ホムンクルスの居る日常
青年将校の考えは単純な物だった。
彼はホムンクルス兵の民間への払い下げを上層部に提案したのだ。
この提案に軍上層部は難色を示す。
旧式やリサイクル兵とはいえ、戦闘用のホムンクルス兵を大量に市場に流すという行為に彼らは不安を覚えたのだ。
更に、何か問題が起こったりしたら、提案を認可した自分達の昇進にも関わって来る。
しかし、経済が停滞しているのも事実でもある。
会議は難航したが、最終的にホムンクルス兵の払い下げは段階を踏む事になった。
まず、最初は軍事工場といった軍が管理しやすい場所で彼女達を働かせて様子を監視する。
そして問題を起こしそうに無かったら、徐々に民間へと払い下げる事に落ち着いた。
彼はこの決定に満足し、持て余している大量のホムンクルス兵を集めて軍事工場で働く上で必要なスキルを学ばせる。
そして、スキルを得たホムンクルス兵達は次々と軍事工場に送られていった。
工場に送られたホムンクルス兵達は、特に問題を起こす事無く業務をこなしていった。
彼はこの実績を上層部に報告し、最終的にホムンクルス兵の民間への払い下げを許可されたのだ。
この払い下げ制度により、軍事工場に動員されていた人々は開放された。
更に、町では大勢のホムンクルス兵が働き、人々の生活を支えている。
人々は、戦前の活気を取り戻しつつあった。
物流は復活し、日用品の生産も開始された。
だが、今では戦前では考えられなかった光景も広がっている。
それは、元ホムンクルス兵達の存在だ。
可愛らしい制服を着た元ホムンクルス兵は、喫茶店で働いている。
ゴワゴワとした作業服を身に纏った元ホムンクルス兵は、鍛冶屋で金物を作っている。
畑では麦藁帽子をかぶった元ホムンクルス兵が、農業用の魔法が使える杖を使いこなして農作業をしている。
今や、街中で元ホムンクルス兵の姿を見ない日は無い。
これは、戦前では考えられない光景であった。
そもそも、戦前に賢者の国で生産されていたホムンクルスは極めて高価なものであり、一般人が購入する事は殆ど不可能だったのだ。
その為、ホムンクルスを購入出来るのは一部の金持ちか、それなりに大きな規模の組織が少数だけ購入するのが当たり前だった。
そうなると、一般人はホムンクルスに接する機会も少なくなり、ホムンクルスに対する理解も遅れる事になる。
しかし、彼の努力により人々はホムンクルスが日常に存在する事が当たり前となり、人々は彼女達と日常的に接することが出来るようになった。
そんな光景を眺め、青年将校は満足気に微笑むのだった。
青年将校がホムンクルス払い下げ制度を開始してから、数十年が経過した。
既に彼の階級は将校から将官の物となっており、彼は軍の上層部に属する存在となっている。
そんな彼は未だにホムンクルス再利用を主目的とした部署に属しており、既に大勢の人間の部下も持っている。
そして、彼の仕事は国内に留まる事無く、何と賢者の国にまで出向く事もあるのだ。
大きな魔法車に揺られながら将官となった男は、とある書類を眺めている。
書類には難しい文章が並んでおり、無学な人間が読んだら理解する事は出来ないであろう。
これは当たり前といえば当たり前である。
彼が読んでいる書類は、賢者の国から送られた新型ホムンクルスに関する資料であった。
何故、こんな重要機密が彼の手元にあるのかと言えば、理由は簡単だ。
現在、彼は賢者の国と新型ホムンクルスの共同開発をしているからだ。
彼の行っているホムンクルス兵の払い下げ制度により、市場にはホムンクルスの需要があるという事が判明した。
その結果、賢者の国は彼を招いて、一般人が購入出来る新型の簡易式ホムンクルスの共同開発に着手していたのだ。
書類を眺めていた将軍は、
「ふぅ・・・、やはりホムンクルス技術というのは極めて高度な魔法技術の集大成なのだな・・・」
と呟く。
そんな呟きに対し、
<閣下。根を詰め過ぎると賢者の国に辿り着く前に疲れ果ててしまいます>
と言ってカタミミはお茶を差し出した。
「ああ、すまんすまん。
だがな・・・、長年の夢が叶うかもしれんのだ。
根くらい詰めてしまうさ」
彼は差し出されたお茶を飲みながら、ケラケラと笑った。
そんな彼を乗せた魔法車は、いくつもの国境を越え、賢者の国を目指して進んでいく。
もちろん、魔法車は敵対国家を通るときもあった。
とある国の検問所に魔法車が入り、そこを守る兵士が車を調べたときのことだ。
一人の兵士が魔法車の窓から中を覗くと、兵士は驚愕した。
「こいつは・・・、敵国の英雄じゃないか!
