第八十八話 手札
(=ↀωↀ=)<漫画版九巻発売中です
(=ↀωↀ=)<あと原作者チェックしたのでそろそろ漫画版46話も更新されると思います
□■元<ターミナル・クラウド>周辺空域
「……ギリギリやったな」
キャノピーがなくなり、外気で気温が低下するコクピットの中、ガンドールが呟く。
操縦桿越しの手応えと今もまだ自分達が生きているという現実が、【飛将軍】リーフの撃破を告げていた。
目の前の強敵に集中していた意識が、次第に周囲の状況を把握しはじめる。
皇国側の戦力で残っているのは、彼と機体全体が損傷しているワイバーンだけだった。
二〇〇人近い<マスター>と、スーサイドシリーズを含めて一〇〇〇と数百を数えた飛行戦力も、今はない。
<ウェルキン・アライアンス>に落とされ、ケイデンスの風で砕かれ、リーフの影鳥に蹂躙された。
残った少数もガンドールを庇い、そして空中拠点に特攻して消えていった。
それでも、彼らは勝ったのだ。
数多の犠牲の末、中核メンバーを打倒し、<ターミナル・クラウド>も破壊した。
カロンの爆発によって土台である雲は完全に蒸発し、建造物も粉砕。
目標だった<宝>も確実に破壊されているだろう。アイテムボックスに仕舞えない仕様であるため、拠点内に存在したならば諸共破壊されている。
敵空中戦力は戦闘で落とされ、リーフの影鳥に巻き込まれ、残りは巻き添えを避けるために拠点近くに退避していたらしいが……それもカロンの自爆に巻き込まれて墜ちた。
無論、拠点に残っていた<マスター>も同様だ。
爆発自体は【ブローチ】で耐えた者もいたがあまり意味はない。
単独での飛行能力を持ち合わせている者でもなければ、足場や<エンブリオ>、従魔がない状態では重力に従って落ちるしかない。空はヒトの生きる世界ではないのだから。
イカロスでスーサイドシリーズを全滅させたフォールも、アメノカゴユミで対空射撃を行っていた七眼も既に死んでいる。もっとも、彼らの場合は落下するカロンに潰されて【ブローチ】が破損し、その後の爆発でトドメを刺された形だったが。
いずれにしろ、この戦争における<ウェルキン・アライアンス>の戦力は崩壊した。
「……ガンドールや。敵拠点消滅。作戦目標は完遂。この分なら<宝>も吹っ飛んだやろ。俺らの、勝ちや」
ガンドールは通信機を手に取って、もしものために後方で控えていた地上戦力にそう告げた。
あとは異常を察知した王国の他戦力が集まる前に離脱するだけ。
そのつもりだった。
「…………?」
しかし消滅した拠点から落下する者達を見ていて、思い出す。
墜ちる<マスター>達の中に、あるべき者の姿がなかった。
より正確に言えば、――落下するはずがない者の姿がない。
(アイツ、最後に見たときは潰される位置にはおらんかったよな? 爆発だけなら【ブローチ】で耐えるはずや。何より、アイツは一人でも飛べる。ほんなら……)
ガンドールは外気によるものではない寒気を覚え、ワイバーンの狙撃用スコープを引き出した。
あるはずのものを、見つけるために。
◆◆◆
■彼の所感
――うわぁ。派手にやったなぁ……。
地上に降りて、空を見上げる。
頭上では彼が長い時間を過ごした拠点が爆散し、地上に降り注いでいた。
――これだけ盛大に壊されたなら、逆に面白いかもしれないなー。
拠点の崩壊に際し、彼は然程の悲哀も抱かなかった。
かの空中拠点が、彼にとっては既に凡その目的を達した施設であるからだ。
最大の目的は今回の戦争直前に達成できており、第二の目的である宣伝も既に十分。
もはやこの施設に拘る意味もなく、次の施設はメンバーからの具申通りにもっと利便性の高い場所に作ればいいと考えている。
この防衛戦が齎したメンバーの惨状についても思うところはない。
――うん。まぁ、みんな頑張ったんじゃないかな。全滅したけど。
彼の所感ではスペック上の戦力や相性では決して負けていなかった。
しかし強いて言えば、戦術面と精神面での負けが一つずつある。
戦術面の負けは、第一陣の対処をフォールに任せたことだ。
もはや詮無いことだが、彼には第二陣を任せるべきだった。
初見殺しであるがゆえに、第一陣に使ってしまった後は第二陣に通じなかった。ここが通常業務で戦う相手……戦力の漸次投入をまずしてこない飛行生物の群れとの差である。
結論を言えば、第一陣の対処は彼やリーフでも可能だったのだ。
単に数が多いだけならば、二人の殲滅力で蹂躙できる。
では、なぜそうしなかったのか。
――何が仕込まれてるか分からなくて、僕やリーフで対処したくなかったもんなー。
皇国側からも拠点にいると分かっている彼やリーフへの対策。魔法や影鳥に反応するカウンター能力を危惧したためである。
その懸念は敵戦力の大多数がフランクリンの改造モンスターであると察した時点でより強くなった。かつての戦争においてフランクリンが仕掛けてきたのが、『均一の見た目のモンスターに別の罠を仕込む』という戦術であったからだ。
被弾に際して異なるデバフやカウンターを仕込む今よりも嫌らしさに注力した作品群。
その前例を踏まえ、二大戦力であちらの初見殺しを踏みたくないからこそフォールを使った。
結局、この戦術は当てが外れた形となる。
精神面での理由は、言ってしまえば個々人の奮闘の差だ。
皇国が想定以上の奮闘を見せたのに対し、<ウェルキン・アライアンス>は想定の範囲内の動きに留まっていた。
