25 歩み寄り(1)
簡単にまとめれば――――ローラはまずはミモザを除くメイド全員に、エリィをできるだけ避けるようにお願いをした。もちろん内密にだ。「ミモザのためなの、何か起きたときは見知らぬふりをして欲しい」と頼めば、皆承諾した。
そして困ったことが起これば、エリィは唯一話しかけられるミモザを頼るしかない。セドリック不在の間にエリィがミモザに助けられれば、それを彼に話すだろうと予測できる。
これをきっかけにセドリックは再びミモザの事を信頼し、側で働けるようになるはず――――というのが狙いだった。ローラは単独で、ひっそりと悪戯を実行していった。
しかし当のエリィは悪戯に困る様子はなく、むしろ悪戯に気付いていないのではないかと疑うほど平然としている。焦ったローラは足を引っ掛け、エリィに気付かせようとしたのが今日のできごとだ。
ここまであからさまにやればエリィも気付き、「メイドに嫌なことをされたんです」とミモザに泣きつくとローラは想定した。
実際にはエリィ本人にその場で恐怖の反撃を仕掛けられ、自分の計画性のなさを突きつけられ、大好きなミモザに平手打ちを受けるという結果に終わってしまった。
説明が終わった時点でローラはぐずぐずと泣き、ミモザは更に憔悴し、エリィは静観しながらお茶を口にしていた。
数分の沈黙のあと口を開いたのはミモザだった。
「ローラ…………メイドの失態は全てリーダーの責任になるのよ。私がエリィを助けたところで、ローラが悪事を働いていたとなれば、事前に防げなかったとして結局罰を受けるのは私なの。しかも何度もとなれば…………貴女が秘密で単独でやっていたと訴えても、私が知らなかったから仕方ないでは済まないわ」
「――――っ、ごめんなさい」
収まったはずのローラの涙がまた溢れ出す。
「私、ミモザさんは何も悪くないのに…………前のメイドの煽りを受けて、冷遇されているのが悲しくて………頑張っているのに。また側で働けるようにどうにかしたくて。考えたらずでごめんなさい」
「ローラ、謝る相手は私ではないわ。勝手な私情で無関係なひとを傷つけたのよ。これでは、辞めさせられたメイドと同じよ」
ミモザは手でローラの背中を叩き、エリィの前に一歩押し出した。
ローラはエリィと目を合わせず、「ごめんなさい」と頭を下げた。
「本心の謝罪では無さそうですね」
「――――っ」
「ローラ!」
エリィの指摘が図星だったのか、ローラの肩がピクッと揺れる。ミモザが椅子から立ち上がり、睨み付けた。エリィが許さなければ、セドリックに首を切られる可能性が高いということを理解していた。しかし肝心のローラは未だに理解が及んでいない。
エリィはふぅと一息ついて、ローラに聞いた。
「ローラ様、何か不服なことでもあるのであれば教えて下さい。心のない謝罪は、無いほうがましです」
「なんで…………突然現れた奴隷が三階の立ち入りを許され、掃除まで任されるのでしょうか。学もない奴隷が……数ヵ月前には床に突然座るような奴隷が何故……仕事ならミモザさんの方が出来るのに」
「なるほど…………ですが、三階に立ち入れる絶対的理由は私が奴隷だからこそです」
エリィはワンピースの袖をまくり、魔法で施された奴隷印を見せた。初めてセドリックたち以外にさらけ出す。
「この奴隷印にはいくつかの契約が組み込まれております。その中には『命令の絶対服従』と『危害防止』が含まれております。私はご主人様に絶対に反抗できません。ある意味、側に置いてもこの屋敷で最も安全な人間だと言えるでしょう」
「そっか…………奴隷だから…………」
「はい。あとこの国の常識を知らないのは確かです。だからこそ私は本や生活から貪欲に学んでいるつもりです。マナー、掃除、服飾など関わること全て。分からなければきちんと聞いているつもりです。私はそれを評価してもらい、三階の留守を任せてもらえたと自負しております」
エリィが自信に満ちた表情で見つめれば、ようやく目が合ったローラはまた俯いてしまう。
奴隷というのは一般的に貧しく教養が乏しいというのが常識だ。勉強という行為すら知らない者も多く、エリィも同じだとローラは決めつけていたのだ。
