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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

映画『ジョーカー』の脚本についての考察 ※ネタバレ注意

作者: 上河みか

※ネタバレ注意!

 「本当の悪は笑顔の中にある」


 映画『ジョーカー』オフィシャルサイト - ワーナー・ブラザース

 http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/


 映画『ジョーカー』(2019)の脚本、構成について考察してみたいと思います。

 どうして他の映画ではなくジョーカーを選んだのかと言うと、好きなバーチャルユーチューバーが熱心に薦めていたからです。

 そんなわけで、ついつい平日に映画館まで足を伸ばしてみました。


 さて、ジョーカーはどのような映画なのでしょうか。

 一言で言うと、アメコミ・ヒーロー、バットマンのスピンオフ映画です。

 バットマンの敵役であるジョーカーが主人公として登場し、彼の暗い過去が明かされます。


 内容は生生しく、非常に残酷です。

 社会から爪弾きされてしまった主人公の葛藤が、あらゆる場面を通じて伝わってきます。

 バットマンを知らない観客にとって、本作はエンターテイメント映画とは思えない作りになっていることでしょう。


 しかし、それでもなおジョーカーは話題になり、多くの反響が寄せられているのも事実です。

 そこで、本稿では主観的な感想はできる限り排除して、脚本術に基づいた考察を述べたいと思います。

 この考察により、ジョーカーの面白さが綿密な計算の上に成立していることを明らかにしたいと、筆者は考えています。


 本稿は映画のあらすじやネタバレを含みます。

 まだ映画を見ていない方は、先にスタッフロールまで映画を見てから読んでください。



 今回は『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』という脚本術の本を借りて、構成を読み解きます。

 著者のブレイク・スナイダーはこの本で初心者向けにシナリオ作りの技を教えていますが、彼はヒットする映画の脚本には普遍的な法則があると述べています。

 その法則がSAVE THE CATの法則というわけです。


 では、どのように構成が組まれているか、考えてみましょう。


 映画一本、120分の時間制限に対して、110ページの脚本が必要だと、スナイダーは言っています。

 それでは、脚本の構成とはどんなものでしょうか。

 ハリウッド映画では三幕構成という言葉を耳にします。

 設定 (Set-up)、対立 (Confrontation)、解決 (Resolution)という3つの幕の繋がりで映画を作る、あるいは評価するという方法論です。

 しかし、三幕だけでは幕の間が広すぎて脚本のページは白紙だらけになってしまいます。

 そこで、スナイダーは三幕構成を発展させ、"ブレイク・スナイダー・ビート・シート"というテンプレートを作りました。


 ビートとは個々のシーンより少し大きな、"見せ場"と呼べるものです。

 限られた時間の中で良い構成を作るため、スナイダーは次のように脚本を15個の"ビート"に分解し、テンプレートにしています。

 テーマに沿ったビートを繋げることで、三幕や起承転結よりも緻密に脚本を作ることができるのです。


 以下に各ビートの説明を書きました。

 ()の数字は脚本のページを示しており、この数字が映画の時間とだいたい一致していると考えてください。


 1. オープニング・イメージ(1)

  ・映画の第一印象を決める。主人公の出発地点となる。

  ・ファイナル・イメージはオープニング・イメージと対になっている。


 2. テーマの提示(5)

  ・登場人物が関連するテーマについて述べ、仄めかす。


 3. セットアップ(1~10)

  ・登場人物たちの特徴や問題の原因が示される。

  ・テーマを提示する。

  ・主人公が変化する前の欠点や直すべきことが示される(伏線)。


 4. きっかけ(12)

  ・良いきっかけや悪いきっかけが起こる。


 5. 悩みのとき(12~15)

  ・主人公が悩み、疑問を抱く。このままで良いのか、何かすべきかどうか。


 6. 第一ターニング・ポイント(25)

  ・何かが起こるべき最初のポイント


 7. サブプロット(30)

  ・第一ターニング・ポイントの衝撃を和らげる。

  ・テーマを伝えたり、ラブ・ストーリーを展開したりする。

  ・いわば場面転換、息抜き。


 8. お楽しみ(30~55)

  ・作品の基本的コンセプトを表現する。

  ・作品のあらすじにあるような、お約束のシーンを入れる。


 9. ミッドポイント(55)

  ・主人公が絶好調、あるいは絶不調になる。

  ・お楽しみは終わって、本来のストーリーに戻ってくる。


 10. 迫りくる悪い奴ら(55~75)

  ・悪役がしっぺ返しに来る。

  ・主人公たちの間で意見の食い違いや仲間割れが起こる。


 11. すべてを失って(75)

  ・主人公が失意のドン底に落とされる。

  ・誰か重要な人物や指導者が死んだり、死を印象づけるシーンを見せる。


 12. 心の闇(75~85)

  ・徹底的に打ちのめされた主人公が悟りに達する。

  ・主人公は問題の解決法に至る。


 13. 第二ターニング・ポイント(85)

  ・解決法が見つかった、やったね!

