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43 追放令嬢の結末(1)

 ラグドール王城滞在十日目の朝――――エリィは王城で与えられた部屋のバルコニーから王都を眺めていた。ユースリア王国の統一された色合いとは違い、カラフルな屋根が並ぶ鮮やかな街並みだ。



――――早くセドリック様と街へ降りてみたいわ



 セドリックに買われてから実は一度もエリィは屋敷の敷地内から出ていなかった。買われた日は夜で外は暗く、登城のときは外を見る余裕はなかった。エリィはまだ知らぬ街並みに期待を膨らませ、寂しさを紛らわす。



 あれからセドリックとは会えていない。知らなかったとはいえ、伯爵令嬢を奴隷として所有していたのだ。奴隷禁止のユースリア王国からの信用が得られるまで、面会は控えた方が良いとラグドール王国王太子より指示があったのだ。



 想定していた事態であり、理解はしている。エリィは蝶の髪留めを見つめながら、会える日を願うだけだ。追放されてからの生活は全て話し終えている。セドリックとの生活が、いかに救いだったか心に偽りなく力説してある。



 それにユースリア王国はラグドール王国に対して、強気に出られない理由もできた。

 セシル・ダルトンは取り調べでアビス王国の間者のひとりだと判明したのだ。



 セシルは第二王子クリストファーをはじめ、高位貴族を呪いで操って内部崩壊を狙っていた。クリストファー王子による一方的で杜撰な婚約破棄、追放を行わせ混乱を招く。そして監視をつけずに治安の悪いアビス王国へエイベル公爵の令嬢ルルリーアを放り込めば、探しようもなく死んだも同然。


 さらにセシルがクリストファー王子を籠絡し更にスキャンダルを引き起こせば、王家とエイベル公爵家は完全に対立。各国とのパイプの太いエイベル公爵家が王家を見限れば、ユースリア王国は隣国から距離を置かれ貿易面で大打撃を受けただろう。それほどまでにエイベル公爵家は大きな力を持っていた。


 そして大国の威厳が失墜したタイミングでアビス国だけが手を差し伸べる。友好関係を築き上げ、いずれは共にラグドール王国を――――そんなシナリオであった。



 しかし誤算が生じた。それはルルリーアがエリアルに罪を擦り付けたことだった。想定外の事態にセシルが次の策を考えている間に、呪いで短絡的になっていたクリストファー王子はエリアルを追放してしまう。

 国王の迅速な対応により結果婚約破棄は実行されず、代わりに国内外での影響力の少ないアレンス家の令嬢が追放されただけ。計画は中途半端で終わってしまった。



――――無実の私に罪を被せたことの追及を緩めることで、国王陛下はエイベル公爵家と和解をしたのでしょうね。お互い様というわけ…………なによ。私だけ損してるじゃない。



 その後アビス国は計画を変えた。国内情勢は悪くなるばかりで、その原因はユースリア王国だと流布。外からユースリア王国の信用を落とそうとしたが、あろうことかユースリア王国はアビスの天敵であるラグドール王国と手を結ぼうとした。


 そこでセシルに再び白羽の矢がたち、次はラグドール国の王族・貴族に取り入ろうと動いた。

 しかしミハエルとセドリックに怪しまれ、ユースリア協力のもと視察団交流という罠まで仕掛けられあえなく逮捕。あのとき既に追い込まれていたセシルはセドリックを害することで、ユースリア王国とラグドール王国に亀裂を入れようとしたらしい。



 集められた証拠とセシルの自供で得られたこれらの情報は、ラグドール王国からユースリア王国へと提供。アビスの間者リストも含まれている。ユースリア王国はラグドール王国に大きな借りができてしまい、強気には出られなくなった。


 セシルが何故簡単に自供したのかは、魔法の国ならではの方法があったのだろうとエリィは推察している。



「エリアル様、お支度のお時間でございます」

「今いきますわ」



 王太子がつけてくれた侍女に呼ばれ、バルコニーから部屋へと戻る。クローゼットにはティターニアのドレスが並び、その日の一着を自ら選ぶ。蝶の髪留めだけではない。このドレスの存在もセドリックが側にいると感じさせ、エリィの不安を支えていた。



 侍女はエリィに合わせて薄化粧を施し、肩より少し長いだけの髪を器用に結っていく。最後に蝶の髪留めをつけてもらえば、髪の短さを感じさせない完璧な仕上がりだ。

 鏡の前にはエリィではなく、伯爵令嬢エリアル・アレンスが映っている。



 支度を終えれば、約束していた場所へと赴く。扉の前にたつ護衛に名前を告げれば、重厚な扉は開かれた。



「ごきげんよう、ミハエル殿下。エリアル・アレンス、ただいま参りました」

「おはよう、エリアル嬢。固いなぁ、前のようにセドリックの友人として接して欲しいんだけど」



 ソファで寛ぐミハエルに対してエリィはただ微笑んだ。ミハエルが王太子と知ったときは、知らぬところで何か不敬をしていないか焦ったものだ。そんなエリィの心配をよそに、このブラコンの乳兄弟(ミハエル)はセドリックの想い人というだけで親切にしてくれる。



