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24 お留守番(2)

 数日後、エリィは昼食を受けとるために調理場へと足を運んだ。

 セドリック不在の間は使用人たちと同じメニューにしてもらっている。少し質素にはなるが、それでも贅沢な料理だ。サンドイッチには具がたっぷり挟まれ、スープは湯気がたっており空腹のエリィの鼻腔を刺激する。


 すると正面からローラが珍しくエリィを避けずにまっすぐ向かってくる。手には重そうな洗濯かごを抱え、後ろにはもうひとりメイドの姿が見える。

 エリィは気にせず昼食に対して頬を緩ませ歩いていると、突然足元が浮いた。


「あっ!」


 トレイから食器が浮き、エリィと共に床へと転がる。食器は割れなかったものの、サンドイッチはばらばらになり、スープが床にシミを作っていく。



「あら、きちんと前を向いて歩かないからよ。奴隷なのに私の通り道を塞がないでくれる?」



 振り向けばローラがエリィに詫びることなく、勝ち誇ったような目で見下ろしていた。



「セドリック様のお気に入りかも知れないけれど、立場はメイドより下なのよ。身分を弁えて欲しいわ。私たちの仕事の邪魔をしないでくれる?」

「ちょ、ちょっと」


 もうひとりのメイドはオロオロと動揺しているだけだ。いつも隠れてしまっているメイドたちも異変に気付き、顔を出して様子を伺い始める。そこにはミモザもいる。



――――あら、覚悟はしていたけど分かりやすいわね。影ではやらずにこんなにも正面からくるなんて、もう我慢ができなくなったのね



 エリィは小さくため息をついて、散らばった皿やサンドイッチを黙ってゆっくりトレイに戻す。スープはもったいないが助けようがない。




「謝ることもできないの?メイドごっこでポイント稼ぎする前に、きちんと常識を学んだら?だから教養のない奴隷は…………ひっ!」



 なんの反応も示さないエリィにローラは噛みつく。だがその直後、エリィのあまりにも冷たい眼差しに言葉を詰まらせた。



「あら、廊下は主と客人以外は歩く方向の左側が基本であると私は学んだのですけれど。ですがローラ様の話によると、ブルーノ様やシンディ様の教えが間違っていたという事ですのね?それは大変申し訳ございません」

「――――っ」



 スープのシミは進行方向の左側で広がり、静かな証拠が出来上がっていた。



「帰国後、お二人に正しいルールをローラ様から学んだとお伝えいたしますわ。きっと身をもって教えたローラ様の評価は変わるでしょう」

「それはっ」


 ローラが言葉を挟もうとするが、エリィはそれを許さず、左手をあげて言葉を続ける。左手は熱いスープがかかり、赤くなっていた。



「でも残念ですわ。私はご主人様の所有物。この通り手が赤くなってしまいましたわ。私の身に傷がついた場合は破損の報告義務があるのです。それが自分のせいでも、他人のせいでも…………この手を見てご主人様はどう思われるかしらね?」

「やめて!」

「あら、教育のために必要だったのでしょう?ローラ様がわざわざしてくださったことだとお話し致しますわ。きっとご主人様は優しいお方ですから」

「お願いだから!」



 すでにローラの顔からは勝ち誇った表情は消え、青ざめている。

 脅しと言えど主の権力を笠に着るのは少し気が引けるが、使えるものは使うのが今のエリィだ。我慢は何も解決にならないのを令嬢時代に痛いほど実感した。



――――ふふふ、効いているわね



 エリィはラピスラズリの瞳をうっとりと細め、綺麗な弧を唇でえがきながらローラに微笑んだ。ローラは怖いものを見たかのように、更に顔をひきつらせる。



「分かりましたわ。ご主人様が帰ってくる前に赤みが引くことを祈ってくださいませ。廊下の掃除はお願いしても宜しいでしょうか?失礼致しますわ」


 そして踵を返し、左側を通って部屋へと戻ろうとする。しかしローラはそれを引き止めた。



「それどうするのよ…………」



 バラバラになったサンドイッチを指差される。料理場で新しい物と交換する様子のないエリィが気になった。



「食べますよ?」

「――――なっ!汚いわ」

「道端に捨てられた食べ残しを拾っていた頃よりはずっと綺麗な食事ですわ。それにその食べ残しすら食べられない時もありましたの。食べ物はとても貴重で、必ずしも毎日食べられるとは限りませんのよ?どれだけ必死に生きることだけを考えてきたか…………」