  ・主人公が見つけた解決法を実行に移す。


 14. フィナーレ(85~110)

  ・悪い奴らは小から大まで一掃される。

  ・主人公が勝利する。


 15. ファイナル・イメージ(110)

  ・オープニング・イメージから変化が起きたことを示す。


 以上はビート・シーンの一覧になります。


 また、スナイダーはすべてのシーンに変化と"葛藤"を入れるように書いています。

 登場人物同士のいさかいであったり、ショックを受けるような会話など、衝動的なシーンによって観客の関心を引きつけることができるからです。

 つまり、どんなシーンでも緊張感が高まるということです。

 ジョーカーでもあらゆるシーンに主人公を襲う最大限の葛藤が含まれています。


 それでは、以上のビート・シートに沿って、ジョーカーの構成を分解していきましょう。

 ビート・シートを使って見ていくと、ジョーカーは奇をてらうような構成ではなく、非常に典型的な作品であることがわかります。


 ただし、筆者は映画のリピーターではなく、記憶にも限りがあるため、シーンが前後していたり欠落していたり、勘違いしているものもあります。

 ご了承ください。



 オープニング・イメージ(1)

  物語は薄暗い事務所のような部屋から始まりました。

  ラジオからはストライキのニュースが流れ、ゴミの問題が悪化していることを伝えています。

  どうやら暗い世相です。

  舞台であるゴッサム・シティは行政が上手くいっていないようです。

  事務所の化粧台ではピエロのメイクをしている男がいます。

  男の右目からは涙が流れ、メイクが崩れてしまっています。

  (典型的な、左から右を向いているシーン)

  彼は無理やり笑顔を作ろうとして、両指で口角を引っ張り上げます。

  「笑顔」というテーマが彼から伝わってきます。



  僅かなシーンなので、バットマンの前知識が無い人は、ゴッサム・シティが舞台であると気付かないかも知れません。

  また、ホアキン・フェニックスが主演であることを知らない人も、このピエロが主人公であることを知らないでしょう。

  しかし、冒頭のこのシーンだけで舞台と主人公が揃いました。



 セットアップ(1~10)