――効率と利益で集めた遊戯派オブ遊戯派の会社だから爆発力が足りないね。
――人生とか夢とか乗せた皆さんほど熱中できてなかったもの。
――リーフ……は天然でズレてて面白いけど爆発はしないんだよなぁ……。
彼は敗因を以上の二点だと考えている。
しかし実際にはもう一つ……もっと簡単な理由がある。
彼が窮地の仲間にさえも手の内を隠し、温存したためだ。
彼自身がそれを悔いることはない。
勝敗を左右する情報は隠し、開示は自分に最大のメリットを生むタイミング。
それでも全ては明かさず、今ある手札を全て見せるときはまた別の手札を得た後。
彼はそう考えて、五枚の手札を温存していた。
その内の一枚……“トーナメント”で得た特典武具は使い損ねた形だが、他の四枚についてはクランの危機でも開示するには値しないと判断したのである。
常に手札を使い切る<マスター>……レイ・スターリングのような者もいるが、内心で彼は愚かだと思っている。
情報量の優越と、それを活用した奇襲。
相手の想定外を叩きつけて、驚愕と敗北を与える。
それが一番気持ちの良い勝ち方であり、自分の本質だと彼は知っている。
競技ではなく、遊戯であれば尚更に。
ともあれ、彼は考える。
見上げた空に残っている敵は、リーフを討ったガンドールのみ。
満身創痍の手合いであり、今なら容易く葬れる。
だが、そうする気はなかった。
ここでトドメを刺すことは、トドメを刺した者の存在を示唆することになる。
それよりも、このまま『死んだこと』にして身を隠そうと考えた。
そう。ここで戦うことに意味がない。
否、最初からなかったとさえ言える。
既にクラン同士の戦闘の勝敗は決している。
王国側の拠点は壊滅したが、皇国の勝ちとも言えない。
『空耳』の応用、真逆の理屈で彼が傍受した会話によれば、皇国は<宝>の破壊を目論んで空中拠点を襲撃したらしい。
しかし、そんなものはここにはない。
少なくとも彼は関知していない。
如何に立地条件が良かろうと、国家の生命線たるフラッグを遊戯派が多数を占める<ウェルキン・アライアンス>に……そして彼に預けることを第一王女が良しとしなかったのだ。
彼は信頼されていない。
第一王女が最も嫌悪しながら、能力と仕事ぶりは信頼している扶桑月夜とは違う。
純粋に怪しまれている。彼自身、どこでそんな評価になったのかは分からない。
ただ、納得もしている。
彼が知る王国の第一王女は、身内以外ならば『信用すべきもの』と『そうでないもの』を区別する勘が働く性質だ。
そして、その勘は正解である。
彼はいざとなれば……否、最初から王国よりも、自分の嗜好やリアルの人間関係を優先する腹積もりだ。
それを見透かされたのだろう。
ともあれ、どうあれ、ここはフラッグを巡る戦場ではなかった。
単に互いの飛行戦力を削り合う戦場に過ぎなかったのだ。
そして両国の飛行戦力は、どちらもほぼ壊滅したのである。
『無駄死にだなぁ』と、彼は肩を竦める。
――かわいそうな、<ウェルキン・アライアンス>。
――あとはショボめな【セカンドモデル】の皆さんにお任せだ。
――ん。あー、まだジュリエットが残ってたっけ。
このまま放置した場合、王国の残る飛行型準<超級>であるジュリエットと、今回の戦いを生き延びたガンドールが戦闘する展開になるのだろうかと彼は考えた。
――どちらも万能型の飛行戦力。それはそれで好カード。
――僕にはもう関係ないけど。
――もうこの戦場にコストを割く意味もないしね。
リーフの仇討ちにも意味はない。
多少溜飲が下がり、評価が変わってしまう程度だ。
ストックした力を割いてまでやることではない。
それにこの絵図面を描いた彼の悪友も、『デンドロ初の大規模空中戦』という未知の情報を味わい、満足していることだろう。
なにせ皇国に<ターミナル・クラウド>の諸情報をばらまき、如何にフラッグの安置場所として優れているかを信じ込ませ、ここを襲わせまでしたのだから。
彼は『引き籠りビブリオマニアめ』と内心で悪友を腐した。
ともあれ、どうあれ、何であれ。彼にとってこの場での戦いはこれで終了。
あれほどの大爆発なら、彼も戦争から脱落したと思われるだろう。
このまま潜み、別の戦場、最適のタイミングで誰かの横面を殴りつけても良い。
どちらの、誰かはまだ分からないが、きっと驚愕してもらえるはずだ。
――戦争参加の【契約書】だって、クランが潰れるくらい頑張ったんだからもう履行済み。
――戦争中に再要請されない限りは僕も自由。
――死んだと思われていれば命令なんて来ないしね。
このまま姿をくらませれば、関わりたいときだけ関わり、やりたいことだけできる。
――まるでミステリー小説の真犯人のよう。
――現状は能力バトルラノベとか戦記物だけど。
そうして彼は『してやったり』という気分で事件現場から立ち去ろうとして……ふとその足を止める。
自分の思考した、『ミステリー』という単語で引っ掛かった。
この戦闘について、一点だが疑問に思う部分がある。
――んー? あれ? でも……。
彼の死亡偽装についてではない。
フラッグが最初からここにはなかったという事実。謎。秘密。ミステリー。
それを……攻撃を指示した皇王が読めなかったのか、ということだ。
――そういうのってあの皇王なら読みそうじゃない?
