第165話
本日二話目です!
「主様ーっ、一体何してるのじゃー?」
次の日の明朝、トイレにでも起きたのであろう白夜の寝ぼけた声が、月光丸内の作業室に谺響した。
僕は一旦作業の手を止め、ふぅ、と息を吐き出してから白夜の方へと振り返る。
まぁ、僕が一体何をしていたか、と聞かれれば前々からやろうと思っていたけど何だかんだでできなかった、とあることをしているのであって......、
「簡単に言えば、僕の防具の製作だな」
☆☆☆
珍しく早起きした僕は、あの忌々しいエルグリット───どうせ今現在進行形で他の貴族達を挑発したり騙したり脅したりしてるんだろうが、その奴と会うまでには、まだかなり時間があるのだ。せっかくならその時間を使って防具を作っちゃおうということになった。
実際にはこの神王のローブだけでも十分すぎるほどに防具の役割を果たせるのだが、もし万が一に僕が不意打ちなどをくらった際にはほとんど意味をなさないのだ。
だからこそ僕は防具を作る必要があったし、ましてやその防具には僕の戦闘に耐えられるだけの強度と、僕の行動を邪魔しないだけの軽さが必要だったのだ。
だからこそ僕はこの一ヶ月、悩み、悩み続けて......、つい先日にやっとその答えを出したのだ。
「───ということで、神王のローブでも補えなかった時のために、大事な部分だけ防具を作ってみましたー!」
そう言ってアイテムボックスから皆の前に出したのは、胸当てと、左手の手甲、両足の脛当て。と黒に栄えるように真紅色に着色した、計四つの防具である。
───何だかんだで一番難しかったのは着色なのだが、そこは言わないでおこう。
皆は「おぉぉー!」とか言って僕の作った防具を見ているが、残念ながら彼ら彼女らの感心したような声は、それを手に取った瞬間を境に、完全に消滅した。
まぁ、その理由はわかってはいるし、事実を知る恭香も含めた全員がジト目を送ってきている理由もわかっている。
───そう、これまた一言で言えば超簡単。
「なんかこの防具......、滅茶苦茶軽いと思ったら、硬い部分がペラッペラに薄いじゃねえか」
そう、マックスの言う通りなのである。
実はこの防具、硬くて攻撃を防ぐ部分と、比較的柔らかくて衝撃を吸収する部分の二層構造で出来上がっている。
───が、この第一層目、硬い部分がとてつもなく薄いのだ。だからこそとてつもなく軽いし、つけた時に僕の動きも阻害しない。
だがそうなると、あまりにも防御力が薄すぎるのではないか、とそう思う人も多数いるだろう。現に今のパーティメンバーでそう思っていないのは恭香ただ一人。今向けられているジト目に関しては、恭香だけ「どんな素材使ってんのさ......」と言った呆れなのだろう。
まぁ、間違いなくベルクに贈呈したあの短剣よりもヤバイやつだからな。何せ僕のアイテムボックスの中で一番目と二番目に優れた素材を使用しているのだ。あの短剣に劣るはずもない。
僕は未だに疑わしげなジト目を送ってきているこいつらを傍目に、アイテムボックスからブラッディウェポンを取り出すと、僕の今の魔力の三分の一と、いつもの倍の血液を使って超高密度の切れ味がいつもの十数倍は鋭い短剣を作り出す。
僕は目を見開いている奴らへと視線を向けて「よく見ていろ」と言ってから胸当てを手に取り、その防具へと思いっきりブラッディウェポンを突き刺した。
そして、ボキッ、という鈍い音が響き......、
───ブラッディウェポンの、紅の刃がへし折れた。
「「「「「.........へっ?」」」」」
僕はあまりの光景に言葉を失っているこいつらを傍目に、ブラッディをアイテムボックスへと仕舞うと、これ以上無いってくらいのドヤ顔で防具の説明を始めた。
「世界竜バハムートの甲殻と、金宝竜ファーブニルの皮を使用した僕の最高傑作だ。先ず間違いなく聖剣魔剣クラスじゃ歯が立たない」
───名付けて、"ブラッドメイル"。ネーミングセンスが単調だけど、けっこうカッコイイだろ?