  閉店セール中の楽器屋の前にメイクの終わったピエロがやってきました。

  彼はセールを知らせる看板を持ち、愉快なダンスを披露しています。

  しかし、急に不良少年たちに襲われ、ピエロは看板を奪われます。

  逃げる不良少年たちを必死に追うピエロでしたが、裏路地でリンチされて財布まで奪われてしまいました。

  バラバラになった看板と共に、地面に横たわるピエロに悲壮な表情が浮かんでいます。


 ※オープニング・イメージ2

  シーンが変わると、メイクをとったピエロの男が引きつった笑いを浮かべています。

  部屋には男と女性がいます。

  女性は心理カウンセラーのようです。

  女性からアーサーと呼ばれた男は、ずっと堪えられずに笑っています。

  カウンセラーから日記を見せるように言われ、アーサーはネタ帳のノートを見せます。

  ノートには走り書きや黒く塗った跡が見えます。

  アーサーの考えたジョークは誤字が入っているのか、本当にそういう意味なのか、分かりかねるもののようです。

  彼はかつて病院で監禁されていました。

  その際も、扉に頭を打ち付けるなど異常な行動をしていました。

  アーサーはカウンセラーに薬を増やしてくれるように頼みます。


 ※テーマの提示

  シーンが変わると、アーサーはバスに乗って外を見ています。

  ふと前の席を見ると、子供が振り返ってアーサーを見ていました。

  アーサーは子供をあやそうと、いないいないばあをして見せます。

  それに気付いた子供の母親が、構わないでくれとアーサーに冷たく言います。

  その言葉を聞いたアーサーは突然、大声で笑い始めてしまいました。

  不審に思っている子供の母親に、アーサーは一枚のカードを手渡します。

  そこには脳と神経の障害のために突然、笑いだしてしまう病気である旨が書かれていました。

  バスの中にアーサーの乾いた笑いだけが響きます。


  このシーンでアーサーは右から左に向かって、否定的な印象で場面に映っています。

  他人を笑わせようとすることが、負のイメージに繋がることを暗示していると考えられます。



  アーサーは帰る道すがらに薬局に寄り、長い階段を上って家路につきます。

  彼は母親と二人暮らしのようです。

  母親ペニーはトーマス・ウェインなる人物からの手紙が来ていないか気にしています。

  アーサーは母親を介護しながら、テレビを見ます。

  テレビではマレー・フランクリンという司会者の番組が放送されています。

  アーサーはマレーの番組がお気に入りのようです。


  番組がスタート。

  観覧席の中にはアーサーが混じっています。

  冒頭の挨拶の途中、マレーがアーサーに呼びかけます。

  マレーに促されて、どぎまぎしながらもアーサーは立ち上がりました。

  スポットライトを当てられ、カメラを向けられるアーサー。

  彼が今の不幸な身の上を話すと、マレーは同情してくれて、観客たちも拍手を送ってくれました。

  シーンは再び、母親と暮らす家の中に戻ります。

  先程までの番組の様子は過去の回想か、あるいは現実ではなかったようです。



  さて、ビート・シートがいくらか前後していますが、セットアップでアーサーのバックグラウンドとテーマが明らかになりました。

  また、映画の紹介ページに載っているような、重要な登場人物の大半が出揃っています。


  アーサーはコメディアンに憧れていますが、今はピエロとして働いています。

  彼には人々を笑顔にしたいという夢がありますが、仕事は上手くいっていないようです。

  また、精神的な病を抱えており、社会に溶け込むのも彼にとっては容易ではありません。

  さらに、一人で老いた母親の介護をしています。

  アーサーの暮らし向きは決して良いとは言えない、むしろ困窮していると言えるでしょう。

  それでも彼は夢を持ち、ひたむきな生き方をしています。

  スナイダーの脚本術に基づけば、観客はアーサーに憐憫の情を抱き、彼を応援したい気持ちになるでしょう。



 きっかけ(12)

  暴行を受けた翌日、アーサーが事務所に出社すると、同僚のランドルが話しかけてきます。

  アーサーが暴行された件について、ランドルは知っていました。

  そして、自分の身は自分で身を守れるようにと、ランドルはアーサーに拳銃を密かに渡してくれます。

  この拳銃がアーサーの運命を変えていきます。



 悩みのとき(12~15)

  拳銃を渡された直後、小人症の同僚ゲイリーから、社長のホイトがアーサーを呼んでいると知らされます。

  アーサーが社長のオフィスに向かうと、ホイトはいたくご立腹でした。

  ホイトはアーサーが勝手に持ち場を離れて、看板を持ち逃げしたと思っていたのです。

  ホイトからキモい奴と罵られ、給料から看板代を引かれるとまで言われて、アーサーは酷く落ち込みます。

  アーサーは事務所の外で憂さ晴らしのためにゴミ箱を何度も蹴り、やがて蹲りまってしまいます。


  家に戻る時、アーサーはエレベーターで子連れの女性と一緒になります。

  女性は建物の設備を愚痴りながら、アーサーに話しかけてきました。

  アーサーが見ている前で、女性は左手を拳銃に見立てて、自分の頭を撃つふりをします。

  アーサーも彼女と同じように自分の頭を撃つふりをして、彼女と同じ階で別れます。

  (設定では彼女にはソフィーという名前があるのですが、作中で出てこなかったようです。聞き逃しかも知れません。)