この戦争の開幕、<墓標迷宮>襲撃からして皇国の読みは鋭い。
だというのに、ここにきて一大戦力を投入して空振りをするのは違和感がある。
それこそ、悪友がばら撒いた情報の胡散臭さに気づいていても不思議ではない。
まして、皇国側は王国よりも見えている敵が多いのだから。
――なのに、わざわざ飛行戦力集めてここ攻めた理由って……あー。
彼は少し考えて、あることに気づく。
――疑惑を確定させるためか。
フラッグの有無こそが、ある種のテストだったのだと。
要素を並べればフラッグの安置場所として指折りに優れた<ターミナル・クラウド>。
そこに<宝>があったのならば、<ウェルキン・アライアンス>は第一王女に信用されているただの王国戦力。攻めればフラッグ破壊も達成でき、何も言うことはない。
もしもそうではなく、何のフラッグも置かれていなければ……第一王女が信用しきれない要素があったということ。
その要素とは、この戦いが始まる前に彼自身が言ったことだ。
『多分ねー。どこもかしこも皇国のワンサイドゲームは望んじゃいないんだよねー。色々足を引っ張られてるんじゃないかなー』
『それにさー。スポーツでも何でも接戦にした方が盛り上がるし、見ていて面白い場面も増えるからねー。ドラマは作るもの、ってね』
即ち、彼もまた皇国が恐れる外部勢力の干渉要員だと認識された。
皇王は他ならぬアルティミアの人物眼を介して<ウェルキン・アライアンス>を、彼を見定めたのだ。
――もしもこの線なら、めんどうだなぁもう。
――僕はまだ何もしちゃいないっていうのに……。
拠点破壊の報を受けてもまだ<宝>破壊の判定が出ない時点で、皇王は気づくだろう。
連絡を受けて、対処に動き出すかもしれない。
――魔法を使うと目立つけど、早くここから離れて……。
そうして彼はこのエリアから離れようと決心して。
「どこに行く気や?」
頭上から降り注いだ炎に炙られた。
◇◆◇
□■<ターミナル・クラウド>残骸落着地
彼を見つけた瞬間、ガンドールは機械竜人の余力……胸部のドラゴンヘッドからのブレスを吹きつけた。
空中拠点の残骸が散らばる山の斜面。草木が燃えて、残骸が赤熱する。
リーフ戦の損傷とエネルギーの消耗でかなり威力は落ちていたが、それでも上級奥義魔法に近い威力は発揮できていただろう。
「――君ってば本当に目敏いなぁ」
――ただし、彼は炎の中でも健在だった。
風属性魔法で防いだのか、他の手段か。
どちらにせよ、彼が攻めた拠点で最も恐ろしい戦力はいま地上に立っている。
「世の中には気づかなくていいこともあるんだよ?」
「ハッ……。随分、様変わりしてもうたやんけ。逆成長期かいな? 【嵐王】」
「んー。むしろ着やせした感じ?」
ガンドールが軽口を……その実緊張感を伴なって会話を交わす相手は、<ウェルキン・アライアンス>のオーナーである【嵐王】ケイデンス。
しかし、スコープ越しにガンドールが見つめる先にケイデンスの姿はない。
コートを何枚も纏った少年の姿はない。
燃える地面に立つ人間サイズの生物はいない。
立っていたのは――人の掌に乗りそうなほど小さなヒト。
その姿……正体は彼が隠していた手札の一枚でもあった。
To be continued
〇ケイデンス
(=ↀωↀ=)<詳細は次回だけど
(=ↀωↀ=)<七章八十二話にちょっとだけヒントある
(=ↀωↀ=)<もっと言うなら小宇宙戦争
(=ↀωↀ=)<性格は混沌・悪