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32 主の帰還(3)

 エリィは部屋まで運ばれ、その日の仕事は全て禁止された。

 途中でメイドたちとすれ違ったが、以前のように嫉妬の目線は飛んでこない。むしろ抱えられているエリィを心配する色が濃くなっていた。



 ブルーノとシンディがまだ帰ってきていないため彼が自ら魔法で氷水を用意し、エリィに冷たいタオルを渡し世話をやく。イケメン耐性があるエリィであっても、これほど優しくされるのは慣れていない。そのためか、なかなか顔の赤みは消えずにいた。



「顔がこんなにも赤いのに、熱がないなんておかしい。医者を呼ぼう」



 セドリックは至極真面目に言った。ミモザに怒っていたこともそうだし、帰国後の彼は急に過保護になっていた。他人が慌てれば、一方が冷静になれるもので…………そのお陰でエリィの顔色は通常に戻り、事なきを得た。



「本当に大丈夫なんだね?」

「はい。興奮しすぎただけのようです。急なお戻りにとても驚いてしまってお恥ずかしいです」

「ごめん。早く確かめたいことがあって焦っていたらしい。勘違いで怖い姿も見せてしまって、僕のほうが恥ずかしいよ」



 セドリックはバツが悪そうに指先で頬をかいた。エリィはベッドに腰掛け、彼は一脚だけある椅子に座っていた。すると彼はポケットから小さな包みを取り出し、エリィの手に握らせた。


「お土産だよ。開けてごらん。使って欲しいんだ」

「ありがとうございます」


 光沢のある紙袋を開けるとレースハンカチが入っていた。そのハンカチを広げると、蝶の形をした銀細工が姿を現す。水色の石が蝶の羽に嵌め込まれ、光を透かせばステンドグラスのように輝いた。



「綺麗…………」


 おもわず見とれるほど繊細に作られており、エリィは感嘆のため息をもらした。セドリックが嬉しそうに見ている間、彼女は何度も角度を変えてうっとりと眺める。



――――宝石は見慣れているけれど、ここまで技術が必要な髪止めはなかなか見られないわ……ん?宝石に銀?それにこのレベル



 エリィはピタリと手を止め、調べるように髪止めを見始めた。宝石の正体はガラスではないかと疑うが、きちんとした石に見える。銀細工もメッキかどうか確かめるが、本物の銀にしか見えない。高揚していた気持ちから一転、血の気が引いた。


「ご主人様…………も、もしかして本物の宝石と銀が使われておりますか?」

「おや? よく本物だって分かったね。ブルートパーズだよ。君の甘い髪色は金より銀の方が似合うと思ってね、それにしたんだ。本当はプラチナも良いかなと思ったけど、それだとエリィが引くと思って避けたんだけど、どうかな?」

「な…………なんということでしょう」



 ブルートパーズは宝石のなかでも高い方ではない。プラチナなんて買われたら卒倒したかもしれない。

 奴隷が受けとるには高価すぎる髪止めにエリィの手は震えた。セドリックと髪止めの間で何度も視線を泳がせ、「正気か?」と訴えるが彼は微笑んで頷いた。主から与えられたものを断ることは出来ない。しかし身に付けるには不相応。



「これは大切に保管…………」

「ねぇ、石の色は何色?」



 遠慮する言葉を遮るように質問を投げ掛けられた。


「水色です」

「僕の色だよ」


 そう、エリィを見つめるセドリックの瞳と同じ透き通るような水色だ。言葉にされれば、ブルートパーズの髪止めがさらに価値あるものに感じてきてしまう。


「今回のように寂しくなったらそれを見て思い出して。僕が側にいると思って身につけて。エリィは一人ではないよ。僕がエリィを大切に思っていることを忘れないで」

「ご主人様――――」

「あと少しだけ『エリィは僕の物』だという独占欲…………それとも気に入らなかった?」



 エリィは強く首を横に振った。



 フィルからも宝石やアクセサリーはもらった。彼の瞳を表すエメラルドなど、手にある髪止めよりずっと高価なものも何度も受け取った。彼の婚約者だと見せつけるために贈られたそれを何度も身に付けた。



