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34 甘え方、甘やかし方(2)

「エリィ、おはよう」

「ミモザ様、おはようございます。いよいよ今日からですね」



 面談から一週間後の今朝、ミモザはセドリックの許可を得て三階の一部エリアの立ち入りが叶うことになった。許可されたのは廊下と給湯室のみで、アトリエには入れない。それでもミモザは嬉しそうに、エリィに御礼を伝えた。


「あなたのお陰だわ。エリィが失礼をした私たちを許してくれたから。廊下からアトリエが見られる日がまた来たのよ。本当に夢のようよ」

「ミモザ様の熱意が一歩近づいて良かったです。私は()()()()()()()()

「それが良かったのよ」



 許可されたのはミモザのひとりだけ。しかしメイドの希望を背負っているため、仲間からは嫉妬されることなく送り出された。



「セドリック様の信頼を確かにするためにも頑張るわ。という事で…………エリィさん、今後とも宜しくお願い致します。何かございましたら、お気軽にお声かけくださいませ」


 ミモザは親しい笑顔を引っ込め、客人を相手にするように軽く腰を折った。


「仕事とはいえ、かしこまられると少し寂しいですね」

「仕事中はエリィさんに対してもブルーノさんやシンディさんと同格に接することが条件ですから、お許しください」

「そうでしたね。では私はご主人様を起こしてきます」



 エリィは隙間の空いた心を補うように、胸に手を当てた。

 ミモザの行為はセドリックの大切な所有物に対しても本来最初からすべき態度で、正しいことだと分かっている。表情をコントロールする訓練も含まれているのだろう。

 それでも昨日まである程度親しくしていた相手から壁を作られたようで、置いていかれた気分になった。「気軽にお声がけ下さい」と言われても、仕事だと思ったら距離を感じる。




――――ご主人様も私が急に距離を置くような態度に、こんな気持ちだったのかしら。悪いことをしたわ。自分がされて初めて気が付くなんて…………淑女がいいとは限らないのね



 セドリックの部屋の扉をノックし、返事がないのでいつも通り入室する。そっとベッドを覗けば、穏やかな寝息を立てている彼がいた。




――――こうやって私に無防備な姿を見せてくれるって嬉しいかも。確かにこの姿を「仕事だから見せています」と言われたら、微妙ね。なんか裏切られた気分になりそう。



 エリィはベッドに頬杖をつき、彼の寝顔を見つめた。何度も寝顔は見てきたはずなのに、とても貴重な時間に感じてしまう。起こすのがなんだか勿体ないとさえ思えてきた。



「…………ん?エ、エリィ?」



 パチリと目を開けたセドリックと視線がぶつかった。彼は驚いたように慌てて体を起こした。



「おはようございます、ご主人様」

「おはよう…………いつから見ていた?」

「10分ほどかと思います」

「結構長いな…………焦った。恥ずかしいじゃないか」



 セドリックは胸に手を当てて深呼吸をした。驚かしてしまったことは申し訳ないと思いつつ、エリィは反省を踏まえてきちんと本音を話す努力をする。



「見ていたかったのです。寝顔がとても尊いものに感じてしまって。駄目でしたか?」

「駄目ではないが…………いや、駄目だ。やはり恥ずかしい。今までと同じくさっさと起こしてくれ」

「良いじゃありませんか。最近のご主人様だって私のことたくさん見ているでしょう?私だって本当は恥ずかしいのですよ…………本当に駄目ですか?見ちゃ…………駄目ですか?」



 セドリックが起きたことで、自然とエリィは上目使いになり、そのままこてんと首を傾けた。その瞬間セドリックは胸を撫でていた手でぐっとシャツを握りしめた。



「ずるい。その手は反則だ」

「…………?何も反則はしておりません。冤罪です」



 今自分が甘える究極の仕草をしている自覚の無いエリィは、セドリックの理性にダメージを与えているなど知らない。しっかりと抗議した。



「せっかく甘えてみたのに酷いです」

「…………そうだったな。僕の心の準備不足だった」



 セドリックはエリィの髪留めに優しく手を添える。手先以上に視線が柔らかく、大切にされているのだと伝わればエリィも強気には出られない。



「明日からは半分の5分だけにします」

「あ、止めてはくれないんだね。仕方ないか」

「ありがとうございます」



 そうして朝の準備セットを持ってきたブルーノが入室してくる。いつも絶妙なタイミングで入室し、洗面に使う温度は完璧だ。エリィは改めて感心しながら、一礼して部屋をあとにした。


 廊下の奥を見れば真剣な眼差しでミモザが窓を拭いていた。あれだけアトリエを覗きたいと言いながら、部屋の方は見向きもせず懸命に励んでいる。


――――ミモザ様、頑張って!



 エリィは邪魔をしないように心の中で応援し、朝食の場所であるテラスへと向かった。

 テラスではシンディがテーブルをセットしていた。相変わらず姿勢は真っ直ぐ伸び、カトラリーを扱う指先に隙はない。理想のできる侍女だ。



「エリィさん、おはようございます。どうかしましたか?」

「おはようございます、シンディ様。丁寧な仕事ぶりに改めて見とれていました。ずっと見ていられそうです」

「…………そう、ですか」



 シンディにしては珍しく、恥ずかしげに視線を反らされた。顔色は変わらないものの、耳がほんのり色づいている。エリィは貴重な瞬間を見られて、胸がきゅんとしてしまった。



――――素のシンディ様が見られた気がするわ。シンディ様が私に甘える事はないのでしょうけど…………見たい!どうなるのかしら?今、ご主人様の気持ちが分かった気がするわ。素の感情で甘えることって本当に大切なのね



 いつも仕事の面しか見えない人物が見せる素の姿が尊くて堪らない。なんだか親しくなったような気分にもなるし、もう少し近づきたいと心をくすぐられる。今より関係を密に…………そこまで考えて、ふと引っ掛かりを覚えた。



――――ご主人様は何故、私に甘えをお求めになるのかしら?



 セドリックは容姿端麗だ。地位はあるし、資産も屋敷もある最優良物件。彼が望めばいくらでも甘えてくる女性はいるはずなのだ。

 逆にエリィは求められても、未だに上手く甘えられないポンコツ。セドリックがあえて効率の悪いエリィに求める原因が不明で頭をひねった。

 ただセドリックがエリィと本当に仲良くなりたいと思っての事だとしたら、嬉しくて、少し切ない気持ちになったのだ。


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