ分かるだろ」
「そうだな」
なるようにしかならないと、深く考えても意味がないと諦める。モルテールン家の従士とは大なり小なりそうなってしまうもの。
屋敷の中を歩き、指定された大会議室の扉の前に立つ二人。
会議なので、ノックすることも無く扉を開けて中に入ろうとする。
「失礼しまぁすっと」
そして、部屋に入ることなく扉を閉める。
「失礼しました!!」
扉を慌てて閉めたトバイアムとダグラッド。
二人は、お互いに顔を見合わせる。
「今、見たか?」
「……見間違い……じゃねえよな?」
中年の従士二人。
固まってしまった両者に対して、若い声が掛けられる。
「おっさん、何やってんだ?」
「お前ら、早いな」
声を掛けたのは、若手の面々。
ヤント、アーラッチ、リースなどの仲の良いグループだ。どうやら連れ立って来たらしく、新人たちも引き連れていた。総数で十人弱。
モルテールン家は人材登用を積極的に進めていて、新人採用にも熱心だ。しかし、同じ新人であっても元々普通の村人だった人間と、将来の幹部候補と見込まれている人間で多少の差はある。
例えばアーラッチなどは、トバイアムの息子である。親譲りにガタイが良いし、頭も悪くないものだから、若手の中心人物となってまとめ役になっていた。
或いはヤント。彼もまたモルテールン家重臣のグラサージュを親に持つ。
馴染みの同僚の親だからか、或いは親の同僚だからか。元々口の悪い連中の中で育ったヤントなどは、トバイアム達年長者に対しても遠慮というものが無い。モルテールンで生まれ育ち、親もモルテールン家の従士だったから、上下関係が緩いモルテールンの家風に染まり切っている。
それ故新人たちの先頭に立って、おっさんたちにも平気で文句を言う。
「扉の前にデカい図体で居られると、入れねえじゃん。もう一度聞くけど、何してんだ?」
「ちょっと、中で信じられねえもん見ちまってな」
「へえ、何だろ。俺も見てみる」
好奇心と冒険心の強い青年は、怖いもの知らずなのだろう。
「いや、待て、落ち着け。驚く準備をしとけよ」
「脅かそうったってそうはいかねえよ」
軽く口角をあげ、半笑いのまま扉を開けるヤント。
「失礼しま……した!!」
そしてすぐに閉じた。
「ヤベえ!! 何だあれ!!」
「だろ? 驚くよな?」
ヤントの後ろに居た若手たちは、よく見えなかったが一体何が有るのかと好奇心を煽られる結果となった。が、同時に得体のしれない恐怖も感じるようになる。
微妙に中に入りづらいことになってしまった部屋。
雰囲気を壊したのは、部屋の中から発せられた少年の声だった。
「扉の前に居る皆さん、馬鹿な事やっていないで、さっさと入りなさい!!」
ペイスの声だ。
流石に、こうまではっきり命令されたら仕方ないと、部屋にどかどかとまとめて入る。
全員が全員、どこか不自然な方向に視線を向けながら、椅子に座っていく。しかも、ペイスから遠い位置から席が埋まっていくのだ。
一鐘分はゆうに時間が経ったとき、従士長とグラサージュが連れ立って部屋にやってきたところで、全員が揃う。
「それじゃあ、会議を始めましょうか」
会議の開始を、告げるペイス。
しかし、やはり場の雰囲気がおかしい。
「若様、その前に良いっすか」
「何でしょう」
不幸なことにペイスの傍に座る羽目になった森林管理長のガラガンが、おずおずと手を挙げる。
不機嫌そうなペイスに対して、仕方なくといった感じだ。
「頭に……のっけてるの、何すか?」
「……ドラゴンの子供です」
頭、というよりは顔にというべきだろうか。赤ちゃん大龍がくっついていた。
何度かペイスが鬱陶し気に掴んで机に置こうとするのだが、どうあってもその場所が気に入ったのか、ペイスの顔にぺたりと張り付こうとする。
想像してみて欲しい。至極真面目な気分で上司と向き合うと、愛玩動物もかくやという愛らしい小動物が、お尻フリフリと動きながら顔に張り付いているのだ。
勿論、大龍と戦った連中ばかりだ。どういう素性かも分からぬ生き物に、油断することは無いだろう。だからこそ、頭で分かっている緊張感と、目の前の光景のギャップが皆を苦しめる。
主に、笑いを堪える方向で。
「ぴゅい」
「こら、僕の鼻を舐めない。食べ物じゃありませんよ!!」
悪戯坊主に悪戯する子龍。
「ぶほっ!!」
「ぶひゃひゃひゃひゃ」
「あはははは」
「ひーふは、うはは」
それでいよいよ、緊張感は決壊してしまう。
集まった面々が、一斉に笑い始めた。
こうなっては、しばらくの間収拾がつかなくなる。
「ごほん!! 今日集まって貰ったのは、このドラゴンについてです」
ペイスが、大声で場を引き締めようとする。
一応はそれで皆気を引き締めようとしてはみるのだが、やはり子ドラのぷりてぃ加減とペイスの顰め面のギャップに、笑いが収まらない。
結局、会議が始まるまでにたっぷり十五分はかかってしまった。
「ああ、笑った笑った。それで、坊。議題はその妙なお面についてですかい?」
