44 追放令嬢の結末(2)
決闘を決断した父親の行動は迅速だった。エリィが呆気にとられている間に、ミハエルにセドリックの呼び出しを要求してしまう。しかも止めてもらえると期待していたのにミハエルは楽しそうな笑顔を浮かべ、父親の願いを受託し、魔法通信にてあっという間に決闘の手配をしてしまった。
「お父様、今からでも考え直して。危険だわ」
エリィが訴えても父親の意思は固く、「これが男だ」という始末。母親は頬に手を当て諦めモード、兄は父親の肩を持ち、妹ルイーゼには視線を逸らされた。
――――もうこれはセドリック様から断っていただくしかないわ。せめてお父様の頭が冷えるまで、何か都合が悪く駆けつけられませんように
そう願ったもののセドリックは準備ができ次第王城に転移するとの魔法伝達が入った。彼も何故かやる気満々である。
――――何故そんなに皆様は乗り気なのよ!?
嘆いたところで、もう決闘は避けられない。大きな怪我が無いことを祈るしか出来なかった。
ミハエルに先導され、一同は近衛騎士の訓練場へと案内された。そこにはよく見知ったユースリアの騎士がひとり混ざっていた。ミハエルによると体が鈍るのを避けるために頼んできたらしい。どこまでもストイックな姿は昔のままだ。
騎士フィルがエリィに気が付くと、ラグドールの騎士に断りを入れこちらへと歩いてくる。フィルの気持ちを知り、応えられないエリィは思わず俯いてしまった。彼はエリィの隣に立つ父親に断りを入れる。
「アレンス伯爵、彼と決闘だそうですね。少しだけエリアルをお借りします」
父親は無言で頷き、準備体操をしに訓練場の奥へと行ってしまった。他の家族も距離をあけ、エリィとフィルは横に並んだ。
「セドリック殿と決闘ということは、アレンス伯爵と話してもラグドールに残りたい気持ちに変わりは無かったんだな。やはり俺では駄目か」
「感謝はしています。とてもお世話になったし、婚約者時代に教えてもらった知識は追放後の生活でとても役立つことが多かったわ。でも…………」
俯かせていた顔をあげ、フィルをしっかりと見上げる。怖いと思っていた鋭い翠の眼差しは今は柔らかく、既に覚悟が決まっている表情をしていた。
「フィル様の気持ちには応えられません。政略結婚だというのに私情を持ち込み、大変申し訳ありません」
「それでいい。自分の独占欲を押し付け、エリアルは受け入れてくれていたから都合よく思いすぎていた。長く婚約者同士だったのに、政略と思われていた時点で俺の負けだ。騎士として潔く身を引くさ」
「政略ではなかった…………?」
「セドリック殿が来るまでもう少し話をしようか」
エリィが頷くとフィルは幼い頃の話をしてくれた。婚約のきっかけはフィルがエリアルに好意を持ち、親に頼んだことから始まる。アレンス家の経済状況の弱みを利用しようとしたが、最終的な婚約の条件は決闘で父親に勝つことだった。
「お父様は当時十一歳の子供であるフィル様と決闘したの?代理決闘ではなくて?」
「俺本人とだ。まぁ勝ったがな」
「まぁ…………それは、なんとも」
エリィは父親の大人げなさと、子供に負けた情けなさに心情は複雑だ。
「アレンス伯爵にとってエリアルは政略以上に大切な家族なんだ。決闘は相手を倒すためではなく、自分が納得するための儀式なんだろうな。だから大丈夫――――今まですまなかった。支援金の返金は求めないよう俺から父上を説得する。だからエリアル、次は幸せになってくれ」
それだけ言い残すとフィルは近衛騎士の輪に戻っていってしまった。立ち去り際の彼の横顔は、あまりにも不器用な微笑みだった。
もっとフィルと本音を交わしていれば、もしかしたら――――と頭を過ったがすぐに否定する。
本音を表に出すことはとても怖いことだ。エリアルもずっと仮面を被り生きていた。追放され、プライドを捨て、セドリックと出会い、彼やメイドたちとぶつかり合えたから知れたこと。令嬢のままではきっと無理だった。フィルも一度エリアルを失ったからこそ、過ちに気付いたのだ。
「ありがとうフィル様…………さようなら」
エリィはフィルの背中を見送り、ざわめきだした訓練場の入り口へと振り返る。
ネイビーのロングジャケットのテールを風に靡かせ、セドリックが入場してきた。後ろからは立ち会いのユースリア王国の関係者も続いて入ってくる。
