貴族からの手紙
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
夏を過ぎて、少し気温が過ごしやすくなってきた九月の半ばのこと。
「アル、ちょっと来て」
昼食が終わって自室で本を読もうとしていると、エルナ母さんから呼び出しがかかった。
ふと、視線をやるとテーブルの方ではノルド父さんが真面目な顔つきをして座っている。
「やだ」
何となく厄介なことがありそうな雰囲気だったので、俺は逃げるように歩き出す。
「いいから来なさい」
すると、エルナ母さんの手がするりと伸びてきて俺の肩に食い込んだ。
骨と骨の間に指が埋まるかのような感覚。これでは動くことが全くできない。
なんだか今日はいつになく容赦がない。今すぐに俺を捕まえなければいけないような用件があるというのか。
俺が関係する用件なんて、特にないと思うのだが……。
エルナ母さんに引っ張られるようにテーブルへ移動して、椅子に座る。
エルナ母さんが対面に座ると、ノルド父さんは懐からいくつかの手紙を出した。
「なに、この手紙?」
「うちの収穫祭にやってきたいと言っている貴族からの手紙だよ」
ん? うちの収穫祭にやってくる貴族といってもエリックの家とメルナ伯爵、ユリーナ子爵くらいのものだろ?
そんな貴族のかしこまった手紙をどうして俺が確認する必要があるというのか。
疑問に思いながら、差し出された手紙を一枚受け取る。
手紙の裏を見ると、剣が交差されたどこか無骨な印象を与える紋章がついている。
これはエリックの家で見たことがあるので、間違いなくシルフォード家のものだ。
「なんだ、エリックのやつじゃん。どうしたの? もしかして病気とかでこれなくなったとか?」
「それじゃなくて、他にある手紙を見てみなさい」
俺が尋ねると、エルナ母さんは違う手紙を見るように促してくる。
それらの手紙の裏を見てみると、見覚えのない紋章ばかりが並んでいた。
メルナ伯爵のものでも、ユリーナ子爵のものでもない。
「これ、どこの貴族?」
ノルド父さんの知り合いだろうか? 少なくても俺はこんな紋章をしている貴族とお付き合いなどしたことはない。
「もう少しちゃんと勉強させておくべきだったかしら?」
そんなことを言われても、貴族家の紋章は数が多かったり、新しくなったりと変動が多いのだ。そのすべてを覚えるのはぶっちゃけ面倒というか……。
でも、付き合いのありそうな範囲の貴族のことはちゃんと頭に入っている。
「これとか見覚えがあるんじゃないかい?」
ノルド父さんが並んでいた手紙の一枚を指さすので、凝視してみる。
「んー? どこかで見たことがあるような?」
だけど、それをどこで見たかは思い出すことができない。
ということは、俺にとってどうでもいいことだと思うのだが、そんな事を言ったら多分怒られてしまうのだろうな。
「これはリーングランデ公爵家のものだよ」
俺が凝視しながら唸っていると、ノルド父さんがそう言う。
リーングランデ公爵家? それって確か、王都交流会に無理矢理俺を招集しやがった面倒な貴族。
思い出すのは紅色の髪をした腹に一物、二物もありそうな笑顔を浮かべる令嬢だ。
「もしかしてアレイシアがくるの?」
「そうだよ。それもミスフィード家のご令嬢、ラーナ様と一緒にね」
おそるおそる尋ねると、ノルド父さんがきっぱりと答えた。
ラーちゃんと一緒? 意味が分からない。
「……何で?」
「それを僕達が聞きたくて呼んだんだけど……」
俺が尋ねるとノルド父さんは苦笑いを浮かべる。眉間に入るシワが深いことから、思っているよりも困っているようだ。
とはいえ、俺にわかることなんて何一つないんだけれど。
「パーティーの時に、アルはアレイシア様と話していたことがあったでしょ? その時に何かそういう約束とかしたの?」
「全く、微塵も」
アレイシアにはエリックと一緒にいた時に声をかけられたが、別に仲良くなったわけでもない。当たり障りのない会話を少ししただけだ。