そのローラの肩にミモザが手を乗せる。
「実は私も罪を犯したの…………本当にエリィが仕事をこなしているのか気になってね、内緒で三階を見に行ったの。綺麗だったわ。窓枠に埃は見つからず、ガラスには指あとひとつ残っていないの」
「当たり前です。前日までブルーノ様とシンディ様にみっちり教え込まれましたから。期待は裏切れません」
「そうね。でも今は確認する人がいないわ。たいていの人は帰国直前にやっつけ仕事をするもの…………特に奴隷というのはズルをする人も多いから…………だけどエリィは違うわ。頑張っている立派な使用人だったわ。先入観はだめね」
ミモザが力なく微笑んだ。
ローラはようやく本当に自分の身勝手さを感じたのか、自らまた一歩エリィに近づき、先程より深々と頭を下げた。
「大変申し訳ありません。常識知らずなのは私の方で、ご迷惑をお掛けしました。どうか許してください。悪いのは私で、ミモザさんも皆も何も悪くないんです。でも私が悪いと知られたらミモザさんが…………それは嫌なの。だからどうか、セドリック様には…………どうか。私は何でもしますから」
「私からもお願い致します。これまでのことを謝罪致します。都合のいいこと言っているのは承知です。ですが!まだ屋敷を離れたくありません…………だからどうか…………」
震える声で謝罪するローラに続いてミモザも頭を下げた。すると言葉には出さないものの、周囲のメイドも同じように頭を深く下げ始めた。
――――あぁ、この方々はきちんと繋がっているのね。私と違って上辺の関係ではなく、心で繋がっているのだわ
エリィは目を細めて見渡した。自分には持っていないものが目の前にあった。先程ローラを庇わなかったのは、ローラの意思を尊重していただけだった。
――――どうしてこのような関係になれるの?ただの同僚で、時にはライバルになる関係でしょう?私には分からない
そう思うと興味が湧いてきた。このメイドたちがセドリックの憂いの原因となっており、彼が望むのであれば、今回の件で解雇の口実を与えても良いとエリィは思っていた。
でも今は惜しい気がしてならない。
もちろん単に許すのだけでは、勿体ない。彼女たちの反省にもならない。今なら平民も奴隷も関係なく話を聞いてくれるチャンスがあった。
「条件がございます。それを叶えて下さるのであれば、黙っていて差し上げましょう」
エリィの提案にミモザとローラは希望を見出だしたように、顔を上げた。
※
「エリィ、もっと腰を入れて踏み込みなさい。こうやるのよ!」
「はい!」
「シーツは乾きにくいの。早く終わらせて干さないと、臭いがつくわよ」
「はい!」
エリィは借りたメイド服を纏い、大きな樽に入ったシーツを懸命に足で踏み込んでいた。ミモザの指示に従いながら踏んではひっくり返し、また踏み込んでいく。メイドの仕事のなかでもシーツの洗濯が最も重労働の仕事だ。特に今日は晴れているのでまとめて終わらせようと、使用人全員分の量がある。
――――あぁ!気持ちいいわ!
エリィは額の汗をタオルで拭きながら、清々しい気持ちになっていた。体は熱いのに、足だけは冷たくて気持ちがいい。何より、無駄な考え事をせずに済んでいる。
エリィが出した条件は『仕事の提供』と『一緒に食事をとること』だった。
最近ひとりでいるとどうしてもセドリックを思いだし、気持ちが乱されてしまう。エリィはそれを仕事不足のせいにした。できるだけひとりの時間を少なくしようと、食事の条件も追加した。
狙いは見事に的中。いつもの仕事はきちんとこなしつつ、新しい仕事をマスターするには集中してどんどん終わらさなければならない。今だけはあまり考え事をしている余裕はない。
それにメイドと一緒に過ごせば、興味の正体が分かる気がしたのだ。
洗濯物を洗い終えたら、脱水は魔道具に突っ込めば簡単だ。遠心分離の要領で脱水されている。そしてシーツを干せばお仕舞いだ。シーツのカーテンが風に揺られ靡く景色は壮観で、エリィは達成感に包まれる。
「はぁ~仕事ってなんて素晴らしいのでしょう」
「…………そ、そうね」
胸の前で手を組んでエリィはときめくが、ミモザが珍獣を見るような目で見ていることには気付かなかった。