  アーサーが母親を入浴させているシーンが流れます。

  母親はトーマス・ウェインが市長選に出馬する立派な人だとアーサーに話します。

  その後、アーサーは家の一室で、ダンスを踊りながら拳銃を弄んでいます。

  しかし、調子に乗って一発を壁に撃ってしまいました。

  母親に何をしているのか尋ねられ、アーサーは戦争映画を見ていると嘘をつきます。


  次の日、アーサーはソフィーの様子を伺っていました。

  そして、アーサーは彼女を尾行してしまいます。

  観客にとって、拳銃を隠し持っている近所の男が尾行してくるというのは相当に不安なシーンです。

  家に戻ると、ソフィーがアーサーを訪問してきます。

  アーサーが尾行していたことは彼女にバレていました。

  しかし、ソフィーはアーサーを許してくれたようです。

  アーサーがコメディアンであると自己紹介すると、ソフィーは出演日を尋ねます。


  また違う日、ライブハウスのような場所でコメディアンがトークを披露しているシーンに変わります。

  それを聞いている観客の中に、アーサーも混じっていました。

  アーサーはコメディアンを目指す一貫として、ライブを見に来ているようです。

  他の客が笑うところでアーサーは真顔になり、他の客が黙っているところでアーサーは笑っています。

  彼はネタ帳のノートにコメディアンのジョークを書き留めます。


  ある日のこと、小児病棟でピエロの仕事をしているアーサー。

  しかし、ダンスの最中に懐から拳銃を落としてしまいます。

  仕事が終わった後、アーサーはホイトから拳銃を持ち込んだことを咎められます。

  アーサーはただの小道具だと言い訳しますが、ホイトはアーサーに解雇を言い渡しました。


  その日、絶望に打ちひしがられながら、アーサーはピエロの扮装のまま地下鉄に乗って家を目指します。

  同じ車両で、3人の会社員が女性客に絡んでいました。

  背広姿に高そうな時計をつけた会社員たちは、かなりのエリートのようです。

  アーサーはその様子を見て笑い始めてしまいます。

  会社員たちは白けて、女性客に絡むのを止めます。

  アーサーのおかげで女性客は難を逃れることができましたが、会社員たちは今度はアーサーに絡み始めました。

  さらに、羽交い締めにされ、殴られてしまうアーサー。

  しかし、アーサーは咄嗟に拳銃を手に取り、会社員2人を反射的に射殺します。



 第一ターニング・ポイント(25)

  アーサーは残った一人を下りた駅まで執拗に追い、やはり射殺。

  背中を向けて這いずる会社員に、弾切れになるまで銃弾を打ち込みます。

  この時は今まで左にいたアーサーが、やはり右から左を向いて銃を構えています。

  これまでと違う、取り返しがつかないターニング・ポイントのシーンです。

  会社員たちを殺したアーサーは必死で走り、ビルの中に逃げ込みます。

  そして一息つくと、アーサーは取り憑かれたように一人でダンスを踊ります。



  さて、第一ターニング・ポイントまでの一幕で、アーサーは大きく変化し始めました。

  殆どのシーンで、彼は周囲との軋轢から葛藤を感じ、観客の緊張は否応なく高まります。

  そして、シーンは負の方向へと変化しています。

  一方で、マレーの番組とソフィーの登場シーンでは、彼に良い変化がもたらされているようにも読み取れます。

  これらのシーンは伏線としての意味を持たせていると考えられますし、実際にそのように作られています。



 サブプロット(30)

  会社員3人を射殺したアーサーは家に戻ると、ソフィーを訪問します。

  そして、ピエロの扮装のままで彼女にキスし、部屋へと上がりこんでいきます。

  これ以後、アーサーとソフィーの関係が発展していきます。



 お楽しみ(30~55)