 今回の事件の指揮を担っていることもあり、ミハエルはよくエリィとの時間を作ってくれた。アビスの陰謀について調査内容を教えてくれたのも彼だ。たいていセドリックの話ばかりしている。お陰でセドリック本人と会えていないのに、よく知ることができた。



「戯れはほどほどに本題に移ろう。君のラグドール滞在に関して、君自身に解決してもらった方が良い件ができた。分かるかな?」

「はい。家族の件でございますね」



 神妙な表情へと変えたミハエルに、エリィも微笑みを消して頷いた。



「そうだ。来国した昨夜、ラグドール国に移住する件はエリアル嬢の希望であると説明はしたんだが、アレンス伯爵はエリアル嬢の保護権利は自らにあると譲らない。国の思惑はどうにでもできるけど、娘を思う家族から奪うことは良心が痛む。きちんとあなたの口から説明した方が良い」

「分かりました。ミハエル殿下には十分にお力添えを頂いております。家族の問題は私がなんとか致します」



 ぐっと胸が重くなるのを感じたが、表情には出さぬよう務める。



「では早速で悪いんだが、アレンス伯爵たちはエリアル嬢に早く会いたくて堪らないらしい。ここに呼んでも良いかな?」

「はい。何から何までありがとうございます」



 数分後――――ミハエルが同席の上での面会が設けられた。入室してきたのは父親、母親、兄に妹と家族総出。家族はエリィの姿を認めると、皆が涙ぐんだ。


 それはエリィも同じだ。家族仲は良かった。それぞれが自分のことで精一杯で誰かに甘えることは出来ず、諦めたことも多かった。しかし皆が家のために頑張っており、尊重しあっていた。だからこそフィルの婚約者としてずっと耐えられたのだ。



「エリアル!」

「――――お父様!お母様、お兄様、ルイーゼもごめんなさい」



 父親がはじめに駆け寄れば、エリィはその胸の中に飛び込んだ。

 素直にでた言葉は謝罪だ。大切な家族がいるのに、エリィはセドリックの側にいたいと思っていることに罪悪感があった。父親もその謝罪だと気付いている。



「まったくだ。何故帰って来てくれないのだ。部屋はそのまま残してある。辛ければ社交界に出なくても構わない。フィル殿もエリアルが望むなら結婚後も好きなことだけをすれば良いと言ってくれている。エリアル…………帰ってきておくれ。また一緒に住もう」

「お父様ごめんなさい。私の願いはとても我が儘だって分かっているわ。でもお慕いしている方の側から離れるのがとても辛いの…………もう何かを諦めて、手離すのは辛いの」

「それはフィル殿と結ばれることでは叶わないのか?彼は今までの態度を悔いていた。そして今もなおエリアルを望んでいると、心から大切にすると誓ってくれた」



 エリィは首を横にふった。フィルの気持ちはよく知っている。アトリエで言ってくれた言葉からは本気を感じたし、王城にいる間に手紙も受け取った。

 それでもエリィの気持ちは変わらなかった。



「もう私にはセドリック様しかいないのです。ごめんなさい。本当にごめんなさい。フィル様との婚約を無かったことにすれば、援助金の返金もあることはわかっています。でも心に嘘をついてフィル様の所へは行けません…………もう彼の前では仮面をつけられないの」

「お前の意思はそこまで固いのか」

「親不孝でごめんなさい。アレンス家に帰りたくない訳ではないの。でも帰ることで失うものがとても大きくて、耐えられそうにもないの」



 エリィは父親の胸を軽く押して、身を離そうとした。アレンス家よりも気持ちを優先しようとする自分が飛び込んではいけない場所だと思ったのだ。だが父親は一向に手離そうとはしない。



「もう国が信用できないんだね。ユースリアにいるのが怖いんだな?」

「――――っ」



 父親はエリィが不敬に問われると危惧し、隠していた理由を言い当てる。

 クリストファー王子がセシルの操り人形になる前に、止められる時間はたっぷりあった。国王夫妻は楽観視し彼らを放置した結果、エリィは命を脅かされた。無事が知らされたにも関わらず、今も王家から謝罪もなにもない。クリストファー王子はあくまでも洗脳された被害者にしたいようだ。そんな憶測もあり気丈に振る舞っていたが、エリィにとって故郷は内心トラウマの地になっていた。



「はい。あの日を思い出すのが怖いのです。今はセドリック様のお側が一番安心でき、甘えられる場所なのです」



 エリィは素直に認め、父親の腕の中へと戻る。しばらく無言のあと、ギリリと奥歯を噛む音がしたその瞬間――――



「こうなったら決闘だっ!簡単に渡してくれるかぁっ!」



 雷のような父親の叫びがエリィの頭上を襲った。




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