おい! 急いで本部に連絡しろ!
指示を仰ぐんだ!!」
魔法車に誰が乗っているのかを知った兵士は、急いで通信魔法を飛ばす。
そんな兵士に、魔法車の運転手が声をかけた。
「我々は急いでいるんだ。早く通してくれ」
「駄目だ!」
「・・・お前らの国が発行した通行証はあるんだ。さっさとゲートを開けてくれ」
「そうはいかん! この魔法車に乗っているのは敵国の将軍じゃないか! みすみす見逃すものか!!」
「・・・お前には、この車に描かれた紋章が見えないのか・・・?」
すると運転手は、魔法車に描かれた賢者の国の紋章を指差す。
「この車は、普通の車とは違う。
いいか? この車は特別なんだよ。
この車には、賢者の国が招待した重要人物が乗っているんだ。
お前ごときに、止められる車じゃないんだよ」
運転手の言葉に、兵士は激昂する。
「なんだと!?」
「もう一度だけ言ってやる。さっさとゲートを開けろ」
「このっ・・・!!」
顔を赤くした兵士は、腰にぶら下げてある杖に手を伸ばしかける。
その時、身なりの良い将校がゲートに飛び込んできた。
そして将校は、その場で深く頭を下げ、叫んだ。
「申し訳ありませんでした!! どうぞ!! お通り下さい!!
・・・何しているんだ!! お前ら!! さっさとゲートを開けろ!!」
怒り狂う将校に怒鳴られた兵士達は、嫌々ゲートを開ける。
その間、将校は運転手に対して何かが詰まった紙袋を手渡し、必死に弁解をしていた。
「誠に申し訳ありません! 現場に連絡が遅れていたようです!!
どうか!! この事は御内密に!」
すると、運転手は渡された紙袋の中身を確認し、ニヤリと笑う。
「まあ、現場の兵士が暴走することは、よくある事ですよ。
心配せずとも、この事を報告するつもりはありませんよ」
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
将校はペコペコと運転手に頭を下げ続ける。
そんな将校を尻目に、魔法車は悠々とゲートを潜り抜け、検問所を後にした。
すると、一人の兵士が将校に話しかけた。
「・・・隊長、あの車には敵国の将軍が乗っていたんですよ?
みすみす見逃すだなんて・・・」
その言葉に、将校は激昂する。
「馬鹿か貴様は!?
あの車はな!! 賢者の国の特別車なんだよ!!
あの車に乗っているのは!! 特別な人間なんだよ!!
そんな車を止めてみろ!! 賢者の国がどう思う!?
もしも賢者の国が兵器の輸出を渋ったら! 我が国は崩壊しちまうんだよ!!」
顔を赤くした将校は、肩で息をしながら怒鳴り散らす。
そんな将校の説明を聞いた兵士達は、事の重大さにようやく気が付いたようだ。
全員が顔を青くし、遠くに見える魔法車に恐怖するのだった。
その後は特にトラブルもなく、魔法車は賢者の国に到着する。
将軍が乗った魔法車がホムンクルス研究所の前に止まると、研究員達が出迎えた。
そして魔法車の扉が開き、男が出てきた瞬間、研究員達は目を丸くして驚く。
男の隣に立っていたカタミミの姿に、彼らは驚愕したのだ。
「おい、あのホムンクルス兵ってもしかして・・・」
「ああ・・・。未だに稼動している個体が存在しているなんて」
「一体、何世代前の機体だ?」
「・・・少なく見積もっても・・・、・・・10世代は前の機体だよな・・・」
「・・・俺・・・博物館に展示されているのを見た事があるぞ・・・」
「確か・・・、あの機体は俺の親父が若い頃に研究していたような・・・」
そんな研究員達のヒソヒソとした相談話を聞いた将軍は、ケラケラと笑いながら、
「まあ、君達が驚くのも無理はないかな。
この子は最新型のホムンクルスとは、比べ物にならないほどに弱いだろう。
しかし、事務仕事であれば、この子は最新型とそんなに性能は変わらないんだよ。
いや、むしろ長い間付き合いのある相棒だから私の癖も全て理解しているし、阿吽の呼吸で仕事が出来るのさ」
そう言って、カタミミの頭を彼は優しくなでた。
頭を撫でられたカタミミは目を細めて喜び、彼の手に己の頭を委ねる。
そんな光景を目の当たりにし、研究員達は舌を巻いた。
その光景は、まるで絵本に出てくる女性学者とホムンクルス少女の関係そのものだったのだ。