  アーサーは母親と共に自宅でテレビを見ています。

  テレビではピエロに扮した男が会社員3人を殺したという事件が報じられていました。

  番組で事件について意見を述べているのは、ゴッサム・シティの名士トーマス・ウェインです。

  会社員3人はトーマスの会社の社員であり、ニュースでは富裕な彼らへの妬みから殺人が行われたと考えられていました。

  どうやらゴッサム・シティでは貧富の格差が問題になっているようです。

  そのことに続いて、犯人がピエロのマスクをしていたことから、トーマスは顔を隠しながらでないと行動に出られない、社会の落伍者たちをピエロだと糾弾します。

  アーサーはニュースを見て、世間が自分に注目し始めたと笑い出します。

  母親はトーマスに心酔しているらしく、何が面白いのかとアーサーをたしなめます。


  再びカウンセリングに向かうアーサー。

  映画の予告であったシーンです。

  しかし、アーサーはカウンセラーから面談は今日が最後だと告げられます。

  市の予算が削減されたため、こうした福祉事業は終わりになるというのです。

  面談の終了と同時に、薬も処方されなくなってしまいました。


  一方で、アーサーはライブハウスで登壇する機会を得ました。

  司会者から地元ゴッサム・シティで生まれ育ったコメディアンとして紹介されます。

  そして、アーサーはマイクの前に立ちます。

  アーサーは用意してきたジョークを披露しようとしますが、緊張で笑いが止まらなくなってしまいます。

  このライブをソフィーも見に来ていました。

  辛うじてネタを披露すると、アーサーは達成感を得たように天上を仰いでスポットライトの光を浴びます。


  ソフィーと共に帰路につくアーサー。

  街の新聞屋では、私刑人ピエロの記事が一面に出ています。

  アーサーたちの横をタクシーが通り過ぎます。

  タクシー運転手がピエロのマスクを被っているのを見て、アーサーは満足気に笑みを浮かべます。


  遅く家に帰ると、母親はリビングで寝ていました。

  アーサーは母親をベッドに寝かせようとします。

  母親はトーマスへの手紙を投函してくれるように言いながら、部屋に入っていきます。

  アーサーはふと、手紙を読んでしまいます。

  手紙にはアーサーがトーマスの非嫡出子である旨が書かれていました。

  アーサーはどうしてこのことを隠していたのか、母親に問い質します。

  母親はかつてトーマスの家で働いており、トーマスから別れるように説得されて彼の下を離れたと話します。


  翌日、新聞を読みながら電車に乗っているアーサー。

  次の市長選にトーマスが出馬するというニュース記事を見て、彼の写真をノートに挟み込みます。

  アーサーが向かったのはトーマスの邸宅でした。

  庭で一人で遊んでいた少年、ブルースを見つけ、アーサーは門の外から手品を見せます。

  そこへ執事の一人がやってきて、アーサーからブルースを引き離します。

  アーサーがペニー・フレックの息子であることを告げると、執事はペニーのことを知っていました。

  しかし、執事はアーサーがトーマスの非嫡出子であることを否定し、母親は狂っているとまで言います。

  アーサーは執事の言葉に怒り、彼の首を締めようとした後に、逃げるように邸宅の前から去っていきます。



  バットマンの正体はブルース・ウェインです。

  恐らく先程登場した執事はアルフレッドでしょう。

  物語の時間軸はブルースの少年時代だったということが判明します。

  ジョーカーとバットマンとの繋がりを示すという意味で、勿論お楽しみとして、これらの登場人物の登場が必要だったと考えられます。

  こうした人間関係が物語に深く関係していることが示唆されます。

  また、アーサーはコメディアンとしての一歩を踏み出すことができ、ソフィーと共にその喜びに浸ることもできました。

  そして、名士のトーマスが自分の父親ではという希望を抱きます。

  いわば、主人公が絶好調になった瞬間と言えます。



 ミッドポイント

  トーマスの邸宅から帰宅すると、家の前に救急車が止まっています。

  担架で運ばれてきたのはアーサーの母親でした。

  救急車に乗り、アーサーは母親とともに病院に向かいます。

  お楽しみは終わりました。



 迫りくる悪い奴ら

  アーサーが病院の前で待っていると、二人の刑事が現れました。

  刑事たちはピエロの殺人事件について話し、アーサーがピエロの仕事をしていたことを確認します。

  刑事たちの前でまた笑いだしてしまうアーサー。

  アーサーは自分には病気があって、ピエロの芝居は演出でないと話しました。

  刑事たちの目から逃れるために病院に入ろうとして、アーサーは自動扉にぶつかります。

  そこは出口専用の扉でした。


  アーサーとソフィーは病室で母親の様子を伺っています。

  ソフィーはコーヒーを淹れてくると言ってアーサーから離れます。

  その時、病室のテレビから、マレーの番組が流れてきました。

  テレビを見てアーサーは愕然とします。

  画面には話題のコメディアンとして、ライブハウスでネタを披露しているアーサーが映っていました。

  笑いのせいでなかなかネタを披露できない様子に、観覧席からは失笑が聞こえます。

  そして、辛うじて披露したネタが流され、マレーがツッコミを入れると、さらに笑いが起こります。


  一方、人々をピエロと揶揄したトーマスに対して、民衆の怒りはヒートアップしていました。

  ウェインを殺せと抗議デモを行う群衆の中を掻き分けて、アーサーは映画館へと向かいます。

  シアターではチャップリンが上映されていました。

  スタッフに変装してシアターに潜り込んだアーサーは観客たちと同じく、喜劇に笑います。

  しかし、彼の目的は映画館に来ていたトーマスでした。

  トーマスがトイレのために席を離れるのを見ると、アーサーはその後をつけます。


  トイレでトーマスが一人になったところで、アーサーは自分がトーマスの非嫡出子であることを訴えます。

  トーマスは息子のブルースにちょっかいを出したアーサーをよく思っていません。

  しかも、いきなり自分の非嫡出子であると言い出したことに、かなり苛立っているようです。

  執事と同じく、トーマスはアーサーの母親が狂っていると言い、邪険に扱います。

  さらに、アーサーは養子縁組の子供であり、母親とも血の繋がりは無いと断言されてしまいます。

  アーサーはそれでもトーマスを父親と信じて父と呼び、ハグをしてほしいと願います。

  それに対してトーマスはアーサーの顔面に一発、強烈なパンチを見舞って去っていきます。


  失意のまま帰宅するアーサー。

  電話の留守録には刑事たちの連絡が残されていました。

  アーサーはまだ疑われているようです。

  アーサーは冷蔵庫の中身を取り出し、冷蔵庫の中に入り込みます。

  翌朝、電話の音でアーサーはベッドから起きます。

  (冷蔵庫はどうなったんでしょうか?)