「じゃあ、ラーナ様とは? 迷子になったのを助けてあげたりして、随分と懐かれていたようだけど」
「ラーちゃんとは仲良くなった気がするけど、遊ぶ約束まではしていないよ」
ラーちゃんと一緒に遊んだりするのは楽しかったけど、今度遊ぼうなどという約束を取り付けてはいない。
王都の転移で行った時に、一瞬だけ視界に入ったが、向こうはこちらを正確に認識していないはずだ。
「でも、俺とエリックが互いの領地を行き来して遊んでいるとか耳にしたら、ラーちゃんなら混ざりたいとか言いそう」
スロウレット家とシルフォード家の仲がいいと知らしめるための行動とはいえ、一緒に喋り、遊んだことのあるラーちゃんからすれば仲間外れにされたように思ったかもしれない。
それで今度はエリックが俺の領地に遊びにくるから、自分も行くという感じになったのかも。
「それなら納得できないこともないわね」
「でも、どうしてリーングランデ家の令嬢が一緒なんだろう?」
それがわからないんだよなぁ。
あの人は何を考えているのか。ただ俺とブラムの決闘の仲介を申し出たりと、どこか愉快犯的な側面がありそうなのは事実。
今回も話を聞いて暇つぶし程度にやってきたいと思ったのかもしれない。
「ラーちゃんはいいとして、アレイシアの方は丁重にお断りしようよ」
俺が名案を提案すると、ノルド父さんとエルナ母さんが顔を見合わせて朗らかに笑う。
「公爵家を相手にそんなことができると思うかい?」
「それに一緒にくると言っているのに、片方だけ断るだなんて宣戦布告みたいなものよ?」
「ですよねー」
ノルド父さんもエルナ母さんも笑顔なのに目が一切笑っていない。
一番困っているのはこの二人だろうしな。
くそ、これが権力というものか。
「ちなみにラーちゃんの姉の、シェルカはくるの?」
「手紙を見る限り、お姉さんの名前は一度も書かれていなかったわね」
シェルカとはラーちゃんの風魔法によるスカート捲りがあったからな。できれば顔を合わせたくないので、ラーちゃん一人だとありがたい。
「じゃあ、今年はシルフォード家にラーちゃんにアレイシア、メルナ伯爵にユリーナ子爵がくるの?」
羅列しただけで貴族が八人。今年の収穫祭は貴族が多いな。
「いや、メルナ伯爵とユリーナ子爵は来ないよ」
「どうして?」
あの愉快なおじさんとお兄さんがこないのか? 来年もまた来るとか言っていたのに。
「メルナ伯爵は、公爵家が二人もいるなら遠慮するという旨の手紙を送ってきたんだ」
あのおっさん、パーティーの時も思ったけど面倒事を回避するのが上手いな。
やはり、伯爵ともなると、これくらいの危機回避能力は必須なのか。
まあ、おっかない公爵家の令嬢がいるんだ。気を遣うし面倒だから気持ちはわかる。
俺もエリックとの一件がなければ、喜んでどこか遠くに行くのに。今からもう一度カグラに行って、やり過ごすのも悪くなかった。
「まあ、どちらにせよ、今年は満足にもてなせる気がしなかったから、こっちからまたの機会にしてもらおうとしたんだけどね」
これ程の貴族がくるのだ。スロウレット家のキャパシティはとっくにオーバーしている。
「ちなみにユリーナ子爵も同じ理由で?」
「いえ、あちらはリナリア様が妊娠されたから、しばらくは領地から出られない……というか出たくないそうよ」
り、リナリアさんが妊娠!? ……それ絵面的に大丈夫なのだろうか? 犯罪じゃない?
などと思ったが、この世界の価値観的にそれは何もおかしくないんだった。
そもそも、あの人は幼い見た目をしているけど、十七歳とかだしな。年齢だけで考えると貴族にしては遅い方かもしれない。
「そ、そうなんだ。それはめでたいね。お祝いの手紙を送らないとね」
「ええ、そうね。ドール子爵からいい布を頂いたし、赤ちゃん用の服でも送って差し上げようかしら?」
「それなら喜んでくれそうだね」
俺は何ともいえない違和感を覚えながらも、二人の会話を大人しく聞いていた。
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