「…………っ」


 エリィは美しい微笑みを絶やさない。それが経験してきた内容の凄みを増させ、他の傍観しているメイドも息をのむ。



「私はそれを乗り越えてきたわ。何が目的かは存じ上げませんが、この程度の嫌がらせでは折れませんことよ?エスカレートしても宜しいけれど…………奴隷でも噛みつくことはありましてよ?」



 ローラの手から洗濯かごが落ちた。



「無意味だったの?私は…………ただ…………」



 彼女は思い詰めたように胸元で手を握り、俯いてしまった。しかし誰もローラを庇おうとはしない。



――――今までローラ様に加担していたはずなのに、不利になった途端にこの状況だなんて…………



 嫌でも断罪の過去が思い出され、複雑な気持ちに陥る。状況も人間関係も全く違うが、自分の罪は隠して他人に投げっぱなしという状況はエリィにとって気持ち悪かった。



「なんでよ!なんであんたは――――」

「そこまでです」



 ローラが叫び出した途端、エリィとの間にミモザが立った。ローラは何かを言いたげに口をはくはくとさせるが、諦めて一歩下がった。そしてミモザがエリィに振り返ると綺麗に腰を折り、深々と頭を下げた。


「同僚の不手際、大変申し訳ございません。まずは手当てをするわ。テラスの椅子に座って」

「なんでミモザさんが奴隷に謝るの!?それなら私が――――っ」


 ローラが反論した瞬間、廊下に乾いた音が響く。ローラは頬を手で抑えており、ミモザの片手は振り抜かれていた。



「ローラ!貴方は私を陥れたいの!?」

「――――え?いえ、私はミモザさんのために」

「逆よ。貴方の行動は私の居場所を奪う行為よ」

「そ、そんな…………」



 ローラはミモザの言葉が信じられないのか、目を見開いたまま座り込んでしまった。

 ミモザは興奮を抑えるように一息つき、エリィからトレイを取り上げテラスへと促した。



「エリィ、サンドイッチは新しいものを食べなさい。奴隷と言えどこの屋敷の人間が落ちたものを口にしたとなれば、セドリック様の品位も疑われます。これは貴方の理念を考慮し、無駄なく庭の肥やしに致しますから」

「かしこまりました」

「他の皆もテラスに集まって…………ローラ、あなたもよ」



 エリィは抵抗することなく、受け入れる。

 テラスで手当てが終わると、新しいサンドイッチが運ばれエリィは遠慮なくすぐに頬張った。メイドに囲まれ見つめられるが、もう慣れっこだ。

 エリィは食べ終わると、ずっと目の前で黙っているミモザに話しかけた。



「今回の件についてご説明いただけますか?先日、ローラ様の件はミモザ様のお耳には入れたかと思いますが」

「ローラが本当に嫌がらせをしているとは思わなくて、あなたの言葉を信じず放置して悪かったわ。私も分からないの。慕ってくれていたはずなのに…………裏切られるだなんて」



 ミモザの表情は陰り、この短時間でずいぶんと憔悴したように見える。テーブルの横で立っていたローラは悔しげに下唇を噛んだあと、口を開いた。



「裏切るつもりはありませんでした。私はただ……ミモザさんが評価を取り戻し、またセドリック様のお側で働けるようにと思って…………」


 ローラは悔しげに、ゆっくりと語り出した。


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