そう、笑ってで宣言した僕ではあったが、残念ながら誰ひとりとして声を上げることは無かった。
.........何故だ?
☆☆☆
昼を過ぎ、昼食を食べ終わった後に、僕は早速王城へと乗り込むことにした。
さすがに昨日の件で僕も懲りたので、今回連れてゆくのは恭香と暁穂の二人だけだ。
恭香は僕のミスがあればそれの指摘を、暁穂はエルグリットは基本的に嘘ばかりだから信じないとしても、それ以外の貴族たちへの対策である───実際には僕がその誠実の片眼鏡を使用してもいいのだが、暁穂曰く「これがあればマスターと一緒にいられるのですよね? なら返しません」との事だった。下手に頭が回る奴ほど厄介なんだよなぁ。
僕は神の布を使用した服に防具一式、さらにその上から神王のローブ&赤マフラーという───もし今死神ちゃんが現れて「あのクソジジイ討伐しに行くぞ」と言われても何の問題もないくらいには完全武装していた。つまりはいつでも王城を落とせる状態である。
僕は恭香と暁穂へと、王城へと行く道すがら、一つの質問をしてみることにした。
「なぁ、あの貴族達、これで大人しく引き下がると思うか?」
その、半ば答えの分かりきったその質問に対して、二人は考える素振りもなく即答したのだが......、やはりそれらは僕の予想通りの答えであった。
「いや、絶対また誘拐しに来るでしょ。今度はギンを対象とした毒殺とかハニートラップとか、暗殺とか......、まぁそんな感じじゃない?」
「そうですね。中にはエルグリットさんをよく思っていない者や、昨日あの場にいなかった者、さらにはあれを見せつけられて尚下に見ている馬鹿な貴族もいるでしょうし......、十中八九その通りになりますね」
「はぁ......、やっぱりそうかな?」
「「もちろん」」
即答に即答を重ねられ、僕は思わずため息をつく。
───と同時に飛んできた投げナイフをエアロックにて捕まえる。
噂をすればなんとやら。
街中で襲った方が証拠も残らないと思ったのだろうか? それは流石に僕を舐めすぎってものだろう。
僕は空間把握を一キロまで広げ、このナイフを投げてきた暗殺者の位置を探る。
───そして案外それは簡単に見つかり、僕はそのナイフを先程投げられてきた数十倍の速さと威力で投げ返してやった。何か贈られたら数十倍にして返すのは常識だからね。
「ま、暗殺者としての格が違ったってことだ。せいぜい自分のナイフに毒を塗った自分を怨むんだな」
「ほんっと、ギンを狙う暗殺者の人が可哀想だよ......」
「全くの同感です」
屋根の上から腹を押さえた黒服の男性が転げ落ちてきて、一般人の悲鳴が上がるのを背後に、僕らは悠々と王城へと向かうのであった。
さて、エルメス王国の貴族のIQ、見せてもらおうか。
☆☆☆
昨晩は王城から離れた位置に馬車を止めたため、王城まで行くには人の行き交う商店街を歩かなければならなかったのだが、結局そこまでたどり着くまでにあの他に三回ほど命を狙われた。
一人は、僕をすれ違いざまに刺そうとしてきた女性。この人は金で雇われたらしく、服を剥いて亀甲縛りにして放置してきた。
一人は、御者席に座って馬を暴走させ、僕へとまっすぐ突っ込ませてきた男性。この人も金で雇われたらしく、縛って全裸にして落書きした上で放置してきた。
一人は、先ほどと同じような暗殺者。次は女性だったので黒装束を剥いでちょっぴしボディチェックをした後に亀甲縛りにして放置してきた。
以上の計三名が僕を殺そうとしてきた奴らである。全く残酷なことをしやがる。
「いや、あんなことして放置してきたギンが言っちゃダメだよね、残酷とか」
「流石ですね。彼らは間違いなく露出性癖に目覚めることでしょう。素晴らしいことです」