「ええ、この大龍についてです」
「大龍について、か。やっぱりそりゃ大龍なんですね」
「ええ」
ペイスは、王都の父から託された内容を皆に伝えていく。
大龍の卵を金庫に仕舞っていたら孵ってしまったこと。王宮に持って行って国家の重鎮たちが侃々諤々の議論を重ねたこと。現状では不確かなことが多すぎるため、未知の危険性を踏まえて王都から離す決定が為されたこと。諸般の経緯からモルテールン家に預けるのが適当であろうと判断されたこと。などなど。
「よって、しばらくの間、この子をうちで預かることになりました。その間の警備体制の見直しや、各所の作業割り当て変更について決めたいと思います。それが、今回集まってもらった理由になります」
今後についての作業分担変更が主たる議題。そうペイスが言ったことで、集まった面々は少々ざわつく。
「どういうことでしょう」
「この子を、万が一にも盗まれて……いえ、攫われてしまうことが有ってはいけません。その為、各所の工事計画や拡張計画を一時凍結してでも、領内の治安維持、防諜対策を重点的に行う必要があります。故に、今後の人員について、割り振りを検討したいと思います」
モルテールン家に龍の子供が預けられたという話は、王都からすぐにでも広まっていくことだろう。
となれば、遅かれ早かれ邪な連中がやって来ることは疑いようもない。
「じゃあ、グラサージュはしばらくザースデンにつめるってのは決まりじゃないか?」
グラサージュは、領内の土木工事全般を担当している。最近は本村外での作業が多いため、治安維持の為に人手を戻すとするならまず真っ先に戻すべき人材だろうと、衆目の一致を見た。
彼は、土木関係を取り仕切る以前はカセロールと共に他所の荒事にも参戦していたのだ。腕っぷしの強さと弓の腕前には定評がある。他領からの流入者の対処というなら、他所の事情にも通じた腕利きという意味で、替えの利かない人材だろう。
「水路の浚渫はどうしますか?」
「少し手間になりますが、ザースデンから指示を出してください。連絡役にはザースデン自警団の子供達にやらせましょう」
「子供たちに?」
「小遣いを弾むといえば、やりたい者は沢山います。伝言を伝える程度ならば可能でしょう」
グラサージュが本村に戻る代わりに、犠牲となるのは工事作業だ。ペイスとしては、ひと月程度の短い期間であるならば、綿密な工事計画さえあれば、遠隔から指示を出し、こまめに進捗報告を聞けば対応できると判断した。
「コアントローさんは戻せませんか?」
「コアンは王都で父様の傍に居る必要があります。王都の情報収集も担当していますし、ここで戻すわけにはいかないでしょう。今まで以上に王都の情報をこまめに確認する必要がありそうですから」
一方、グラサージュと並ぶ重臣のコアントローは、王都で固定の役割があるとペイスは断じた。イレギュラーな状況が幾らでも考えられる中、その中心地となり得る王都での活動を減らすわけにはいかないとの判断だ。
「ダグラッドは本村に詰められますか?」
「自分ですか?」
「もし、既に訪問の約束の有る所が有れば、余程でない限り断ってください。謝罪の手紙は僕が書きますし、それで多少の詫び金が出ても許容します」
外交的に致命的でないなら、金で片を付けたとしても領内に人手を増やしたい。ペイスの意思は明確で、断固としたものだ。
「ラミトはどうしましょう? 一応、行商人見習いって態になってますよね。ここで戻すと色々とバレますよ?」
外務官としては、もう一人替えの利かない人物としてラミトが居る。グラサージュの息子であり、ペイスとも昔からの馴染みの青年。モルテールン家としては貴重な、生え抜きの外務官として隠密で情報収集活動に当たっている。
ここで大々的に動かしてしまうと、今の行商人の弟子、という肩書が偽装であるとあちこちにバレかねない。これは流石に勿体ないのではないか、とダグラッドは意見する。
「……デココの所に詰めさせましょう。デココに病気になってもらって、その見舞いという名目であれば自然な形で戻せます。師匠の急病なら、慌てて戻っても不自然では無いでしょう」
少し考え込んだペイスであったが、何とか出来そうな手を思いつく。
「なら、病名は“慢性頭痛の悪化”にしとけって話だな。若様がらみで不自然にもならねえだろ。ぶひゃひゃひゃ」
「トバイアム、冗談を言っている場合ではありません。……いっそ、本当に足の一本も折りますか?」
「流石にデココが可哀そうでしょう。腹痛なら食中毒かって疑われるし、やるなら頭痛ってのは間違っちゃいねえでしょうよ」
「あと、若い連中は新村に集めておこう。ザースデンで見慣れない奴がいたらすぐに気づけるように」
「そうだな。出入口を絞めればやりやすい」
やいのやいのと議論は深まっていく。
大方の議論は出尽くし、結論をペイスが口にしようとした瞬間。
「それでは、割り振りを決定します。新村には……」
「ぴゅいぴゅ」
可愛らしい鳴き声に、思わず全員が吹き出すのだった。