愛
平和になりつつある世界の片隅で、小さな葬式が行われている。
それは、一人の男の葬式だった。
彼は、たった一人で世界に広がる「常識」と戦い続けた英雄だった。
時には馬鹿にされ、時には英雄として扱われながらも、彼は夢を実現する為に戦い続けた。
そして終に、彼は夢を実現する。
自己思考型という新しいタイプのホムンクルスを賢者の国と共同で開発し、世界に広げる事に成功したのだ。
その結果、人々はホムンクルスの持つ可能性に気が付く事が出来た
彼は、太古に失われた「人類とホムンクルスの絆」を復活する事に成功したのだ。
そんな偉業を達成した彼は、既に蓋の閉められた大きな棺の中で静かに眠っている。
彼が眠る大きな棺は、静かに地面に掘られた穴の中へと降ろされていく。
人々は勇敢な彼の死に悲しみ、涙を流し続けている。
そんな人々の中に混じって、大勢の元ホムンクルス兵達も静かに涙を流し続けている。
だが、その中に、彼の相棒たるカタミミの姿は無かった・・・。
男の眠る大きな棺が埋葬されてから数日が経過した。
彼の眼球は陥没し、徐々に体からは腐敗臭が漂い始めている。
そんな一筋の光りすらない暗い大きな棺の中で、何かが動いた。
その「何か」はゆっくりと起き上がり、暗闇の中で彼の顔を見つめる。
その「何か」とは、カタミミであった。
彼女は己の主が死ぬと、自身も彼と一緒に埋葬される事を遺族に頼んだのだ。
その願いを聞いた遺族は困惑したが、最終的に彼女の願いを尊重する事にした。
それは彼の遺言に従った為だ。
彼の遺言には、こう書いてあった。
「カタミミが望むように、配慮してやって欲しい」
そんな遺言に従い、遺族は特注の大きな棺を用意する事にしたのだ。
そして埋葬する直前、カタミミは用意された棺に入り、彼と共に埋葬されたのだった。
既に、カタミミの体に魔力は殆ど残っていない。
体中の関節がギシギシと音を立て、自由に動く事も出来ない。
そんな彼女はゆっくりと彼の体に覆いかぶさり、彼の唇に己の唇をソッと重ねる。
それは、カタミミのファーストキスだった。
そして、最初で最期のキスだった。
キスをしたまま、カタミミはゆっくりと目蓋を閉じる。
カタミミの視界には魔力残量が残り僅かという警告が表示されている。
そんな警告も次第に弱まり、最後には賢者の国の紋章が視界一杯に表示される。
その瞬間、カタミミは活動を停止した。
一つの棺の中でキスをしたまま、二人は眠り続ける。
誰にも邪魔される事も無く、誰にも褒め称えられる事も無く、二人は静かに眠り続ける。
その姿はまさに、「愛」そのものであった。