しかしエリィはセドリックしか視界に入らない。ジャケットの立て襟にはエリィが事件の日に完成させたばかりの刺繍が使われていた。久々に見る愛しい人が、気持ちを込めた刺繍を身に付けている。それがどれだけ胸を高鳴らせているか、すぐに伝えたい。
それをぐっと堪え、エリィはただ微笑み無事を祈って頷くだけだ。彼も同じように微笑みを返し、父親へと視線を移した。
「昨夜ぶりです。アレンス伯爵」
「よく来てくださいましたな、セドリック殿。話は聞いておりますね?」
「もちろんです。お受けいたしましょう」
ミハエルによってルールが確認される。攻撃手段は何でも構わない。致命傷は狙わない。訓練場のサークルから出たり、戦意を消失した方が負けというシンプルなものだ。
父親はジャケットを脱いで模擬剣を抜く。セドリックは石の付いたペン程度の杖を取り出した。
「良いのですかな?その真新しそうで綺麗な服が汚れてしまいますぞ?」
「大丈夫です。これには僕の妖精の加護、ついでに魔法付与もあるのでご心配なく」
「ふん、その妖精は返してもらおう」
ピリッと空気が変わった。
エリィは胸元で手を組んだ。セドリックには勝って欲しい。けれども父親も大切な人であり、怪我はして欲しくない。二人の決闘が無事に終わるよう祈る。
「では、はじめ!」
審判の合図の瞬間、父親がセドリックに踏み込み剣をふった。セドリックは杖を払い、風の壁を作ってギリギリの所で剣を弾いた。甲高い金属音が響き渡る。
「――――っ」
エリィは口元に手を当て、小さな悲鳴を漏らした。
父親は十一歳の子供に負ける実力であり、それから年齢も重ねている。勝手に弱いと判断していたが予想よりも彼の足裁きは軽く、剣は速かった。子供のフィルが強すぎだったのだ。
驚いたのはセドリックも同じだったようで、一瞬だけ目を見張った。間合いは近く、セドリックは攻撃魔法を練ることができない。剣を弾き距離を取ろうとするが、父親はひたすら剣を振り回しそれを許さない。
しかしセドリックの表情にはまだ余裕があった。剣を一撃、一撃しっかりと魔法で受け止めながら、何故か嬉しそうに口元は弧を描いている。
一方の父親は次第に息を切らしはじめ、額に汗を浮かべていた。なのに、こちらも口元に笑みを作っていた。
――――フィル様の言う通り、これは儀式なのね。お父様はセドリック様との仲を本気で反対しているわけではない…………ただ不器用なんだわ
セドリックも父親の剣からそれを感じとり、真摯に受け止めているのだろう。エリィは組んでいる手を更に強く握りしめた。
「さて、セドリック殿っ…………稀代の魔法使いと聞いたがっ…………はぁ…………実力はそんなものなのかね?」
体力の限界が近そうな父親が剣をふりながらセドリックを挑発する。
「いい加減な噂ですね。僕の本職は仕立て屋ですよ。でも…………やられっぱなしは格好がつきませんか」
「ふんっ!来るなら――――全力で来なさいっ」
「では遠慮なく」
セドリックは剣が届く前に、足元に向かって大きく杖を横に払った。風が強く吹き付けられ、土埃が舞い父親の視界を遮った。その間にセドリックは父親から離れるようにサークルの縁へと走り、振り返る。
「それが全力かね?」
「まさか――――」
セドリックは不敵な笑みを浮かべ、短い魔法の詩を口ずさんだ。そして杖を振り上げたその瞬間大地が揺れ、彼の後ろの土が高く隆起し――――身長の四倍はありそうな巨大な鎧の騎士を作り上げた。
土人形というには精巧すぎで、茶一色でなければ自分たちが小さくなったと勘違いしそうな姿だ。
「魔法っていうのは、めちゃくちゃだな。魔法使いっていうのはバケモンか」
父親は思わず素の口調で、愚痴を溢す。
しかしエリィも魔法使いであれば当たり前の技術かと思えば、周囲のラグドールの騎士や魔法使いも息を飲んでいた。そんなエリィは圧倒的な迫力に、立っているのがやっとだ。隣にいる兄にしがみつき、見逃さないように耐える。
「いきます」
「――――来い」
圧倒的な質量の差に、父親の敗けは既に見えている。しかし父親は笑みを浮かべたまま歯を食い縛り、剣を前に構えた。
セドリックの杖が下へ振り下ろされる。それに合わせるように巨人の騎士が大地を割りながら踏み込み、土の剣を振り下ろした。
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