 同じ『独占欲』であるはずなのに、嬉しさが全く違う。銀とブルートパーズは冷たい色なのに、セドリックの言葉が温かさを与え、価値以上に輝いて見えた。



――――ご主人様が私のことを思い、選んでくれた。これは奴隷への独占欲。他意はない。だというのに…………その気持ちが…………私は自分がご主人様のものであることが嬉しい



 エリィは完全に身も心もセドリックの奴隷になったのだと思った。恋しく思うのも、寂しく思うのも、本心からセドリックを主として敬い慕っているからで。決して過ちの気持ちではなくて…………少しだけチクンと痛む心を無視した。


――――奴隷として不自然な気持ちではないわ。主への忠誠心が芽生えただけなのだわ


 髪止めを胸に閉じ込めるように、しっかりと握りしめた。



「ありがとうございます。宝物にします。あなた様の奴隷として、このご恩をお返しできるよう更に仕事に励みます」

「違うよ。これは恩ではなくて、エリィがこれまで頑張ってきたご褒美のひとつだ。これからも僕の側にいてくれる?」

「はい。勿論でございます。少々お時間をくださいませんか?」

「別に構わないけど」



 エリィは立ち上がり、姿見の前に立った。両耳の裏に止めていたピンを取り、口で咥えた。

 左側の髪を軽く編み込み、ピンで左の耳裏で留める。右側からも大きく編み込み左側に髪を寄せ、全て束ねて髪留めでまとめた。

 エリィは最近髪が伸びてきたので、ミモザに自分でできるヘアアレンジを習っていた。拙いところはあるが、なんとか形にはなっている。



「どうでしょうか?」

「…………」


 セドリックは夢を見ているかのように呆けていた。


 エリィの甘い髪色に引き寄せられて、蜜を得ようと蝶が止まっている。編み込みが草の冠のようで、お伽噺の妖精のファッションのようだ。また彼女が髪をまとめることは珍しく、滅多にお目にかかれないうなじが新鮮に映える。



――――無言で見すぎではなくて?ドレスの時は目線が下だから良いけれど、顔の近くはちょっと…………



 エリィが少し恥じらっている様子も、セドリックのポイントを高めているなど彼女は知らない。ただ再び頬を赤く染めて、彼の過保護スイッチが入らないように意識するだけだ。

 セドリックはエリィに一度ターンをするように指示し、その姿を見て何度も頷いた。



「髪留めを買って良かったと、自分を褒めたい。すごく似合っている」

「ありがとうございます」



 セドリックに誉められればやはり嬉しい。エリィはもっと練習し、バリエーションを増やそうと誓った。



 一時間後、ブルーノとシンディが遅れて屋敷に帰ってきた。二人に掃除の出来映えを誉められ、またもやエリィは喜びで胸がいっぱいになった。



「髪留めよりも素直に喜んでないか?」というセドリックの言葉には笑って誤魔化した。


 その日の夜、エリィはなかなか寝付けなかった。胸がドキドキと高鳴っているし、赤くなっていないものの顔がまだ熱い。窓を開け放ち、蝶の髪留めを眺めながら夜風に当たる。まだ風が強く、頬を撫でる風が冷たく気持ちが良い。



――――明日から日常に戻れるのが嬉しくて興奮しているなんて、やはり私は子供だわ



 セドリックに言われた「やばい」という言葉を思い出し、なんだか悔しさが込み上げてくる。



――――淑女モード解禁にしようかしら?



 追放されてから平民に馴染むために、喜怒哀楽をできるだけ表情に出すように心がけていた。しかし今では逆に感情が出すぎて、子供っぽくなってしまうときが増えてしまっている。

『妖精女王』に相応しいかどうかと言われれば、『妖精』っぽくても『女王』らしくはない。親愛なる主・セドリックのためにも、淑女らしく振る舞った方が良いのではと思えてきた。



――――この髪留めに相応しいご主人様の自慢の奴隷になるのよ!目指せ女王様!



 エリィは拳を作り、天を目掛けて突き上げた。


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