露出狂云々はどうでもいいし、さらに言えばなにやら期待しているような目で見つめてくる暁穂もどうでもいいのだが、流石にこの短時間でこの暗殺の量は流石にまずいだろう。いや、絶対死なない自信はあるけどね? 面倒臭いでしよ。
「うーん......。恭香、あと数回続くようだったら、後で裏で糸引いてる貴族のこと調べておいてくれない?」
「調べるとかそういう以前『知ってる』んだけどねぇ......、なかなか面倒くさそうだよ? 証拠もないし」
「うはぁ......証拠とかめんどくさっ」
面倒なことが何よりも嫌いな僕としては、数人の貴族が裏で糸引いてるような状況がいいのだが......面倒くさいということは少なくとも数人というわけではないのだろう。
と、そんな話をしているとようやく城門へと到着した。
そこには既にギルバートとオリビア、そしていつぞやの宮廷魔法使いのマグナさんが立っており、なにやら疲れたような顔をしてこちらを見ていた。
「やぁいい昼だね。ここまで来るまでに四回も殺されかけちゃったよー。大丈夫だ、四分の三は殺してないから安心してくれ」
「......社会的に殺したくせに」
───なるほど、言い得て妙である。
僕が恭香のツッコミに思わず感心していると、呆れたような表情のギルバートが話しかけてきた。
「ギンは見た感じと言うか、雰囲気からしてあまり考えて動くタイプだとは思えなかったんだけれど......、かなり頭キレるんじゃないか? それになんだよあの魔力......、今でも鳥肌が治まらないぞ」
「そうなのよねぇ......。私も王城内で魔法の研究をしてた時に丁度あの魔力を浴びせられて思わずちびっちゃいそうになっちゃったわ。急いでトイレに駆け込んだもの......」
ギルバートはまだしも、おい宮廷魔導師。アンタ女性のくせになんてこと言ってんだよ。もうちょっとお上品な言葉を使いなさい。
マグナさんの"ちびっちゃう"については言及せず、僕はただため息を一つ吐いて早速本題へと入らせてもらった。
「それで? 結局まとまったのか? 今現在進行形で色々ちょっかいをかけられてるんだけど......」
「ははは......、やっぱりそうなってるか。済まないけれどまとまったのは表上の話だよ。裏でコソコソやってる奴らはまだ沢山いる」
その疲れたようなその言葉に「やっぱりかぁ......」というニュアンスを含めて、深いため息を一つ吐き出す。
まぁ、やろうと思えば理の教本がどうのこうのとか、誠実の片眼鏡がどうのこうのとか、そういう少し無理やりな解決法も取れるのだろうが、そうなってくると後々の国営に響くだろう。冒険者の言葉を鵜呑みにして国営をするなど、それこそ愚者の傀儡になりかねない。
一応の知人であるエルグリットには迷惑をかけたくない。
かと言って実力行使してしまえば何か負けた気がする。
相手はプライドが高く、尻尾を掴んでも切り落とされる。
と、そこまで条件が揃っているならば、僕ができることとしても限られてくるだろう。
「はぁ......、ウイラム君といいルシファーといい、次はプライドの高い貴族様ですか。僕はつくづく傲慢な奴に縁があるみたいだな」
僕はそう言うと、空を見上げる。
果たしてその空は僕の気持ちなどつゆ知らず、雲一つない珍しいくらいの快晴で、思わず僕は苦笑をしてしまう。
───さて、今回は暗殺者よろしく、影の中でコソコソと暗躍させてもらいましょうか。
実はまだギンがガチ暗殺術を披露する場面がないんですよねぇ......。
理由としてはそれやっちゃったら簡単に勝負が決まっちゃうからなんですが......、まぁ、いつかそのうちやってみたいなぁとは思います。