  留守録の録音が始まり、電話の向こうでマレーの番組スタッフが話し始めました。

  アーサーの映像が思いの外、反響があったため、マレーの番組への出演依頼が来たのです。

  アーサーは急いで電話を取り、番組への出演を快諾します。


  アーサーはマレーの番組の録画を見直しながら、リハーサルを始めます。

  そこで拳銃を取り出し、自分を撃ち殺す真似をします。

  アーサーは拳銃を番組に持ち込むつもりのようです。

  番組に出演できるという喜びも束の間、観客の不安はじわじわと高まります。


  トーマスの言葉の真相を確かめるべく、アーサーはアーカム病院を訪れます。

  そこは精神病院でした。

  アーサーは母親が入院していた記録を調べてもらいます。

  カルテを持ってきたスタッフから、母親には精神疾患があったことを明かされました。

  その言葉を聞いたアーサーは無理やりスタッフからカルテをもぎ取り、逃げ出します。

  そして、階段の踊り場でカルテを確認し始めました。

  カルテにはやはり母親に精神疾患があったことが書かれています。

  さらに、アーサーが養子であったことも事実でした。

  アーサーが養父から虐待を受けていたことも明らかになります。

  母親は虐待について見て見ぬ振りをしていたことも書かれており、アーサーは涙を流しながら発作のように笑います。



  迫りくる悪い奴らとは、警察やトーマスのような富裕層のことを指しているのだろうと考えられます。

  また、絶好調だったミッドポイントの直前からは考えられないような、最悪の状態に陥ります。



 すべてを失って

  大雨の中でアーサーは帰路につきますが、自分の部屋ではなくソフィーの部屋に入り込みます。

  そこに、ソフィーが帰ってきました。

  ソフィーはアーサーの存在に驚き、恐怖しているようです。

  子供がいるから出ていってほしいとソフィーはアーサーに頼みます。

  今までアーサーとソフィーが懇意にしていたのは、アーサーの妄想だったようです。


  翌日、アーサーは母親の病室を訪れます。

  アーサーはこれまでの人生で良いことなど無かったと、母親に吐露します。

  しかし、今や彼女は母親ではなく、嘘をついて自分を見捨てた養母に過ぎません。

  アーサーは枕でペニーの口と鼻を塞いで窒息死させます。



  すべてを失ってのビートで主人公にとって重要な人物が死ぬというシーンが入りました。

  しかも、ソフィーとのささやかな恋ですら妄想であったことが明らかになります。

  アーサーはすべてを失ったのです。



 心の闇

  マレーの番組の出演日がやってきました。

  ピエロのカツラの代わりに、髪の毛を緑に染めるアーサー。

  そして、冒頭と同様に化粧台に向かい、顔にピエロの化粧を施します。

  その時、化粧台から母親の若い頃の写真が出てきますが、それを握り潰します。

  顔を白面にしたところで、自宅に誰かがやってきました。

  アーサーはハサミをポケットに隠して応対に出ます。


  訪問してきたのは元同僚のランドルとゲイリーでした。

  母親の急死に哀悼の意を込めて、また、警察に疑われていることを心配して訪ねてきたのです。

  アーサーは二人が部屋に入ると扉にチェーンをかけました。

  白面のアーサーを見て、どうしてそんな格好をしているのかランドルは尋ねます。

  アーサーが今晩、マレーの番組に出演すると話すと、二人は信じられないと言います。

  二人にはアーサーがピエロに扮して、抗議デモに出かけるように見えたのです。


  その後、ランドルはピエロの殺人事件について切り出しました。

  彼はアーサーに拳銃を渡したことを隠したいようです。

  ランドルが拳銃について言及しようとした時、アーサーは彼の喉元にハサミを刺して殺します。

  さらに、アーサーは何度も壁にランドルの頭を激しく打ち付け始めました。

  ゲイリーは部屋の隅で縮こまっているしかできません。

  アーサーはもう止めてくれというゲイリーの悲痛な言葉を聞いて、ようやく止めました。

  小人症のゲイリーだけがアーサーに優しくしてくれたと言い、アーサーはこのまま帰るようにゲイリーに言います。


  しかし、ゲイリーの背丈では玄関のチェーンに手が届きません。

  ゲイリーは扉の前で立ち往生し、チェーンを外してくれるようにアーサーに頼みます。

  アーサーはゆっくりと立ち上がると、チェーンを外してドアマンのように扉を開けました。

  ゲイリーは急いでアーサーの家を後にします。


  アーサーはマレーの番組に出演する際、ピエロになるという"悟り"に至ります。

  しかし、同僚の一人を目の前で酷たらしく殺され、恐怖しているゲイリーに思わず感情移入してしまうシーンです。

  最早、アーサーは観客が応援すべき不憫な男ではありません。

  残酷な殺人鬼になったのです。



 第二ターニング・ポイント

  アーサーは誰が来たのかも確認せずに、ハサミを手に取っています。

  大事なメイクの邪魔をされて、誰が来ても面倒なら殺すつもりだったのかも知れません。

  しかし、このシーンもやはり取り返しがつかないターニング・ポイントの一つです。


  ランドルを殺し、次はマレーの番組に出演すること。

  悪事を働くことと、笑いを生み出すこと。

  映画のコンセプトである二つのテーマが一つに結合します。

  あとは計画を実行に移すだけです。



 フィナーレ

  ジョーカーのメイクを完成させ、堂々と歩いていくアーサー。

  通勤で歩き慣れた階段を下りながら、ダンスまで踊り始めます。

  観客にとっても、一段一段、階段を下るごとに、これから起こる最悪の事態が近づいてくることがわかります。

  しかし、階段の上、後ろには刑事二人が立っていました。

  刑事たちに呼び止められたアーサーは急いで逃走し始めます。

  アーサーと刑事たちのチェイスの始まりです。


  アーサーは走り回って駅に逃げ込み、発車寸前の電車に乗り込みます。

  電車は抗議デモのため、ピエロに扮した群衆でいっぱいでした。

  ピエロたちに紛れてアーサーは電車を逆走し、刑事たちの追跡をまこうとします。

  追跡の途中、刑事の一人が拳銃でピエロの一人を撃ってしまいました。

  銃声に気付いたデモ隊のピエロに囲まれ、刑事たちはリンチを受けます。

  アーサーを追うどころではありません。

  その様子を見たアーサーは小躍りしながら駅を去ります。


  この時、去り際のアーサーは汗のためか、左目の化粧が崩れています。

  電車の進行方向とは逆、右から左へと逃げていることからも、否定的な方向に進んでいることが明らかになります。



  無事にテレビ局の楽屋に着いたアーサー。

  そこにマレー本人が挨拶にやってきます。

  このシーンではマレーが左側、アーサーが右側に立っています。

  アーサーはマレーに会えて歓喜します。

  (以前に番組で笑い者にされたので、歓喜しているふりかも知れません。)

  ディレクターからはマレーを呼び捨てにするなと注意されますが、マレーは気さくな態度を見せます。

  ただし、ディレクターからは番組のルールを守れと言われます。

  この番組では下ネタは禁止、上品な番組だからと。

  アーサーはマレーに自分を本名ではなくジョーカーという名前で紹介してほしいと頼みます。

  アーサーは番組で映像が流れた時にジョーカーと呼ばれたからと言いますが、マレーは覚えていません。

  しかし、ジョーカーと呼ぶことは約束してくれました。


  いよいよ本番です。

  マレーの掛け声とともに幕から現れ、拍手で迎えられるジョーカー。

  先に呼ばれていた他のゲストにキスをして、場をわかせます。

  ピエロの化粧は政治的な意図があるのかマレーに尋ねられ、そのつもりは無いと答えます。

  マレーからネタを披露するように促され、ジョーカーはネタを披露しようとしました。

  しかし、黙っているだけでなかなかネタに移りません。

  マレーはトークで場を繋いでくれますが、放送事故に近い状態です。


  ジョーカーの口から出たのは、自分が会社員3人を殺したという告白でした。

  悪い冗談は止めるようにマレーに言われるジョーカー。

  しかし、ジョーカーは何が笑えるのかは主観で決めると言い放ちます。

  ブーイングが巻き起こる観覧席。

  それでもジョーカーはさらに饒舌になり、スタジオは完全に凍りついています。

  マレーは冒頭での妄想のようなジョーカーへの同情心を全く示さず、彼を糾弾します。

  マレーの厳しい言葉に対して、ジョーカーは自分には失うものが何もないと言い、マレーを撃ち殺します。

  スタジオはパニックに陥りますが、ジョーカーは悠々と歩いてカメラに近寄っていき、カメラが止まってシーンが切り替わります。


  マレーが殺されたニュースは瞬く間に報じられ、さらに各地で暴動が起こり始めました。

  炎上する街中を、ジョーカーを連行するパトカーが走っていきます。

  パトカーの窓からその様子を見て笑みを浮かべるジョーカー。

  突然、暴徒が奪った救急車がパトカーに突撃し、パトカーは止まります。


  一方、暴動を受けてウェイン一家は街中から逃げようとしていました。

  そこに一人の暴徒が近寄り、トーマスと夫人を撃ち殺します。

  一人残されたブルースは両親の遺体の傍で立ちすくんでいました。

  ブルースが幼い頃に両親を亡くしたというバットマンの設定が盛り込まれています。


  事故で気絶していたジョーカーは暴徒たちの輪の中、パトカーの上で起き上がります。

  暴徒たちの鬨の声に囲まれながら、ジョーカーはパトカーの上でダンスを踊り始めます。



  刑事からトーマスまで、"悪い奴ら"は始末されました。

  そして、ジョーカーは暴動を引き起こしたことで、勝利したのです。



 ファイナル・イメージ

  冒頭のカウンセリングのシーン同様、アーサーが笑っています。

  彼がいる部屋は取り調べ室のようで、アーサーには手錠がかけられています。

  取り調べをしている女性はカウンセラーとよく似ていますが、オープニング・イメージに合わせて意図的に似せたと考えられます。

  取り調べをしている女性が、どうして笑っているのか尋ねます。

  アーサーは面白いジョークを思いついたが、理解できないだろうと答えます。


  その後、真っ白な壁と床が続く廊下を、アーサーが奥に向かって歩いていきます。

  廊下に残されたアーサーの足跡は赤く、また何かしたように見えます。

  最後に廊下の突き当りでダンスを踊り、スタッフから走って逃げるジョーカーが廊下の先に消え、The Endです。



  オープニング・イメージと対になるファイナル・イメージが流れました。

  病気で落ち込む状態から変化し、犯罪によって自分のアイデンティティを確立した自信が感じられます。



 以上がジョーカーの構成をブレイク・スナイダー・ビート・シートに当てはめた場合でした。

 上映中に確認した時間ではシーンにズレはありますが、概ねビート・シートに則ったものだと思います。


 ここでは主人公の葛藤を示すため、詳しいシーンについても記述していますが、映画の内容や結末についての解釈はしません。

 監督が語る通り、人それぞれの見方があると思います。

 本稿ではあくまでも脚本術に基づいた、構成を考察しました。


 アーサーの行動は彼の性格を反映して一貫性がありますが、次のシーンでどんなことが起こるかは殆ど分かりません。

 殺人も無計画で衝動的なもので、葛藤と緊張を伴うものです。

 唯一、トーマスへの訪問とマレーの番組への出演のみが、彼にとって計画的なものでした。

 (マレーの殺害は当初、意図したものではなく、会話の流れで衝動的に射殺したものと考えられます。)

 フィナーレでは暴徒化した群衆と共に、マレーの番組に出演する、そしてウェイン夫婦を殺すという、計画を実行に移したわけです。


 バットマンを知らない観客にとっても、ジョーカーは分かりやすいストーリーになっています。

 そういった意味で、作り込まれたお手本のような非常に良い脚本になっていると言えるでしょう。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  素晴らしいですね。  実は、自分は、他の方の映画評論を読むのは初めてですが、とても濃いものに巡り会えたようです。  脚本術というかハリウッド映画の法則のようなものは、岡田斗司夫さんの…
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